《完結》 どうぞ、私のことはお気になさらず

ヴァンドール

文字の大きさ
9 / 22

9話

しおりを挟む
 舞踏会が始まると皆が、アリーシャに注目した。そして周りの貴族たちが囁き合う。

「ウィルフォード侯爵のお連れの女性は誰なのかしら?」

「先程アムール商会の会長が、奥様って呼んでらしたわ」

「え! あの方が奥様なの? あんなに綺麗な方が妻だなんてウィルフォード侯爵様もさぞや鼻が高いでしょうね」

「でも最近ご結婚なさったのかしらね、いつも見る度、違う女性達を連れていたもの」

「だけどあの女性、確か何処かの舞踏会で見かけた気がするの。そうだわ、あの時はアムール商会の会長がエスコートなさっていたわ」

「え? どういうこと? でも侯爵様とも一緒にお話しになっているからお知り合いということよね」

「まあ、ウィルフォード侯爵様は色々と噂の絶えないお方だから何かあるのでは?」

 そんな声があちらこちらで囁かれていた。

ーーーーその頃、

 アムール商会会長は驚きを持って、アリーシャとその夫である侯爵の元を訪ねていた。

「ウィルフォード侯爵、先日は奥様のこと、事実を申し上げられず、すみませんでした」

「いいえ、あれは私がリチャードさんにお願いして連れて行ってもらったのだからリチャードさんが謝ることなどないわ」

「いいえ、事情はどうあれ侯爵様には、結果的に嘘をついてしまったのですから、謝らなければいけません」

「もうよい、それよりも今度からは、私が妻を社交界に連れて行くから君に頼むことはもう無いだろう」

(この時、リチャードは何が二人にあったのか考えていた)


 そして三人が親し気に話をしていると、周囲の視線がいつの間にか三人に集中していた。

 侯爵はいつものように胸を張り、涼しい顔を装っていたが、アリーシャの横顔は、どこか冷ややかな光を放っていた。

 リチャードはその変化に気づいていた。

 以前、自分が舞踏会に連れて行ったあの、アリーシャは、控えめながらも聡明で、優しい笑みを絶やさなかった。しかし、今日の彼女はまるで別人のようだった。

 いま彼女の立っている位置は、ただの『妻』ではなく、ひとりの『女主人』としての輝きに満ちていた。

「ウィルフォード侯爵夫人。今日、あなたがこの場にいらしたのは驚きですが、これは私にとっては嬉しい驚きです」

(この時、リチャードはアリーシャの徒(ただ)ならぬ決意を感じていた。そしてそれこそが、これから変革を齎(もたら)す予感がした)

「ありがとうございます、リチャードさん。
 あの時は貴方の取引先の知り合いとしてお世話になりましたけれど、今日は、侯爵夫人の名の下に参りました」

 その一言に、リチャードの心がかすかに揺れた。
 それは、普通なら誰も気づかないほど微かな表情の変化だったが、アリーシャはそれを見逃さなかった。

 侯爵が満足げな笑みを浮かべた。
 『ほら見ろ』私の妻だ。と言わんばかりの顔で。

 しかし、リチャードの視線は、侯爵ではなく、アリーシャの瞳に向けられた。

「では、今日はこれで失礼します。近いうちに、財団の件についてお話しできればと思います。
 新しい構想があるのです。侯爵夫人には、きっと興味を持っていただけるはずです」

「財団?」

 侯爵が訝しげに眉をひそめた。

「そんな話は初耳だな」

「ええ、まだ形にはなっておりませんもの」

 アリーシャは微笑みながら、リチャードに話を合わせた。
 
 侯爵の顔が、わずかに強張る。
 その緊張を感じ取ったリチャードは、一歩下がって恭しく頭を下げた。

「今宵は、お二人のご登場で会場が華やぎました。どうぞ素敵な夜を」

 そう告げて去るリチャードの後ろ姿を、アリーシャは静かに目で追った。

 その後、アリーシャは侯爵を促した。

「旦那様、そろそろロビンソン伯爵にご挨拶に参りましょう。人脈を広げる好機ですわ」

 アリーシャは静かに囁いた。その声は冷たく、完全に【年上の淑女】の役になりきっている。
 彼女の指先が私の腕に触れた瞬間、私は初めて、彼女という女性が持つ、本質的な【冷たさ】に気づいた。
 彼女は、私との関係を完全に断ち切った上で、この舞台に立っている。
 私は、自分の隠れ蓑として連れてきたはずの妻に、支配されているような錯覚に陥った。

 (初めて感じる、この不快な感覚は一体何だ?)


ーーーー


「侯爵様。そして、こちらは……?」

 主催者であるロビンソン伯爵は、アリーシャを前に、普段の落ち着きを失った様子で、僅かに目を見開いた。

 伯爵は、アリーシャが葬儀で見せたあの地味な姿しか知らなかったのだ。

「ロビンソン伯爵、お初にお目にかかります。アリーシャ・ウィルフォードでございます。イースター男爵の葬儀の際はご挨拶出来ず失礼いたしました」

 アリーシャは完璧な優雅さで会釈した。その姿に伯爵は圧倒された。

(この方が本当に侯爵様の奥方なのか? あの日とはまるで別人のようだ。信じられん)

「これは、失礼いたしました。奥方様、まさかこれほどまでに……」

 伯爵は言葉を濁し、すぐに気を取り直した。

「お二方のご参加、心より感謝申し上げます。特に侯爵夫人は、今宵の社交界に大輪の花を咲かせていただきました」

 こうしてアリーシャとロビンソン伯爵との顔繋ぎが無事終わった。

 そこに、静かな音楽が流れ出す。
 社交界という、華やかな舞台の中で、アリーシャの運命は、確かに変わろうとしていた。
 そこにいたのは以前のアリーシャではなく、覚悟を決めた侯爵夫人だった。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

【完結】私よりも、病気(睡眠不足)になった幼馴染のことを大事にしている旦那が、嘘をついてまで居候させたいと言い出してきた件

よどら文鳥
恋愛
※あらすじにややネタバレ含みます 「ジューリア。そろそろ我が家にも執事が必要だと思うんだが」 旦那のダルムはそのように言っているが、本当の目的は執事を雇いたいわけではなかった。 彼の幼馴染のフェンフェンを家に招き入れたかっただけだったのだ。 しかし、ダルムのズル賢い喋りによって、『幼馴染は病気にかかってしまい助けてあげたい』という意味で捉えてしまう。 フェンフェンが家にやってきた時は確かに顔色が悪くてすぐにでも倒れそうな状態だった。 だが、彼女がこのような状況になってしまっていたのは理由があって……。 私は全てを知ったので、ダメな旦那とついに離婚をしたいと思うようになってしまった。 さて……誰に相談したら良いだろうか。

【完結】私より優先している相手が仮病だと、いい加減に気がついたらどうですか?〜病弱を訴えている婚約者の義妹は超が付くほど健康ですよ〜

よどら文鳥
恋愛
 ジュリエル=ディラウは、生まれながらに婚約者が決まっていた。  ハーベスト=ドルチャと正式に結婚する前に、一度彼の実家で同居をすることも決まっている。  同居生活が始まり、最初は順調かとジュリエルは思っていたが、ハーベストの義理の妹、シャロン=ドルチャは病弱だった。  ドルチャ家の人間はシャロンのことを溺愛しているため、折角のデートも病気を理由に断られてしまう。それが例え僅かな微熱でもだ。  あることがキッカケでシャロンの病気は実は仮病だとわかり、ジュリエルは真実を訴えようとする。  だが、シャロンを溺愛しているドルチャ家の人間は聞く耳持たず、更にジュリエルを苦しめるようになってしまった。  ハーベストは、ジュリエルが意図的に苦しめられていることを知らなかった。

十六歳の妹の誕生日、私はこの世を去る。

あいみ
恋愛
碌に手入れもされていない赤毛の伯爵令嬢、スカーレット。 宝石のように澄んだ青い髪をした伯爵令嬢、ルビア。 対極のような二人は姉妹。母親の違う。 お世辞にも美しいと言えない前妻の子供であるスカーレットは誰からも愛されない。 そばかすだらけで、笑顔が苦手な醜い姉。 天使のように愛らしく、誰からも好かれる可愛い妹。 生まれつき体の弱いルビアは長くは生きられないと宣告されていた。 両親の必死に看病や、“婚約者の献身的なサポート”のおかげで、日常生活が送れるようになるまで回復した。 だが……。運命とは残酷である。 ルビアの元に死神から知らせが届く。 十六歳の誕生日、ルビアの魂は天に還る、と。 美しい愛しているルビア。 失いたくない。殺されてなるものか。 それぞれのルビアを大切に思う想いが、一つの選択をさせた。 生まれてくる価値のなかった、醜いスカーレットを代わりに殺そう、と。 これは彼女が死ぬ前と死んだ後の、少しの物語。

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

いつまでも変わらない愛情を与えてもらえるのだと思っていた

奏千歌
恋愛
 [ディエム家の双子姉妹]  どうして、こんな事になってしまったのか。  妻から向けられる愛情を、どうして疎ましいと思ってしまっていたのか。

何か勘違いされていませんか?

りのりん
恋愛
楽しかった日常に不穏な雰囲気が あんなに憧れていた兄様が…… ダブルざまぁでさようなら

処理中です...