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2話
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侯爵邸の馬車に揺られ、私はカンナとともに街へと向かった。
馬車の中では、久しぶりの外出が嬉しいのか、カンナが次々と話題を振ってくる。私もつい笑みをこぼしながら、他愛もない会話に花を咲かせた。
やがて、目的地であるアムール商会の立派な建物が見えてきた。
白い壁に金の文字、上品さと華やかさを兼ね備えた外観だった。
馬車が止まり、降りようとしたその時、ドアの外から、すっと差し出された手があった。
思わず反射的にその手を取ってしまった私にその方は、柔らかな笑みを浮かべてくれた。
「ようこそ、我がアムール商会へ」
「ありがとうございます」
私は少し戸惑いながらも礼を返した。
その男性はとても優しい雰囲気の素敵な紳士だった。
「本日は、どのようなご用件で?」
「実は、新しい住まいに置く小物を少々見繕いたくて参りました」
そう答えた瞬間、後ろからカンナが小声でささやく。
「奥様、この手の優男にはお気をつけくださいませ」
「まあ、カンナ。初対面の方にそんなことを言っては失礼でしょう」
私がたしなめると、彼は楽しそうに目を細めて笑った。
「いやはや、手厳しい女性ですな。私はリチャード・アムール、ここの店主でございます。どうぞ今後ともご贔屓に」
その声には誠実さがにじんでいて、私は思わず軽く会釈した。
その後、私たちは店内をゆっくり見て回った。
花模様の陶器や繊細な刺繍のカーテン、そして温もりある木の家具が整然と並び、どれも手触りが柔らかく、心を穏やかにするものばかりだった。
いくつかの小物を選び、さらに気に入った椅子とテーブルのセットも購入することにした。それらは後日、屋敷へ届けてもらう手筈にした。その日は満ち足りた気持ちで店を後にした。
数日後。
アムール商会からの荷馬車が屋敷に到着した。
驚いたことに、店主のリチャードさん本人が同行していた。
「店主自らお運びくださるなんて、恐縮ですわ」
「どうぞお気になさらず。侯爵家へのお届けですので、失礼があってはいけないと思い、同行したまでです」
彼が丁寧に話をしていると、従業員が荷物を本宅へ運び込もうとした。私は慌てて声をかけた。
「あの、その荷物は」
言いかけたところで、駆けつけたカンナが素早く間に入ってくれた。
「そちらの荷物は、離れの方へお願いいたします」
そしてそのまま手際よく案内し、私は彼らの後を追った。
離れに着くと、リチャードさんが納得した顔をなさった。
「ああ、こちらは使用人のお部屋でございましたか」
その言葉に、私は一瞬ためらったが、正直に答えた。
「いえ、ここは私の部屋です。使用人ではございません」
言葉を濁す私を見て、リチャードさんは気まずそうにしながらも真摯に頭を下げてくれた。
「失礼いたしました。余計なことを申し上げました」
「いえ……お気になさらないでください」
その時、背後から聞き慣れた声が聞こえた。
「ああ、アリーシャ。先日話していた荷物が届いたのだな」
振り返ると、旦那様が女性を腕にぶら下げながら歩いて来た。
その女性は、私に対して蔑(さげす)んだ笑みを浮かべた。
「まあ、この方が奥様でいらっしゃるの?」
そう言ってから私を睨んだ。
「わたくしは、ウィンチェスター侯爵家のリリアナです。ご主人様にはいつもお世話になっておりますのよ」
「さようでございますか。こちらこそ、いつもありがとうございます。旦那様のこと、これからもどうぞよろしくお願いいたします」
私が返すと、リチャードさんは明らかに居心地が悪そうに視線を泳がせた。
そんな彼に、旦那様が軽く笑みを向けた。
「君は確か、アムール商会の会長だったかな?」
「はい、ウィルフォード侯爵様。お目にかかれて光栄です。リチャード・アムールと申します」
「君の商会は今、貴族の間でも評判だ。飛ぶ鳥を落とす勢いだと聞いている」
「恐れ入ります。皆様のご厚情の賜物でございます」
社交辞令が一通り交わされ、場が落ち着いたところで、私は恐る恐る旦那様に声をかけた。
「あのー、寝室の隅に置いてある私のベッドを、この離れに移したいのですが、よろしいでしょうか?」
「アリーシャの好きにするといい。それより……」
と旦那様はリチャードさんの方を見て言った。
「せっかくだ。彼らに運んでもらえばいい」
「いえ、それはあまりにも図々しのでは?」
「構いません、そこの二人手を貸して差し上げろ」
リチャードさんの一言で、従業員が速やかに動き出し、私の小さなベッドを丁寧に運び入れてくれた。
設置が終わる頃、リチャードさんがそっと一礼した。
「本日はありがとうございました。お部屋、素敵に仕上がるとよいですね」
その言葉に、私は微笑んで頷いた。
だけど彼らが去った後、胸の奥に小さな棘が残っていた。
窓辺に立ちながら、私は考えていた。
(どうして、あの時ベッドの話をしてしまったのかしら、せめて、リチャードさんが帰られた後にすればよかったのに)
溜息をついたところへ、カンナがやって来た。
「奥様、今日のあの様子を見て、リチャードさんたち、どう思われたでしょうか」
「さあー」
と答えながら
『やはりカンナも同じように思ったのね』
と心の中で後悔していた。
馬車の中では、久しぶりの外出が嬉しいのか、カンナが次々と話題を振ってくる。私もつい笑みをこぼしながら、他愛もない会話に花を咲かせた。
やがて、目的地であるアムール商会の立派な建物が見えてきた。
白い壁に金の文字、上品さと華やかさを兼ね備えた外観だった。
馬車が止まり、降りようとしたその時、ドアの外から、すっと差し出された手があった。
思わず反射的にその手を取ってしまった私にその方は、柔らかな笑みを浮かべてくれた。
「ようこそ、我がアムール商会へ」
「ありがとうございます」
私は少し戸惑いながらも礼を返した。
その男性はとても優しい雰囲気の素敵な紳士だった。
「本日は、どのようなご用件で?」
「実は、新しい住まいに置く小物を少々見繕いたくて参りました」
そう答えた瞬間、後ろからカンナが小声でささやく。
「奥様、この手の優男にはお気をつけくださいませ」
「まあ、カンナ。初対面の方にそんなことを言っては失礼でしょう」
私がたしなめると、彼は楽しそうに目を細めて笑った。
「いやはや、手厳しい女性ですな。私はリチャード・アムール、ここの店主でございます。どうぞ今後ともご贔屓に」
その声には誠実さがにじんでいて、私は思わず軽く会釈した。
その後、私たちは店内をゆっくり見て回った。
花模様の陶器や繊細な刺繍のカーテン、そして温もりある木の家具が整然と並び、どれも手触りが柔らかく、心を穏やかにするものばかりだった。
いくつかの小物を選び、さらに気に入った椅子とテーブルのセットも購入することにした。それらは後日、屋敷へ届けてもらう手筈にした。その日は満ち足りた気持ちで店を後にした。
数日後。
アムール商会からの荷馬車が屋敷に到着した。
驚いたことに、店主のリチャードさん本人が同行していた。
「店主自らお運びくださるなんて、恐縮ですわ」
「どうぞお気になさらず。侯爵家へのお届けですので、失礼があってはいけないと思い、同行したまでです」
彼が丁寧に話をしていると、従業員が荷物を本宅へ運び込もうとした。私は慌てて声をかけた。
「あの、その荷物は」
言いかけたところで、駆けつけたカンナが素早く間に入ってくれた。
「そちらの荷物は、離れの方へお願いいたします」
そしてそのまま手際よく案内し、私は彼らの後を追った。
離れに着くと、リチャードさんが納得した顔をなさった。
「ああ、こちらは使用人のお部屋でございましたか」
その言葉に、私は一瞬ためらったが、正直に答えた。
「いえ、ここは私の部屋です。使用人ではございません」
言葉を濁す私を見て、リチャードさんは気まずそうにしながらも真摯に頭を下げてくれた。
「失礼いたしました。余計なことを申し上げました」
「いえ……お気になさらないでください」
その時、背後から聞き慣れた声が聞こえた。
「ああ、アリーシャ。先日話していた荷物が届いたのだな」
振り返ると、旦那様が女性を腕にぶら下げながら歩いて来た。
その女性は、私に対して蔑(さげす)んだ笑みを浮かべた。
「まあ、この方が奥様でいらっしゃるの?」
そう言ってから私を睨んだ。
「わたくしは、ウィンチェスター侯爵家のリリアナです。ご主人様にはいつもお世話になっておりますのよ」
「さようでございますか。こちらこそ、いつもありがとうございます。旦那様のこと、これからもどうぞよろしくお願いいたします」
私が返すと、リチャードさんは明らかに居心地が悪そうに視線を泳がせた。
そんな彼に、旦那様が軽く笑みを向けた。
「君は確か、アムール商会の会長だったかな?」
「はい、ウィルフォード侯爵様。お目にかかれて光栄です。リチャード・アムールと申します」
「君の商会は今、貴族の間でも評判だ。飛ぶ鳥を落とす勢いだと聞いている」
「恐れ入ります。皆様のご厚情の賜物でございます」
社交辞令が一通り交わされ、場が落ち着いたところで、私は恐る恐る旦那様に声をかけた。
「あのー、寝室の隅に置いてある私のベッドを、この離れに移したいのですが、よろしいでしょうか?」
「アリーシャの好きにするといい。それより……」
と旦那様はリチャードさんの方を見て言った。
「せっかくだ。彼らに運んでもらえばいい」
「いえ、それはあまりにも図々しのでは?」
「構いません、そこの二人手を貸して差し上げろ」
リチャードさんの一言で、従業員が速やかに動き出し、私の小さなベッドを丁寧に運び入れてくれた。
設置が終わる頃、リチャードさんがそっと一礼した。
「本日はありがとうございました。お部屋、素敵に仕上がるとよいですね」
その言葉に、私は微笑んで頷いた。
だけど彼らが去った後、胸の奥に小さな棘が残っていた。
窓辺に立ちながら、私は考えていた。
(どうして、あの時ベッドの話をしてしまったのかしら、せめて、リチャードさんが帰られた後にすればよかったのに)
溜息をついたところへ、カンナがやって来た。
「奥様、今日のあの様子を見て、リチャードさんたち、どう思われたでしょうか」
「さあー」
と答えながら
『やはりカンナも同じように思ったのね』
と心の中で後悔していた。
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