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7話
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旦那様のもとに来ていたご夫人が帰るのを見計らい、私は本宅へと向かった。
「旦那様、先ほどまでこちらにいらした方は、高位貴族のご夫人ではありませんか?」
「ああ、レティシア公爵夫人だ。それがどうかしたのか?」
「ということは、未亡人ではなく、ご主人がいらっしゃるのですね?」
「まあ、そうなるな。だが、ほとんど屋敷には戻らぬそうだから、バレることはない。大丈夫だ」
「ですが、もし露見して訴えられた場合、どうなるかはご理解されていますよね?」
「その時はまたこの前のように、アリーシャの友人が屋敷を訪ねてきただけだと言えばいい」
「それでは私まで共犯になってしまいます。そんなこと、もう二度とごめんですからね」
「まあ、そうカリカリするな」
「とにかく、その時は事実をお話しします。そのおつもりで」
そう告げて、私は静かに離れへ戻った。
⸻
「ねえ、カンナ。旦那様はやはり前回の件で味を占めてしまわれたようだわ。困ったものね」
「でしたら奥様、ここで少し懲らしめなくてはなりませんね」
「何か良い手はないかしら?」
カンナは、先ほど旦那様とレティシア公爵夫人が会っていた離れの方角をちらりと見やり、鋭い目つきになった。
「奥様。旦那様は『バレないから大丈夫だ』と申されました。であれば『もうバレているかもしれない』という状況を作って差し上げましょう」
「もうバレている、ですって? どういうこと?」
「奥様が先日、リチャードさんと参加された舞踏会で、確か旦那様はイースター男爵の未亡人とご一緒だったと仰っていましたよね?」
「ええ、間違いないわ。あの方、旦那様とイースター男爵の葬儀にも参列していらしたから」
「でしたら、そのご夫人にレティシア公爵夫人の件を相談して、《忠告》の手紙をお書きいただくのです」
「え? 私が直接相談に行くということ?」
「そうです。もちろん脅迫などではなく、親身なご相談を装って。そうすれば自然に、レティシア公爵夫人宛てに“警告”の形で伝えられます」
「そんなお願い、聞いていただけるかしら?」
「そこは奥様の腕の見せどころです」
⸻
こうして私は、カンナを連れてイースター男爵夫人を訪ねることにした。
先触れを出せば警戒され、最悪の場合は旦那様の耳に入る恐れもある。
だから非常識とは承知のうえで、あえて突然訪問することにした。
(もっとも、既婚者と密会している時点で非常識なのだから、今さら気にすることもないわね)
屋敷に着き、名を告げると少し訝しげにされたものの、中へと通していただけた。
私はカンナと共に、嫁いできた経緯から旦那様の度重なる火遊び、そして今回の件が露見した場合にすべてを失う恐れ、それらを包み隠さず話した。
それも同情を誘うように。
話を聞いたご夫人は、少し俯いて静かに言った。
「ごめんなさい、侯爵様の噂は耳にしていたのに、主人を亡くして寂しかったの。もちろん、そんなこと理由にはならないわね」
「いいえ、決して責めるつもりで伺ったわけではありません。私も今の生活を失いたくないだけなのです。どうかお気になさらないでください」
そう伝えると、ご夫人はゆっくりと頷いた。
「分かりました。せめてもの償いに、レティシア公爵夫人へ先触れを出して、直接会いに行きます。手紙ですと、万一ご主人の目に触れないとも限りませんから」
そう仰ってくださり、私は深く頭を下げた。
「ただ、申し訳ありませんが、わたくしがあなたのご主人と関係があったことは伏せさせてください。あくまで人づてに噂を耳にしたという形での《忠告》として伝えます」
「もちろんです。その点はご夫人にお任せいたします。ただし、妻である私の名は、決して出さないとお約束ください」
「ええ、約束しますわ」
そう言って微笑んだ彼女の表情には、ほんの少し安堵と後悔の色が混じっていた。
こうして私とカンナは、速やかに男爵邸を後にした。
「旦那様、先ほどまでこちらにいらした方は、高位貴族のご夫人ではありませんか?」
「ああ、レティシア公爵夫人だ。それがどうかしたのか?」
「ということは、未亡人ではなく、ご主人がいらっしゃるのですね?」
「まあ、そうなるな。だが、ほとんど屋敷には戻らぬそうだから、バレることはない。大丈夫だ」
「ですが、もし露見して訴えられた場合、どうなるかはご理解されていますよね?」
「その時はまたこの前のように、アリーシャの友人が屋敷を訪ねてきただけだと言えばいい」
「それでは私まで共犯になってしまいます。そんなこと、もう二度とごめんですからね」
「まあ、そうカリカリするな」
「とにかく、その時は事実をお話しします。そのおつもりで」
そう告げて、私は静かに離れへ戻った。
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「ねえ、カンナ。旦那様はやはり前回の件で味を占めてしまわれたようだわ。困ったものね」
「でしたら奥様、ここで少し懲らしめなくてはなりませんね」
「何か良い手はないかしら?」
カンナは、先ほど旦那様とレティシア公爵夫人が会っていた離れの方角をちらりと見やり、鋭い目つきになった。
「奥様。旦那様は『バレないから大丈夫だ』と申されました。であれば『もうバレているかもしれない』という状況を作って差し上げましょう」
「もうバレている、ですって? どういうこと?」
「奥様が先日、リチャードさんと参加された舞踏会で、確か旦那様はイースター男爵の未亡人とご一緒だったと仰っていましたよね?」
「ええ、間違いないわ。あの方、旦那様とイースター男爵の葬儀にも参列していらしたから」
「でしたら、そのご夫人にレティシア公爵夫人の件を相談して、《忠告》の手紙をお書きいただくのです」
「え? 私が直接相談に行くということ?」
「そうです。もちろん脅迫などではなく、親身なご相談を装って。そうすれば自然に、レティシア公爵夫人宛てに“警告”の形で伝えられます」
「そんなお願い、聞いていただけるかしら?」
「そこは奥様の腕の見せどころです」
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こうして私は、カンナを連れてイースター男爵夫人を訪ねることにした。
先触れを出せば警戒され、最悪の場合は旦那様の耳に入る恐れもある。
だから非常識とは承知のうえで、あえて突然訪問することにした。
(もっとも、既婚者と密会している時点で非常識なのだから、今さら気にすることもないわね)
屋敷に着き、名を告げると少し訝しげにされたものの、中へと通していただけた。
私はカンナと共に、嫁いできた経緯から旦那様の度重なる火遊び、そして今回の件が露見した場合にすべてを失う恐れ、それらを包み隠さず話した。
それも同情を誘うように。
話を聞いたご夫人は、少し俯いて静かに言った。
「ごめんなさい、侯爵様の噂は耳にしていたのに、主人を亡くして寂しかったの。もちろん、そんなこと理由にはならないわね」
「いいえ、決して責めるつもりで伺ったわけではありません。私も今の生活を失いたくないだけなのです。どうかお気になさらないでください」
そう伝えると、ご夫人はゆっくりと頷いた。
「分かりました。せめてもの償いに、レティシア公爵夫人へ先触れを出して、直接会いに行きます。手紙ですと、万一ご主人の目に触れないとも限りませんから」
そう仰ってくださり、私は深く頭を下げた。
「ただ、申し訳ありませんが、わたくしがあなたのご主人と関係があったことは伏せさせてください。あくまで人づてに噂を耳にしたという形での《忠告》として伝えます」
「もちろんです。その点はご夫人にお任せいたします。ただし、妻である私の名は、決して出さないとお約束ください」
「ええ、約束しますわ」
そう言って微笑んだ彼女の表情には、ほんの少し安堵と後悔の色が混じっていた。
こうして私とカンナは、速やかに男爵邸を後にした。
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