文字の大きさ
大
中
小
9 / 42
9話
その頃、王宮では。
広い執務室に陛下が一人お座りになり、書状を読み終えると、静かにため息をついた。
「あれほどの功績を立てておきながら、あの若者は遠慮深すぎるのだな。わしが一肌脱ぐしかないな」
そこへ侍従が、やってきた。
「エドガー卿をお連れいたしました」
「入れ」
扉が開き、エドガー卿が姿を見せた。
背筋は伸びているが、その態度には彼らしい奥ゆかしさが感じられた。
「陛下、お呼びとのことで参上いたしました」
陛下はしばらく彼を見つめ、それからゆっくりと話し出した。
「そなたが会いたいと申した令嬢とは中々話が進んでないようだな。よって、わしからエクセター侯爵家にそなたへ嫁ぐよう王命を出しておいたぞ」
「え、王命ですか?」
「遠慮するな」
陛下は少しだけ苦笑される。
「そなたの戦場での働きは誰もが認めるところだ。だが領地の再建には妻というもう一つの力が必要だろう」
エドガー卿は息を呑んだ。
「そうだ。あの家は兄弟仲が良いからな。兄の公爵殿に頼めば、弟の侯爵も動いてくれる。心配はいらぬ。そなたはただ、その令嬢を妻として迎え入れれば良いだけだ。エクセター家の令嬢は、貴族の作法にも領地の仕組みにも詳しい」
エドガー卿は深く頭を垂れた。
「ありがたき幸せ。ですが……」
「ん?」
「その……。お嬢様にとって、私は……」
彼は言葉に詰まった。
王命ゆえに断れなかっただけなのでは? その不安が、表情にありありと浮かんでいる。
陛下は優しく笑みを浮かべた。
「心配しすぎだ、エドガー。そなたは少しばかり控えめすぎる。夫となるのだ、もっと胸を張れ。」
エドガー卿は陛下に深々と頭を下げた。
「はい。必ずや、期待に応えられる夫になってみせます」
ーーーー
王宮を後にした彼は、しばらく馬車の中で腕を組んで目を閉じていた。
(お嬢様は、きっとお困りになっているだろう。
王命であれば、断ることも叶わぬ。だがせめて……)
彼はゆっくり息を吐いた。
(お嬢様が心から私を選んでくださるまで、夫婦の関係は求めない。それがせめてもの誠意というものだ)
ーーーー
わたくしは応接室でお父様と共に、エドガー卿を出迎えた。
「本日はようこそお越し下さいました。エドガー卿」
彼はいつも通り、少し硬い表情で頭を下げた。
「お嬢様、本日は、私からお伝えしたいことがあって参りました」
お嬢様と呼ばれるたび、まだ距離を置かれているのだわと感じて胸がちくりとする。
「実は、陛下より、直接お言葉を賜りました。今回の縁談は王命である、と」
わたくしは一瞬、お父様を見る。
お父様はただ頷くだけだった。
「そして私は、お嬢様が本心からこの結婚を望まれたわけではないと、そう受け取りました」
「……まあ」
違う、と言えないのが苦しい。
本当はわたくし自身が王命の形にしてくださいと父に頼んだのに。
「ですから私は、結婚しても夫婦の関係を持つことはいたしません。お嬢様が、いつか心の底から私を望んでくださるその日まで」
真摯で正直な宣言に、わたくしは胸が熱くなる。
「作法も領地経営もすべてにおいて努力いたします。いつか、お嬢様にふさわしい男と胸を張って言えるようになるまで」
その誠実さが、ひどく愛おしく思えた。
「エドガー卿」
わたくしは彼を見つめた。
「でしたらわたくしも、その努力に寄り添わせてください。あなたの飛躍を、わたくしなりに支えますわ」
それでも彼はやはりお嬢様と呼ぶ。
距離はまだある。
でも、わたくしの心はほんの少しだけ近づいていた。
広い執務室に陛下が一人お座りになり、書状を読み終えると、静かにため息をついた。
「あれほどの功績を立てておきながら、あの若者は遠慮深すぎるのだな。わしが一肌脱ぐしかないな」
そこへ侍従が、やってきた。
「エドガー卿をお連れいたしました」
「入れ」
扉が開き、エドガー卿が姿を見せた。
背筋は伸びているが、その態度には彼らしい奥ゆかしさが感じられた。
「陛下、お呼びとのことで参上いたしました」
陛下はしばらく彼を見つめ、それからゆっくりと話し出した。
「そなたが会いたいと申した令嬢とは中々話が進んでないようだな。よって、わしからエクセター侯爵家にそなたへ嫁ぐよう王命を出しておいたぞ」
「え、王命ですか?」
「遠慮するな」
陛下は少しだけ苦笑される。
「そなたの戦場での働きは誰もが認めるところだ。だが領地の再建には妻というもう一つの力が必要だろう」
エドガー卿は息を呑んだ。
「そうだ。あの家は兄弟仲が良いからな。兄の公爵殿に頼めば、弟の侯爵も動いてくれる。心配はいらぬ。そなたはただ、その令嬢を妻として迎え入れれば良いだけだ。エクセター家の令嬢は、貴族の作法にも領地の仕組みにも詳しい」
エドガー卿は深く頭を垂れた。
「ありがたき幸せ。ですが……」
「ん?」
「その……。お嬢様にとって、私は……」
彼は言葉に詰まった。
王命ゆえに断れなかっただけなのでは? その不安が、表情にありありと浮かんでいる。
陛下は優しく笑みを浮かべた。
「心配しすぎだ、エドガー。そなたは少しばかり控えめすぎる。夫となるのだ、もっと胸を張れ。」
エドガー卿は陛下に深々と頭を下げた。
「はい。必ずや、期待に応えられる夫になってみせます」
ーーーー
王宮を後にした彼は、しばらく馬車の中で腕を組んで目を閉じていた。
(お嬢様は、きっとお困りになっているだろう。
王命であれば、断ることも叶わぬ。だがせめて……)
彼はゆっくり息を吐いた。
(お嬢様が心から私を選んでくださるまで、夫婦の関係は求めない。それがせめてもの誠意というものだ)
ーーーー
わたくしは応接室でお父様と共に、エドガー卿を出迎えた。
「本日はようこそお越し下さいました。エドガー卿」
彼はいつも通り、少し硬い表情で頭を下げた。
「お嬢様、本日は、私からお伝えしたいことがあって参りました」
お嬢様と呼ばれるたび、まだ距離を置かれているのだわと感じて胸がちくりとする。
「実は、陛下より、直接お言葉を賜りました。今回の縁談は王命である、と」
わたくしは一瞬、お父様を見る。
お父様はただ頷くだけだった。
「そして私は、お嬢様が本心からこの結婚を望まれたわけではないと、そう受け取りました」
「……まあ」
違う、と言えないのが苦しい。
本当はわたくし自身が王命の形にしてくださいと父に頼んだのに。
「ですから私は、結婚しても夫婦の関係を持つことはいたしません。お嬢様が、いつか心の底から私を望んでくださるその日まで」
真摯で正直な宣言に、わたくしは胸が熱くなる。
「作法も領地経営もすべてにおいて努力いたします。いつか、お嬢様にふさわしい男と胸を張って言えるようになるまで」
その誠実さが、ひどく愛おしく思えた。
「エドガー卿」
わたくしは彼を見つめた。
「でしたらわたくしも、その努力に寄り添わせてください。あなたの飛躍を、わたくしなりに支えますわ」
それでも彼はやはりお嬢様と呼ぶ。
距離はまだある。
でも、わたくしの心はほんの少しだけ近づいていた。
感想 0
あなたにおすすめの小説
王妃教育を辞退したら「困る」と国王陛下が直接迎えに来ました ~婚約破棄された私に、王太子ではなく国王陛下が求婚してきます〜
由香【全一話完結】
王太子の心変わりによって婚約を破棄された侯爵令嬢リリアーナ。
十年以上受け続けた王妃教育も辞退し、ようやく自由になれると思っていた。
ところが数日後、侯爵家を訪れたのは国王陛下本人。
「王妃教育を辞退されると困る。私の妃になってほしい」
努力を踏みにじった王太子はすべてを失い、選ばれたのは誠実に生きてきた彼女だった。
これは、年上国王に溺愛されながら、世界一幸せな王妃になるまでの逆転ラブストーリー。
大丈夫、と言いながら私を泥に塗れさせる婚約者など不要です
たると「大丈夫だ。何も心配は要らないから、お顔をお上げ。不完全な者を許し、正しく導くことこそが、高貴なる血に課せられた使命なのだから。……誰にだって、不運な躓きはあるものだよ」
大丈夫。
その耳ざわりの良い、美しい言葉が応接室に響いた瞬間、私の視界は白く冷たく染まっていく。
まただ。
私の胸の奥で、何かがパキリと小さな音を立ててひび割れた。
それがもう何度目の亀裂なのか、数える気力すら今の私には残っていない。
ダミアン・カトプレシス伯爵子息。私の婚約者である彼は、いつだって優しかった。
彼の口から紡がれる言葉は、まるで聖書の一節か、一流の劇作家が書いた戯曲のように高潔で、無垢で――そして、気が遠くなるほどに無責任だった。
【完結】愛を知らない令嬢は、最強スキルツリーを解放して辺境で花開く
シマセイ「完璧な令嬢」であることを強要され、システムによって感情を封じられていた侯爵令嬢ルシアン。
ある日、王太子から理不尽な婚約破棄を言い渡された瞬間、彼女の視界に謎のメッセージが浮かび上がる。
『チュートリアル終了。スキルツリーを解放します』
長年の苦行から解放されたルシアンは、莫大なポイントで規格外の魔法やユニークスキルを獲得。未練など微塵もなく、しがらみだらけの王都をあっさりと捨てて自由な旅へと出発する。
道中、辺境を治める無骨だが誠実な竜騎士・クロードの窮地を救った彼女は、その実力を見込まれて辺境領に迎え入れられることに。
スキルをアンロックするごとに「美味しい」「楽しい」といった豊かな感情を取り戻していくルシアン。クロードたちと領地を開拓し、穏やかな日々を過ごす中で、氷のように冷たかった彼女の心は少しずつ溶かされていく。
これは、愛を知らなかった最強の令嬢が、自由な辺境の地で本当の自分と幸せを見つけるまでの物語。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました 〜私をライバル視する首席魔法使いが、なぜか今日も胃痛です〜
富士山麓「一級魔法使いになれなかった君に、公爵家の妻は務まらない」
魔法学院を次席で卒業した伯爵令嬢シャーリー・ドットは、婚約者からそう告げられ、あっさり婚約破棄されてしまう。
けれど、実はシャーリーは一級魔法使い試験に落ちたわけではなかった。
ただ、試験会場を間違えただけ。
そして間違えて受けた先で、料理人最高峰の資格――特級厨師に合格していたのだ。
「十年後の試験を待つより、今おいしいものを作りたいです」
そうして料理人として生きることを決めたシャーリーは、王宮料理大会で優勝し、王宮厨房へ招かれる。
疲れ切った国王には胃に優しい卵粥を。
夜勤続きの魔術師団には魔力回復の軽食を。
魔瘴毒に苦しむ避難民には、食べられるためのとろみ粥を。
本人はただ「食べる人に合った料理」を作っているだけなのに、なぜか国王の胃袋を掴み、救国食堂を開き、ついには魔王城で魔王にまでご飯の大切さを教えることに。
一方、魔法学院首席卒業の一級魔法使いナターシャ・キンスキーは、シャーリーの本当の実力を知る唯一の人物。
「一番になれないんじゃない。一番にならない女なのよ!」
料理で国を動かしていくシャーリーに、ナターシャの胃痛は今日も止まらない。
婚約破棄された料理好き令嬢が、無自覚に国を救っていく。
そして、彼女を勝手にライバル視していた首席魔法使いと、いつの間にか友達になる。
料理魔法×婚約破棄×勘違いコメディ×女の友情ファンタジー。
婚約破棄された呪文仕立て師は、辺境公爵に「君の声でしか眠れない」と囲われる 〜妹に聖女の座を奪われましたが、私の縫ったドレスだけが王国の呪
天哭斎黒麒麟婚約破棄された呪文仕立て師は、辺境公爵に「君の声でしか眠れない」と囲われる
〜妹に聖女の座を奪われましたが、私の縫ったドレスだけが王国の呪いを解けるようです〜
---------------------------------------------------------------------------------------------------
伯爵令嬢セレナは、王太子の婚約者として十年間、王宮の聖衣や祭礼衣装を仕立ててきた。
けれど舞踏会の夜、王太子は大勢の前でセレナとの婚約破棄を宣言する。
新たな婚約者に選ばれたのは、華やかな聖女として持て囃される妹リリアだった。
「君のように陰気な女より、リリアの方が王妃にふさわしい」
家族にも庇われず、追放同然に王都を出たセレナ。
雪道で倒れた彼女を拾ったのは、北境を治める冷酷公爵ヴィクトルだった。
戦場の呪いに侵され、夜ごと悪夢に苦しむヴィクトル。
どんな聖女も魔術師も彼を救えなかった。
けれど、セレナが縫った一枚の布だけが、彼の呪いを鎮める。
「君を雇う。俺のために縫え。対価は払う。居場所も、工房も、君の名誉も用意する」
契約から始まった二人の関係。
だが、セレナの縫う夜着と、彼女の声だけがヴィクトルを眠らせるうちに、冷酷だった公爵は彼女を手放せなくなっていく。
一方その頃、王都では異変が起こり始めていた。
神殿の聖衣は裂け、結界石は濁り、妹リリアの聖女魔法では何ひとつ救えない。
なぜなら、王国を守っていたのは妹ではなく、セレナが縫い続けてきた呪文仕立てだったから。
今さら戻れと言われても、もう遅い。
私を捨てた王都より、私の名前を呼んでくれる辺境で生きていきます。
これは、すべてを奪われた呪文仕立て師の令嬢が、冷酷公爵に溺愛されながら、自分の価値を取り戻し、王国の呪いをほどいていく物語。
死に戻った元護衛騎士は、娘を奪った旦那と聖女を許さない
くま
かつて私は、ダークストナイト王国の王太子護衛騎士だった。
教会所属の聖騎士――ユリウス・レジデンス。
孤児として育った私達は、互いを支え合い、恋に落ち、夫婦となった。
やがて娘アンナも生まれ、慎ましくも幸せな日々を送っていた――あの日までは、、、
大地震の夜、地震で教会が倒壊し火災が発生した。
崩れ落ちる瓦礫の下で、娘が助けを求めて泣いていた。
けれどユリウスは、私達ではなく、“聖女メイテル”の手を取った。
娘を助けて、死を覚悟した瞬間。
私は眩い光に呑み込まれる。そして次に目覚めた時、私は男爵家の娘として生まれ変わっていた。
優しい両親と兄、孤児だった前世では知らなかった愛情。
けれど幸福を知るほど、胸を締め付ける。
――あの子は、生きているのだろうか。
やがて私は知る。
国王崩御から10年。
かつて護衛していた幼き王太子は出来損ない呼ばわりされており
混乱を鎮める名目で聖教会は国を掌握し、今や司教達が国を支配していることを。
そしてその中心にいるのが――
聖騎士ユリウスと、聖女メイテルだった。
さらに娘アンナは生きており
なぜか、“聖都の塔”に幽閉されたまま。
王太子と再会したのは10年ぶりだった、あの泣き虫で引っ込み思案だった小さな男の子は立派になっていた。
「君の剣筋、師匠に似てる」
「き、きのせいじゃない?」
そしてこの子は何故か、勘が良い。
教え子でもありまだまだ子供だと思っていたのに、、、何故か急接近してくるのだけど、あの無邪気な子は何処へいったの!?
これは、すべてを奪われた母である元護衛騎士が、
愛する娘を取り戻し、
聖女達を、元旦那を、破滅へと導いてやりましょうか
【完結】もう一度あなたと結婚するくらいなら、初恋の騎士様を選びます。
紺「価値のない君を愛してあげられるのは僕だけだよ?」
気弱な伯爵令嬢カトレアは両親や親友に勧められるまま幼なじみと結婚する。しかし彼は束縛や暴言で彼女をコントロールするモラハラ男だった。
ある日カトレアは夫の愛人である親友に毒殺されてしまう。裏切られた彼女が目を覚ますと、そこは婚約を結ぶきっかけとなった8年前に逆行していた。
このままではまた地獄の生活が始まってしまう……!
焦ったカトレアの前に現れたのは、当時少しだけ恋心を抱いていたコワモテの騎士だった。
もし人生やり直しが出来るなら、諦めた初恋の騎士様を選んでもいいの……よね?
逆行したヒロインが初恋の騎士と人生リスタートするお話。
ざまぁ必須、基本ヒロイン愛されています。
※誤字脱字にご注意ください。
※作者は更新頻度にムラがあります。どうぞ寛大なお心でお楽しみ下さい。
※ご都合主義のファンタジー要素あり。
十の加護を持つ元王妃は製菓に勤しむ
水瀬 立乃様々な神の加護を信じ崇める国・ティーズベル王国。
訳ありの元王妃・ティアは、その身分と聖女だった過去を隠し、愛息子と共に辺境のギニギル村で暮らしていた。
恩人で親友のマロアと二人で開店した米粉の洋菓子店・ホワンは連日大盛況。
年に一度の豊穣祭の初日、ある事件がきっかけでティアの日常は一変する。
私、王宮には戻りません。王都で気ままに、お菓子を作って暮らします!
※小説家になろう様でも同作品を連載しています(https://ncode.syosetu.com/n7467hc/)