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12話
結婚式から二週間ほどが経ち、わたくしの生活もようやく落ち着き始めた頃。
エドガー様は朝食の席で、少し困ったようにそれでも遠慮がちに話された。
「ミリアン……そろそろ領地の視察にご同行いただければと。ただ、無理を言うつもりではありません。ただの状況確認ですので……」
「まあ、もちろん伺いますわ。妻が領地も知らずに暮らすなんてできませんもの。それにわたくしにも領地経営をお手伝いさせてくださいまし」
わたくしが迷いなく返すと、エドガー様はどこかほっとしたように微笑んだ。
(この方はいつも、妻に迷惑ではないかと遠慮してばかりだわ)
わたくしは秘かに胸を痛めた。
ーーーー
屋敷を出ると、すでに馬車の前で待ち構えていた人物がいた。
「ご主人様、ご準備は整っております」
四十代後半ほどの、やたら無駄のない動きをするこの男性、家令のレイモンドさんだ。
彼は以前、わたくしがアンを伴ってこちらのお屋敷に初めてお邪魔した時に出迎えてくれた人物でもある。
動作も言葉もすべてが完璧すぎていて、初対面の者は十中八九厳しそうと身構えるタイプだ。
さすがは、陛下が優秀な家令だからと、このお屋敷に遣わせただけのことはある。
「レイモンドさん、ごきげんよう」
わたくしは丁寧に挨拶した。
レイモンドさんは深々と頭を下げ、そしてわずかの隙も見せずにこちらを向いた。
「おはようございます、奥様。今回の視察には(覚悟)と(防寒具)と(柔軟な判断力)が必要でございますので、すべてご用意いたしました」
「ま、まあ……ありがとうございます」
(覚悟ってなに?)とわたくしは一瞬だけ不安になった。だけど彼の唇の端が上がっているから、きっとこれは彼なりに冗談を含めたつもりなのかしら? そう思うことにいたしましょう。
ーーーー
領地に向かう途中、レイモンドさんが資料を次々と差し出してくる。
「こちらは昨年度の収穫量の推移です」
「こちらは税収の帳簿。不正はございません」
「こちらは各農村の人口分布で……」
「こちらは……」
わたくしは目を細めた。
「レイモンドさん、これは、わたくしに全部覚えろという意味でして?」
「はい」
『即答だわ!』とわたくしは心の中で焦った。
エドガー様が慌てて助けに入る。
「レイモンド、その……急ぎすぎるとミリアンが困ってしまう。少しずつでよいのでは?」
「ご主人様。領地経営を手伝うと仰った奥様に、基礎を省略することは寧ろ失礼でございます」
「う……それは、そうだが」
わたくしは苦笑し、肩をすくめた。
「大丈夫ですわ、エドガー様、このくらいの資料、実家にいた頃に比べれば可愛らしいものですもの」
真面目な顔で言ったわたくしに、レイモンドさんは興味深そうな眼差しを向けた。
「さすがは元侯爵令嬢。期待以上でいらっしゃる」
やっと厳しい家令の第一関門を突破したようだった。
ーーーー
領地に到着すると、兵士たちが待ち構えていた。
「奥様! ようこそおいでくださいました!」
「奥様、道中お疲れではありませんか?」
ふふ、もうすっかり懐かれているわ。
村人たちも、エドガー様と並んで歩くわたくしを見てひそひそとささやいている。
「噂の新しい奥様か」
「まあ、お綺麗な方だねえ」
「領主様、あんな美しい人を……!」
エドガー様の耳が赤くなった。
一人の兵士が頭を下げる。
「お、奥様。皆、不躾で申し訳ありません」
「ふふ。いいえ、皆さん初めてですもの、気になって当然ですわ。どうぞお気遣いなく」
その一言で、エドガー様の赤みはさらに増したように見えた。
ーーーー
視察の中で、わたくしが気づいたことが一つあった。
「この土地……土の質は悪くはありませんのに、収穫量が伸び悩んでいますわね。里芋ですか?」
レイモンドさんが即座に頷いた。
「奥様、仰る通りでございます。水はけが良すぎ、晴天が少し続くと乾きすぎるのです。その上肥料も高価で、農民の負担となっております」
「もしや、堆肥を混ぜて土壌を重くする工夫は?」
「そこまでは考えておりませんでした」
「では、わたくしの実家で行っていた方法を試してみましょう。家畜の糞だけではなく、砕いた落ち葉や麦藁を混ぜるのです。簡易ですが、土が落ち着きますわ」
家令のレイモンドさんの目が、驚きで輝いた。
「これは、すぐに試す価値がございます」
エドガー様も感心したようにわたくしを見つめる。
「奥様は本当にお詳しい」
「ええ、将来嫁ぐと決まった時に父がどのような家に嫁いでも困らぬようにと他にも色々と教えて下さいましたのよ」
「侯爵様、本当に素晴らしい教育方針です」
兵士たちも感動の眼差しを向けてくる。
「奥様って、万能すぎません?」
「団長には出来すぎた方では……」
「やめろ、団長がしょんぼりするだろ」
賑やかに盛り上がる兵士たちに、わたくしはくすりと笑った。
こうして、わたくしの本気の領地経営がこの日から始まった。
エドガー様は朝食の席で、少し困ったようにそれでも遠慮がちに話された。
「ミリアン……そろそろ領地の視察にご同行いただければと。ただ、無理を言うつもりではありません。ただの状況確認ですので……」
「まあ、もちろん伺いますわ。妻が領地も知らずに暮らすなんてできませんもの。それにわたくしにも領地経営をお手伝いさせてくださいまし」
わたくしが迷いなく返すと、エドガー様はどこかほっとしたように微笑んだ。
(この方はいつも、妻に迷惑ではないかと遠慮してばかりだわ)
わたくしは秘かに胸を痛めた。
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屋敷を出ると、すでに馬車の前で待ち構えていた人物がいた。
「ご主人様、ご準備は整っております」
四十代後半ほどの、やたら無駄のない動きをするこの男性、家令のレイモンドさんだ。
彼は以前、わたくしがアンを伴ってこちらのお屋敷に初めてお邪魔した時に出迎えてくれた人物でもある。
動作も言葉もすべてが完璧すぎていて、初対面の者は十中八九厳しそうと身構えるタイプだ。
さすがは、陛下が優秀な家令だからと、このお屋敷に遣わせただけのことはある。
「レイモンドさん、ごきげんよう」
わたくしは丁寧に挨拶した。
レイモンドさんは深々と頭を下げ、そしてわずかの隙も見せずにこちらを向いた。
「おはようございます、奥様。今回の視察には(覚悟)と(防寒具)と(柔軟な判断力)が必要でございますので、すべてご用意いたしました」
「ま、まあ……ありがとうございます」
(覚悟ってなに?)とわたくしは一瞬だけ不安になった。だけど彼の唇の端が上がっているから、きっとこれは彼なりに冗談を含めたつもりなのかしら? そう思うことにいたしましょう。
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領地に向かう途中、レイモンドさんが資料を次々と差し出してくる。
「こちらは昨年度の収穫量の推移です」
「こちらは税収の帳簿。不正はございません」
「こちらは各農村の人口分布で……」
「こちらは……」
わたくしは目を細めた。
「レイモンドさん、これは、わたくしに全部覚えろという意味でして?」
「はい」
『即答だわ!』とわたくしは心の中で焦った。
エドガー様が慌てて助けに入る。
「レイモンド、その……急ぎすぎるとミリアンが困ってしまう。少しずつでよいのでは?」
「ご主人様。領地経営を手伝うと仰った奥様に、基礎を省略することは寧ろ失礼でございます」
「う……それは、そうだが」
わたくしは苦笑し、肩をすくめた。
「大丈夫ですわ、エドガー様、このくらいの資料、実家にいた頃に比べれば可愛らしいものですもの」
真面目な顔で言ったわたくしに、レイモンドさんは興味深そうな眼差しを向けた。
「さすがは元侯爵令嬢。期待以上でいらっしゃる」
やっと厳しい家令の第一関門を突破したようだった。
ーーーー
領地に到着すると、兵士たちが待ち構えていた。
「奥様! ようこそおいでくださいました!」
「奥様、道中お疲れではありませんか?」
ふふ、もうすっかり懐かれているわ。
村人たちも、エドガー様と並んで歩くわたくしを見てひそひそとささやいている。
「噂の新しい奥様か」
「まあ、お綺麗な方だねえ」
「領主様、あんな美しい人を……!」
エドガー様の耳が赤くなった。
一人の兵士が頭を下げる。
「お、奥様。皆、不躾で申し訳ありません」
「ふふ。いいえ、皆さん初めてですもの、気になって当然ですわ。どうぞお気遣いなく」
その一言で、エドガー様の赤みはさらに増したように見えた。
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視察の中で、わたくしが気づいたことが一つあった。
「この土地……土の質は悪くはありませんのに、収穫量が伸び悩んでいますわね。里芋ですか?」
レイモンドさんが即座に頷いた。
「奥様、仰る通りでございます。水はけが良すぎ、晴天が少し続くと乾きすぎるのです。その上肥料も高価で、農民の負担となっております」
「もしや、堆肥を混ぜて土壌を重くする工夫は?」
「そこまでは考えておりませんでした」
「では、わたくしの実家で行っていた方法を試してみましょう。家畜の糞だけではなく、砕いた落ち葉や麦藁を混ぜるのです。簡易ですが、土が落ち着きますわ」
家令のレイモンドさんの目が、驚きで輝いた。
「これは、すぐに試す価値がございます」
エドガー様も感心したようにわたくしを見つめる。
「奥様は本当にお詳しい」
「ええ、将来嫁ぐと決まった時に父がどのような家に嫁いでも困らぬようにと他にも色々と教えて下さいましたのよ」
「侯爵様、本当に素晴らしい教育方針です」
兵士たちも感動の眼差しを向けてくる。
「奥様って、万能すぎません?」
「団長には出来すぎた方では……」
「やめろ、団長がしょんぼりするだろ」
賑やかに盛り上がる兵士たちに、わたくしはくすりと笑った。
こうして、わたくしの本気の領地経営がこの日から始まった。
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