Love Potion

煉彩

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魔法のカクテル 3

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「滝沢さん、今日は仕事終わりに寄っただけだから。オーナーって呼ばなくて良いよ。プライベートで来ているようなものだし。あっ、いつものお願いします」

「かしこまりました」

 やっぱりこの人、ここのオーナーさんなんだ。
 オーナーと呼ばれている彼をしっかりと見てしまった。自然と目が合う。
 
 あっ、なんか気まずい。
 自分から彼を見ておいて申し訳ないと思いながら、目を逸らす。

 私、結婚指輪してるし、一人でお酒を飲みに来ている寂しい女だと思われたんだろうな。
 
 平然を装い、カクテルを一口飲む。
 やっぱり美味しい、私の好きな味だ。
 勇気を出してお店に来て良かった。
 今度はいつ来れるんだろう。
 もうここに来ることはできないのかな。
 現実を思い出し、急に悲しくなった。

 その時――。

「すみません。隣、良いですか?」

「えっ」
 オーナーさんが声をかけてくれた。
 どうしよう。
 
 一瞬悩んだが
「はい。どうぞ」
 別に悪いことをしているわけではない。

 オーナーさんの顔をしっかり見ることができなくて、ペコっと頭を下げる。

「良かった。ありがとうございます」

「加賀宮さん、お待たせいたしました」

「ありがとう」
 加賀宮かがみやさんって名前なんだ。
 滝沢さんと呼ばれたバーテンダーさんが加賀宮さんにカクテルを持ってきてくれた。
 どうしよう。
 こっちから話せば良いの?
 でもそれじゃあ、ナンパしてくださいって言ってるようなものだし……。

 身体を硬直させていると
「ここは初めてなんですか?」
 加賀宮さんから話を振ってくれた。

「あっ。はい。初めてです。前から来てみたいと思っていて、なかなか機会がなかったんですけど、今日寄ることができました。私のイメージに合ったカクテルを作ってもらったんですけど、とても美味しくて。お店の雰囲気も落ち着いているから、居心地が良くて。またいつか来たいです」

「そうですか」
 彼は良かったという風に笑った。

 あれ?
 なんか笑うと可愛い。
 彼の一瞬の微笑みに緊張が解け、身体の力が抜けた。

「失礼ですが、ご結婚されているんですか?」
 彼は私の左手の薬指に視線を合わせた。

「あっ。はい。結婚しています」

「そうなんですね。こんな綺麗な女性が毎日帰りを待っていてくれると思うと、旦那さんが羨ましいです」

 ええっ!
 そんなこと言われたことないし。
 お世辞だとわかってるけど、なんて答えればいいんだろう。

「ありがとうございます」
 とりあえず、愛想笑いで誤魔化そう。
 カクテルを一口飲んで、自分を落ち着かせた。

「今日、旦那さんは?」

「今日から二泊三日の出張です。いろいろあって、私も気分転換したくて。久し振りに自分のために外出をしました」

 加賀宮さんはカクテルを一口飲み
「良かったら、話を聞きますよ」
 そう言ってくれた。

 話……か。
 私たち夫婦の家柄を知っている人には、こんな破綻した夫婦生活のことなんて誰にも相談できなかった。誰が噂を広めてもおかしくはない。だから、いつも自分の中に溜め込んできた。
 
 今日くらい、打ち明けても良いのだろうか。
 この人加賀宮とは、たった一夜で終わる出逢いだから。
 少しだけ、愚痴っても良いよね。
 精神的に疲れていたことと、お酒が入っていたこともあり、加賀宮さんに自分の胸の内を明かすことにした。

「長くなるんですけど。聞いてもらえますか?」

「もちろん。何かお役に立てれば僕も嬉しいから」

 優しいな。
 こんな優しい人いるんだ。

「夫とは……。結婚して二年目になるんですけど、仮面夫婦のような状態で。出張と偽って遊びに行ったり、キャバクラとかは日常茶飯事だし。他に浮気相手もいるみたいで。私はもう女として見られていないようで。夜も、レスで……」

 こんなことまで話して恥ずかしくなっちゃった。

「それは酷いな。そんな彼でも、まだ好きなんですか?」

 好き……か。

「もともと彼とはお見合いで、彼が私を最初は気に入ってくれたんです。家柄が……。えっと……。私の父が経営している会社を義父が金銭的にも経営面からもサポートしてくれていて。義父はちょっと大きい会社の社長なんです。夫も次期社長だとか言われていて」
 
 加賀宮さんは無言で話を聞いてくれた。

「言葉は悪いかもしれないけど、もし旦那さんと離婚したらその支援がなくなってしまうんですね?」

 加賀宮さんは私の拙い説明で核心部分を理解してくれた。

「そうなんです。離婚すれば私の家族も、父の会社の社員さんにも迷惑をかけてしまうから。夫の態度が辛くなって、一度だけ家族に離婚について相談をしたことがありました。頭を下げられて、我慢をしてくれって謝られました。一家破産だけは避けたいって。それから家族にも相談できなくて」

 思い返してみると、あんなに必死なお父さんとお母さん、はじめて見た。

「私は今、専業主婦なんです。お金の管理は全て夫なので、今日は秘密で隠してあるお金でこうやってお店に来ることができたんですけど」

 可哀想な人などと同情を得たいわけではない。
 ただ話を聞いてほしかった。

「可哀想だ、大変だね」なんて言う言葉はいらない。
 だって、自分がいけないから。
 こんな生活を選んでいるのは結局は自分なんだ。
 
 加賀宮さんは何も言わない。
 こんな暗い子、嫌だよね。重いよね。

「今、一番何がしたいの?」
 加賀宮さんは同情や励ましの言葉は言わず、ストレートに聞いてくれた。
 
 私は今、何がしたいんだろう。

「離婚ができないのであれば、せめて働きたい。パートでも良いんです。夫から指示を受け通っている、お料理教室とか茶道教室とかもう嫌。自分の好きなことをして生きたい」
 
 前に働きたいことを伝えたら「世間の目を気にしろ。俺の稼ぎが悪いって思われるだろ」とかって言われて、すぐ却下されたけど。

 もう一度、話してみようかな。
 孝介が家政婦さんを雇い続けたいのであれば、あの家に専業主婦としての私はいらないのだから。

「働きたいんですか?」
 不思議そうに加賀宮さんは私に問いかけた。

「はい。働くことはもともと嫌いではありません。いろんなことを勉強できるし。人間関係で悩んだ時もありますけど、それよりも関わった人からありがとうって言ってもらえることが嬉しくて」

 こんなこと、生活に余裕があるから言えることなんだって言われるかも知れないけど、仕事をしていた私の方が、生き生きしていたのは本当だから。

「やっとらしい話を聞けました」

「えっ?」
 
 あなたらしいってどういう意味だろう。
 私のこと、知っている人なの?
 加賀宮さんとは、今日初めて会ったはずなのに。

「僕から一杯、プレゼントしたいカクテルがあります。飲んでくれますか?」
 
 私の返事を待つことなく、加賀宮さんはバーカウンターへ移動した。
 滝沢さんは驚くことなくスッと場所を空けている。
 オーナーさんだから、加賀宮さんもカクテルは作れるんだ。

「あの、さっきもサービスしてもらいましたので」

「これは店からではなく、プレゼントです」

「えっと」

 困惑しているうちに、加賀宮さんは手際よくシェーカーを既に動かしている。
 あっと言う間に私の前に置かれたカクテルは、滝沢さんが作ってくれたものとは違って、綺麗なピンク色をしていた。
 マゼンダって言っていいのかな。

「さぁ、どうぞ。飲んでみてください」
 加賀宮さんがせっかく作ってくれたんだから。
 今更飲めませんなんて言えない。

「はい」
 一口飲む。ピーチ味だ。

「美味しいです」
 さっきのカクテルとは違って、とっても甘かった。
 なぜだろう、お酒が進む。気づけば、グラスは空になっていた。
 
 時計を見る。
 二十二時すぎ――。
 もうこんな時間。

 もしかしたら孝介から詮索の電話がかかってくるかもしれない、そろそろ帰らなきゃ。

「今日はお話聞いてくれてありがとうございました」
 隣に座っている加賀宮さんにお礼を伝える。

「もう帰るんですか?」

「はい。もしかしたら夫から電話が来るかもしれないので」

「わかりました。駅まで送って行きますよ。女性一人じゃ危ないから」
 加賀宮さんはスッと席を立った。
「大丈夫です!駅は近いので」
 私も席を立とうとした。

 あれ……?
 身体がフラつく。カウンターに手を添えてしまった。

「ほら。危ないですよ」
 加賀宮さんが私のバッグを持ってくれた。
「すみません」
 スタスタと私の前を歩いて行く彼、店の外に出ようとしている。

「あの、バッグをかしてください!お会計を」
 加賀宮さんの後ろ姿に声をかけると
「加賀宮さんから既にお代をいただいております。また来てくださいね」    
 バーテンダーの滝沢さんがにこやかにそう伝えてくれた。

 どうしよう。でも彼を追いかけなきゃ。

「美味しかったです。ご馳走様でした」
 ペコっと頭を下げ、慌てて店を出る。

 エレベーターを待っている加賀宮さんに追いついた。
「あの、お支払い……」

「嫌なことを話してくれたお礼です。気にしないでください」
 彼は凛とそう言い放った。
 
 愚痴を聞いてもらったのは私なのに。
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