Love Potion

煉彩

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真実 5

 一週間後――。
 私の顔の腫れは引き、痛みもなくなった。
 生活は何も変わらない。
 孝介には浮気について何も言えていないし、もちろん美和さんにも問い質せていない。仮面夫婦を続けている。
 
 ただ、寝不足だった。あんなベッドで寝ることができない。
 一度ソファで寝ようと思ったが、孝介に
「どうしてそんなところで寝るんだよ。俺と一緒のベッドで寝れないのか!?」
 そう怒鳴られた。

 一緒に寝ていても、何かするわけでもないのに。

 乾燥機にかけたり、自分なりに寝れるように努力はしたつもりだが、生理的に受け付けなかった。
 ほぼ毎日顔を合わせる美和さんの目も、昔みたいに視線を合わせることができない。

「美月さん、なんだか顔色が悪いような……。何かあったんですか?」

「そうですか?特に何もないんですけどね」
 アハハと誤魔化してみたが、上手く笑えていただろうか。
 
 この一週間、加賀宮さんからも連絡がない。
 連絡、無い方が良いのに。
 スマホが鳴る度に加賀宮さんじゃないかと思ってしまう自分が嫌だ。
 少し優しくされただけで、彼を信用しちゃいけないのに。

 そんな時
「今日、会議で遅くなるから。父さんも一緒だから、そのまま実家に泊まる。明日のお昼前には帰る」
 仕事に行く前、孝介が玄関で靴を履きながら淡々と私にそう告げた。
 
 お父さんと一緒?本当なの?
 それともまた美和さんのところに泊まるの?

 何が真実で何が嘘かもうわからない。もう、どうでも良かった。孝介がいない方が気が休まる。

「わかりました。お疲れ様です」

 私の言葉を聞き終える前に、彼は出て行った。

「はぁ。孝介がいないんなら、美和さんは今日は来ないよね」

 ポスっとリビングのソファに座る。
 孝介がいない、このパターン……。
 もしかしたら加賀宮さんから連絡が来るかも。
 そう思っていたが、加賀宮さんから連絡が来ることはなかった。

 あっという間に夜になる。
 久し振りにゆっくり眠れるかも。
 ソファに横になり、目を閉じた――。

 気がつけば朝だった。
「ヤバい、こんな時間?」
 目覚まし時計をセットするのを忘れてしまった。

 慌ててシャワーを浴び、孝介がいつ帰って来ても良いように、部屋を整える。

<ガチャン>
 玄関のドアが開く音がした。

 もう帰って来たの?
 玄関まで迎えに行き、孝介の荷物を預かる。

「疲れた。シャワー浴びて、寝る」

 彼はそのままバスルームへ直行した。
 実家から帰ってきて疲れたっておかしくない?どうせ浮気してたんでしょ?それかまたキャバクラ?

 心の中で突っ込みをいれて、孝介の着替えを用意している時だった。
 バスルームから、孝介の声がした。
 
 どうしたんだろ。
 洋服を持ち、扉をノックし、中へ入る。

「おい、これはなんだ?」

 彼は下半身にタオルを巻き、バスルームの側溝に指を差した。

「え、なに?」
 私の目には何も映らない。

「よく見て見ろ!」
 側溝を覗き込むと、私の長い髪の毛が数本絡まっていた。

「あっ……。ごめんなさい」
 今朝慌ててシャワーを浴びたから、見逃してしまった。

「ふざけるなよ!お前、専業主婦だろ!何もすることないだろ!?美和さんがいないと何もできないのか?夫が疲れて帰って来ているのに、汚い風呂に入れってバカにしてるのか!?」

「ごめんなさい。バカにしているわけじゃ……」

「早く片付けろ!!」
 ドンっと思いっきり、突き飛ばされた。
 反動で、洗面台のシンクに腰が当たった。

「痛っ……」
 顔を歪ませている私に
「早くしろって言ってんだろ!」
 手首を掴まれ、強引に引っ張られる。

 態勢が悪く、タイルに向かって転倒してしまった。
「いた……い」
 これって、DVだよね。

「もういい」
 彼はその場からいなくなった。
 
 混乱、動揺、痛さでその場から動けなかった。涙も出ている。
 髪の毛が数本落ちてたくらいでここまでやる人っている?
 それとも、落ちてたくらいって思っちゃダメなの。
 孝介の価値観に考え方を合わすことができない。

 しばらくすると<ガチャン>と玄関が開く音がした。
 
 また孝介、出て行ったの?
 膝を確認すると、うっすら血が滲んでいた。
 手の甲も赤くなっている。腰にも痛みを感じた。

 もう、イヤ。こんなところに居たら、いつか殺されちゃう。
 立ち上がり、リビングへ戻る。
 誰もいない。
 玄関に行き、孝介の靴を確認すると、やはり出かけたようだった。

 寝不足もあってか、精神的に不安定になっていた。

「助けて……」
 スマホで母に電話をかける。

<もしもし?>
 元気そうな母の声がした。

「もしもし、お母さん?今、ちょっと良い?」

<大丈夫よ。どうしたの?美月、元気ないわね?>

「もう無理。孝介と離婚したい」

 私がそう伝えると
<えっ?急にどうしたの?ケンカでもした?>

「ケンカ……じゃない。実は……」
 
 私は孝介が浮気をしていること、暴力を受けたことを母に話した。
 我慢すれば良いと思っていたけど、家族の今後を考えられず「離婚」という言葉を口にしてしまうほど、私は追い詰められていた。

<ちょっと待っててね。お父さん、今日ちょうどお休みで今居るから。代わるね?>

 お母さん、やっぱり帰ってきなさいとか、そんな人とは離婚しなさいとか、言ってくれないんだ。
 お母さんがお父さんに私の話を伝えている声が電話越しに聞こえてきた。

<美月、申し訳ない。今すぐ孝介くんと離婚は……。考え直してほしい。お前が辛いのはよくわかる。お父さんもお母さんもお前が帰ってきても大丈夫なように、準備をしておくから?今すぐは……。本当にすまない。九条さんに何て言われるか……>

 お父さんは申し訳ないと言いながらも、離婚してほしくないみたいだ。

 そうだよね。
 私が離婚したら、お父さんの会社も大変なことになる。
 仕事もなくなっちゃうもんね。
 予想していた通りだった。

「わかった」
 とだけ伝え、電話を切る。

 私、ここに居る意味あるの?
 孝介だって、とっくに私のことなんて、愛してない。
 もしかしたら最初から恋愛感情なんかなかったかもしれない。

 これからの夫婦生活なんて一切考えられない。
 ずっと私が我慢してれば良いの?
 
 自問自答していても何も変わらないのに。

 その時――。
 加賀宮さんの顔が浮かんだ。
 どうしてだろう。彼の声が聞きたくなった。

 スマホをタップし、初めて自分から加賀宮さんに電話をかける。

<プルルルル……。プルルルル……>
 呼び出し音が鳴るも、何も返答がない。

 仕事中、だよね。
 電話を切ろうとした時だった。

<……もしもし?>
 加賀宮さんが電話に出てくれた。

「あの……。ごめんなさい」

<美月の方から電話してくるなんて、初めてだな。どうした?>
 
 ただ声が聞きたかったなんて言えない。
 内容は全然考えていなかった。

「やっぱりなんでもない。すみま……」

<なんかあったんだろ?素直に言えよ」

 どうしてわかるの?

 その時電話越しに
<社長。お客様から電話です>
 亜蘭さんの声が聞こえた。

<わかった……。保留にしておいて>

<……美月、話を聞く。?>

「うん」

 返事をすると電話が切れた。
 忙しそうだったな。

 あっ、後でって言われても孝介が居る時は電話できない。
 
 私、加賀宮さんに何を伝えたかったんだろう。
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