Love Potion

煉彩

文字の大きさ
28 / 66

過去 4

「美月にとか言われるの、不思議な感じした」
 耳元で彼が話す。

「私だって、とか言われるの、不思議だった。て言うか、嫌だった。加賀宮さんには、名前で呼んでほしい」
 素直に伝えている自分がいる。

「俺に……。少しは心開いてくれたの?」

「少し……ね」

 加賀宮さんは、私の働きたいと言う希望を叶えてくれた。
 どんな理由なのか、どうして私にそこまで関わろうとするのか、まだまだわからないことだらけだけど、今の自分にとって、あの家から出ることは救いだ。
 だから正直に答えたのかもしれない。

「少しでもいい」
 一言、彼がそう呟いたあと、抱き起こされた。

「これは真面目な話なんだけど、メニューの資料、ありがとう。あとでゆっくり見るから。ここまでしてくれるなんて、思ってなかった」

 あっ、良かった。
 私も気になっていたこと。

「ごめんなさい。今時手書きでノートとか……」

「本当はできるんだろ?苦手とか言ってたけど、基本的なパソコンスキルがないと、前の会社の事務なんて勤められないことくらいわかる。あいつが自分のパソコンとか使わせるとは思えなかったから」

 わかってくれてたの?

「できることをやろうとしてくれた姿勢、俺は好きだから」

 なんか、上司に褒められたみたいで嬉しい。

「ありがとう」
 それ以上の言葉が出てこなかった。

 その後、彼の運転でベガへ移動し、店内の説明を受けた。
 しばらく見学をし、その日は帰宅することになった。
 明日からは直接ベガへ行くことになる。
 
 加賀宮さんは<別件がある>と言って、途中移動してしまったが
「何かあったら遠慮なく相談してくださいね」
 別れる時、余所行き用の言葉を私に残してくれた。

 
 孝介が居るはずの自宅へ帰宅する。
 リビングへ向かい
「ただいま」
 声をかけた。

 テレビの音がする。
 孝介がソファに座っていた。

「どうだった?」

 もちろん<おかえり。お疲れ様>なんて言葉はかけてくれなかった。

「今日は本社で説明を受けたあと、カフェに移動して、お店の中を見せてもらったくらい」

「あっそ。なら良かったけど。何かあったら、事前にちゃんと報告しろよ」

 孝介が言う<何かあったら>は、九条家の評価を下げるようなことをしてしまったらという意味。
 私のことを心配して言っているわけではない。

「はい」

 返事をし、彼の夕食を準備したあと、お風呂に入ることにした。
 お風呂から出ると、孝介はもうリビングに居なかった。
 自分の部屋かな。
 ご飯は食べたの?

 キッチンを見ると、食べたあとの食器がダイニングテーブルに置いてあった。
 私が働くことになっても、孝介の態度は変わらないよね。

 次の日――。

「失礼します。はじめまして。九条と申します。よろしくお願いします」
 昨日教えてもらったスタッフの控室に入り、中に居た数人のスタッフさんに挨拶をした。
 その中には、女性リーダーの藤田さんも居て
「昨日はありがとうございました!よろしくお願いします」
 明るく声をかけてくれ、他のスタッフさんへ私を紹介してくれた。

「今日は、モニターとして実際にお店の雰囲気を見学していただければと思います」

 そう言われ、お客さんが座る席へ案内される。

「何かあったら遠慮なく言ってくださいね?」

 ニコッと藤田さんが笑ってくれた。
 藤田さんも綺麗な人だな。
 ミディアムくらいの髪の毛をしっかりと結び、お化粧もそんなに濃くない。清潔感のある人。

 席に置いてあるメニューを見たり、お客さんの雰囲気などを見て、気づいたことがあったらメモを取っていた。
 一人の人が多いな。
 お店のBGMは落ち着いた雰囲気だ。
 今のところドリンクメニューを頼んで、長時間滞在している人が多い。
 本を読んだり、タブレットを見たり、パソコンを開いてたり。

 それがランチになると雰囲気がガラリと変わった。
 オフィス街ともあり、ランチメニューを頼んで、すぐ食べて帰る人ばかり。

 男の人も増えるんだな。
 スタッフさんも忙しそうだ。
 簡単に作れて、男性もお腹いっぱいになるようなカフェメニュー。

 実際に現場に来て、いろいろ感じることがあった。
 ランチも落ち着き、お客さんが少なくなった頃――。

 メモを取っていると
「すみません。隣、座っても良いですか?」
 その声にビクっと身体が反応した。声の主を見る。

「お疲れ様です。
 他のスタッフさんの手前
「驚かさないでよ!」と言うわけにもいかない。

「お疲れ様です」

 加賀宮さんは私の隣に座った。
 加賀宮さんの姿を見て、リーダーの藤田さんが
「お疲れ様です。どうしたんですか?」
 すぐ駆け寄り、加賀宮さんに声をかけた。

「お疲れ様です。連絡もなしに、すみません。今日は九条さんが二日目と言うことで、せっかくなので、ベガのランチを一緒に食べようと思いまして。九条さんにも事前に伝えるのを失念してしまいました」

 微笑む彼は、柔らかな雰囲気、偽りの加賀宮さんだ。
感想 6

あなたにおすすめの小説

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

財閥御曹司は左遷された彼女を秘めた愛で取り戻す

花里 美佐
恋愛
榊原財閥に勤める香月菜々は日傘専務の秘書をしていた。 専務は御曹司の元上司。 その専務が社内政争に巻き込まれ退任。 菜々は同じ秘書の彼氏にもフラれてしまう。 居場所がなくなった彼女は退職を希望したが 支社への転勤(左遷)を命じられてしまう。 ところが、ようやく落ち着いた彼女の元に 海外にいたはずの御曹司が現れて?!

俺様上司に今宵も激しく求められる。

藤白ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end** ◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です! https://estar.jp/novels/26513389

溺婚

明日葉
恋愛
 香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。  以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。  イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。 「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。  何がどうしてこうなった?  平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?

4番目の許婚候補

富樫 聖夜
恋愛
愛美は家出をした従姉妹の舞の代わりに結婚することになるかも、と突然告げられた。どうも昔からの約束で従姉妹の中から誰かが嫁に行かないといけないらしい。順番からいえば4番目の許婚候補なので、よもや自分に回ってくることはないと安堵した愛美だったが、偶然にも就職先は例の許婚がいる会社。所属部署も同じになってしまい、何だかいろいろバレないようにヒヤヒヤする日々を送るハメになる。おまけに関わらないように距離を置いて接していたのに例の許婚――佐伯彰人――がどういうわけか愛美に大接近。4番目の許婚候補だってバレた!? それとも――? ラブコメです。――――アルファポリス様より書籍化されました。本編削除済みです。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

優しい雨が降る夜は

葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン 無自覚にモテる地味子に 余裕もなく翻弄されるイケメン 二人の恋は一筋縄ではいかなくて…… 雨降る夜に心に届いた 優しい恋の物語 ⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡ 風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格 雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン