Love Potion

煉彩

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過去 4

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「美月にとか言われるの、不思議な感じした」
 耳元で彼が話す。

「私だって、とか言われるの、不思議だった。て言うか、嫌だった。加賀宮さんには、名前で呼んでほしい」
 素直に伝えている自分がいる。

「俺に……。少しは心開いてくれたの?」

「少し……ね」

 加賀宮さんは、私の働きたいと言う希望を叶えてくれた。
 どんな理由なのか、どうして私にそこまで関わろうとするのか、まだまだわからないことだらけだけど、今の自分にとって、あの家から出ることは救いだ。
 だから正直に答えたのかもしれない。

「少しでもいい」
 一言、彼がそう呟いたあと、抱き起こされた。

「これは真面目な話なんだけど、メニューの資料、ありがとう。あとでゆっくり見るから。ここまでしてくれるなんて、思ってなかった」

 あっ、良かった。
 私も気になっていたこと。

「ごめんなさい。今時手書きでノートとか……」

「本当はできるんだろ?苦手とか言ってたけど、基本的なパソコンスキルがないと、前の会社の事務なんて勤められないことくらいわかる。あいつが自分のパソコンとか使わせるとは思えなかったから」

 わかってくれてたの?

「できることをやろうとしてくれた姿勢、俺は好きだから」

 なんか、上司に褒められたみたいで嬉しい。

「ありがとう」
 それ以上の言葉が出てこなかった。

 その後、彼の運転でベガへ移動し、店内の説明を受けた。
 しばらく見学をし、その日は帰宅することになった。
 明日からは直接ベガへ行くことになる。
 
 加賀宮さんは<別件がある>と言って、途中移動してしまったが
「何かあったら遠慮なく相談してくださいね」
 別れる時、余所行き用の言葉を私に残してくれた。

 
 孝介が居るはずの自宅へ帰宅する。
 リビングへ向かい
「ただいま」
 声をかけた。

 テレビの音がする。
 孝介がソファに座っていた。

「どうだった?」

 もちろん<おかえり。お疲れ様>なんて言葉はかけてくれなかった。

「今日は本社で説明を受けたあと、カフェに移動して、お店の中を見せてもらったくらい」

「あっそ。なら良かったけど。何かあったら、事前にちゃんと報告しろよ」

 孝介が言う<何かあったら>は、九条家の評価を下げるようなことをしてしまったらという意味。
 私のことを心配して言っているわけではない。

「はい」

 返事をし、彼の夕食を準備したあと、お風呂に入ることにした。
 お風呂から出ると、孝介はもうリビングに居なかった。
 自分の部屋かな。
 ご飯は食べたの?

 キッチンを見ると、食べたあとの食器がダイニングテーブルに置いてあった。
 私が働くことになっても、孝介の態度は変わらないよね。

 次の日――。

「失礼します。はじめまして。九条と申します。よろしくお願いします」
 昨日教えてもらったスタッフの控室に入り、中に居た数人のスタッフさんに挨拶をした。
 その中には、女性リーダーの藤田さんも居て
「昨日はありがとうございました!よろしくお願いします」
 明るく声をかけてくれ、他のスタッフさんへ私を紹介してくれた。

「今日は、モニターとして実際にお店の雰囲気を見学していただければと思います」

 そう言われ、お客さんが座る席へ案内される。

「何かあったら遠慮なく言ってくださいね?」

 ニコッと藤田さんが笑ってくれた。
 藤田さんも綺麗な人だな。
 ミディアムくらいの髪の毛をしっかりと結び、お化粧もそんなに濃くない。清潔感のある人。

 席に置いてあるメニューを見たり、お客さんの雰囲気などを見て、気づいたことがあったらメモを取っていた。
 一人の人が多いな。
 お店のBGMは落ち着いた雰囲気だ。
 今のところドリンクメニューを頼んで、長時間滞在している人が多い。
 本を読んだり、タブレットを見たり、パソコンを開いてたり。

 それがランチになると雰囲気がガラリと変わった。
 オフィス街ともあり、ランチメニューを頼んで、すぐ食べて帰る人ばかり。

 男の人も増えるんだな。
 スタッフさんも忙しそうだ。
 簡単に作れて、男性もお腹いっぱいになるようなカフェメニュー。

 実際に現場に来て、いろいろ感じることがあった。
 ランチも落ち着き、お客さんが少なくなった頃――。

 メモを取っていると
「すみません。隣、座っても良いですか?」
 その声にビクっと身体が反応した。声の主を見る。

「お疲れ様です。
 他のスタッフさんの手前
「驚かさないでよ!」と言うわけにもいかない。

「お疲れ様です」

 加賀宮さんは私の隣に座った。
 加賀宮さんの姿を見て、リーダーの藤田さんが
「お疲れ様です。どうしたんですか?」
 すぐ駆け寄り、加賀宮さんに声をかけた。

「お疲れ様です。連絡もなしに、すみません。今日は九条さんが二日目と言うことで、せっかくなので、ベガのランチを一緒に食べようと思いまして。九条さんにも事前に伝えるのを失念してしまいました」

 微笑む彼は、柔らかな雰囲気、偽りの加賀宮さんだ。
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