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甘い毒薬

昴の献身

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 先日の告白をきっかけにあたしと昴のお付き合いが始まった。
お試しだけど一応恋人同士だ。
 今までとは関係性が違う。正直どう接していいのかがわからない。だけど出来る限り普段通りに接しよう。だってどう接するのが正解かはわからない。

 昴はあたしを最高のお姫様にしてあげると言っていたが一体何をしてくれるのだろうか。

 いつもの朝、学校へ行く為の支度していた。
 後は部屋にある鞄をリビングに下ろして、髪の毛を整えるだけだ。
 その時、インターホンが鳴る。お母さんがはーいと言いながら玄関へ向かって行った。

「あらー能登君じゃない。随分雰囲気変わったわね。でもとっても似合っているわよ。あずさ?あの子はまだ準備中。外寒いから中で待っててくれる」

 お母さんが大きい声で昴にペラペラ話しかけるので会話の内容は筒抜けだ。
 昴は何度かあたしを家まで送って行った事があるせいでお姉ちゃん以外とは家族全員と顔見知りだ。

 お姉ちゃんは4年前に高校を卒業してすぐに家を出てしまったので昴とは面識がない。

「あずさー能登君来てるわよ。能登君はリビングで待っててもらうからさっさと準備しちゃいなさい」
「お母さん、全部聞こえてたよ。待って今準備するから」

 あたしは2階の自分の部屋に鞄を取りに行った。
 鞄を持ってくるとリビングのソファには見慣れない黒髪の長身の男性が座っていた。
 あたしの足音に気がついたのか男性は振り返る。
 その男性は昴だった。
 昨日までのふわふわなプラチナベージュではなく、真っ黒なサラサラストレートに髪型は変わっていた。
 印象は大分違う。だけど見慣れた甘い顔立ち、何よりも青い目は彼が能登昴であることを証明していた。

「どうしたの?昨日まで金髪だったよね?しかもふわふわじゃない!」

 昴の顔をマジマジと見つめてしまう。
 あまりにも大きい昴の変化に驚きを隠せなかった。

「あずさ先輩、おはようございます。髪ですか?あずさ先輩は黒髪ストレートが好きだと聞いたんで、昨日美容室で染めてきました。似合っていますか?」

 そう言って得意げな笑顔を浮かべた。
 だけど昴に黒髪ストレートが好きだと話したかと疑問が浮かぶ。

昴はあたし以外にも真由美や久美子とも話す事も多い。
 2人のうちのどちらかが昴に喋ったのだろう。それか昴と話しているときに気がつかないうちにポロリと自分で喋ったかのどちらかだろう。

 髪の毛が黒く、ストレートになったことで前よりも幼い印象を与える。さらに軽めに前髪を作って、目の上まで垂らしているのがなおそう見える。
 後ろの立ち姿は初恋のあの人と少しだけ似ている。
 だけど顔の作りや体格は全然違うから本当に似ているのは後ろから見た髪型だけだ。
 
 昴の愛らしい顔とその髪型はすごく似合っていた。まさに爽やかな美少年そのものだ。

「すごい似合ってるよ。昴かっこいいから何をしても似合うよ」
「嬉しい!あずさ先輩にかっこいいって言われた!」

 昴がえへへと嬉しそうに笑う。そして顔が少しだけ赤く色づく。
 その笑顔はいつもよりも幼く見えて可愛らしいものだった。

「昴、ごめん。もう少し待って貰えるかな。あと髪結ぶだけだから」
「待ってください。俺に髪の毛弄らせてもらっていいっすか?あと少しだけお化粧させてください」
「え?」

 髪の毛?化粧?戸惑っていると昴が洗面所へあたしを誘導した。

 昴は手先がすっごく器用だった。はっきり言ってあたしの数十倍器用だ。

 あたしの髪の毛を濡らしたあとタオルで優しく拭く。
 その後は丁寧にドライヤーをかけてブローで髪の毛を整える。
 いつもよりもあたしの髪の毛は艶がありサラサラしている。

「すごーい。これほんとにあたしの髪の毛?めっちゃ指通りいい!」
「まだ終わってないっすよ。次はちょっとアレンジしていくんで」

 昴に座ってと促され、ドレッサーの椅子に座る。
 昴はブラシとゴム、ヘアピンを使って綺麗にあたしの髪の毛を纏めていく。その手つきはとても手慣れていた。きっと日常的に誰かの髪の毛を弄る事が多いのだろう。
 誰かに髪の毛を弄ってもらうのは数年ぶりですごく変な感じだ。

「せんぱーいできました!自信作なんすけど、どうですか」
「すごい!すごいよ」

 鏡に映ったはあたしの姿いつもよりも可愛かった。
 普段は耳の下で後ろで一本に結ぶだけの髪の毛も今日は編み込みの入ったハーフアップに整えられている。
 その後に軽く化粧も施されていつもよりも垢抜けた雰囲気になる。
 化粧なんて普段はしないから不思議な感じだった。

「じゃあ先輩、学校行きましょうか」

 昴と共に家を出る。
 外は雲一つない青い空で太陽が輝いている。空気はいつもより澄んでいて外に出ると朝特有の冷気が漂っている。
 10月にしては少し寒い。身体を寒さで震わせていると昴の指がトントンと肩に触れた。

「先輩、寒いですか?俺のカーディガンです。ブレザーの中に着てください」

 昴はベージュのカーディガンをあたしに手渡す。お礼を言ってブレザーの下にカーディガンを着る。
 昴のカーディガンは大きくて袖は余って手が隠れるし、丈も長くてブレザーから大きくはみ出ていた。

 家の前にはピカピカに磨かれた新品に見える銀色の自転車が停まっていた。
 この間まではそこまでピカピカではなかったはずだ。昴が乗っている自転車は少しくすんだ銀色で年季の入ったものだったはずだ。

「昴、自転車、随分綺麗だね。新しくしたの?」
「あずさ先輩を乗せるために昨日時間かけて、必死で磨きました!あずさ先輩を汚れた自転車なんかに乗せるわけにはいかないじゃないっすか!さあ。あずさ先輩、後ろに乗ってください。俺が漕ぐんで」
「悪いからいいよ!というか2人乗りなんてちょっと恥ずかしい」
「先輩、俺言いましたよね。あずさ先輩を最高のお姫様にするって。お姫様を歩かせるわけにはいかないじゃないっすか。ねっ、だからお願い…」
「わかったよ……」

 昴の押しに負けて結局2人乗りで登校することになった。危ないから俺の腰に腕まわしてくださいねと言われる。何を言っても頑として聞かなかったので言われた通りにする。

 腕を回すと背中がとても広い事に気がつく。普段は犬のように可愛らしい昴だって逞しい男性だという事がよくわかった。
 男の人とこういう事は初めてなので恥ずかしい気持ちになる。
 恥ずかしくて周りを見る余裕がなくて、学校に着くまでずっと昴の背中だけを見つめていた。

 学校に着いてからも昴は教室まであたしに着いてきた。本人曰くお姫様を教室まで送り届けるのも俺の役目だからとの事。
 想像以上に徹底されたお姫様扱いにたじろぐ。

「あずさ!ついにあんたにも春が来たのね。しかも相手は能登!」

 教室に入ると真っ先に真由美が話しかけてきた。
 真由美の言葉を皮切りにみんな「おめでとう」、「やっと付き合ったのかお前ら」と祝福の言葉をかけられた。
 真由美がじっとあたしを見つめる。

「あずさ、今日のアンタ随分垢抜けてるわね。髪の毛もオシャレだし、化粧もしてる。能登のため?あずさも女の子だったのね!」

 真由美が開口一番にあたしの変化に突っ込んでくる。確かにいつもはスッピンな上に髪型だって寝癖をごまかすために後ろで一つに結んだものだ。
 今日みたいに小洒落た格好は初めてだ。

「多分違うと思うわ。あのガサツでぶきっちょなあずさがこんな綺麗にヘアアレンジしてお化粧できるわけないわ」

 久美子の手厳しい指摘があたしに突き刺さる。
 だけどガサツなのもぶきっちょなのも事実なので何も言い返す事ができない。

「よくおわかりで……」
「じゃあ何?これお母さんにでもやってもらったの?」
「昴……昴がやってくれた」

 真由美と久美子が揃ってえーっと声をあげる。

「あんた、付き合ったばっかの彼氏に自分の髪整えさせたの?女王様?ないわー」

 真由美が心底呆れたようにいう。慌てて否定する。

「違うよ。朝、昴が迎えに来てくれてそれで昴がやってくれるって……」
「能登君って恋人に尽くす彼氏なのね」
「尽くす系っていうかそれお嬢様と召使いの関係でしょ!朝だって教室まで能登がエスコートしてたし。あずさ、アンタ能登に何言ったのよ」
「落ち着いてよ、昼休み話すから!」
「わかった。じーっくりと話し聞かせてもらうからね、あずさ」
「わかったから!だけど昴が来たら話せないからね!」

 昼休みになるといつもどおりに昴がやってきた。
 今までと違うのは、昼休みのチャイムが鳴ってすぐにここに来たことだ。前までは自分の教室でご飯を食べてからあたしたちのクラスに顔を出していた。

「せんぱーい、一緒にお昼食べましょう。付き合ってるん男女が学校で2人でお昼は鉄板っすよ」
「ダメよ。今日は女同士で積もる話もあるのよ。あずさは放課後ならいくらでも好きにしていいから。今は自分の教室に戻った、戻った」

 真由美が手を払ってしっしっと昴を追い払う仕草をする。

「あずさ先輩……」

 寂しそうにこちらに視線をやる昴。手にはお弁当の包みを持っている。
 おそらく一緒にあたしとご飯を食べようと思って来たのだろう。
 寂しそうな様子が待てをくらっている犬みたいだ。

 昴が可哀想になって教室から出ようとすると鋭い視線を感じた。
 視線の方向に目をやると、真由美がこちらを睨んでいた。

『アンタ、能登に着いていったら承知しないわよ』

 真由美の瞳がそう訴えている。圧倒的目力に逆らうことが出来ず、昴に謝る。

「ごめん、昴。今日は真由美と久美子と先約が入ってるから。明日は一緒にお昼ご飯食べよう。埋め合わせは放課後するから、ね」
「わかりました。あずさ先輩が言うなら。だけど絶対明日は一緒に昼休み過ごしましょうね」

 昴が去った後、いつも通り3人で机をくっつけてお昼ご飯を食べる。

「あら珍しいわね。あずさがお弁当なんて」

 あたしは今日は母が作ったお弁当だった。
 両親が忙しい事もあってこうやってお弁当を用意してもらえるのは結構珍しい。
 普段は自分で適当に握ったおにぎりか購買で買ったパンのどちらかだ。
 お弁当は面倒なので1度も自分で用意した事はない。

「で、あずさ。能登と何があったか聞かせてもらうからね」
「そうよ、あずさ。私たちあずさが能登君に何か失礼なことをしていないかすっごく心配なの。だから話を聞かせてね」

 2人に詰め寄られて昴と付き合う経緯を掻い摘んで話した。

「へー。最初断ったんだ。それにしても想像以上に能登が重くてびっくりしたわ。というかあずさのどこがいいんやら。友達としては面白いけど」
「うわー、本当だけどすっごい失礼じゃない。あたしもあそこまで食い下がるとは思ってなくて」
「それであずさはお姫様扱い1日目どうだったの」
「想像以上にお姫様でびっくりしてる。ほらあたしってお姫様とはほど遠いじゃん」
「あずさとお姫様かー。全く関連付けられない2つのキーワードね」
「そうね。話変わるけどあずさが絶対に彼氏作らなかった理由って何?貴女今まで絶対に恋人作らなかったでしょう。今回だって能登君が諦めなかったからお試しで付き合ってるだけでしょう」

 聞かれたくない事を久美子が訊いてくる。

「それはアタシも気になってた。あずさ、アンタはモテないというよりも男と付き合いたくないって感じだったから」

 真由美と久美子が、さあ話せと目で語ってくる。
 あたしは2人の圧に勝てずに洗いざらい話すことにした。

 結局昼休みは全部あたしの話で終わってしまった。
 今まで誰にも話さなかった初恋の話もしてしまった。
 というか久美子の誘導尋問に引っかかりまくってあたしがボロを出したと言うのが正しい。2人ともあたしの初恋を聴いても馬鹿にしなかった。

「アンタも難儀な恋してるのね。死者に想いを寄せるなんて」

 真由美はちょっと呆れたように呟いていた。

「あずさって意外と面倒で重いのね。でもあずさの意外な一面が知れて良かったわ」

 久美子は小さく笑った。

「あずさ、今すぐとは言わないけどアンタのその拗れまくってる初恋は何とかしてカタつけなさいよ」

 真由美は呆れたようにため息をついた。


***

 お試しのお付き合いから2ヶ月が過ぎた。
 昴のお姫様扱いは日に日にエスカレートしていった。

 あたしはエスカレートしていくお姫様扱いに薄ら寒い恐怖を感じるようになってきていた。
 まるでお姫様に使える召使の如くあたしに尽くすのが昴の生きがいにも見えてきたからだ。

 自分の事を後回しにしてあたしのことを最優先に行動していた。

 あたしの身嗜みを整える事。朝と夕方の送り迎えは1日たりとも欠かさず行われた。
 雨が降ろうと嵐が来ようと、昴が来ない日は1度もなかった。
 秋が終わって雪が降ると自転車ではなく、わざわざバスを乗り継いであたしを家までに迎え来た。

 雨が降れば自分が濡れるのを厭わずにあたしが濡れないように傘を差す。
 昴が濡れるのが嫌で相合傘しようと言えば嬉しそうに微笑んだ。
 あたしから言わないと昴はきっと1人雨にずぶ濡れになっていただろう。

 デートするときは絶対に2時間前には待ち合わせ場所にいる。
 前にそれを知った時にそんなに早く来なくていいと伝えた。

「あずさ先輩を1分1秒でも待たせるわけにはいかないので!」

 そう返されて、「いやあたしそういうの気にしないよ」と言った。
 昴はそれじゃあ貴女をお姫様にできないとポツリと漏らした。
 彼にとってあたしをお姫様にするって事はとても重大な事だと気付かされた。

 さらに母がお弁当を用意できない時は昴があたしのお弁当を用意するようになった。
 昴とお弁当を食べている時に、あたしが普段は購買のパンだったり、自分で握った歪な形のおにぎりを食べているのに気がついた時に俺が弁当を作りますと宣言した。
 昴の作るお弁当は彩りも味も抜群に良かった。
 昴の手元を見ると、手は絆創膏があちこちに貼られており、おそらく慣れない料理で怪我をしたのだろう。
 そして昴のお弁当は日を増すごとに質が上がっていった。
 今ではプロ顔負けの腕前だ。

 告白された時に言ったように授業と帰宅してから自宅で過ごす以外の時間は全てあたしに費やしていた。
 あまりの献身っぷりに怖くなったあたしは訊いてしまった。

「昴、あたしにこんな尽くして嫌じゃないの?」
「どうしてっすか?好きな人に尽くせるなんて最高っすよ。俺、あずさ先輩に尽くせてすっごい幸せっす」

 そう言って甘く蕩けるような顔で言われるとあたしは何も言えなくなってしまった。そして自分を顧みず私に尽くす姿は狂気にも見えてゾクッとした。
 お姫様扱いも最初はすごく嬉しかった。そして幸せだった。それどころか有頂天になっていた。

 何の取り柄もないあたしにここまでちやほやしてくれる人はいなかったから。そしてお淑やかであった姉と違って、やんちゃだったあたしを女の子として見てくれる初めての異性だった。

 しかも今までとは違う世界も見せてくれた。
 だけどそれも一瞬の事だった。
 昴の過剰な献身とお姫様扱いはすぐに息苦しくなった。

 昴とともに街を歩けば高身長のイケメンを召使の如く扱う女として奇異の目で見られるようになった。

 学校でも真由美と久美子以外はあたしを遠巻きに見るようになった。
 陰では女王様と言われいる。そして同性からの評判はすこぶる悪くなった。

 そして何よりも頭の中は昴でいっぱいになりつつあった。それはそうだろう。ほぼ毎日一緒にいるのだから。
 学校が休みの日ですらあたしか昴に用事がなければ一緒にいたからだ。

***

 クリスマスイブの日にあたしが昴を怖いと思ってしまう決定的な事件が起きた。
 この年のクリスマスイブは日曜日だった。

 その日あたしの家は父も母も仕事だった。つまり家にはあたししかいなかった。
 それを知った昴が先輩の家に行きたいと言い出したのだ。

 あたしと昴は恋人同士だ。普通だったらどこかでデートをするのだろう。
 だけど日曜日のクリスマスイブなんてどこも混んでいるに違いないからあたしは2つ返事で了承した。

 恋人と過ごす初めてのクリスマスイブだ。
だからあたしも昴にクリスマスプレゼントを用意していた。
 プレゼントは腕時計だ。
 昴には大変お世話になっている、返せるときに返しておきたいのだ。
 とは言っても小さい田舎町、あげれるものには限りがある。

 この腕時計だって近所の個人が経営する時計屋から購入したものだ。
 昴の瞳に似たブルーグレーの合皮のベルトにシンプルな文字盤のアナログ型の時計はあたし好みだった。

 それに小さいけれどワンホールのクリスマスケーキも用意した。
 ケーキは友人の父が経営するケーキ屋で買ったシンプルな生クリームと苺のスタンダードなものだ。

 昴にはケーキは用意したので買ってこなくてもいいよと伝えておく。そうしておかないと間違いなく昴はケーキを用意してくる。2人でホールのケーキを2つ食べなくていけなくなってしまう。

 昴は約束の時間ぴったりにあたしの家にやってきた。カジュアルな雰囲気があるベージュのコートを着ていた。
 いつも学校で来ている紺色のコートとは違っていて都会的な洒落た雰囲気だ。

「せんぱーい!お邪魔します。あずさ先輩とクリスマス過ごせるなんて幸せっす」

 そう言って嬉しそうにはしゃぐ昴はやっぱり可愛く見える。
 だけど気になるのは手に持った大きな紙袋だ。 
 あたしが昴の持つ紙袋を凝視していたのに気がついた昴が口を開く。

「先輩、気になりますか?この紙袋。中身はすぐにわかりますよ。今日はクリスマスイブですね。先輩に最高の思い出になるように俺色々考えてきたんで!」

 嫌な予感しかしない。

 一応お試しから2ヶ月弱だけど昴の尽くし具合は行き過ぎている。
 日常から過剰と言ってもいい程にあたしに尽くす昴が色々考えたという事はおそらくあたしの想像を超える何かがあるのだろう。

 想像を超える何かはプレゼント交換の時にわかった。
 まずはあたしが昴に用意した腕時計を渡した。丁寧に包みを開けた昴は嬉しそうに笑う。

「この腕時計俺好みっす。すっごく嬉しい。大事にしますね」

 そう言って昴は早速その腕時計をつけた。

「良かった喜んでもらえて嬉しい」
「あずさ先輩からもらったものならなんだって嬉しいですよ。好きな人からプレゼントされるってこんなに幸せだってわかりました。次は俺ですね」

昴のプレゼントはとんでもないものだった。

「先輩可愛い。俺の見立てた服と指輪がとっても似合ってる。ワンピースは安物ですみません。いつか素敵なワンピース用意するので」

 昴は恍惚とした顔であたしのことを可愛い可愛いと呟く。

 今のあたしは昴の手によってこれでもかと言うほど着飾られていた。
 さっきまで着ていたパーカーとジーンズではなく、淡い水色のワンピースを着せられている。
 髪の毛は昴に弄られそのワンピースに似合うようにヘアアレンジされている。
 化粧だってバッチリだ。唇に塗られたピンク色の口紅がいずくて仕方がない。

 今の着飾られたあたしの姿は間違いなくお姫様だった。
 そして最後に昴があたしに跪いて丁寧な仕草で左手の薬指に指輪をはめる。
 その姿はあたしに傅く召使のようにもお姫様に求婚する王子様のようにも見えた。

 指輪のサイズはあたしにピッタリだった。
シンプルだけれど上品なデザインと光沢を放っており、見るからに上質なものだとわかる。
 しかしこの指輪、どう考えても高校生が手を出せる値段の指輪ではない。あたしが用意した腕時計の数倍の値段がする代物だ。

 なにせこの指輪はとても有名なブランドの指輪だ。流行に疎いと言われるあたしですら聞いたことのあるブランドだ。鮮やかなブルーボックスはその箱だけで可愛いと人気がある。
 しかもこのブランドはあたしたちの住む田舎町には店を展開していない。1番近くて東京の百貨店にある。
 この指輪を手に入れるために昴は東京まで足を伸ばしたという事になる。

 あまりの気合いの入りっぷりに動揺する。お姫様にしてあげると豪語していたが、言葉通りだった。
 彼の本気にたじろぎ、背中に冷たいものが流れる。

「昴嬉しいよ。だけどこの指輪どうしたの?これすっごい高いやつだよね?」
「この指輪ですか?俺の貯金崩したんですよ。この指輪きっとあずさ先輩に似合うと思って。やっぱりよく似合ってる」

 なんて事ないようにいうけれど、高校生にとっては大金だ。

「あずさ先輩、メリークリスマス」

 昴はそう言って微笑んだ。その微笑みは整った顔とブルーグレーの瞳で王子様みたいにカッコ良かったけどあたしには恐ろしく感じた。
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