❲完結❳乙女ゲームの世界に憑依しました! ~死ぬ運命の悪女はゲーム開始前から逆ハールートに突入しました~

四つ葉菫

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19.桜並木

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学園の入り口に到着したので、私は馬車から降りて、トマスと別れた。
校門前にはほかにもずらりと馬車が並び、そこから次々と生徒が降りてくる。
みんな目新しい制服だから、きっとこの学園の新入生なのだろう。
見知らぬ人々と、初めて来る場所に、緊張する。
私はごくりと唾を呑み込んで、足を踏み出した。
校門をくぐり抜けた途端、さっきまで感じていた緊張が吹き飛んだ。
学園の建物まで続く桜の並木道。

「『きらレイ』で見たまんま!」

ゲームでのオープニングの場面。ヒロインが二学年から編入するため学園を訪れるところから、ゲームは始まる。
その時、ヒロインを迎える桜並木。
その場面そっくりな光景に、私の目は釘付けになった。綺麗な花びらがひらひらと舞っていく。
私は見惚れながら、桜並木を進んでいった。
この桜並木が終わる場所で、イリアスがヒロインを待っているのよね。途中編入してきたヒロインを学年代表のイリアスが職員室まで案内してくれるのだ。桜吹雪と一緒に映るイリアスがとにかく美しかった。
そんなことを思い返していると、突然一陣の風が吹いて、髪の毛を攫っていった。

「痛っ」

髪の毛が引っ張られ、私は振り返った。
髪の毛が引っ張られた先に男の子が立っていた。
オレンジの髪に、茶色の大きな瞳。
どこかで見たことがあると思った瞬間、記憶の断片が蘇った。
攻略対象者のひとり、『エーリック・ヒューティア』だ。
騎士を目指しているヒューティア伯爵家の次男。
表情豊かで、裏表がない明るい性格のエーリック。彼の周りにはいつも人がいっぱいだ。
負の感情を持ち合わせていなさそうなそんな彼が、ヒロインに対して焼きもちを焼いたり、授業中みんなのところに戻ろうとするヒロインに『ふたりっきりでいたい』なんて顔を赤くして言われた日には、全女子、顔を埋めて悶ました。
そんなエーリックが目の前に!
私が思わず凝視していると、向こうも目を丸くして見つめてくる。
私ははっとして急いで離れようとした。

「痛いっ」

見れば私の髪の毛が、エーリックの上着の第一釦に絡まってしまっている。

「動かないでっ。今とるから」

エーリックが慌てて、離れていこうとする私を押し止める。

「ごめんなさい。迷惑かけちゃって」

しょぼんと肩を落とす私。なにやってるのよ、私。初っ端から攻略対象者に迷惑をかけるなんて。

「そんな。君のせいじゃないよ。突然吹いた風が悪いんだし、謝らないで」

さすがみんなから好かれるエーリック。性格良いわ。妙に感心している間に、エーリックが釦から髪を外そうとする。
四苦八苦して一生懸命取ろうとする様子は伝わってくるが、なかなか外れない。

「あのー、なんだったら、切っちゃっても全然構いません」

迷惑をかけた手前申し訳なさそうに言うと、エーリックがばっと顔をあげた。

「切るなんてもったいないよ! こんな綺麗な髪!」

「え?」

エーリックの勢いに私がぽかんと口を開けると、エーリックがはっとして顔を赤くする。焦ったように、言葉をまごつかせる。

「いや、その、――貴族の令嬢がそんな簡単に自分の髪の毛を切るなんて言ったら駄目だよ」

すみません。まだ貴族の令嬢が何たるかを勉強中なんです。内心反省していると、エーリックがはっとひらめいたのか口を開く。

「そうだ。釦を取ればいいんだ。――待ってて」

止める間もなく、エーリックが釦に手をかける。引っ張ればいとも容易くあっという間に上着から釦が外れた。
さすが騎士志望のエーリック。逞しい。
上着から外れれば、あとは簡単に釦から髪の毛が外れた。

「はい。取れたよ。――――良かった」

手のひらに釦をのせて、微笑むエーリック。
その姿のなんて清いこと! おまけにバックはお誂えたように桜の花びらが舞っている。
はい! 撃ち抜かれました! 
悪役じゃなきゃ、とっくに惚れてる。いや、もう既に惚れかけ寸前です。恐るべし、攻略対象者、さすが性格の良さ随一のエーリック・ヒューティアである。
私は内心首を懸命に振って、正気を取り戻す。
私は悪役令嬢! 誰とも結ばれることはないのだ。
彼には既に幼なじみのライバル令嬢がいて、今後ヒロインも現れるんだから。

「ごめんなさい。せっかくの入学式なのに、制服を駄目にしてしまって」

私は申し訳無さから眉を下げた。
どれだけ迷惑かければいいんだ、悪役令嬢め。これできっと彼の好感度は下がってしまったに違いない。ひとりでも多く味方をつけて、悪女カレンをかばってくれる人が必要なのに。

「釦なんてすぐ付けられるから、気にしないで」

「本当に、ありがとうございます。――それでは」

「あ、待って!」

お辞儀をして立ち去ろうとすると、エーリックに呼び止められる。

「はい。なんでしょうか」

「まだ名前言ってなかったね。俺はエーリック・ヒューティア。君は?」

ああ! また失態。こっちが名前を知ってるからって、自己紹介まで失念するなんて。おまけに相手は迷惑をかけた相手。とても恩知らずだった。淑女教育を一からやり直したほうが良いかもしれない。ちょっと落ち込みそう。
私は慌てて向き直り、スカートをつかむ。

「失礼しました。私はカレン・ドロノアです。――この御恩は決して忘れません。いつかお返しします!」

汚名返上のため、真剣さを込めてエーリックの手を握る。
私が詰め寄ると、エーリックの顔が急に赤くなった。

「そ、そんな――い、いいよ。お返しなんて」

「いいえ! 是非させてください! でなければ、私の気が晴れませんから」

私が手を離さずにいると、見つめすぎたのか、エーリックが顔を横に背ける。頬を赤く染めた横顔がなんだか愛らしい。意外と、女子に免疫がないのかしら。
なんせヒロイン目線でしか見たことがないから、他の面のエーリックはよく知らない。でも、エーリックは表情豊かで、ヒロインに対してもよく顔を赤くしてから、よくあることなのかもしれない。

「……わかった。じゃあ、そこまで言うなら、待ってる」

「ありがとうございます!」

私はぱっと手を離して、笑顔でお礼を言う。

「それでは失礼します」

私は一礼して、踵を返す。
桜舞い散る中歩きながら、後ろから呟く声が聞こえた。

「__も_も、ぜんぶやわ_かかったな。すごくか_いかった」

エーリックの独り言が聞こえた気がしたけど、再び吹いた風によって、私の意識は桜へと向かい、すぐに薄れてしまった。


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