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21.再会
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自己紹介が終わったあとは、授業割の日程や一年間の予定表などが配られ、解散となった。
早速友達作りに励む人や、既に見知った者同士で仲良く帰ろうとする者が目につく。
エーリックは流石人気者で、隣の席はあっという間に囲まれていた。
違うクラスから来た人もいた。どうやら友達らしい。
他の人も例外ではなく、女の子なんかは廊下で待ち合わせて、はしゃぎながら帰っていく。
なんでみんなそんなに交流があるの!?
私なんか貴族の知り合いと行ったら、イリアスくらいしかいないのに。トホホ。
間違っても『一緒に帰りましょう、うふふ』なんて言える関係ではない。
きっと鋭い視線の返り討ちにあって、泣く羽目になる。
というか、学園ではイリアスに近付かないと決めている。ゲームのカレンみたいに嫌われちゃうもの。
不可抗力のお茶会では、適度に親しみを込めて接しつつ、外では近付かないのが、一番無難である。
下手に近付いて、周りから誤解されたら困るもの。『あの悪女、嫌がられてるのにまたまとわりついてるわね』なんて噂された日には、いたたまれない。
ヒロインが現れるようになってから、もし何か起こったら、強制的に冤罪を着せられそうだから。
固い決意とともに、騒がしい教室をあとにする。
校舎を出ると、学園に来て初めて目にした桜並木が視界に入る。何度見ても綺麗だなあと、感心しながら、来たときとは逆の道をたどっていると急に手首を掴まれた。
「見つけた――」
「え――?」
引っ張られた方向へと体が自然に振り向く。
私の後ろに立っていた人は、赤色の髪の男性――。
以前見たときとは、比べられないほど大きい。けれど、端正な顔立ちはそのまま。
あどけなかった面差しは、逞しい男性が持つ鋭い線に変わっていた。
突然現れた男性に私は目を見開く。相手もまた赤いルビーの瞳で食い入るように見つめてくる。
「ユーリウ……」
私が名前を呟こうとした瞬間、風がふたりの間を吹き去った。
ざあっと鳴る音とともに、花びらが舞い狂う。
「やっと__けた。俺のて_し。」
私は手首を掴まれたまま、風を避けようと首を竦める。
ユーリウスは何か言ったようだったけど、私にはよく聞こえなかった。
そのまま、ぐんと手を引かれる。
「え――!?」
ユーリウスが私の手首を持ったまま、力強い足取りで進んでいく。
「え!? え!? ちょっと! 一体なんなの!?」
呼びかけても、その広い肩幅の背からは無言しか帰ってこない。
ユーリウスよね?! なんで何も言わないの! なんでそっちに連れて行くわけ!?
わけがわからず、でもその力強い腕に逆らえるわけもなく、気付けば校舎裏らしいところまで連れて行かれた。
ようやく腕を離され、ほっと息つく。
けれどそれもつかの間。黒い影が忍び寄り、無意識に下がった私は、ユーリウスの腕の中に閉じ込められていた。
いわゆる壁ドンである。ご丁寧に手の平だけじゃなく、顔脇に二の腕までつけている始末。すぐ真上にはユーリウスの顔。
互いの吐息が頬をくすぐりそうな程近い距離。
これがヒロインだったなら、真剣な表情のイケメンユーリウスに迫られて「きゃあ(照)」ってなるところだけど、あいにく私はゲームの悪役である。
私相手では凄んでいるようにしか見えない。
見おろされ、真剣な目で見つめてくるユーリウスが怖い。
身動きできない程の狭いスペースも牢獄のように感じる。絶対逃さないっていう鉄の意志を感じる。牢獄なだけに。
いや、今はうまいこと言ってる場合じゃなかった。
入学初日で、もう断罪なの!?
悪役としての寿命、あまりに短くない!?
私がオタオタしていると、唇を結んでいたユーリウスがほうっと息を吐く。力が抜けたような、でもどこか安心したような吐息。
「まさか貴族だったなんて――。あの時の格好でてっきり金持ちの商人の娘かと――」
ついていた壁から片側だけ手を離し、前髪に指を突っ込み、目元を覆う。悔やんでいるような、悔しそうな複雑な感情が伝わってくる。
ユーリウスの言葉にすぐにピンときた。初めて会った日のことを言っているらしい。
あの時は確かに、生活にちょっと余裕がありそうな少女の格好をしていた。生地が擦れてなくて、オシャレなデザインのワンピースだった気がする。
「馬車だってあるし、メイドもついてるし、なのにひとりで歩いてるから、勘違いした」
独り言をぶつぶつ言って、盛大なため息を吐く。
「――探してたのに。……ずっと見つけ出せなかった」
ユーリウスが顔から手のひらを外す。肩から力が抜けていたと思ったら一転、その眼差しは思いのほか強かった。鋭い眼差しが私を射抜く。
「――けど、見つけた」
まるで瞳にも、私の体を壁に縫い留められる力があるように。
「もう逃さない」
理解が追いつかない言葉もあるけれど、とりあえず疑問に思ったことを口に出す。
「も、もしかして、私のことずっと探してたの?」
「当たり前だろ! なんで、急に消えたんだ!? てっきりあそこで待ってると思ったのに」
責めるような口調に、私は悪くもないのに、自然肩を窄める。
「だ、だって、私に用なんかないでしょ。あそこにいたって、何もできないし」
ただの通りすがりと思ってくれて良かったのに。だから名前もあえて名乗らなかったのに。
「なんでそんなこと言うんだ。あんたは、俺たち家族を助けてくれただろ!」
わからない子供を責めるような口調。私はますます肩を丸める。
「祖父さんとも会わせてくれたし。ちゃんとお礼も言えないまま、姿消したとわかった時、俺がどんな気持ちだったか」
「ご、ごめんなさい」
「とにかく、ちゃんとお礼が言いたかったんだ。あんたのおかげで、母さんは祖父さんと和解できたし。父さんも前より元気だし。美味い飯も食えるようになったし。何より俺たち家族の命が助かった。――――ありがとな」
上から覗き込むような至近距離で、歯を見せて笑う。ちょうど太陽が真上にあって、陽光と相まって、ユーリウスの笑顔が光り輝いて見えた。白い歯が物凄く眩しい。
うん。イケメンって、歯もイケメンなのね。
それにしても、お礼を言うために探してたなんて、なんて義理堅い。受けた恩は返すまで忘れないという心意気。攻略対象者は心までイケメンなんだなあと思ったところで、ちょっと今の体勢が苦しくなる。
そろそろ解放してくれないかしら。
最初は断罪するための前段階かと思ってたけど、違ったなら早く体をどかしてほしい。
「ねえ、それより、普通に話さない? ちょっと離れてほしいんだけど――」
「ダメ。放したら、あんたまた逃げそうだし」
上から圧をかけるように、顔がぐっと近付く。
「に、逃げないわ」
「うーん、でもダメ」
一瞬悩む素振りを見せたものの、すぐに拒否される。
今の絶対、最初から聞く気なんてないほど、答えるの早かったよね!? 悩んだ時間なかったよね!?
「どうして?」
「さっき逃さないって言っただろ。――それに、俺がこうしていたいから?」
壁に頬杖を付きながら、ユーリウスが楽しげに笑う。
ちょっとやめてよ! イケメンのドアップの笑顔、心臓に悪いんですけど。それにユーリウスは爽やかというより、程よい色気があるせいか、余計ドキドキする。
ひどい! 悪女を虐めるのがそんなに楽しいの!?
それにさっきよりも更に距離が増してる気がするんですけど!?
この足は一体なに!?
ユーリウスの片足の膝が壁についている。
右側にはユーリウスの肘が、左側には膝が壁についていて、まるで囚われの身。酸欠になりそう。
こっちの内心を知ってか知らずか、ユーリウスが顔を覗き込む。
「あんたのこと教えてよ」
私はごくりと唾を飲み込む。
「何が知りたいの」
「名前。カレンってことは知ってる。メイドが呼んでたのを聞いてるから。下の苗字、教えて」
「ドロノアよ」
「ドロノアか。――『カレン・ドロノア』」
刻みつけるように反芻する。
「歳は?」
「十六よ」
「俺と同じか。ならちょうどいいな」
何がちょうどいいのかわからない。
「どこに住んでんの?」
ユーリウスが矢継ぎ早に質問してくる。
どうやらこの尋問が終わるまで、解放する気はないらしい。
家の場所を言おうとしたところで、別の声が割って入る。
「――何をしてる」
この声は――。
驚いて顔を向けると、イリアスが立っていた。
なんでここに!?
私が驚いて声を出せずにいると、イリアスが再び口を開く。
「聞こえないか? ここで何をしているのか、聞いてるんだ」
何故だか怒りの気配が声に滲んでいる。いつも冷静なイリアスには珍しい。
私、何か悪いことしましたっけ? 身に覚えないんだけど……。
私は内心たらりと汗を流したけど、杞憂に終わった。イリアスの瞳に一切私は映っていなかったからだ。
ユーリウスだけを見つめ、睨みつける。
「あんた誰?」
ユーリウスは顔だけを向ける。
「何してるかだって? 見てわかんないかな。すごく大事な話をしてるとこ。――――これからがいいとこだってのに」
最後の台詞は息を吐き出すように、独りごちる。
視線を一旦下げたものの、次に顔をあげた時には眼差しが鋭い光を放ってイリアスを刺した。
「わかったなら、邪魔者は消えてくんない?」
「邪魔者だと?」
「ああ。――あんたどこの家門だよ。俺が誰だかわかってんの? 知って後悔する前に、立ち去れって言ってんだよ」
王家の次に高貴な血が流れるフェレール家。この国に二つしか存在しない家柄。
地位も権力も財力も、ほかの家門を遥かに凌ぐ圧倒的な存在。そんなフェレール家に並び立つものはいない。たった一つを除いては。
私はユーリウスの台詞を聞いて驚いた。
『きらレイ』のユーリウスはフェレールの名を出すのを嫌っていた。
いや、それ以前に貴族である自分を疎わしく思っていた。理由は当然、両親が亡くなる道を辿らねばならなかった貴族の身勝手さにある。祖父を筆頭に、自分勝手な道徳を振りかざす貴族というものに、自分もまた染められていくのを極端に嫌っていた。
けれど元庶民のヒロインが現れ、貴族のなかにあってもありのままに振る舞う姿に慰められていく。そして、その明るさにもまた惹かれていくのだ。
そんなユーリウスが自ら貴族であることを平然と口にするとは。
ゲームで見せた彼のトラウマはもうどこにもない。むしろ堂々としている姿から、彼の傷がどこにも見当たらないことにほっとする。
でも、基本的な性格は変わっていないみたいね。
新入生代表の挨拶であれほど騒がれていたイリアスに向かって、どこの家門とは。
もしかしたら、入学式に出ていないのかも。
ユーリウスは時々授業をサボるのだ。ヒロインと初めて会ったときも、授業を抜け出している時だった。
そのくせ、試験ではどの科目も九十九点か百点しかとらない。かー! 攻略対象者はできてなんぼかもしれないけど、それにしてもずるい。ちなみにゼロ点の時もある。その時は試験をさぼっているみたい。
私がゲームでのユーリウス情報を思い出している間に、取り巻く空気が段々とぴりぴりしたものに変わっていく。
ユーリウスはこれまで自分より上の人間に会ったことはないのかもしれない。
仮に脅かすことはあっても、脅かされることは決しておこらない。
人は自然と道を開けてくれる。
ユーリウスに喧嘩を吹っかけることは、自分の首を占めることと同じ。
彼は今、イリアスに警告したのだ。
自分が名前を明かす前に大人しく立ち去れと。
それには親切心も入っているのかもしれない。
ゲームで彼の性格を知っている私は、彼が乱暴者ではないことを知っている。むしろ、繊細なまでに人の心の機微を気にしている。
ユーリウスは今、初対面の男に向かって、慈悲を与えたのだ。
けれど、目の前の男はユーリウスの慈悲を乞うようなか弱い相手ではない。
イリアスが口を開く。
「お前が誰かは知らないが――。俺の家門が気になるなら、先に名乗ったらどうだ? それが礼儀というものだろう?」
「あんた強気だね。そこまで言うなら、答えるよ。俺はユーリウス・フェレール。あんたは?」
「俺はイリアス・ペルトサークだ」
「ちっ。よりによっておんなじ公爵家かよ」
イリアスが名乗ったことで、ユーリウスが壁から体を離し、真っ直ぐ前を向く。
舌打ちして、髪をかきあげる。
「で、そのペルトサーク公爵家の跡取りが何の用だよ。さっきも言った通り、大事な話の最中だ。邪魔しないでくれ」
「それはこっちの台詞だ。人の婚約者をこんなところに連れ込んで、何のつもりだ」
『婚約者』と言う言葉が出た途端、ユーリウスの動きがぴたりと止まる。
「あんた、婚約してたのか?!」
イリアスが言い終えた瞬間、ユーリウスが勢いよくこちらを振り返る。
イリアスの質問は完全無視であるというか、むしろ答える気さえない感じ。
ユーリウスの驚きぶりにもびっくりしたけど、それ以上にイリアスの『婚約者』発言に私はびっくりした。
イリアスの口から『婚約者』という言葉が出るなんて!!
この世界、婚約は家と家との個々の繋がりである。
結婚ならばきちんと公的機関に届出を出さないといけないし、公の場で大々的に結婚式もあげるから、必然的に人々の知るところになる。
けれど、婚約は違う。役所に届け出る必要もないし、家と家との間でひっそりと紙切れ一枚渡しただけで終わってしまう。
婚約式でも行わない限り、人々の知るところではないのだ。
もちろん親しい友人同士の間で話したことがいつの間にか広まるケースもある。
けれど、悲しいかな。ボッチの私には秘密を打ち明ける相手がいないし、イリアスは口が固い。
広まる可能性なんて万が一にもないのだ。
そのことを私はこの世界に来て初めて知った。
『きらレイ』の世界ではカレンとイリアスの婚約は誰もが知る周知の事実だったけど、あれはカレンがことあるごとに『わたくしはイリアス様の婚約者なのよ~。おーほっほほ』とか『イリアス様の婚約者であるわたくしが~』とかことあるごとにアピールしていたせいだったのだ! その度にイリアスは嫌悪を滲ませた顔つきになっていた。断罪されるその日まで、とうとうイリアスから『婚約者』という言葉が出ることはなかった。
だから、私は絶対自分からは婚約者であることを言わないでおこうと決めていた。
イリアスからは絶対口に出すことはないだろうから、私さえ黙っていれば、私とイリアスが婚約者同士だと知る者は誰もいない。
イリアスがヒロインと恋に落ちたって、ノープロブレム。ヒロインに何か起こっても、嫉妬から私が何かしたと思う人間もいないだろう。
そこまで踏んでいたのに、なんで言っちゃうかなあ?!
もうイリアスのバカバカ。
私は心の中で罵っていたけど、ユーリウスの問い詰めるような視線に刺され、すぐに我に返る。
私は仕方なく頷く。
「い、一応ね。今だけっていうか、ほら、何が起こるかわからないし……」
ヒロインがこれから現れるだろうし。
決まっている未来と保険のためにも気が進まない体でそんな台詞を言ってみる。
「あー……これは想定外……」
ユーリウスがダメージを受けたみたいに顔を覆ったまま、上を向く。でもすぐに手をおろして、ひとりでぶつぶつと呟く。
「でも、まあ、ちょっと道のりが遠くなっただけだよな。結果は一緒なら、問題ない、よしっ」
立ち直ったのか、顔を再び前に戻す。
その間にイリアスが近付き、壁に張り付いてた私の手首を握る。
手を引こうとした次の瞬間、今度はユーリウスが、私を掴んだほうのイリアスの手首を掴んだ。
イリアスがゆっくりと顔だけを向ける。
「なんのつもりだ」
イリアスが鋭い眼差しで、低い声で問う。
ユーリウスが挑発的に笑う。
私の頭上で、ふたりの視線がバチバチと火花を散らした。
ひいっ!? 一体なんなの?
このふたり、なんでそんなに仲が悪いの?
今日が初対面よね?
いずれヒロインを巡って争うことになるから、必然的に仲が悪くなるように出来ているのかしら。
だからって、私を巻き込まないでよ! 空気が悪すぎる!
「今日のところは今の婚約者のあんたに譲ってやるよ。だから、今は引き下がってやる」
イリアスが皮肉気に笑う。
「それで? 感謝をしろとでも? 残念だが、俺は立場を弁えないような人間に、感謝するような言葉は持ち合わせていない」
「する必要はないよ。近い将来のその時、俺も礼は言わないから」
ユーリウスがにやりと笑う。
「そうか」
ユーリウスは何だか意味深のニュアンスを込めたようだったけど、イリアスは挑発にのらなかった。短い返事を返すと、ふいっと視線を外す。
ユーリウスも同時に手を離した。
イリアスが、私の手首を掴んで歩き始めた。私は手を引かれて、あとを付いていく。
その場に残されたユーリウスを振り返った。
目が合うと、ユーリウスが笑って手を振ってくれた。
私はぺこりと頭を下げた。いまだに状況が掴めないまま、私はイリアスにドナドナされていったのだった。
早速友達作りに励む人や、既に見知った者同士で仲良く帰ろうとする者が目につく。
エーリックは流石人気者で、隣の席はあっという間に囲まれていた。
違うクラスから来た人もいた。どうやら友達らしい。
他の人も例外ではなく、女の子なんかは廊下で待ち合わせて、はしゃぎながら帰っていく。
なんでみんなそんなに交流があるの!?
私なんか貴族の知り合いと行ったら、イリアスくらいしかいないのに。トホホ。
間違っても『一緒に帰りましょう、うふふ』なんて言える関係ではない。
きっと鋭い視線の返り討ちにあって、泣く羽目になる。
というか、学園ではイリアスに近付かないと決めている。ゲームのカレンみたいに嫌われちゃうもの。
不可抗力のお茶会では、適度に親しみを込めて接しつつ、外では近付かないのが、一番無難である。
下手に近付いて、周りから誤解されたら困るもの。『あの悪女、嫌がられてるのにまたまとわりついてるわね』なんて噂された日には、いたたまれない。
ヒロインが現れるようになってから、もし何か起こったら、強制的に冤罪を着せられそうだから。
固い決意とともに、騒がしい教室をあとにする。
校舎を出ると、学園に来て初めて目にした桜並木が視界に入る。何度見ても綺麗だなあと、感心しながら、来たときとは逆の道をたどっていると急に手首を掴まれた。
「見つけた――」
「え――?」
引っ張られた方向へと体が自然に振り向く。
私の後ろに立っていた人は、赤色の髪の男性――。
以前見たときとは、比べられないほど大きい。けれど、端正な顔立ちはそのまま。
あどけなかった面差しは、逞しい男性が持つ鋭い線に変わっていた。
突然現れた男性に私は目を見開く。相手もまた赤いルビーの瞳で食い入るように見つめてくる。
「ユーリウ……」
私が名前を呟こうとした瞬間、風がふたりの間を吹き去った。
ざあっと鳴る音とともに、花びらが舞い狂う。
「やっと__けた。俺のて_し。」
私は手首を掴まれたまま、風を避けようと首を竦める。
ユーリウスは何か言ったようだったけど、私にはよく聞こえなかった。
そのまま、ぐんと手を引かれる。
「え――!?」
ユーリウスが私の手首を持ったまま、力強い足取りで進んでいく。
「え!? え!? ちょっと! 一体なんなの!?」
呼びかけても、その広い肩幅の背からは無言しか帰ってこない。
ユーリウスよね?! なんで何も言わないの! なんでそっちに連れて行くわけ!?
わけがわからず、でもその力強い腕に逆らえるわけもなく、気付けば校舎裏らしいところまで連れて行かれた。
ようやく腕を離され、ほっと息つく。
けれどそれもつかの間。黒い影が忍び寄り、無意識に下がった私は、ユーリウスの腕の中に閉じ込められていた。
いわゆる壁ドンである。ご丁寧に手の平だけじゃなく、顔脇に二の腕までつけている始末。すぐ真上にはユーリウスの顔。
互いの吐息が頬をくすぐりそうな程近い距離。
これがヒロインだったなら、真剣な表情のイケメンユーリウスに迫られて「きゃあ(照)」ってなるところだけど、あいにく私はゲームの悪役である。
私相手では凄んでいるようにしか見えない。
見おろされ、真剣な目で見つめてくるユーリウスが怖い。
身動きできない程の狭いスペースも牢獄のように感じる。絶対逃さないっていう鉄の意志を感じる。牢獄なだけに。
いや、今はうまいこと言ってる場合じゃなかった。
入学初日で、もう断罪なの!?
悪役としての寿命、あまりに短くない!?
私がオタオタしていると、唇を結んでいたユーリウスがほうっと息を吐く。力が抜けたような、でもどこか安心したような吐息。
「まさか貴族だったなんて――。あの時の格好でてっきり金持ちの商人の娘かと――」
ついていた壁から片側だけ手を離し、前髪に指を突っ込み、目元を覆う。悔やんでいるような、悔しそうな複雑な感情が伝わってくる。
ユーリウスの言葉にすぐにピンときた。初めて会った日のことを言っているらしい。
あの時は確かに、生活にちょっと余裕がありそうな少女の格好をしていた。生地が擦れてなくて、オシャレなデザインのワンピースだった気がする。
「馬車だってあるし、メイドもついてるし、なのにひとりで歩いてるから、勘違いした」
独り言をぶつぶつ言って、盛大なため息を吐く。
「――探してたのに。……ずっと見つけ出せなかった」
ユーリウスが顔から手のひらを外す。肩から力が抜けていたと思ったら一転、その眼差しは思いのほか強かった。鋭い眼差しが私を射抜く。
「――けど、見つけた」
まるで瞳にも、私の体を壁に縫い留められる力があるように。
「もう逃さない」
理解が追いつかない言葉もあるけれど、とりあえず疑問に思ったことを口に出す。
「も、もしかして、私のことずっと探してたの?」
「当たり前だろ! なんで、急に消えたんだ!? てっきりあそこで待ってると思ったのに」
責めるような口調に、私は悪くもないのに、自然肩を窄める。
「だ、だって、私に用なんかないでしょ。あそこにいたって、何もできないし」
ただの通りすがりと思ってくれて良かったのに。だから名前もあえて名乗らなかったのに。
「なんでそんなこと言うんだ。あんたは、俺たち家族を助けてくれただろ!」
わからない子供を責めるような口調。私はますます肩を丸める。
「祖父さんとも会わせてくれたし。ちゃんとお礼も言えないまま、姿消したとわかった時、俺がどんな気持ちだったか」
「ご、ごめんなさい」
「とにかく、ちゃんとお礼が言いたかったんだ。あんたのおかげで、母さんは祖父さんと和解できたし。父さんも前より元気だし。美味い飯も食えるようになったし。何より俺たち家族の命が助かった。――――ありがとな」
上から覗き込むような至近距離で、歯を見せて笑う。ちょうど太陽が真上にあって、陽光と相まって、ユーリウスの笑顔が光り輝いて見えた。白い歯が物凄く眩しい。
うん。イケメンって、歯もイケメンなのね。
それにしても、お礼を言うために探してたなんて、なんて義理堅い。受けた恩は返すまで忘れないという心意気。攻略対象者は心までイケメンなんだなあと思ったところで、ちょっと今の体勢が苦しくなる。
そろそろ解放してくれないかしら。
最初は断罪するための前段階かと思ってたけど、違ったなら早く体をどかしてほしい。
「ねえ、それより、普通に話さない? ちょっと離れてほしいんだけど――」
「ダメ。放したら、あんたまた逃げそうだし」
上から圧をかけるように、顔がぐっと近付く。
「に、逃げないわ」
「うーん、でもダメ」
一瞬悩む素振りを見せたものの、すぐに拒否される。
今の絶対、最初から聞く気なんてないほど、答えるの早かったよね!? 悩んだ時間なかったよね!?
「どうして?」
「さっき逃さないって言っただろ。――それに、俺がこうしていたいから?」
壁に頬杖を付きながら、ユーリウスが楽しげに笑う。
ちょっとやめてよ! イケメンのドアップの笑顔、心臓に悪いんですけど。それにユーリウスは爽やかというより、程よい色気があるせいか、余計ドキドキする。
ひどい! 悪女を虐めるのがそんなに楽しいの!?
それにさっきよりも更に距離が増してる気がするんですけど!?
この足は一体なに!?
ユーリウスの片足の膝が壁についている。
右側にはユーリウスの肘が、左側には膝が壁についていて、まるで囚われの身。酸欠になりそう。
こっちの内心を知ってか知らずか、ユーリウスが顔を覗き込む。
「あんたのこと教えてよ」
私はごくりと唾を飲み込む。
「何が知りたいの」
「名前。カレンってことは知ってる。メイドが呼んでたのを聞いてるから。下の苗字、教えて」
「ドロノアよ」
「ドロノアか。――『カレン・ドロノア』」
刻みつけるように反芻する。
「歳は?」
「十六よ」
「俺と同じか。ならちょうどいいな」
何がちょうどいいのかわからない。
「どこに住んでんの?」
ユーリウスが矢継ぎ早に質問してくる。
どうやらこの尋問が終わるまで、解放する気はないらしい。
家の場所を言おうとしたところで、別の声が割って入る。
「――何をしてる」
この声は――。
驚いて顔を向けると、イリアスが立っていた。
なんでここに!?
私が驚いて声を出せずにいると、イリアスが再び口を開く。
「聞こえないか? ここで何をしているのか、聞いてるんだ」
何故だか怒りの気配が声に滲んでいる。いつも冷静なイリアスには珍しい。
私、何か悪いことしましたっけ? 身に覚えないんだけど……。
私は内心たらりと汗を流したけど、杞憂に終わった。イリアスの瞳に一切私は映っていなかったからだ。
ユーリウスだけを見つめ、睨みつける。
「あんた誰?」
ユーリウスは顔だけを向ける。
「何してるかだって? 見てわかんないかな。すごく大事な話をしてるとこ。――――これからがいいとこだってのに」
最後の台詞は息を吐き出すように、独りごちる。
視線を一旦下げたものの、次に顔をあげた時には眼差しが鋭い光を放ってイリアスを刺した。
「わかったなら、邪魔者は消えてくんない?」
「邪魔者だと?」
「ああ。――あんたどこの家門だよ。俺が誰だかわかってんの? 知って後悔する前に、立ち去れって言ってんだよ」
王家の次に高貴な血が流れるフェレール家。この国に二つしか存在しない家柄。
地位も権力も財力も、ほかの家門を遥かに凌ぐ圧倒的な存在。そんなフェレール家に並び立つものはいない。たった一つを除いては。
私はユーリウスの台詞を聞いて驚いた。
『きらレイ』のユーリウスはフェレールの名を出すのを嫌っていた。
いや、それ以前に貴族である自分を疎わしく思っていた。理由は当然、両親が亡くなる道を辿らねばならなかった貴族の身勝手さにある。祖父を筆頭に、自分勝手な道徳を振りかざす貴族というものに、自分もまた染められていくのを極端に嫌っていた。
けれど元庶民のヒロインが現れ、貴族のなかにあってもありのままに振る舞う姿に慰められていく。そして、その明るさにもまた惹かれていくのだ。
そんなユーリウスが自ら貴族であることを平然と口にするとは。
ゲームで見せた彼のトラウマはもうどこにもない。むしろ堂々としている姿から、彼の傷がどこにも見当たらないことにほっとする。
でも、基本的な性格は変わっていないみたいね。
新入生代表の挨拶であれほど騒がれていたイリアスに向かって、どこの家門とは。
もしかしたら、入学式に出ていないのかも。
ユーリウスは時々授業をサボるのだ。ヒロインと初めて会ったときも、授業を抜け出している時だった。
そのくせ、試験ではどの科目も九十九点か百点しかとらない。かー! 攻略対象者はできてなんぼかもしれないけど、それにしてもずるい。ちなみにゼロ点の時もある。その時は試験をさぼっているみたい。
私がゲームでのユーリウス情報を思い出している間に、取り巻く空気が段々とぴりぴりしたものに変わっていく。
ユーリウスはこれまで自分より上の人間に会ったことはないのかもしれない。
仮に脅かすことはあっても、脅かされることは決しておこらない。
人は自然と道を開けてくれる。
ユーリウスに喧嘩を吹っかけることは、自分の首を占めることと同じ。
彼は今、イリアスに警告したのだ。
自分が名前を明かす前に大人しく立ち去れと。
それには親切心も入っているのかもしれない。
ゲームで彼の性格を知っている私は、彼が乱暴者ではないことを知っている。むしろ、繊細なまでに人の心の機微を気にしている。
ユーリウスは今、初対面の男に向かって、慈悲を与えたのだ。
けれど、目の前の男はユーリウスの慈悲を乞うようなか弱い相手ではない。
イリアスが口を開く。
「お前が誰かは知らないが――。俺の家門が気になるなら、先に名乗ったらどうだ? それが礼儀というものだろう?」
「あんた強気だね。そこまで言うなら、答えるよ。俺はユーリウス・フェレール。あんたは?」
「俺はイリアス・ペルトサークだ」
「ちっ。よりによっておんなじ公爵家かよ」
イリアスが名乗ったことで、ユーリウスが壁から体を離し、真っ直ぐ前を向く。
舌打ちして、髪をかきあげる。
「で、そのペルトサーク公爵家の跡取りが何の用だよ。さっきも言った通り、大事な話の最中だ。邪魔しないでくれ」
「それはこっちの台詞だ。人の婚約者をこんなところに連れ込んで、何のつもりだ」
『婚約者』と言う言葉が出た途端、ユーリウスの動きがぴたりと止まる。
「あんた、婚約してたのか?!」
イリアスが言い終えた瞬間、ユーリウスが勢いよくこちらを振り返る。
イリアスの質問は完全無視であるというか、むしろ答える気さえない感じ。
ユーリウスの驚きぶりにもびっくりしたけど、それ以上にイリアスの『婚約者』発言に私はびっくりした。
イリアスの口から『婚約者』という言葉が出るなんて!!
この世界、婚約は家と家との個々の繋がりである。
結婚ならばきちんと公的機関に届出を出さないといけないし、公の場で大々的に結婚式もあげるから、必然的に人々の知るところになる。
けれど、婚約は違う。役所に届け出る必要もないし、家と家との間でひっそりと紙切れ一枚渡しただけで終わってしまう。
婚約式でも行わない限り、人々の知るところではないのだ。
もちろん親しい友人同士の間で話したことがいつの間にか広まるケースもある。
けれど、悲しいかな。ボッチの私には秘密を打ち明ける相手がいないし、イリアスは口が固い。
広まる可能性なんて万が一にもないのだ。
そのことを私はこの世界に来て初めて知った。
『きらレイ』の世界ではカレンとイリアスの婚約は誰もが知る周知の事実だったけど、あれはカレンがことあるごとに『わたくしはイリアス様の婚約者なのよ~。おーほっほほ』とか『イリアス様の婚約者であるわたくしが~』とかことあるごとにアピールしていたせいだったのだ! その度にイリアスは嫌悪を滲ませた顔つきになっていた。断罪されるその日まで、とうとうイリアスから『婚約者』という言葉が出ることはなかった。
だから、私は絶対自分からは婚約者であることを言わないでおこうと決めていた。
イリアスからは絶対口に出すことはないだろうから、私さえ黙っていれば、私とイリアスが婚約者同士だと知る者は誰もいない。
イリアスがヒロインと恋に落ちたって、ノープロブレム。ヒロインに何か起こっても、嫉妬から私が何かしたと思う人間もいないだろう。
そこまで踏んでいたのに、なんで言っちゃうかなあ?!
もうイリアスのバカバカ。
私は心の中で罵っていたけど、ユーリウスの問い詰めるような視線に刺され、すぐに我に返る。
私は仕方なく頷く。
「い、一応ね。今だけっていうか、ほら、何が起こるかわからないし……」
ヒロインがこれから現れるだろうし。
決まっている未来と保険のためにも気が進まない体でそんな台詞を言ってみる。
「あー……これは想定外……」
ユーリウスがダメージを受けたみたいに顔を覆ったまま、上を向く。でもすぐに手をおろして、ひとりでぶつぶつと呟く。
「でも、まあ、ちょっと道のりが遠くなっただけだよな。結果は一緒なら、問題ない、よしっ」
立ち直ったのか、顔を再び前に戻す。
その間にイリアスが近付き、壁に張り付いてた私の手首を握る。
手を引こうとした次の瞬間、今度はユーリウスが、私を掴んだほうのイリアスの手首を掴んだ。
イリアスがゆっくりと顔だけを向ける。
「なんのつもりだ」
イリアスが鋭い眼差しで、低い声で問う。
ユーリウスが挑発的に笑う。
私の頭上で、ふたりの視線がバチバチと火花を散らした。
ひいっ!? 一体なんなの?
このふたり、なんでそんなに仲が悪いの?
今日が初対面よね?
いずれヒロインを巡って争うことになるから、必然的に仲が悪くなるように出来ているのかしら。
だからって、私を巻き込まないでよ! 空気が悪すぎる!
「今日のところは今の婚約者のあんたに譲ってやるよ。だから、今は引き下がってやる」
イリアスが皮肉気に笑う。
「それで? 感謝をしろとでも? 残念だが、俺は立場を弁えないような人間に、感謝するような言葉は持ち合わせていない」
「する必要はないよ。近い将来のその時、俺も礼は言わないから」
ユーリウスがにやりと笑う。
「そうか」
ユーリウスは何だか意味深のニュアンスを込めたようだったけど、イリアスは挑発にのらなかった。短い返事を返すと、ふいっと視線を外す。
ユーリウスも同時に手を離した。
イリアスが、私の手首を掴んで歩き始めた。私は手を引かれて、あとを付いていく。
その場に残されたユーリウスを振り返った。
目が合うと、ユーリウスが笑って手を振ってくれた。
私はぺこりと頭を下げた。いまだに状況が掴めないまま、私はイリアスにドナドナされていったのだった。
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