68 / 105
67.『少女誘拐事件』
しおりを挟む
はっと目を覚ませば私の視界に荒く削られた茶色い石壁が飛び込んできた。意識を失っている間にどこかに運ばれたらしい。
立ち上がろうとしたけど、体が自由に動かない。見れば手と足は固く結ばれているようだった。何とか体をねじり、寝転んでいた状態から上半身だけでも起き上がらせる。後ろ手に縛られた手で地面を触ると、ざらざらとした岩肌に手が触れた。
ここは洞窟のようね。ゲームでは王都から少し離れた山の中に、悪党どもの根城があった。
ゲームではヒロインを助けにイリアスがやってくるけど、私の場合は――……望み薄ね。
「起きたか」
はっとして声がしたほうを見れば、私を連れ去った男ともうひとり別の男がいた。
――この男。私はきっと睨みすえる。
ゲームでも出てきた悪党たちのボスだ。目が細くて狐顔のいかにも悪者って感じだった。
狐顔が私のほうへ足を踏み出す。
「この女が拐ってきた女か」
「へえ。すんません。この女に見られちまって仕方なく」
「ほかにヘマはやってないだろうな」
「ガキがふたりいましたが、顔は見られてないので、ご安心を」
「ふん。ガキのほうが持ち運びしやすくていいんだが」
狐顔が私の顎に手をかける。
何よ。触んないでよ。
「上玉だな。証拠隠滅と一緒に売り払うのも悪くない。今日中にこの女が入る箱を探しとけ」
「へえ」
狐顔は私を一瞥して顔を離すと、男とともに去っていった。私はひとり穴ぐらの中で、はあと大きくため息を吐いた。
「『少女誘拐事件』に巻き込まれちゃった……」
ゲームではイリアスと仲良くなった頃、マルシェの女主人マリサが「最近、街で女の子たちがさらわれてるから気をつけな。特にあんたみたいに可愛いけれゃ尚更だよ」と忠告してくれるのだ。
イリアスのイベントのフラグがおきる前振りみたいなものだ。
なのに、なんで悪女の私が拐われなきゃならないの?! 頭を抱えたいけど、縛られているからそれもできない。
それもこれも幼い少年がさらわれている現場に居合わせてしまった自分の運の悪さのせいである。かといって、自分のかわりにあの少年が攫われていたかと思えば、自分が攫われたほうが幾分まだマシだと思えた。それだけが唯一の救いだ。
それにしても、ゲームでは『少女誘拐事件』の名で世間を賑わしていたけど、あの男たちの台詞からは私みたいな年齢の少女は予想外にも聞こえた。
もしかしたら、まだこの頃の狐顔の悪党共の狙いは子供だったのかしら。「箱を探せ」とも言ってたし。
ヒロインが現れる一年後には標的を私くらいの年齢の少女にも広めていったのかもしれない。幼い子供たちをさらって味をしめ、さらに図にのってもっと悪に手を染めるようになったんだわ。
がめつい悪党たちが考えそうなことね。私は確信して頷く。
ヒロインは拐われたあと、この同じ場所で気丈にも「どうして私を拐ったの?!」なんて悪党たちに叫び、狐顔は「お前は隣国で売られるんだよ」と教えてくれる。
悪党たちは隣国に商品を運ぶふりをして、荷物の中に少女が入った箱を紛れ込ませていたことがイベントの終わりで明らかになっていた。
けど、私がいくら真相を知っているからといって何になるんだろう。
自分の縛られた足首を見て、重いため息を吐く。
これはイリアスの好感度がマックス状態でおきるイベント。
生まれたときから誰もが羨む立場におかれ、生い立ちや家庭環境に嘆くことも、誰かに阻まれることもなく真っ直ぐ歩いてきたイリアス。そして、自身の秀でた頭脳と才能も手伝って、なんでも完璧にこなしてしまうイリアス。
彼は世界をつまらなく感じた。何かに熱中することはなく、どこかいつも冷めた目で、周りを俯瞰して見ているイリアス。
そんな冷え切ったイリアスの前に突然現れたのが、今まで自分の周りにいなかった異質の存在のヒロインだ。貴族なのに貴族らしくなく、気取っていなくて、太陽のような真っ直ぐな心を持ったヒロイン。自分と正反対の、なんでも一生懸命にこなす性格に最初は興味がひかれていく。暖かな心のヒロインに接していくうちに彼の心はだんだんとときほぐされていく。そうして、ヒロインのおかげで、つまらない世界が色を変えていくのだ。いつの間にか彼女が大切な存在だとイリアスは自覚するようになる。
そんなときに起こるのがこのイベントだ。
――ユーリウスのように悲しい過去を持ち、祖父とわだかまりがあるわけじゃない。
――エーリックのように少年時代に傷つき、トラウマがあるわけじゃない。
――フェリクスのように過去を後悔し、罪悪感に苛まれているわけじゃない。
家族も、何も喪うこともなくすべてにおいて完璧な道を歩いてきたイリアス。
彼には悩みなど何もなかった。
だからこそ、このイベントはイリアスらしいイベントと言えた。
挫折のなかったイリアスに初めて訪れる試練。
大切なヒロインを失うかもしれないという恐怖。
何不足なく生きていた人生の中で、初めて味わう感情。
何かを失ったことのなかったイリアスは、このイベントが無事解決すると攫われる以前にも増してヒロインのことを大切に思うようになり、そして初めての負の感情を味わったことによって、前よりも感情の揺れが大きくなるのだ。幸せをより幸せに感じられるようになるという、イリアスファンからすれば拍手喝采のイベントだった。
だが、しかーし! ここに今いるのは私! 悪女カレン・ドロノアなのだ。
私なんかを大切に思っているはずないんだから、喪失感を感じることもないし、感情が豊かになることもない。
そもそも助けにくるかどうかさえ、わからない。ゲームではイリアスの目の前でヒロインは拐われたけど、私の場合はイリアスはその場にいなかったし。
私が拐われた事自体、知らなかったらどうしよう。
いやいやいや。私は恐怖で身震いする。あのボールの少年もいたし、王都の警備隊くらいには連絡してくれるよね?
もしや、これ幸いとばかり、見て見ぬ振りなんてしないよね。
ひとつ嫌なことが浮かぶと、次々と嫌な考えが広がっていく。
私は自分の考えを振り払おうと首を振った。
とにかく、今できることを考えよう!
私は改めて、縛られた自分の足首を見る。
コレ、外れたりしないかな。
私は少しでも緩められないかと、ジタバタと手足を動かした。
擦れて痛いけど、この際しのごは言ってられない。
五分くらい粘ってみたけど、やっぱり縄は解けそうになかった。寧ろ、手首がヒリヒリして痛い。
あー。これは間違いなく血が滲んでるわね。
私はため息とともに、ばたりと横になる。
服越しにごつごつとした岩肌があたって痛い。この惨めな状況に涙が滲んできそうで、私は目をつむった。
どれほどそうしていたかわからなかったけど、気づくと湿った感触とともに柔らかくくすぐる何かを頬に感じた
目を開けると、馴染みのある顔が至近距離から見つめていた。
「レ、レオン?!」
私はがばりと起き上がった。
「いてて……」
動いたせいで擦りむいた手足が痛い。でも今はそんなことは気にしていられない。
レオンはゆるゆると尻尾を振って、そのつぶらな瞳で私を見つめている。頬に感じた感触はどうやらレオンの湿った鼻だったみたい。
「良かった。無事だったんだな」
続いて、洞穴の出口からイリアスが姿を表した。
「イリアス様っ?!」
私は仰天した。
「――どうして、ここに……」
私は目の前の光景が信じられなくて、呆然と呟く。
「お前が馬車で連れ去られたことを少年から聞いて、匂いが消えないうちに急いで追いかけてきたんだ。他の馬車が通った後じゃ、レオンも匂いを辿れないからな」
それは知ってる。ゲームでもヒロインのもとに真っ先にやってきたのはイリアスの愛犬だったから。さすがペルトサーク家、人だけじゃなく愛犬も警察犬並に超優秀だったと、当時は感心したけど……――。
じゃなくて、私が言いたいのは、どうしてわざわざ悪女なんか助けに来たのかってことよ。
まだ頭が追いつかず、呆然と固まってしまった私の横に、イリアスがしゃがみ込む。
顔の高さが同じになって、そこで初めてイリアスの呼吸が乱れていることに気づいた。イリアスの息が頬を撫でていく。よく見れば胸が微かに上下している。
地下組織で大勢を相手したあの時だって、息ひとつ乱していなかったのに――。
それ以外にも普段と違うところに次々と気づいていく。私はまじまじとイリアスを見つめた。
いつもは整えられているはずの髪は四方に乱れ、ネクタイも引っ張ったかのように形が崩れ、襟元まで釦を留めていたはずのシャツは着崩れ、ぴんとノリがきいていた上着もズボンも皺くちゃでほこりまみれ、ピカピカだった靴にも泥が跳ねている。
いつもは一片の隙もないほど、完璧の装いのイリアスが見る影もない。
そんなに一生懸命走ってきてくれたの?
――私、ヒロインじゃないのに……。
ゲームではこんな姿のイリアスを見て、どれほど心配して、追いかけてきてくれたのだろうと、心が苦しくなった。
イリアスの姿が、ヒロインを追いかけている間のイリアスの苦しい心情を表していた。
道すがらどこかで手に入れたであろう長剣で、イリアスが縛られた私の手足の縄を順に切っていく。
私は今の状況に幾分頭が追いつかないものの、それでもほっとして、開放された自分の手首を見た。予想通り縄が擦れたせいで内出血がおこり紫に変色し、皮膚も破れ血が滲んでいた。
痛いけど、自由になって良かった。
肩を撫で下ろした私とは逆に、その様子を間近で見下したイリアスが顔を歪めた。
そして何を思ったか、私を抱きしめてきた。
「イ、イリアス様っ?!」
私は急に抱きすくめられ、混乱した。ゲームでもこんなヒロインを抱きしめるシーンなかったわよね?!
「すまない……」
「な、な、なにがですかっ?」
「――お前のそばを離れるんじゃなかった……」
後悔がにじむ声音とさらにぎゅっと抱きしめる力――まるで自分のほうが痛いようなイリアスの切ない雰囲気に、逆に私のほうが慰めたくなってしまう。
私はイリアスにそっと腕を回して、その背中を撫でる。まるであやすみたいに。
「……イリアス様のせいじゃありませんよ。だから、そんなに落ち込まないでください。それに助けに来てくれたじゃありませんか」
「――『イリアス』」
「え?」
「『イリアス』って呼んでくれ」
囁くように耳元で呟かれる。依然、私を抱きしめる腕は緩まない。
「……――イ、リアス……」
言われたことが信じられなくて、私は思うように働かない頭で、言われた台詞を返す。
イリアスが腕を緩め、体を離した。
今まで見たことがないほどの光を瞳にまとわせ、私を一心に見つめてくる。
あら、なんだがだんだん光がこっちに近寄ってくるわ。
青い瞳に魅せられて、ぼうっとしていると、「わふっ」という声が聞こえた。
唇がぎりぎり触れ合いそうになる寸前で、お互いはっとして顔を見合わせた。
イリアスが慌てたように、ばっと肩から手を離すと、急いで立ち上がる。
な、なにがおこったの、今!? 私は私で思わず赤くなりそうな顔を手で押さえた。
まるで、キス直前だったような!? ま、まさかたまたまよね。そう、たまたま、お互いの唇が近くなっただけよ。
イリアスのほうをちらっと見ると、そっぽを向いているせいで表情はわからなかったけど、その耳もなんだか赤くなっているように見えた。
「くぅーん」
そのとき、手首の傷を慰めるように、レオンが私の手首を舐めてきた。
「ふふ、レオンも助けにきてくれて、ありがとう」
さっき「わふっ」と鳴いたのは勿論レオンである。
「――早くここを出よう」
立ち直ったイリアスが、部屋の前で様子を探っている。
「幸い、ここにくるまで、お前を攫った連中には遭遇しなかった。まだバレていない。逃げるなら今のうちだ」
私を振り返る。
「外でハナもお前を待ってる」
「ハナが?!」
「ああ。本当はあの場に置いていこうとしたんだが、聞き分けがなくて無理矢理付いてきたんだ。仕方ないから一緒に――。お前のことが心配だったんだろう。洞窟の前で待たせてるが、いつまで言うことを聞いてくれるか――。」
「急いで行きましょう!」
私は立ち上がった。ハナをこんな悪党がごろごろいる場所に入り込ませたくない。
「こっちだ」
イリアスが顎で示したほうに私も走ってついていく。後ろからはレオンもついてくる。
ゲームではこの洞窟の中はちょっとした迷路みたいになっていた。
進んでいる途中で、敵に見つかりそうになり、別の部屋に隠れたりする。
果たして、敵の足音が向かう先から響いてきた。
立ち上がろうとしたけど、体が自由に動かない。見れば手と足は固く結ばれているようだった。何とか体をねじり、寝転んでいた状態から上半身だけでも起き上がらせる。後ろ手に縛られた手で地面を触ると、ざらざらとした岩肌に手が触れた。
ここは洞窟のようね。ゲームでは王都から少し離れた山の中に、悪党どもの根城があった。
ゲームではヒロインを助けにイリアスがやってくるけど、私の場合は――……望み薄ね。
「起きたか」
はっとして声がしたほうを見れば、私を連れ去った男ともうひとり別の男がいた。
――この男。私はきっと睨みすえる。
ゲームでも出てきた悪党たちのボスだ。目が細くて狐顔のいかにも悪者って感じだった。
狐顔が私のほうへ足を踏み出す。
「この女が拐ってきた女か」
「へえ。すんません。この女に見られちまって仕方なく」
「ほかにヘマはやってないだろうな」
「ガキがふたりいましたが、顔は見られてないので、ご安心を」
「ふん。ガキのほうが持ち運びしやすくていいんだが」
狐顔が私の顎に手をかける。
何よ。触んないでよ。
「上玉だな。証拠隠滅と一緒に売り払うのも悪くない。今日中にこの女が入る箱を探しとけ」
「へえ」
狐顔は私を一瞥して顔を離すと、男とともに去っていった。私はひとり穴ぐらの中で、はあと大きくため息を吐いた。
「『少女誘拐事件』に巻き込まれちゃった……」
ゲームではイリアスと仲良くなった頃、マルシェの女主人マリサが「最近、街で女の子たちがさらわれてるから気をつけな。特にあんたみたいに可愛いけれゃ尚更だよ」と忠告してくれるのだ。
イリアスのイベントのフラグがおきる前振りみたいなものだ。
なのに、なんで悪女の私が拐われなきゃならないの?! 頭を抱えたいけど、縛られているからそれもできない。
それもこれも幼い少年がさらわれている現場に居合わせてしまった自分の運の悪さのせいである。かといって、自分のかわりにあの少年が攫われていたかと思えば、自分が攫われたほうが幾分まだマシだと思えた。それだけが唯一の救いだ。
それにしても、ゲームでは『少女誘拐事件』の名で世間を賑わしていたけど、あの男たちの台詞からは私みたいな年齢の少女は予想外にも聞こえた。
もしかしたら、まだこの頃の狐顔の悪党共の狙いは子供だったのかしら。「箱を探せ」とも言ってたし。
ヒロインが現れる一年後には標的を私くらいの年齢の少女にも広めていったのかもしれない。幼い子供たちをさらって味をしめ、さらに図にのってもっと悪に手を染めるようになったんだわ。
がめつい悪党たちが考えそうなことね。私は確信して頷く。
ヒロインは拐われたあと、この同じ場所で気丈にも「どうして私を拐ったの?!」なんて悪党たちに叫び、狐顔は「お前は隣国で売られるんだよ」と教えてくれる。
悪党たちは隣国に商品を運ぶふりをして、荷物の中に少女が入った箱を紛れ込ませていたことがイベントの終わりで明らかになっていた。
けど、私がいくら真相を知っているからといって何になるんだろう。
自分の縛られた足首を見て、重いため息を吐く。
これはイリアスの好感度がマックス状態でおきるイベント。
生まれたときから誰もが羨む立場におかれ、生い立ちや家庭環境に嘆くことも、誰かに阻まれることもなく真っ直ぐ歩いてきたイリアス。そして、自身の秀でた頭脳と才能も手伝って、なんでも完璧にこなしてしまうイリアス。
彼は世界をつまらなく感じた。何かに熱中することはなく、どこかいつも冷めた目で、周りを俯瞰して見ているイリアス。
そんな冷え切ったイリアスの前に突然現れたのが、今まで自分の周りにいなかった異質の存在のヒロインだ。貴族なのに貴族らしくなく、気取っていなくて、太陽のような真っ直ぐな心を持ったヒロイン。自分と正反対の、なんでも一生懸命にこなす性格に最初は興味がひかれていく。暖かな心のヒロインに接していくうちに彼の心はだんだんとときほぐされていく。そうして、ヒロインのおかげで、つまらない世界が色を変えていくのだ。いつの間にか彼女が大切な存在だとイリアスは自覚するようになる。
そんなときに起こるのがこのイベントだ。
――ユーリウスのように悲しい過去を持ち、祖父とわだかまりがあるわけじゃない。
――エーリックのように少年時代に傷つき、トラウマがあるわけじゃない。
――フェリクスのように過去を後悔し、罪悪感に苛まれているわけじゃない。
家族も、何も喪うこともなくすべてにおいて完璧な道を歩いてきたイリアス。
彼には悩みなど何もなかった。
だからこそ、このイベントはイリアスらしいイベントと言えた。
挫折のなかったイリアスに初めて訪れる試練。
大切なヒロインを失うかもしれないという恐怖。
何不足なく生きていた人生の中で、初めて味わう感情。
何かを失ったことのなかったイリアスは、このイベントが無事解決すると攫われる以前にも増してヒロインのことを大切に思うようになり、そして初めての負の感情を味わったことによって、前よりも感情の揺れが大きくなるのだ。幸せをより幸せに感じられるようになるという、イリアスファンからすれば拍手喝采のイベントだった。
だが、しかーし! ここに今いるのは私! 悪女カレン・ドロノアなのだ。
私なんかを大切に思っているはずないんだから、喪失感を感じることもないし、感情が豊かになることもない。
そもそも助けにくるかどうかさえ、わからない。ゲームではイリアスの目の前でヒロインは拐われたけど、私の場合はイリアスはその場にいなかったし。
私が拐われた事自体、知らなかったらどうしよう。
いやいやいや。私は恐怖で身震いする。あのボールの少年もいたし、王都の警備隊くらいには連絡してくれるよね?
もしや、これ幸いとばかり、見て見ぬ振りなんてしないよね。
ひとつ嫌なことが浮かぶと、次々と嫌な考えが広がっていく。
私は自分の考えを振り払おうと首を振った。
とにかく、今できることを考えよう!
私は改めて、縛られた自分の足首を見る。
コレ、外れたりしないかな。
私は少しでも緩められないかと、ジタバタと手足を動かした。
擦れて痛いけど、この際しのごは言ってられない。
五分くらい粘ってみたけど、やっぱり縄は解けそうになかった。寧ろ、手首がヒリヒリして痛い。
あー。これは間違いなく血が滲んでるわね。
私はため息とともに、ばたりと横になる。
服越しにごつごつとした岩肌があたって痛い。この惨めな状況に涙が滲んできそうで、私は目をつむった。
どれほどそうしていたかわからなかったけど、気づくと湿った感触とともに柔らかくくすぐる何かを頬に感じた
目を開けると、馴染みのある顔が至近距離から見つめていた。
「レ、レオン?!」
私はがばりと起き上がった。
「いてて……」
動いたせいで擦りむいた手足が痛い。でも今はそんなことは気にしていられない。
レオンはゆるゆると尻尾を振って、そのつぶらな瞳で私を見つめている。頬に感じた感触はどうやらレオンの湿った鼻だったみたい。
「良かった。無事だったんだな」
続いて、洞穴の出口からイリアスが姿を表した。
「イリアス様っ?!」
私は仰天した。
「――どうして、ここに……」
私は目の前の光景が信じられなくて、呆然と呟く。
「お前が馬車で連れ去られたことを少年から聞いて、匂いが消えないうちに急いで追いかけてきたんだ。他の馬車が通った後じゃ、レオンも匂いを辿れないからな」
それは知ってる。ゲームでもヒロインのもとに真っ先にやってきたのはイリアスの愛犬だったから。さすがペルトサーク家、人だけじゃなく愛犬も警察犬並に超優秀だったと、当時は感心したけど……――。
じゃなくて、私が言いたいのは、どうしてわざわざ悪女なんか助けに来たのかってことよ。
まだ頭が追いつかず、呆然と固まってしまった私の横に、イリアスがしゃがみ込む。
顔の高さが同じになって、そこで初めてイリアスの呼吸が乱れていることに気づいた。イリアスの息が頬を撫でていく。よく見れば胸が微かに上下している。
地下組織で大勢を相手したあの時だって、息ひとつ乱していなかったのに――。
それ以外にも普段と違うところに次々と気づいていく。私はまじまじとイリアスを見つめた。
いつもは整えられているはずの髪は四方に乱れ、ネクタイも引っ張ったかのように形が崩れ、襟元まで釦を留めていたはずのシャツは着崩れ、ぴんとノリがきいていた上着もズボンも皺くちゃでほこりまみれ、ピカピカだった靴にも泥が跳ねている。
いつもは一片の隙もないほど、完璧の装いのイリアスが見る影もない。
そんなに一生懸命走ってきてくれたの?
――私、ヒロインじゃないのに……。
ゲームではこんな姿のイリアスを見て、どれほど心配して、追いかけてきてくれたのだろうと、心が苦しくなった。
イリアスの姿が、ヒロインを追いかけている間のイリアスの苦しい心情を表していた。
道すがらどこかで手に入れたであろう長剣で、イリアスが縛られた私の手足の縄を順に切っていく。
私は今の状況に幾分頭が追いつかないものの、それでもほっとして、開放された自分の手首を見た。予想通り縄が擦れたせいで内出血がおこり紫に変色し、皮膚も破れ血が滲んでいた。
痛いけど、自由になって良かった。
肩を撫で下ろした私とは逆に、その様子を間近で見下したイリアスが顔を歪めた。
そして何を思ったか、私を抱きしめてきた。
「イ、イリアス様っ?!」
私は急に抱きすくめられ、混乱した。ゲームでもこんなヒロインを抱きしめるシーンなかったわよね?!
「すまない……」
「な、な、なにがですかっ?」
「――お前のそばを離れるんじゃなかった……」
後悔がにじむ声音とさらにぎゅっと抱きしめる力――まるで自分のほうが痛いようなイリアスの切ない雰囲気に、逆に私のほうが慰めたくなってしまう。
私はイリアスにそっと腕を回して、その背中を撫でる。まるであやすみたいに。
「……イリアス様のせいじゃありませんよ。だから、そんなに落ち込まないでください。それに助けに来てくれたじゃありませんか」
「――『イリアス』」
「え?」
「『イリアス』って呼んでくれ」
囁くように耳元で呟かれる。依然、私を抱きしめる腕は緩まない。
「……――イ、リアス……」
言われたことが信じられなくて、私は思うように働かない頭で、言われた台詞を返す。
イリアスが腕を緩め、体を離した。
今まで見たことがないほどの光を瞳にまとわせ、私を一心に見つめてくる。
あら、なんだがだんだん光がこっちに近寄ってくるわ。
青い瞳に魅せられて、ぼうっとしていると、「わふっ」という声が聞こえた。
唇がぎりぎり触れ合いそうになる寸前で、お互いはっとして顔を見合わせた。
イリアスが慌てたように、ばっと肩から手を離すと、急いで立ち上がる。
な、なにがおこったの、今!? 私は私で思わず赤くなりそうな顔を手で押さえた。
まるで、キス直前だったような!? ま、まさかたまたまよね。そう、たまたま、お互いの唇が近くなっただけよ。
イリアスのほうをちらっと見ると、そっぽを向いているせいで表情はわからなかったけど、その耳もなんだか赤くなっているように見えた。
「くぅーん」
そのとき、手首の傷を慰めるように、レオンが私の手首を舐めてきた。
「ふふ、レオンも助けにきてくれて、ありがとう」
さっき「わふっ」と鳴いたのは勿論レオンである。
「――早くここを出よう」
立ち直ったイリアスが、部屋の前で様子を探っている。
「幸い、ここにくるまで、お前を攫った連中には遭遇しなかった。まだバレていない。逃げるなら今のうちだ」
私を振り返る。
「外でハナもお前を待ってる」
「ハナが?!」
「ああ。本当はあの場に置いていこうとしたんだが、聞き分けがなくて無理矢理付いてきたんだ。仕方ないから一緒に――。お前のことが心配だったんだろう。洞窟の前で待たせてるが、いつまで言うことを聞いてくれるか――。」
「急いで行きましょう!」
私は立ち上がった。ハナをこんな悪党がごろごろいる場所に入り込ませたくない。
「こっちだ」
イリアスが顎で示したほうに私も走ってついていく。後ろからはレオンもついてくる。
ゲームではこの洞窟の中はちょっとした迷路みたいになっていた。
進んでいる途中で、敵に見つかりそうになり、別の部屋に隠れたりする。
果たして、敵の足音が向かう先から響いてきた。
14
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。
槙村まき
恋愛
スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。
それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。
挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。
そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……!
第二章以降は、11時と23時に更新予定です。
他サイトにも掲載しています。
よろしくお願いします。
25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!
転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎
水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。
もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。
振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!!
え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!?
でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!?
と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう!
前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい!
だからこっちに熱い眼差しを送らないで!
答えられないんです!
これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。
または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。
小説家になろうでも投稿してます。
こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。
転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした
ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!?
容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。
「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」
ところが。
ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。
無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!?
でも、よく考えたら――
私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに)
お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。
これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。
じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――!
本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。
アイデア提供者:ゆう(YuFidi)
URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464
悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!
ペトラ
恋愛
ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。
戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。
前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。
悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。
他サイトに連載中の話の改訂版になります。
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?
桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。
だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。
「もう!どうしてなのよ!!」
クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!?
天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?
悪役令嬢に成り代わったのに、すでに詰みってどういうことですか!?
ぽんぽこ狸
恋愛
仕事帰りのある日、居眠り運転をしていたトラックにはねられて死んでしまった主人公。次に目を覚ますとなにやら暗くジメジメした場所で、自分に仕えているというヴィンスという男の子と二人きり。
彼から話を聞いているうちに、なぜかその話に既視感を覚えて、確認すると昔読んだことのある児童向けの小説『ララの魔法書!』の世界だった。
その中でも悪役令嬢である、クラリスにどうやら成り代わってしまったらしい。
混乱しつつも話をきていくとすでに原作はクラリスが幽閉されることによって終結しているようで愕然としているさなか、クラリスを見限り原作の主人公であるララとくっついた王子ローレンスが、訪ねてきて━━━━?!
原作のさらに奥深くで動いていた思惑、魔法玉(まほうぎょく)の謎、そして原作の男主人公だった完璧な王子様の本性。そのどれもに翻弄されながら、なんとか生きる一手を見出す、学園ファンタジー!
ローレンスの性格が割とやばめですが、それ以外にもダークな要素強めな主人公と恋愛?をする、キャラが二人ほど、登場します。世界観が殺伐としているので重い描写も多いです。読者さまが色々な意味でドキドキしてくれるような作品を目指して頑張りますので、よろしくお願いいたします。
完結しました!最後の一章分は遂行していた分がたまっていたのと、話が込み合っているので一気に二十万文字ぐらい上げました。きちんと納得できる結末にできたと思います。ありがとうございました。
悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます
久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。
その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。
1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。
しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか?
自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと!
自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ?
ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ!
他サイトにて別名義で掲載していた作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる