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005 食事②

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「分からないなの……」

 バハムートの食事について知らないようだ。

 無理もあるまい。俺でさえ知らなかった。

「シロ君は何を食べるの?」

「ギャオー!(生肉! 生肉!)」

「うぅぅ……分からないなの……」

 言葉が伝わらないってもどかしいものだ。

「たぶん肉だろ!
 ドラゴンといやぁ、生の肉だぜ!」

 背後から声が飛んでくる。

 数少ない客の一人が、テーブル席から言ったのだ。

 ナイスだぞ、見知らぬ客!

「生のお肉で大丈夫なの?
 お腹、イタイイタイにならない?」

「ギャオーン♪(大丈夫!)」

「大丈夫だって! おじちゃん!」

「ほいよ!
 アーシャちゃん、し隣の席にシロ君を置くといいよ。
 その方が、アーシャちゃんもシロ君も食べやすいだろうよ」

「いいの?」

「もちろん!」

「ありがとぉ、おじちゃん!」

 マスターがカウンターから出てきて、隣の椅子を引く。

 その席に、アーシャは俺を置いた。

「そんじゃ、料理するからちょい待ち!」

「はーいっ」

 マスターが調理を始める。

 その間、アーシャは鼻歌を歌っていた。

 よほど料理が楽しみなようで、顔がニコニコしている。

 それに身体が左右にユラユラと揺れていた。

「へいお待ち! まずはシロ君の肉だぜ!」

 俺の前に生肉の塊が置かれる。

 それを見た瞬間、俺の腹がギュルルルゥと鳴った。

 なんて美味しそうなのだ……!

 人間だった頃では絶対に抱かなかった感情に支配される。

 胃液が大量に分泌され、早く食べろと本能が囁く。

 今の自分はまごうことなきバハムートなんだな、と思った。

「そしてこちらがアーシャちゃんの分だ!」

 ドンッとテーブルにアーシャの分が置かれた。

「グォオオオ!?(嘘だろ!?)」

「がっはっは! シロ君も驚いているぜ!」

「えへへぇ♪」

 アーシャの前に置かれたのは、とんでもない量の料理だった。

 大盛りを超越して山盛りのチャーハンに、魚の丸焼きがいくつか。

 そこにサラダやスープ等々が、どれも大人数人分の量でついている。

 明らかに幼女の食べられる量ではない。

 というか、大の大人でさえ、大半が残してしまう量だ。

「おじちゃん、ありがとぉ!」

「アーシャちゃんにはいつも元気を貰っているからな!
 このくらいのサービス、お安い御用さ!」

「わーい! シロ君、食べよぉ!」

「グォ(お、おう)」

 本当にこれだけの量を食べきれるのか。

 半信半疑で見つめる俺を気にも留めず、アーシャが食事を始めた。

「いただきますなのー♪」

 ナイフとフォークを持ち、軽快に食事が進む。

「美味しいなのぉ♪」

 一口食べる度に、アーシャは頬をとろけさせる。

 それにもかかわらず、食事のスピードが半端ない。

 瞬く間に、アーシャの目の前から料理が消えた。

 残っているのは積み上げられた空の皿によるタワーだけだ。

「シロ君、食べないなの?」

 やべっ、自分の食事をすっかり忘れていた。

「グォーン(今食べる!)」

 慌てて生肉の塊に飛びつく。

 とんでもない美味さだった。

 今まで食べたどんな肉よりも美味く感じる。

 ちなみに、人間だった頃の俺はウェルダン派だ。

 中までしっかり焼けている状態が好きであり、生だと嫌だった。

 そんな俺が、今では生肉を頬張っている。変な話だ。

「美味しい? シロ君」

 生肉を頬張りながら激しく頷く。

 すると、アーシャはニッコリと微笑んだ。

「おじちゃん! シロ君、美味しいって!」

「そいつは良かった!
 おかわりはいくらでもあるからな!」

 そうは言われても、俺の食欲は見た目通りだ。

 目の前の塊を平らげると、それだけで満腹になった。

「グェェ……」

 ゲップのような声と共に、膨れ上がった腹をさする。

「よく食べましたぁ」

 アーシャが拍手してくれる。

 なんだか嬉しかった。

 しかし、それ以上に眠くて眠くて仕方がない。

 食事を終えると、途端に激しい眠気が襲ってきた。

 まるで睡眠薬でも盛られたかのような眠気だ。

「グァァ(もうダメ! 寝る!)」

 いよいよ耐えられなくなり、俺は目を瞑った。

 ――……。

 なんだか湿度の高まりを感じて目が覚めた。

 気温も明らかに上がっている。

「グォ?(なんだ?)」

 ゆっくりと目を開く。

 そして驚愕した。

「起きた起きたー!」

「きゃー、可愛いー!」

「こんなドラゴン、見たことないよー!」

 周囲に全裸の女性が大量に居たのだ。

 振り返ると、俺を持つアーシャも全裸になっていた。

 他には大きな浴槽が見える。

 それらを見て把握した。

 どうやら公衆浴場に来ているらしい。

 しかも女風呂だ!
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