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007 戦闘準備

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 翌朝、俺達はゴブリン退治のクエストを受注した。
 ネトゲと同じく、エストラでも、ゴブリンは最弱モンスターだ。
 初めての戦闘には最適な相手といえる。

 まずは所持金二五〇万を活用し、準備を整えよう。

「いらっしゃいませ」

 そんなわけで、スキル屋にやってきた。
 ここでは、汎用スキルが習得できる。
 店員は白の軍服を着たエルフ。
 冒険者ギルドと同様、スキル屋もエルフが経営している。

「どの本も書いていることは同じなのか?」

 リーネに尋ねる。
 目の前には大量の棚があり、辞書のような本が収納されていた。
 それに汎用スキルの情報が記載されていることは知っている。

「いえ、表紙の色によって違います。タイプ別に計三種類あります」

 表紙には赤・青・緑の三色があった。
 それらの表紙について、リーネから説明を受ける。
 赤は攻撃、青は支援、緑は移動に関する汎用スキルのようだ。
 この内、魔法攻撃力の恩恵を受けるのは赤と青のみ。
 移動系のスキルは効果が一定で、ステータスは関係ない。

「まずは一通り眺めてみるか」
「はい」

 赤色のスキル本を左手で持ち、右手でページをめくる。
 一ページに一スキルの割合で紹介されていた。
 スキル名から始まり、スキルの効果や使用例など。
 誰が描いたのか、可愛らしいイラスト付きだ。
 読んでいて楽しくなる。

「ネネイも読むなの!」

 俺の横で、ネネイも適当な本へ手を伸ばす。
 選んだのは、俺と同じ赤色の本だ。
 俺の真似をして、左手で持つ。

「お、重いなの……」

 苦しそうな表情を浮かべながら、ネネイはページをめくろうとする。
 しかし、上手くめくれない。
 身体がふらふらと左に逸れていき、別の棚に激突する。

「おい、大丈夫か」

 俺はネネイの手から本を回収し、元の場所に戻した。
 ネネイは「ごめんなさいなの」と頭をペコリ。
 右にペコリ、左にペコリ、結局、全方向にペコリ。
 ネネイなりに、心からの謝意を示しているようだ。
 それを見た受付のエルフが「大丈夫ですよ」と微笑む。

「重いなら、手に持たず、置いてめくったらどうだ?」
「ネネイ、おとーさんの真似がしたかったなの……」

 可愛らしい理由だ。
 やれやれ、俺は本を置いて読むことにした。

「座り読みしてもいいですか?」
「はい、結構ですよ」

 受付のエルフに確認した後、本をもって胡坐をかく。
 脚の上に本を載せ、ページを開いた。

「これなら、真似をしても問題なかろう」
「ううん、もう真似しないなの! 一緒に読むなの!」

 ネネイは俺の背後に回り、抱き着いてきた。
 俺の顔の横から顔を出し、本を覗き込む。

「そういえば、ネネイは汎用スキルを習得しているのか?」
「していないなの!」
「習得したいスキルとかあるか?」

 ネネイは「うぅーなの」と唸り声をあげながら考え込む。
 その後、抱き着く腕に力を込め「分からないなの!」と答えた。

「色々あるし悩むよなぁ」

 この世界の汎用スキルには、前提という概念がない。
 最初から好きなスキルを覚えることができるのだ。
 その辺は、ネトゲと違う。

 理由には察しがつく。
 どのスキルも、大事なのは魔法攻撃力だからだ。
 魔法攻撃力が威力に直結する。
 どれだけ派手でも、俺が使えば見掛け倒しの弱小スキルだ。

「次は支援系を見てみよう」

 赤い本を閉じる。
 攻撃系のスキルはどれもピンとこなかった。
 自身の魔法攻撃力の低さから、効果に期待を持てない。

「おとーさんは座っていてなの、ネネイが取るなの!」
「本当か? 重いぞー」
「大丈夫なの、任せてなの」

 ネネイは赤い本を小さな両手で持ち、棚に戻した。
 その後、青い本を棚から取り出してくる。
 両手で持っているからだろう、安定していた。

「どうぞなの♪」
「おう、ありがとうな」

 俺は本を受け取り、ネネイの頭を撫でた。
 満面な笑みで「えへへなの♪」と喜ぶネネイ。
 その頬を、俺は人差し指でぷにぷに押す。
 今度は「むぅーなの!」と少し不機嫌そう。
 可愛らしい反応に癒される。
 もう一度頭を撫でてから、本へ目を落とした。

「この本は回復とバフ、デバフがメインだな」
「バフ? デバフ? なんですかそれは」
「それは何なの?」

 ついネトゲ用語が出てしまう。
 リーネとネネイが同時に訊いてきた。
 ネネイが、再び後ろから抱き着いてくる。

「バフは対象を強化するもので、デバフは対象を弱化させるものだ」

 二人が納得する。

「攻撃系よりは支援系の方が熱いな」

 速度を高める『ヘイスト』などは、ネトゲでも定番だ。
 強力なバフ使いバッファーデバフ使いデバッファーが居れば、戦闘は快適になる。
 治療スキルがあれば、毒や麻痺になっても安心だ。

「最後に移動系だな。ネネイ、取ってくれるか?」
「任せてなの」

 ネネイが本を取り換える。
 一度目同様、危なげない動き。
 緑色の本を手に持ち、スタスタと寄ってきた。

「どうぞなの、おとーさん!」
「ありがとう、助かるよ」
「どういたしましてなの」

 本を受け取り、ネネイの頭を撫でる。
 ネネイは「えへへなの♪」と喜んだ後、すかさず自身の頬に両手を当てた。
 そんなに可愛らしい顔で頑張っても、ムンクの叫びは表現できない。

「何をしているんだ?」
「おとーさんに頬をぷにぃってされないようにしているなの!」

 俺を見て、「これでぷにぃは出来ないなの」としたり顔のネネイ。
 何のことかと思ったら、頬を突かれない為の対策だったようだ。
 俺は「それはどうかな」と笑い、ネネイの顎へ右手を伸ばした。
 猫にやるように、指先で顎を優しく撫でてやる。

「おとーさん、くすぐったいなの」
「ほれほれ、どうだどうだー」
「はぅぅぅ、も、もうだめなのぉ」

 ネネイが頬を押さえていた両手を離し、俺の右手を掴む。
 その瞬間、俺は左の人差し指で頬をぷにぃとしてやった。

「むぅーなの!」
「はっはっは、俺の勝ちだ」
「おとーさん、意地悪なの!」

 ネネイは頬をぷくっと膨らませ、俺の頭にチョップする。
 俺は「ごめんごめん」と笑いながら謝った。

「それじゃ、本を読むぞ」
「はいなの♪」

 軽くじゃれ合ったところで、緑の本を開く。
 本を読み始めると、ネネイは再び後ろに回った。
 俺に抱き着いて読むのが、彼女の読書スタイルらしい。

「ふむふむ、なるほど」
「なるほどなのー!」

 移動系は、瞬間移動タイプのスキルで占められている。
 訪れたことのある街へ移動したり、ダンジョンから緊急離脱したり。
 ダンジョンの最奥部へ移動……なんてスキルもある。
 特徴的なのは、攻撃や支援に比べて、制限が多いことだ。
 主な制限は使用場所。
 多くの移動系スキルは、街又はダンジョン内でのみ使用可能だ。
 また、ほぼ全ての移動スキルが、戦闘中に使用できない。

「決まりだな」

 赤と青に比べ、緑の本は比較的速いペースで流していった。
 覚えたいスキルが決まったからだ。

「リーネ、スキルを覚えるにはどうすればいいんだ?」
「受付で覚えたいスキルの名前を言い、お金を支払うだけです」
「分かった、行ってくる」

 俺は本を棚に戻し、奥の受付カウンターへ向かう。
 何か重いなと思ったら、背中にネネイが付いていた。
 どういうわけか、四肢を駆使して俺にしがみついている。

「重いぞ、ネネイ」
「ネネイは軽いなの!」
「そうじゃなくて、なんでくっついているんだ」
「意地悪したお返しなの♪」
「やれやれ」

 ネネイを背中に張り付けたまま、俺は受付にやってきた。

「スキルの習得を行いたいのですが」

 受付のエルフに話しかける。
 エルフは「かしこまりました」と微笑んだ。

「では、習得したいスキルの名をお願いします」
「スキルの名は――」

 こうして、俺は汎用スキルを習得した。

 ◇

 次にやってきたのは武器屋だ。
 ここに関しては、ネトゲとまるで異なっていた。
 ネトゲの場合、商人と会話して武器を選ぶ。
 話しかければ商品の一覧が表示され、性能を見て決める。
 しかし、ここではそうもいかない。
 所狭しと置かれている武器の中から、手に持って選ぶのだ。

「色々あるけど、どれでも使えるんだよな?」
「はい、制限などは特にございません」

 この辺りもまた、ネトゲとは異なっていた。
 ネトゲでは、往々にして職業制限がある。
 例えば、杖は魔法使い専用の武器といった感じだ。

「なら、使う武器はこの辺りだな」

 俺が手に取ったのは槍だ。
 穂が枝分かれしていないシンプルな一品。
 いわゆる直槍すやりと呼ばれるものだ。
 穂以外が真紅に染まっていてカッコイイ。

「良い武器に目を付けたね、その槍は二〇万の一級品だよ」

 カウンターの店主が声をかけてくる。
 店内にはいくつもの槍があるけど、これが最高級品のようだ。
 その価格に納得できるだけの品質は、持ってみて感じられた。
 ニメートル以上の長さなのに、驚くほど軽い。
 片手でも自由に振り回すことができる。

「よし、これにしよう」

 迷うことなく、二〇万の槍を購入した。
 武器屋には、目移りを禁じ得ない程、様々な武器がある。
 剣などの王道から鉄球などの変わり種まで、実に色々だ。
 その中で、俺は槍を即決。

「ユートさんは槍が好きなのですか?」
「いいや、別に好きというわけではない」

 槍を選んだのは、リーチが優れているからだ。
 俺のような素人には、とにかくリーチの長さが重要だろう。
 両手に持った剣でラテンダンスのように舞うのは、ゲームの世界だけだ。
 自分で戦うなら、出来る限り少ない動きで済むものがいい。
 そう考えると、遠巻きに敵を攻撃できる槍が最適と判断した。
 弓を使えればもっといいが、俺は弓の使い方を知らない。

「兄さん、せっかくだし、武器に名前を付けてやりなよ」
「名前?」
「そうさ、名前を付けると愛着がわくものだぜ」

 店主が槍に名前を付けろと提案してくる。
 自分の名前にさえこだわりのない俺が、武器に名前を付けるのか。
 まぁ、ここは言われた通りにしておこう。

「ならこの槍の名前は『プリン』だな」
「プリン? 食べ物の名前じゃねぇか」
「そうだ」
「武器に食べ物の名前を付ける奴は珍しい。いいんじゃねぇか」

 こうして、武器の名前はプリンに決まった。
 ちなみに、名前の由来はネトゲのマイキャラからだ。

「行こうか」

 槍を持ち、武器屋を出ようとする。
 すると「待ってください」とリーネに止められた。

「街の中で武器を携帯するのは、望ましくありません」
「じゃあ、この槍はどうすればいいの?」
「念じることで、収納することが出来ます」

 これも冒険者カードの機能だ。
 戦闘で使う武器を出し入れできる。

「やってみるか」

 手に持った槍を収納するように念じてみた。
 その瞬間、ポンッと槍が消える。
 どこへ消えたのかは分からない。
 まるで手品のようだ。

「出してみてください」
「オーケー」

 今度は槍が出るように念じた。
 どこからともなくポンッと現れる。
 これは便利だ。

「おとーさん、ネネイも武器を持っているなの!」
「そうなのか。ネネイはどんな武器を使うの?」
「秘密なのー♪」

 ニヤリと笑うネネイ。
 ゴブリンとの戦闘で披露するつもりだろう。
 五歳児の使う武器がどんなものか、想像もつかない。
 可愛らしい棍棒か、それとも身の丈以上の大剣か。

 ◇

 スキルを覚え、武器も買った。
 これで、出発しても問題ない。
 だが、もう一か所だけ、俺には行きたい場所があった。
 それは服屋だ。

「私は似合っていると思いますよ」
「ネネイも良いと思うなの」

 二人が俺の服について褒める。
 しかし、俺は自分の着ている服が嫌いだった。
 大学デビューも甚だしい服装だからだ。

「防御性能ってステータス依存だよね?」
「はい。素肌と鎧で大差はありません」

 エストラにおいて、防具は飾りだ。
 鎧なんて、ただの動きにくい鉄鋼の塊に過ぎない。
 それでも、男の多くは革で作られた軽装の鎧を纏っている。
 おそらく、エストラの一般的なファッションがそれなのだろう。

「リアルのユニグロと同じようなものだな」

 服屋の店内に関する感想だ。
 サイズ別に色々あり、試着室も完備。
 ただ、主な商品はリアルと大違い。
 目のつくところに置かれているのは、主に革の鎧だ。
 リアルなら、こんなものは売っていない。

「お、いいのがあるじゃないか」

 店の隅に、俺好みの一式を見つけた。
 スーツだ。
 無地の紺色で、白のシャツとグレーのネクタイも付いている。
 リアルで買えば一〇万は下らない、上質な一品だ。
 驚くことに、ここでは二万で買える。
 その上、サイズが俺にピッタリときた。

「これしかないな」

 悩むことなくスーツ一式を購入し、試着室で着替える。
 リアルでは、就活に失敗して以来、スーツを着ていない。
 そんな事情もあり、俺にとってスーツは『出来る男』の表れだ。

「おとーさん、カッコイイなの!」
「流石ユートさん、大人の雰囲気が漂っています」

 試着室から出た俺を、二人が拍手で迎える。
 俺自身も、良い感じだと思っていた。
 これまで着ていた服は、店にプレゼントする。
 プレゼントというが、実際の所は押し付けだ。
 転売しようが雑巾にしようが、どうだっていい。

「この姿で槍を持つのは、なんだか変だな」

 スーツの男が槍を振り回す。
 そんなの、前代未聞じゃないか。
 戦う自分の姿を想像し、一人ニヤけた。

 ◇

 準備が完了し、街を出た俺達。
 目指すは、スタート地点でもある『始まりの森』だ。

「一ついいですか?」

 街を出てすぐ、リーネが呼び止めた。
 手にはガイドラインを持っている。

「素振りをしてくれませんか?」
「槍のか?」
「そうです」
「分かった」

 俺は槍を取り出し、適当に振り回した。
 上から振り下ろしたり、前方へ突いたり。
 非常に軽いので、快適にブンブンできる。

「これでいいか?」
「いえ、もう少しだけお願いします」

 言われた通り、槍を振り続ける。
 腕に疲労が蓄積されだした頃、唐突に足元が光った。
 レベルが上がったのだ。

「素振りでも経験値を稼げるのか」
「はい。これで戦闘が少し楽になったと思います」
「そうだな、ありがとう」

 俺は武器を戻し、冒険者カードを取り出した。
 ステータスポイントを振る為だ。

 名前:ユート
 レベル:3
 攻撃力:2
 防御力:6
 魔法攻撃力:1
 魔法防御力:6
 スキルポイント:5

 今回も、防御とスキルにポイントを振り分けた。
 配分も前回と同じで、防御に二ずつ、スキルに一だ。

「さーて、ゴブリンを探すか」

 急ぎ足で草原を抜け、森に到着する。
 あとは、そこらに棲息しているゴブリンを見つけて倒すだけだ。
 倒す数は一体でいい。ただ、倒した数に応じて報酬にボーナスが付く。
 一体につき一五〇〇ゴールドだったかな。細かいことは覚えていない。

「リーネ、ディテクティングを頼む」

 ディテクティングとは、支援スキルの一つだ。
 付近のモンスターや人物を見つけ出す効果がある。

「出来ません」
「え? あらゆる汎用スキルを使えるのではないか?」

 原則として、汎用スキルは一人一〇個までしか習得できない。
 それ以上になると、任意のスキルを一つ忘れなければならないのだ。
 しかし、神の使いであるリーネには、その法則が当てはまらない。
 リーネは数千種類に及ぶ汎用スキルを全て使えるのだ。

「クエストの直接的な補助行為は禁止されております。私が出来るのは、戦闘終了後の回復や、洞窟などで暗闇を照らすことだけです。その為、ディテクティングを使用することは出来ません」

 神によって定められたルールで禁止されているようだ。
 面倒だけど、仕方ないとも思う。
 リーネの存在は、完全なチートだ。
 好き放題に活用できれば、世界の法則とやらが乱れかねない。

「なら自分で探すしかないな」
「探すなの、探すなの」

 俺は槍を手に持ち、ゴブリンを求めて森を彷徨い始めた。
 後ろにネネイとリーネも続く。

「ネネイ、ゴブリンを倒したことはあるか?」
「ないなの。ネネイは戦闘経験がないなの」

 ネネイはまだ、武器を出していない。
 左右の手を交互に振り、元気よく行進している。

 ――ガサッ。

 しばらく歩いていると、左右の茂みから音が聞こえた。
 どちらも一メートル近く生い茂っている。

「敵の可能性があるから、警戒しろよ」

 俺は立ち止まり、槍を構えた。
 一気に高まる緊張感。
 ただ風が吹いて揺れただけか?
 いや、おそらく敵だろう。

「キェェ!」

 案の定、敵だった。
 左右の茂みから、三体のゴブリンが飛び出してきたのだ。
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