牙をむく花

ねい

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プロローグ

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 それじゃあ、またねと肩を押された。
 リアンの体はぐらりと後ろに倒れ、空に投げ出される。

「あ……」

 何かを掴む間もなく落下する。
 両手両足を伸ばせば空気抵抗で速度は弱まるだろうか。
 こんな時でも生き伸びる算段をしてしまう。
 最後の一秒まで、生きたいと願うその想いが叶うだろうか。
 リアンの視線の先には暗い夜空とそびえ立つビル群。
 その先端を掠めそうな勢いで飛行機が横切っていく。
 こうやって落ちるのは初めてではない。もう三度目なのに、突き落とした相手もわからなければ、回避することもできない。
 スローモーションようにゆったりと流れる景色を見ながら、リアンは遠くなる人物に向けて目を凝らした。
 灰色の布を巻きつけた顔は見えない。
 声にも覚えがない。
 なにかひとつでいい。手がかりが欲しい。
 少しずつ小さくなる相手を睨んでいると、不意に下から突風が吹きつける。
 これまでには一度もなかった現象だ。
 力強い風はリアンの体を浮き上がらせ、さらに上空へ登る。
 月にまで届かんばかりの高さへ登った風は、ついに見下ろす人物の布を剥ぎ取った。
 その瞬間、銀色の長い髪が夜空に広がる。

「……あれは……」

 もうすこし手がかりを、……!
 望みは叶えられることなく全身が砕けるような強い衝撃が訪れる。
 この痛みには慣れたくないが、覚えてしまった。
 なんとか動かせた左手は自然と自分の下腹へたどり着いた。
 最後の力を振り絞ってそこを包み込むように撫でる。
 リアンのそこは本来、子供を育むための場所がある。
 今回もまただめだった。いつになったら願いは叶うのだろう。
 視界が赤くなって、すぐに冷たく深い闇に引きずり込まれていく。 

「……また……だめだった……」

 舌先に感じる血の味だけが、現実とうたかたの境目を繋いでいる。
 そうしてリアン・ラウは、三度目の死を迎えた。


 ◇


「リアン! 起きろ! いつまで寝てんだよ!」
 ベッド代わりソファを蹴飛ばされ、リアンは目を覚ました。
「……っ!」
 慌てて毛布を掴んで体を起こす。
 全身は汗ばんで、痛みがまだ残っているかのような感覚。
 それらはリアンの時間がまた巻き戻ったのだと訴えてくる。
 リアンのそんな気持ちを知ってか知らずか、起こしにやってきた人物は無遠慮に顔を覗き込んでくる。
 赤い髪に金色の瞳。頬に不思議な文様の入れ墨を入れた少年の名は、ランカ・チェン。
 リアンの同居人だ。

「さっさと起きねーとまたボスにどやされるだろ」
「……わかってる」
「たまにはリアンが朝飯作れよ」
「ランカが作った方が俺の何倍も美味い」

 そう言うとランカはまんざらでもなさそうな顔をして、口角を上げる。

「そんなこと言ってもなんも出ねーからな。さっさと顔洗ってこい」
「……わかった」

 大きく呼吸をしてからリアンは、ベッドを滑り出た。
 ぎしぎしと床の軋む古びた部屋を横切り、洗面所の鏡を覗く。
 目にかかる長さの黒髪に金色が淡く交じる青い瞳。
 突き落とされた記憶よりも数年若返った姿を見てため息をついた。
 この姿の自分と目が合うのは、これで四度目だ。
 同じ日の同じ時間。
 ランカに叩き起こされて始まる一日。
 
 それでもまた、ここから始めなければならない。
 今度こそ、目的を果たすために。



 
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