牙をむく花

ねい

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01.再開

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 世界は七つの大陸に分かれている。
 貿易都市カイエンがある第三大陸は四方を海に囲まれており、常に外敵の脅威に晒されている。
 その状況を逆手に取ったのが、カイエン初代首相セリム・フェイという男だった。
 第三大陸でしか扱えない品の価値を高め、諸外国への輸出に応じる代わりに不可侵条約を結ぶ。
 一方的な破棄は他の六大陸の主要港からの追放となる。最小の大陸ながらも大国からの武力による影響を受けず、今日までこられたのはセリムの政策が受け継がれているためだ。
 しかし長い年月は、あちらこちらにほころびを作る。
 カイエンも例外ではなかった。
 輸出で富む者、貧する者。数世紀のうちに両者の格差は広がり、ついには治安が良いとされていたカイエンにも不法移民が増え、巨大なスラム街が作られるに至った。
 かつて旧王朝の城砦であった場所が起点となり、石造りの建物がひとつ、またひとつと折り重なるように作られ、いつしか天まで届くような巨大な城砦へとなったのだ。
 世間から弾かれた者、不法移民。行き場を無くした者たちが集う街・龍山城砦ロンシャンじょうさい
 リアンの住処もこの一角にあった。
 たちの悪い迷路だと言われる城砦内は、束になった黒いコード天井や壁を隙間なく這い、灰色にくすんだ廊下が延々と続いている。住人となって初めて壁に刻まれたわずかな道標を覚え、自らの生活圏内だけはなんとか移動できるようになるのだ。
 そんな場所もリアンにとっては自分の庭も同じだった。
 
「リアン! 今日は傷薬あるかい?」

 声をかけられて振り返った先には、小柄で年配の女性が立っている。
 彼女は城砦内の商店街に小さな食堂を構えている。指先に巻いた布には血が滲んでいるので、おおかた調理中に刃物が当たったのだろう。

「あるよ。傷見せてください」

 肩に下げていたリュックを下ろして中を探る。小さな缶の中から、赤紫色の軟膏がつまったものを取り出して塗ってやり、手持ちの包帯を丁寧に巻いた。

「いてて……、ありがとねぇ」
「ミンばあちゃんが怪我なんてめずらしい」

 そう言って笑うと、ミンはリアンの頭を撫でた。
 幼い頃からの付き合いなので、いつまで経っても子供扱いされるのだ。

「なんか城砦内に忍び込んできたやつがいるってんでね、商店街の方は大騒ぎさ」
「侵入者?」
「ランカが大騒ぎでボスのとこに走ってくもんだからさ、うちの息子が驚いてあたしにぶつかってこのざまだ。まったく肝っ玉が小さいにもほどがあるよ」

 常に自分の道具は自分を傷つけないと豪語しているような人だ。外的要因だったと聞いて納得した。

「俺がボスのところに呼ばれてんのもそれかな」

 リアンはこの城砦で小さな薬屋をやっている。
 医者もいるけれど、城砦内全員を看られるわけではない。そうなると重宝されるのは日常で使う薬だ。
 ミンを別れたリアンは近くの水道で手を洗ってから自分の下唇を親指でなぞった。
 なにかを考える時のくせだ。
 これまでに三度戻って来た中で、怪我をしたミンに呼び止められたのは初めてだ。
 過去ではこのタイミングで城砦が騒ぎになるほどの侵入者はなかったはずだ。

「なにかが変わったのかな……」

 ぽつりと呟いて顔を上げる。この変化がリアンにとって良いのか悪いのか、それはまだわからなかった。
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