この世界の平均寿命を頑張って伸ばします。

まさちち

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4巻

4-1

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 ◇ ◇ ◇


 俺、ヒデこと田中英信たなかひでのぶは、ひょんなことから異世界アルデンドに転生し、回復師かいふくしとして人々の病気やケガを治療する日々を送っていた。
 この生活を始めたきっかけは女神様にお願いされたからなんだけど、俺が希望したことでもあるから、とても楽しい。
 異世界に来てから、ずいぶん大勢の人と知り合った。孤児のゲン、トラン、ハルナ、ミラに元貴族の冒険者であるキャリーさんことキャロラインさん。王族の若様や薬師くすしのポールさんに、スラムを取り仕切るブルースさんとその用心棒ようじんぼうのスミーさんなどなど……みんな、すごく良い人ばかりだ。
 特に、ポールさんとブルースさんにはこの間本当にお世話になったんだよね。彼らの手を借りて、スラムに湿布薬しっぷやくの工場を建てることができたんだ。工場ではスラムの人々をたくさん雇ったから、いずれは貧困層全体の所得が上がってスラム自体をなくせるんじゃないかと思ってる。
 あと、ついこの間、ブルースさんとスミーさんが幼い頃に孤児院で育ったと知ってびっくりしたよ。二人は院を守るために院長先生やその旦那だんなさんに黙って出て行ってしまったんだけど、昨日ようやく院長先生と和解することができた。それで昨夜はお祝いってことでブルースさんたちと一日中飲んで、診療所には朝帰りになってしまったんだよね。子供たちやキャリーさんにはものすごく心配をかけちゃったみたいで、反省した。
 なんとか機嫌を直してもらおうと折り紙を教えてあげたら、みんな喜んでくれて良かったよ。
 色々あったけど、今日も人々を治療して、この世界の平均寿命を頑張って伸ばそうかな~。



 1 花街


 子供たちは俺から教わった折り紙を、孤児院のチビッ子たちに教えてあげると言って帰った。キャリーさんにも今日は早めに上がってもらったので、今の診療所には俺一人だ。
 椅子にもたれてちょっとウトウトしたとき、ドアがノックされた。中に入ってきたのは、冒険者ギルドのサブギルマス、オファンさんだ。

「ヒデ様、オファンです。今少しだけ平気ですか?」
「患者さんはいないから、大丈夫だよ」

 オファンさんは空いている椅子に腰かけ、話し始める。

「失礼します。普段はこんな確認はしないのですが、ちょっと金額がアレなもので……」
「ん? 金額ってなんのこと?」
「実は、先日ヒデ様のギルドカードに入金があったのですが」

 オファンさんが一枚の書類を渡し、説明してくれる。

「この紙に入金された金額と振り込んだ店舗が書いてあります」
「こんな書類もあるんだ。どれどれ……ハァ? 白金貨はくきんか五枚?」

 とんでもない金額に思わず目を見開く。
 白金貨ってこの世界で一番価値の高いお金だよな?
 いったいなんでこんな大金が入金されているのか考え、一つの可能性に思い当たる。

「……もしかして振り込み元の店舗って、この国より暖かいところにある?」
「そうですね。実際に行ったことはないですが、砂漠地帯の近くにある店舗ですので、気候はここより暖かいですよ」
「ああ、やっぱりか」

 そうそう、この間ミイさんっていう遠い国のお姫様の足を治療しに行ったんだよな。若様のテレポートで連れていってもらったから詳しい場所はわからないけど、かなり気温が高かった。たぶん、そのときのお礼ということで王様が振り込んでくれたんだろう。
 でもなー、こんなお金もらっても困るんだよなー。患者さんの治療費は銀貨一枚って決めてるし。
 オファンさんがうーんとうなる俺を見て口を開く。

「心当たりがありそうですね」
「うん、まあ。オファンさん、このお金って返せないかな?」
「えーっとですね。紙の一番下のらんを見てください」

 オファンさんが指差す箇所を見る。

「ん? 何々……『この入金は間違いではないので返金を認めない』?」
「はい。匿名とくめいなので素性すじょうはわかりませんが、かなり力のある貴族からの入金らしくてですね」
「つまり返しようがないのか。まあ、今度会ったときに直接返そう。でも、ギルドカードって振り込みもできるんだね?」
「もっぱら商人ギルドの間で使われている機能ですね。とにかく、用件はそれだけです」
「なるほど、手間をかけました」
「いえいえ、こちらが勝手にしたことなので。では失礼します」

 オファンさんは一礼して診療所を出ていった。
 続いて、それと入れ違いに別の男性が入ってくる。
 えっと、たしか名前は……そうそう、ジョージだ。元々顔だけは知ってたけど、この間ギルドで飲んだときに席が隣になって意気投合いきとうごうしたんだよな。

「ヒデ、今いいかい?」
「いいよ、どうしたの? 怪我?」
「いや、俺じゃないんだけど……」
「あ、そうなんだ。患者さんがいるならどこでも行くから、遠慮しないで言ってよ」

 俺が言うと、ジョージは安心したような表情になる。

「助かるよ。実は、俺の好きなが病気らしいんだ。でも、その娘と会えなくてどんな症状なのかわからないんだよ」
「会えないって……親が会わせてくれないってこと?」
「いや、そうじゃなくて。その娘は花街はなまちにいてさ。最近店に行っても姿が見えないから事情を探ったら、病気にかかったそうなんだ」

 花街か。行ったことはないけど、ギルドや工場の人たちが何度か話題にしていたから存在は知っている。たしか、光の魔道具まどうぐ街灯がいとうとして使用されてるんだっけ。一度どういうものか見てみたいと思ってたんだよな~。

「なるほどね、よし、今から向かおうか」
「いいのか? 会える保証はないぞ?」
「会えなかったときはまた改めて考えよう。とりあえず行こうよ」
「わかった。ありがとう、ヒデ」
「お礼は患者さんが治ってから言ってくれ」

 手早く準備を済ませ、ジョージと診療所を出る。ギルドをあとにする前、酒場のママさんに急患が出たから留守にすると告げた。行き先を聞かれたけど、正直に言ったら騒がれそうなのでごまかしておいた。
 ジョージに道案内を頼んで付いていく。時刻は夕方近くなので、空が段々赤くなり始めていた。
 街の入口近くにある建物と建物の間を抜けると、やけに明るい区画に出る。表通りほど広くはないが、結構人がいてにぎやかだった。まだ太陽は落ちていないが、すでに店のランプやピンク色の街灯がともり始めており、なんとも華やかな雰囲気だ。

「ここが花街か、すごいね。ピンクの光とか、どうやって出してるんだ?」

 そう感想を漏らすと、ジョージが呆れたように言う。

「ここに来てそんなことを気にするのはお前くらいだぞ。普通は可愛い女の子がたくさんいることに驚くもんだ」
「いやいや、今日は遊びに来たわけじゃないから」
「まあ、そうか。とにかく、店はこっちにあるから付いてきてくれ。あんまりキョロキョロして客引きに捕まると面倒だぞ」

 ジョージの言葉に従い、街灯を観察するのは後回しにして通りを進む。
 しばらく進んで、ジョージは一軒のお店の前で立ち止まった。きらびやかな、宿屋っぽい建物だ。

「この店だよ。俺はちょっと店の前で情報を集めるから、先に入っててくれ」

 うなずいて中に入ると、奥の座敷に座っている何人もの女の子たちが目に入った。全員綺麗きれいに着飾っており、顔に真っ白な白粉おしろいを塗っているのでものすごく目立つ。
 面食らっていたら、入口の脇に控えていた若い兄ちゃんが寄ってきて、にこやかに挨拶してくる。

「いらっしゃいませ。お客様、当店が初めてでしたら遊び方のご説明をしましょうか?」
「え? はい。初めてだけど……」

 あ、しまった。遊びに来たわけじゃないのに、つい返事しちゃったよ。
 まあいいか、せっかくだしシステムだけ聞いてみよう。

「えっと、あそこの高台に座ってる女の子を選んで一緒に遊ぶの?」
「そうですよ。基本料金がこちらで、飲み物やお料理なんかはまた別料金です。延長した場合も追加のお値段が発生しますね」

 兄ちゃんが手に持っていたメニューを見せながらそう説明する。メニューを見てみると、基本料金はかなり良心的だ。ただし、料理と飲み物の値段は結構割高な感じがする。フムフム、こっちでもうけるシステムなのか。
 その後も兄ちゃんの話を聞いていたら、後ろから白衣を引っ張られた。振り返ると、ジョージが残念そうな顔をしている。

「ヒデ、今日もいないみたいだ」

 すると、兄ちゃんがジョージに気づいて目を丸くした。

「あれ? ジョージさんじゃないですか。サエラちゃんはまだお休みなんですよ。たまにはどうです、他の子なんか」
「いや、いいよ。それより他の奴から聞いたんだが、サエラは病気なんだろ? もしそうなら――」

 ジョージがそう言いかけたが、途中で兄ちゃんがさえぎってしまう。

「嫌だな、そんなわけないじゃないですか。あんまり変なこと言うと出禁になっちゃいますから、気をつけてくださいね。サエラちゃんがお休みから戻ってきて、ジョージさんが出禁になったなんて聞いたら悲しんじゃいますよ」
「クッ……」

 悔しそうに口をつぐむジョージ。
 なるほど、たしかに花街のお店で病気の噂なんて流れたら、売り上げに深刻な影響があるだろう。最悪、閉店になるかも。この兄ちゃんが病気のことを認めないのはそういった事情がありそうだ。
 さて、どうしたものかと考えていると、店の奥から少し年配の女性とガタイの良い男が出てきた。いかにも女主おんなあるじのマダムとその用心棒みたいな風貌ふうぼうだ。

「どうした? 何かめ事かい?」

 マダムが兄ちゃんに尋ねると、兄ちゃんはマダムに近づいて耳打ちをする。

「わかった。アンタは他のお客様の相手をしてきな」

 マダムはそう言って、兄ちゃんを下がらせた。
 そのとき、マダムの隣にいた用心棒が驚いたように声を上げる。

「あれ? そこの方、よく見たらヒデさんじゃないですか」

 ん? あ、この人、昨日ブルースさんの屋敷で見かけた雇われの用心棒さんじゃん。今日はこっちで仕事してるのか。

「ああ、こんばんは。奇遇ですね」
「昨日は屋敷で飲み明かして、今日は花街ですかい? なかなかの強者ですね」
「いやいや、そんなんじゃないですよ。ちょっと事情がありまして」
「そうなんですかい? この店はブルースファミリーゆかりの店なので、ある程度は融通ゆうずうきますよ」

 おお、それはかなり助かる。さっそく事情を説明しよう。

「本当? 実はこの店のサエラさんって娘が病気だって噂を聞いたんだ。だから治療させてほしいんだけど、いいかな? もちろん病気だってことは秘密にするから」
「ああ、なるほど。そういやヒデさんは前にもブルースのアニキのせきを治したことがありましたもんね。わかりやした。あねさん、よろしいですか?」

 用心棒さんが確認すると、マダムは面倒そうにうなずいた。

「わかったよ。でも、そこのヒデって男だけだ。お連れのお客様はそこで待っていておくれ」
「む、わかったよ。ヒデ、頼むな」
「任せとけって」

 ジョージと別れ、マダムと二人で店の奥に入る。どうやら、サエラさんの寝室に向かうようだ。
 用心棒さんは入口で待っていることになった。

「ボディーガードなのに一緒にいなくていいんですか?」
「店の奥は男子禁制なのさ」 
「え? じゃあ、俺も入れないじゃん」
「まあ、本来はそうだけどね。治療のためだから特別だ。それに、店の娘が長いこと病気だってことがこれ以上外に漏れたら客が逃げちまうし、正直治してくれると助かるよ」
「他の回復師には見せてないんですか?」
「なんの病気かわからないから、治療できないって言われたよ。ただの性病なら魔法か薬で治せるんだけどねぇ……」

 そうなんだ。ということは、結構厄介やっかいな病気なのかも。

「それで、症状はどんな感じなんですか?」
「……見てもらったほうが早いね。サエラに事情を説明するから、少しここで待ってな」

 マダムは廊下にいくつも並んでいるドアの一つをノックして、中に入っていった。
 しばらくすると中からマダムの呼ぶ声が聞こえたので、俺もドアを開ける。
 部屋に入ると、布団に入っていた綺麗な女性が身を起こした。見たところ、ちょっと顔が青いくらいでどこも悪くなさそうだけど……

「お邪魔します。俺は回復師のヒデと言います。ジョージに頼まれてあなたを診察しに来ました」
「わざわざありがとうございます。サエラと言います」
「さて、さっそくですが、診断させてくださいね」
「あ、はい。あの、服は脱いだほうが良いですか?」
「そのままで大丈夫ですよ」

 緊張している様子のサエラさんを安心させるように言い、俺は女神様からもらった診断スキルを発動させる。


『これは病気ではないですね』
《へ? どういうこと?》
『はい、彼女にはのろいがかけられています』
《呪い? えっと、それってどんなやつなの?》
皮膚ひふの一部を鱗状うろこじょうにする呪いです』
《なんか、中途半端だね》
『そうですね。ただの嫌がらせですが、女性には効果があります』
《ともかく、そんなの許せないな。解呪かいじゅってできる?》
『できます。解呪の要領も治療と同じですよ』
《そうか、良かった》

 「サエラさん、あなたがかかっているのは病気じゃなくて、皮膚を鱗状にする呪いですね」
 俺が言うと、サエラさんは驚いたように目を見開いた。

「え? 見てもないのに症状がわかったんですか?」
「俺の魔法はちょっと特別なんです。それより、その呪いは解呪できるので治しちゃいましょう」
「ウソ、この鱗、消せるんですか?」
「はい。やるのは初めてですが、たぶん大丈夫ですよ」
「お、お願いします。このままではお店に迷惑がかかってしまいますから」

 そのとき、今まで黙っていたマダムが声をかけてきた。

「その呪い、誰がやったか突き止められないかい?」
「えーっと、ちょっと待ってくださいね」

 《できるの?》

『直接探ることは難しいですが、呪いをかけた相手にはね返すことは可能です』

 俺は診断スキルから聞いたことをそのままマダムに伝える。

「直接突き止めることはできませんが、呪いを相手に返すことはできます。だから、解呪したあと皮膚が鱗状になった人を探せば、犯人を見つけられると思いますよ」
「それでいいよ、やっておくれ。ここまでめた真似をされて黙ってるわけにはいかないよ」
「そうですね、こんなことをする奴にはしっかりお返ししときましょう。じゃあ、鱗になっている部分をせてください」
「右の肩から背中の部分なのですが」

 サエラさんはそう言いながら、こちらに背中を向けて服を脱ぐ。

「ああ、全部脱がなくていいですよ。いきますね、診断」

 『患部かんぶをよく見てください。魔力の糸が出ているのがわかるはずです』

《本当だ、何か白っぽい糸みたいなのが出てる》
『はい、呪いを消すだけならその糸を切ってしまうのですが、今回は呪い返しを行いますので、糸をつなげたまま解呪します。イメージしやすいように呪文を唱えながら、魔力を込めてください』
《了解。うーん、解呪の呪文か……呪いを壊すわけだから――》

 「ブレイクスペル」
 鱗に両手をかざし、思いついた呪文を唱えて魔力を注ぐ。


 すると、両手から青白い光が出て、鱗を包み込んだ。続いてガラスが砕けるような音がしたと思ったら、青白い光は小さなかたまりとなり、魔力の糸をたどって部屋の壁をすり抜けてどこかへ飛んでいってしまう。
 しばし唖然あぜんとしたが、我に返ってサエラさんの背中を見ると、鱗が綺麗になくなっていた。

「うん、上手くいきました。自分で見てみてください」
「え? もう終わったんですか?」

 信じられないといった調子のサエラさん。
 そのとき、後ろで見ていたマダムが驚きの声を上げる。

「本当だ、綺麗になくなっているよ!」

 サエラさんは急いで姿見すがたみの前に行き、背中や肩を確認した。

「ウソみたい……! 本当にありがとうございます!」
「フフ、お礼は俺に治療を頼んだジョージに言ってあげてください。店の入口にいるはずですから」

 俺が言うと、サエラさんはマダムを心配そうにチラリと見た。
 マダムはため息を吐き、やれやれといった感じで微笑ほほえむ。

「いいよ、行っといで。明日からはちゃんと仕事に出るんだよ」
「はい、ありがとうございます!」

 深々と頭を下げ、サエラさんは部屋を飛び出していった。元気になってくれて良かったよ。
 サエラさんがいなくなったあと、マダムが感心したような声で話しかけてくる。

「あんた、優秀な回復師だったんだね。ブルースの旦那への義理立てのつもりだったんだけど、本物だったとはねえ」
「そうだったんですか。まあ、また何かあったら冒険者ギルドの診療所に来てくださいね」
「ああ、アンタが噂のギルドの回復師さんかい。うちに来る冒険者から何度か話を聞いたことがあるよ」
「どうせ、二日酔いを治してくれる回復師とか、そういう話でしょ?」

 俺が冗談っぽく言うと、マダムが愉快そうに笑った。

「アハハ、それも聞いたね。でも、あたしゃ別の噂が気になってるよ。銀貨一枚でなんでも治しちまうって噂さ」
「それは事実ですよ。なんでもというのはちょっと言いすぎですけど」
「そうなのかい? まあ、噂なんてそんなもんなのかねぇ。まあ、なんにせよ本当に助かった。あとはこんなふざけたことをした奴をとっ捕まえてやるだけさ」
「それじゃあ、俺は帰ります。お代はサエラさんが問題なく仕事できるようになってからでいいですよ」
「ああ、ありがとうよ。また何かあったら頼むかもしれないけど、そのときはよろしくね」
「はい、いつでも呼んでください。すぐに来ますので」

 俺はサエラさんの私室をあとにしようとして――あることを思い出して立ち止まる。

「あ、そうだ。一つ聞きたいことがあるんですが」

 そう、花街に来たときから気になっていたことを尋ねてみることにしたのだ。



 2 白粉


「あの、白粉ってありますか? 女の子が顔に塗ってる白いやつ」

 俺が言うと、マダムは怪訝けげんな顔をした。

「……回復師さんはお化粧けしょうに興味があるのかい?」

 そう言いながらも、鏡台きょうだいの前に置いてあった木製の入れ物を取って差し出してくれる。

「これはサエラのだけど、うちじゃあ基本的にこれと同じのを使ってるね」

 受け取って中を確認し、診断してみる。


《この白粉の材料なんだけど、鉛白えんぱくって使われてる?》
『少しお待ちください……はい、使われていますね。大量に摂取せっしゅすると人体に悪影響を及ぼします』
《やっぱり。何かの本で読んだことあったんだよな。昔の白粉には鉛白が使われてたって。今の日本で使われている白粉は安全なんだけどね》
『代用成分として酸化亜鉛さんかあえんを使用することを推奨すいしょうします。ただし、性能は幾分いくぶんか劣りますが』
《酸化亜鉛ね……わかった、ありがとう》

 こっちの世界にも地球と同じ金属がいっぱいあるから、もしかしてと思ったんだけど、当たっちゃったか。なまりって体に吸収しすぎると中毒になるんだよな。それにしても、酸化亜鉛って異世界で手に入るのか?
 ともかく、これは早急になんとかしないと。

「この白粉って、ここ以外の人もよく使ってるんですか?」
「なんだ、本当に興味があったのかい? そうだよ、これは新製品でね。以前のものより安いしノリも良いから最近じゃ一番売れてるのさ」
「そうですか……でも、今後は使わないほうが良いです。この中に入っている鉛白が、人体にあまり良くないんですよ」
「鉛白? よくわからないが、どうにもなってないけどねぇ」
「今すぐどうにかなるわけじゃないですが……これ、どこで手に入りますか?」
「今は品切れになってるから買うのは難しいだろうが……そうだ、あたしの予備をあげるよ。ちょっと待ってな」

 そう言って、部屋をあとにするマダム。
 少し待っていたら、同じ木製の入れ物を持ってきてくれた。
 ありがたく入れ物をもらい、白衣のポケットにしまう。

「ありがとうございます」
「サエラを治してくれたお礼だよ」
「じゃあ、今度こそ本当に失礼します」
「あいよ、次はお客として来な。サービスしてあげるから」
「ハハ、余裕ができたら来ますね」

 部屋を出て店の入口に行くと、ジョージがいない。どこに行ったんだ?

「あ、ヒデさん。ジョージさんから『用事ができたから先に帰ってくれ。本当にありがとう』って伝言をもらいましたよ」

 キョロキョロしていたら、最初に話しかけてきた兄ちゃんが教えてくれた。

「うん、教えてくれてありがとう」

 挨拶をして店を出る。ジョージはサエラさんと一緒にどこかへ出かけたみたいだ。また会えるようになって良かったな。
 もうすっかり日は沈んでいたが、街灯と店の明かりがあるため、歩きやすい。
 一杯飲んでから遊びに来る人が多いのか、この時間帯はかなり通りが混み合っていた。
 ぶつからないように気をつけながら、花街の出口まで来る。

「今日は正直疲れた。化粧品のことは、明日ポールさんに相談しに行こう」

 独り言をつぶやきながらギルドに向かう。診療所に着いたあとは、さすがに疲れてそのまま寝てしまった。


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