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メリアの無念
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ヨーロッパと呼ばれる地方のどこかの国
暗い夜、病院の一室で半身を起こしほんのり目元を赤くした少女が異国の透明な鈴をぼうっと見上げる様を月が照らしていた
あと数日で満ちるであろう月は、藍の湖面に浮かぶ白蓮の如く凛とし気高く、それを囲い彩る月光は天女の羽衣のように淡い存在なれど夜の闇とそこに潜む住民の悉くを包み見守っている
『ふう───』と、鈴に向け長く息を吹き付けその音を響かせた少女は、“チリ──ン”という音色に誘われて、己の過去を振り返る
私は両親が待望した一人娘として産まれた
「『1人目は女の子がいいね』って話してたんだ」と話す父の顔は、気恥しそうでありながらもそう話す声音と両の瞳には深い愛が満ち満ちていた
両親ともに30代後半で結ばれながらも互いに仕事が忙しく、子を宿す機会を得たのは40代になった後
仮に人の一生を百年と考えると、母の人生後半の健康を損ねず一家で共に生きる為には、これが最初で最後のチャンスだった
しかし、いざ産まれた私は弱い身体だった
生後24時間と経たないうちに、専用の酸素ボンベが用意された
どうにか健康な子のように走り回ったり出来ないものか、と私の体に負担をかけないよう、両親はいろんな文献を漁り、さまざまな国の高名なお医者様たちを呼んでくれた
しかしどのお医者様も首を横に振るばかり
その代わり、私に色んなことを教えてくれた
お医者様の出身国の風土や気候、名物、言語、家庭料理、見聞き・体験した事。医療の面でも、骨格や臓器,神経や血管の位置傾向を覚え、手術をする時に大切な、指先を上手く、繊細に、滑らかに動かすコツ
中には『私が作ったものなんだよ』と、世界に一つしかない美しいガラスの工芸品を見せて譲ってくれたお医者様や、歌ったり楽器演奏をしてくれたお医者様もいた
船で渡ってきたお医者様の中には「この機に海図を学んでみたんだ!」と、楽しそうに海とは、潮の流れとは、海の生物とは、というのを教えてくださった方もいた
おかげで私は、いろんな国の言語を覚えることができた
4歳の頃には3ヶ国語を、10歳の頃には12ヶ国語を覚えていた
会話の中にいろんな国の言葉が混ざるので、両親は少しでも理解しようと、たくさん勉強してたくさん話してくれた
たまに「会社で別の国の方と話さなければいけないことがあったんだけど、通訳が来るまでの間片言でも話せて役に立ったぞ。メリアと一緒に勉強したお陰だな」
と、私の頭を撫でて父が褒めて喜んでくれたことが私は嬉しくて、それからたくさん学び始めたのも多くの言葉を覚えた理由の一端かも知れない
なかでも私は日本語とその文化が好きで、病室には季節気候に関わらず 淡い青の筋と真紅の金魚の組み合わせがとても綺麗な風鈴を窓辺に吊るしていた
「わたし、この"リンチィンッチィーン"って音好き!」
「お母さんも好きよ。日本では、"チリン チリン"って発音するらしいわ」
「ちりんちりん~!」
「そう!"チリン チリン"~」
「「"ちりんちりん"~!ふふっ」」
楽しげに会話する幼い私と母を、父はいつも微笑んで見守ってくれていた
そんな日々が とても楽しくて 嬉しくて 幸せで
思い出すと今でも泣いてしまう
眺めていた月が窓枠にかかり欠けて見えていたのに気付く
横になろうとベッドに起こしていた半身をずりずりとずらし、シーツを引き上げて潜り込む
袖口で涙を拭うと同時、睡魔が襲ってくる
成長と共に、「私は2人の重荷になってしまっているのではないか」と不安な思いになる事が多くなり、人目を忍んでは毎夜泣いてしまうようになった
優しい両親はいつも「そんなことない」「メリアは居てくれるだけで私たちの幸せになってくれているんだ」「メアの言いたい事、やりたい事、なんでも言ってね」と私に欲しい言葉をくれた
不安を打ち明けた私はふたりの言葉に幸せな思いでいっぱいになって、でも気持ちだけ先走って思う様に身体が動いてくれない悔しさとやるせなさで、それからは昼間にも少し泣いてしまうようになった
いつの間にか手放した意識が戻り、明けた朝
そんな充実と不満とで心が揺らぐ一日がまた始まるのだと思っていた朝に急激な変化が訪れた
私の病状が悪化したのだ
原因は不明。人工呼吸器の着用が必須になった
張り詰めた空気が病室の中を満たす
ぐるぐる嫌な方嫌な方へと考えが引っ張られる
まだ生きていたい、私が健康に産まれていれば、せめて喘息とか歩ける体であれば、もっと両親の笑顔が見ていたい、どうして。こんな私は嫌だ、どうして、好き嫌いせずものを食べていたのに、どうして。どうして??私がナにカ悪いこトしちゃッたの?
どうしてよ?
誰か!
ねぇ、だれか…
わたしの何がいけなかったの?
「メリアッ!!!」
ハッと 意識が引き戻される
不規則な心電図の音
「メア、メアッ!!」泣き崩れる母とそれを支える父。2人の目には涙が浮かんでいて
やっと気づけた
『あぁ、私はふたりの中にいるのね』と
私は確かに父と母の家族だった
荷物なんかじゃない。ちゃんと“家族”という輪の中にいたんだと実感出来た
それと同時にお別れなのだと理解してしまう
冷えゆく手足
感覚のない身体
霞む視界
今にも音を立てて崩れそうな思考
煩くて荒い呼吸の音と安定しない心電図の音
最後の最後にこんな気持ちを胸に逝かないといけないなんて
別れって辛いんだね
嗚呼 神様どうか、
私が居なくても両親が幸せでありますように
世界と、神様と、
目尻を伝う涙に願いを込めて意識を手放した
最期の一瞬
冷たいはずの涙に 溶けそうな程の熱を感じながら
暗い夜、病院の一室で半身を起こしほんのり目元を赤くした少女が異国の透明な鈴をぼうっと見上げる様を月が照らしていた
あと数日で満ちるであろう月は、藍の湖面に浮かぶ白蓮の如く凛とし気高く、それを囲い彩る月光は天女の羽衣のように淡い存在なれど夜の闇とそこに潜む住民の悉くを包み見守っている
『ふう───』と、鈴に向け長く息を吹き付けその音を響かせた少女は、“チリ──ン”という音色に誘われて、己の過去を振り返る
私は両親が待望した一人娘として産まれた
「『1人目は女の子がいいね』って話してたんだ」と話す父の顔は、気恥しそうでありながらもそう話す声音と両の瞳には深い愛が満ち満ちていた
両親ともに30代後半で結ばれながらも互いに仕事が忙しく、子を宿す機会を得たのは40代になった後
仮に人の一生を百年と考えると、母の人生後半の健康を損ねず一家で共に生きる為には、これが最初で最後のチャンスだった
しかし、いざ産まれた私は弱い身体だった
生後24時間と経たないうちに、専用の酸素ボンベが用意された
どうにか健康な子のように走り回ったり出来ないものか、と私の体に負担をかけないよう、両親はいろんな文献を漁り、さまざまな国の高名なお医者様たちを呼んでくれた
しかしどのお医者様も首を横に振るばかり
その代わり、私に色んなことを教えてくれた
お医者様の出身国の風土や気候、名物、言語、家庭料理、見聞き・体験した事。医療の面でも、骨格や臓器,神経や血管の位置傾向を覚え、手術をする時に大切な、指先を上手く、繊細に、滑らかに動かすコツ
中には『私が作ったものなんだよ』と、世界に一つしかない美しいガラスの工芸品を見せて譲ってくれたお医者様や、歌ったり楽器演奏をしてくれたお医者様もいた
船で渡ってきたお医者様の中には「この機に海図を学んでみたんだ!」と、楽しそうに海とは、潮の流れとは、海の生物とは、というのを教えてくださった方もいた
おかげで私は、いろんな国の言語を覚えることができた
4歳の頃には3ヶ国語を、10歳の頃には12ヶ国語を覚えていた
会話の中にいろんな国の言葉が混ざるので、両親は少しでも理解しようと、たくさん勉強してたくさん話してくれた
たまに「会社で別の国の方と話さなければいけないことがあったんだけど、通訳が来るまでの間片言でも話せて役に立ったぞ。メリアと一緒に勉強したお陰だな」
と、私の頭を撫でて父が褒めて喜んでくれたことが私は嬉しくて、それからたくさん学び始めたのも多くの言葉を覚えた理由の一端かも知れない
なかでも私は日本語とその文化が好きで、病室には季節気候に関わらず 淡い青の筋と真紅の金魚の組み合わせがとても綺麗な風鈴を窓辺に吊るしていた
「わたし、この"リンチィンッチィーン"って音好き!」
「お母さんも好きよ。日本では、"チリン チリン"って発音するらしいわ」
「ちりんちりん~!」
「そう!"チリン チリン"~」
「「"ちりんちりん"~!ふふっ」」
楽しげに会話する幼い私と母を、父はいつも微笑んで見守ってくれていた
そんな日々が とても楽しくて 嬉しくて 幸せで
思い出すと今でも泣いてしまう
眺めていた月が窓枠にかかり欠けて見えていたのに気付く
横になろうとベッドに起こしていた半身をずりずりとずらし、シーツを引き上げて潜り込む
袖口で涙を拭うと同時、睡魔が襲ってくる
成長と共に、「私は2人の重荷になってしまっているのではないか」と不安な思いになる事が多くなり、人目を忍んでは毎夜泣いてしまうようになった
優しい両親はいつも「そんなことない」「メリアは居てくれるだけで私たちの幸せになってくれているんだ」「メアの言いたい事、やりたい事、なんでも言ってね」と私に欲しい言葉をくれた
不安を打ち明けた私はふたりの言葉に幸せな思いでいっぱいになって、でも気持ちだけ先走って思う様に身体が動いてくれない悔しさとやるせなさで、それからは昼間にも少し泣いてしまうようになった
いつの間にか手放した意識が戻り、明けた朝
そんな充実と不満とで心が揺らぐ一日がまた始まるのだと思っていた朝に急激な変化が訪れた
私の病状が悪化したのだ
原因は不明。人工呼吸器の着用が必須になった
張り詰めた空気が病室の中を満たす
ぐるぐる嫌な方嫌な方へと考えが引っ張られる
まだ生きていたい、私が健康に産まれていれば、せめて喘息とか歩ける体であれば、もっと両親の笑顔が見ていたい、どうして。こんな私は嫌だ、どうして、好き嫌いせずものを食べていたのに、どうして。どうして??私がナにカ悪いこトしちゃッたの?
どうしてよ?
誰か!
ねぇ、だれか…
わたしの何がいけなかったの?
「メリアッ!!!」
ハッと 意識が引き戻される
不規則な心電図の音
「メア、メアッ!!」泣き崩れる母とそれを支える父。2人の目には涙が浮かんでいて
やっと気づけた
『あぁ、私はふたりの中にいるのね』と
私は確かに父と母の家族だった
荷物なんかじゃない。ちゃんと“家族”という輪の中にいたんだと実感出来た
それと同時にお別れなのだと理解してしまう
冷えゆく手足
感覚のない身体
霞む視界
今にも音を立てて崩れそうな思考
煩くて荒い呼吸の音と安定しない心電図の音
最後の最後にこんな気持ちを胸に逝かないといけないなんて
別れって辛いんだね
嗚呼 神様どうか、
私が居なくても両親が幸せでありますように
世界と、神様と、
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