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◇第十一話 別れ
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チョコクッキーなどの思わぬ伏兵はあったものの、俺たちを乗せた馬車は無事に検問を突破し、そのままメクイーンに向かう。
移動中は大きな戦闘もなく順調に進み、日が傾いてきたところで一度夕食を兼ねた休憩をとることになった。
「付き合わせてしまってすまないな」
「いえ、お嬢のためなら、例え火の中、水の中、何処へでも付き合いますよ」
馬車を降りたアリスが御者を勤めていた男を労うと、男がハニカミながらそう答える。
「助かる。先に簡単な事情を認めた文を父上に送っているが、今回の事は後で父上にもしっかりと伝えておこう」
「ありがとうございます!」
アリスは、男の言葉に軽く手をあげて応え、龍馬の元へと向かう。
「アルセル。お前も、良く頑張ってくれたな」
「ブルル……」
アリスが龍馬の頭を撫でると、龍馬は撫でやすいように頭を少し下げる。
「──なぁ、アーヴィン。レオナもそろそろ夕食を食べているだろうか?」
「まぁ、時間的にはそうだろうな」
アリスが珍しく不安そうにそう尋ねてくる。普段気丈に振る舞うことが多い彼女も、レオナが関係するといつもこんな感じになっていた。
「アイツらとはぐれたりなんてしてないだろうか?」
「大丈夫だろ」
笑いながらそう伝え、胃が痛むほどの不安を引き連れて夕食の席につく。チョコクッキーの件があったため、急遽マルヴィナが夕食の調理に参加してくれたので、俺たちの夕食の有無は、マルヴィナの腕にかかっていた。
「サンクレイア」
全員で“死者の呻き声”が聞こえるかのように錯覚させられる、真っ黒なシチューを取り囲み、食前の感謝を済ませる。
さすがにこれはヤバいと判断した俺が、強ばった表情で一口目を食べようとしていたアリスを止め、恐る恐るシチューを一口食べる。
「……⁉︎」
「アーヴィン、大丈夫か?」
俺の頬を、一滴の涙が流れる。それを見たアリスが、心配そうに顔を覗き込んできた。
「あぁ、普通に旨い。少なくても、俺はこれほど旨いシチューを食べたことはない」
俺がそう伝えると、シチューが安全であるかを確認するために俺の様子をチラ見していたヘレンがヤバいものを見るような目を向けてくる。
「……旨いな」
俺の反応を見たアリスがシチューを一口食べると、彼女も俺の意見に同意してくれる。疑っていたわけではないが、趣味で料理をすることが多いというとは、嘘ではないようだった。
だからこそ、あのクッキーがどうしてああなったのかが不思議でしょうがない。まぁ、このシチューがどうして黒くなったのもすごく気になるところだが。
「うっ……」
「どうかしたの?」
満足げに自身のシチューを食べていた乃愛が、スプーンで黒い塊を掬い上げて眉をひそめる。
「避けたつもりが、野菜入ってた……」
俺には黒塊と化した肉も野菜も見た目で区別できないが、彼女には中の具材が何なのか見分けがつくようだ。
……本当、彼女には何が見えているのだろうか。
「食べたげようか?」
「……うん」
乃愛がマルヴィナの方へと野菜を移している。
そんな二人の様子を、アリスは微笑ましそうに眺めていた。
食後、夜の見張りがあるので、俺は早々に馬車に戻って睡眠をとることにした。
「ヘレン、交代だ」
「おう、後は任せた」
「任された」
起床後はヘレンと見張りを代わる。
それにしても、静かだな。辺りには動物の姿すら見えない。この辺りで何かあったのだろうか。
見張りの間、本を読みながら時間を潰していると、日が登り始めた頃にアリスが起き出してきた。
「おはよう、アーヴィン。いつもすまないな」
そう言いながら、アリスが荷台で淹れたと思われる珈琲を差し出してくる。
「どうせ、ヘレンの時もそう言ったんだろ?」
「何だ、ヤキモチか?」
「まさか、そんなわけないだろ」
イタズラっぽく笑うアリスの姿を脳内フィルターに焼き付け、彼女の声をポケットに入れていた録音用の魔石にこっそり収めながらそう言って微笑み、彼女の差し出してくれた珈琲を受けとる。
アリスは彼女のバッグから愛読している詩集を取り出すと、俺の隣に腰掛けて詩集を広げた。
これは昔からある、俺たちがパーティーで行動する際の習慣のようなものだ。
「……」
互いの間に会話はなく、それぞれが自身の本に集中していたが、レオナの事が心配なのか、アリスはあまり詩集の方に集中できていないようだった。
「──そんなにレオナの事が心配か?」
「まさか、少し心配だっただけだよ」
少しのわりにはだいぶそわそわしているようだったけどな。
「なるべく表に出さないようにしていたんだけどな……」
「わかるさ。子供の頃からの付き合いだしな」
「本当、アーヴィンには敵わないな」
「それはお互い様だよ」
その後も、レオナのことを心配してか、時折そわそわしていたアリスの隣で時間を潰して他のメンバーが起きてくるのを待ち、朝食を済ませた後に再び馬車でメクイーンを目指す。
「……血の臭い」
馬車が進み出してから一時間程。乃愛は唐突にそう呟いた。
「アーヴィン殿!前を見て下さい!」
御者を務めていた男にそう言われて前方に目をやると、夥しい数の魔物の死体が見てとれる。
一番初めに動いたのは、意外なことに乃愛だった。
疾走する馬車から飛び降りた彼女は、アルセルを上回る速度で死体の元へと駆ける。
「乃愛っ!」
「ちょっと見てくるー!」
アリスにそう返した乃愛は、駆けながらゴブリンの死体を一瞥すると、すぐにオークらしき死体の元へと向かった。
馬車でゴブリンの死体の群れの元に着いた俺たちも馬車から降り、乃愛の元へ向かう。
「何かあったのか?」
「傷口が変……」
尋ねたアリスに、乃愛は珍しく低い声でそう返した。馬車を飛び降りた時と似た声だ。
──もしかしたら、こっちが素の彼女なのかもしれないな。
「──っ!どんな殺され方したらこんな傷ができんだ!」
オークらしきものの死体を見たヘレンの顔が強張る。
マルヴィナに関しては、逃げるように駆け出し、そこで吐いていた。
見ていてあまり気持ちの良いものでもないし、マルヴィナの反応も仕方ないだろう。
「アーヴィンはこの死体、どう思う?」
口元を小さな布で押さえるアリスがそう尋ねてくる。
「全く見当もつかない。とても人間にできるような殺し方ではないし、新手の魔物か、それとも……」
「それとも……?」
「──こういった能力の創作魔法ないし、魔剣が使われたかだ」
「使われたのは魔剣だよ」
「知っているのか?」
俺の問いに、乃愛が重々しく頷く。
「アンナに死体があったら見てくるように言われてたから。悪いけど、これ以上は話せない」
「……そうか」
ゴブリンの死体を大量に見つけるなどいくつかのハプニングはあったものの、その日の夕暮れ時にはメクイーンに着いたわけだが、そこで中央の国のAランクパーティーである俺たちが足踏みしなければならないほどの問題に直面していた。
「ニャー」
「……」
メクイーンに着いた俺たちは、レオナたちの泊まった宿を馬車でしらみ潰しに回っていたわけだが、宿から馬車へと戻る帰り道、表通りにいた一匹の猫がアリスの近づき、彼女の足に頬擦りしてきた。
案の定、彼女はどう対応したら良いのかが分からなくなってしまって固まっている。
俺以外のメンバーは、宿の中からそっとその様子を見ると、意味ありげな笑みを浮かべて足を止めていた。
俺も彼らに合わせて宿の中からその様子を見守ることにする。
「……」
「動かないね……?」
多分に気色を含んだ笑みを浮かべながらアリスの様子を見ていた乃愛が、神妙な面持ちでそう呟く。
「多分、接し方が分からないんだろう」
「私、ちょっと行ってこようかな」
アリスの元へと向かおうとする乃愛を、ヘレンが慌てて止める。
「待て、行かなくていい。その方が面白──じゃなくて、ここで助けたら、アリスの為にならない」
「そっか!それもそうだね」
何故か納得した乃愛が足を止め、アリスに暖かい眼差しを送っている。
「……」
あれから、かれこれ三十分が経過した。相変わらず、アリスには動きがない。猫の方に関しては、アリスの足元で丸くなって寝ていた。
何だあの猫。羨ましすぎるぞ。
俺らの方はと言えば、段々と飽き始めてきたのか、マルヴィナとヘレンがロビーに用意されたソファー席で雑談に花を咲かせていた。残っているのは、俺と乃愛の二人だけだ。
「……時間が惜しいな。乃愛、二人を呼び戻してくれ」
「うん」
かなり名残惜しくはあったが、早い内にレオナを追いたいし、アリスもそれを望むと判断したので、四人でアリスの元へと向かうことにする。
「アーヴィン⁉︎いや、これは、猫が勝手に!」
俺の存在に気づいたアリスが慌てて言い訳を始めるが、それに構わずに猫を抱き上げる。
「──アーヴィン?」
「時間が惜しいし、次の宿に向かおう。この猫も野良だろうから、少し連れ回すくらいなら大丈夫だろ」
「すまない、時間を浪費していたようだ」
俺の言葉を聞いて目的を思い出したと見えるアリスが、いつもの表情を作り直してからそう言った。
その後、荷台に座ったアリスの膝に猫を置き、硬直するアリスを横目に馬車で何件かの宿を巡り、レオナの泊まったとおぼしき宿を見つけることに成功した。
「ノア!」
「おっと」
ロビーにいたノアを見つけた乃愛が、彼にタックルをかますが、ノアに易々と受け流される。
狼人族である乃愛のタックルは通常の人間が避けられるような速度ではなかったが、体術を極めている彼からしたら朝飯前なのだろう。
「これで、乃愛の方は依頼完遂だな」
「あぁ」
アリスが少し名残惜しそうな視線を乃愛に送っている。
「もう夜も深いし、今日はここで泊まっていくか?」
「あぁ……!そうしよう。休息も大事だしな」
俺の言葉を聞いたアリスがそれに同意し、今日の宿はここに決定した。ホテルの受付に聞いた話だと、レオナの宿を出ていったのが今から一時間ほど前らしかったから、無理に追うのではないかと心配したが、杞憂だったようだ。
今からだと、時間的な問題で俺たちが泊まれる宿が見つかるかも怪しいからな。
「そうだ!ノアと食べようと思ってクッキー焼いてきたんだけど」
「おう、前に話していたやつか。それなりに良い紅茶もあるから、後で食おうか」
「うん!」
宿も決まったので、ヘレンに馬小屋までアルセルの付き添いを任せ、俺はチェックインを済ませる。
うちの馬車はそこらの馬とは比べ物にならない速度が出るから、早ければ、明日の昼過ぎ頃までには追いつくだろう。
移動中は大きな戦闘もなく順調に進み、日が傾いてきたところで一度夕食を兼ねた休憩をとることになった。
「付き合わせてしまってすまないな」
「いえ、お嬢のためなら、例え火の中、水の中、何処へでも付き合いますよ」
馬車を降りたアリスが御者を勤めていた男を労うと、男がハニカミながらそう答える。
「助かる。先に簡単な事情を認めた文を父上に送っているが、今回の事は後で父上にもしっかりと伝えておこう」
「ありがとうございます!」
アリスは、男の言葉に軽く手をあげて応え、龍馬の元へと向かう。
「アルセル。お前も、良く頑張ってくれたな」
「ブルル……」
アリスが龍馬の頭を撫でると、龍馬は撫でやすいように頭を少し下げる。
「──なぁ、アーヴィン。レオナもそろそろ夕食を食べているだろうか?」
「まぁ、時間的にはそうだろうな」
アリスが珍しく不安そうにそう尋ねてくる。普段気丈に振る舞うことが多い彼女も、レオナが関係するといつもこんな感じになっていた。
「アイツらとはぐれたりなんてしてないだろうか?」
「大丈夫だろ」
笑いながらそう伝え、胃が痛むほどの不安を引き連れて夕食の席につく。チョコクッキーの件があったため、急遽マルヴィナが夕食の調理に参加してくれたので、俺たちの夕食の有無は、マルヴィナの腕にかかっていた。
「サンクレイア」
全員で“死者の呻き声”が聞こえるかのように錯覚させられる、真っ黒なシチューを取り囲み、食前の感謝を済ませる。
さすがにこれはヤバいと判断した俺が、強ばった表情で一口目を食べようとしていたアリスを止め、恐る恐るシチューを一口食べる。
「……⁉︎」
「アーヴィン、大丈夫か?」
俺の頬を、一滴の涙が流れる。それを見たアリスが、心配そうに顔を覗き込んできた。
「あぁ、普通に旨い。少なくても、俺はこれほど旨いシチューを食べたことはない」
俺がそう伝えると、シチューが安全であるかを確認するために俺の様子をチラ見していたヘレンがヤバいものを見るような目を向けてくる。
「……旨いな」
俺の反応を見たアリスがシチューを一口食べると、彼女も俺の意見に同意してくれる。疑っていたわけではないが、趣味で料理をすることが多いというとは、嘘ではないようだった。
だからこそ、あのクッキーがどうしてああなったのかが不思議でしょうがない。まぁ、このシチューがどうして黒くなったのもすごく気になるところだが。
「うっ……」
「どうかしたの?」
満足げに自身のシチューを食べていた乃愛が、スプーンで黒い塊を掬い上げて眉をひそめる。
「避けたつもりが、野菜入ってた……」
俺には黒塊と化した肉も野菜も見た目で区別できないが、彼女には中の具材が何なのか見分けがつくようだ。
……本当、彼女には何が見えているのだろうか。
「食べたげようか?」
「……うん」
乃愛がマルヴィナの方へと野菜を移している。
そんな二人の様子を、アリスは微笑ましそうに眺めていた。
食後、夜の見張りがあるので、俺は早々に馬車に戻って睡眠をとることにした。
「ヘレン、交代だ」
「おう、後は任せた」
「任された」
起床後はヘレンと見張りを代わる。
それにしても、静かだな。辺りには動物の姿すら見えない。この辺りで何かあったのだろうか。
見張りの間、本を読みながら時間を潰していると、日が登り始めた頃にアリスが起き出してきた。
「おはよう、アーヴィン。いつもすまないな」
そう言いながら、アリスが荷台で淹れたと思われる珈琲を差し出してくる。
「どうせ、ヘレンの時もそう言ったんだろ?」
「何だ、ヤキモチか?」
「まさか、そんなわけないだろ」
イタズラっぽく笑うアリスの姿を脳内フィルターに焼き付け、彼女の声をポケットに入れていた録音用の魔石にこっそり収めながらそう言って微笑み、彼女の差し出してくれた珈琲を受けとる。
アリスは彼女のバッグから愛読している詩集を取り出すと、俺の隣に腰掛けて詩集を広げた。
これは昔からある、俺たちがパーティーで行動する際の習慣のようなものだ。
「……」
互いの間に会話はなく、それぞれが自身の本に集中していたが、レオナの事が心配なのか、アリスはあまり詩集の方に集中できていないようだった。
「──そんなにレオナの事が心配か?」
「まさか、少し心配だっただけだよ」
少しのわりにはだいぶそわそわしているようだったけどな。
「なるべく表に出さないようにしていたんだけどな……」
「わかるさ。子供の頃からの付き合いだしな」
「本当、アーヴィンには敵わないな」
「それはお互い様だよ」
その後も、レオナのことを心配してか、時折そわそわしていたアリスの隣で時間を潰して他のメンバーが起きてくるのを待ち、朝食を済ませた後に再び馬車でメクイーンを目指す。
「……血の臭い」
馬車が進み出してから一時間程。乃愛は唐突にそう呟いた。
「アーヴィン殿!前を見て下さい!」
御者を務めていた男にそう言われて前方に目をやると、夥しい数の魔物の死体が見てとれる。
一番初めに動いたのは、意外なことに乃愛だった。
疾走する馬車から飛び降りた彼女は、アルセルを上回る速度で死体の元へと駆ける。
「乃愛っ!」
「ちょっと見てくるー!」
アリスにそう返した乃愛は、駆けながらゴブリンの死体を一瞥すると、すぐにオークらしき死体の元へと向かった。
馬車でゴブリンの死体の群れの元に着いた俺たちも馬車から降り、乃愛の元へ向かう。
「何かあったのか?」
「傷口が変……」
尋ねたアリスに、乃愛は珍しく低い声でそう返した。馬車を飛び降りた時と似た声だ。
──もしかしたら、こっちが素の彼女なのかもしれないな。
「──っ!どんな殺され方したらこんな傷ができんだ!」
オークらしきものの死体を見たヘレンの顔が強張る。
マルヴィナに関しては、逃げるように駆け出し、そこで吐いていた。
見ていてあまり気持ちの良いものでもないし、マルヴィナの反応も仕方ないだろう。
「アーヴィンはこの死体、どう思う?」
口元を小さな布で押さえるアリスがそう尋ねてくる。
「全く見当もつかない。とても人間にできるような殺し方ではないし、新手の魔物か、それとも……」
「それとも……?」
「──こういった能力の創作魔法ないし、魔剣が使われたかだ」
「使われたのは魔剣だよ」
「知っているのか?」
俺の問いに、乃愛が重々しく頷く。
「アンナに死体があったら見てくるように言われてたから。悪いけど、これ以上は話せない」
「……そうか」
ゴブリンの死体を大量に見つけるなどいくつかのハプニングはあったものの、その日の夕暮れ時にはメクイーンに着いたわけだが、そこで中央の国のAランクパーティーである俺たちが足踏みしなければならないほどの問題に直面していた。
「ニャー」
「……」
メクイーンに着いた俺たちは、レオナたちの泊まった宿を馬車でしらみ潰しに回っていたわけだが、宿から馬車へと戻る帰り道、表通りにいた一匹の猫がアリスの近づき、彼女の足に頬擦りしてきた。
案の定、彼女はどう対応したら良いのかが分からなくなってしまって固まっている。
俺以外のメンバーは、宿の中からそっとその様子を見ると、意味ありげな笑みを浮かべて足を止めていた。
俺も彼らに合わせて宿の中からその様子を見守ることにする。
「……」
「動かないね……?」
多分に気色を含んだ笑みを浮かべながらアリスの様子を見ていた乃愛が、神妙な面持ちでそう呟く。
「多分、接し方が分からないんだろう」
「私、ちょっと行ってこようかな」
アリスの元へと向かおうとする乃愛を、ヘレンが慌てて止める。
「待て、行かなくていい。その方が面白──じゃなくて、ここで助けたら、アリスの為にならない」
「そっか!それもそうだね」
何故か納得した乃愛が足を止め、アリスに暖かい眼差しを送っている。
「……」
あれから、かれこれ三十分が経過した。相変わらず、アリスには動きがない。猫の方に関しては、アリスの足元で丸くなって寝ていた。
何だあの猫。羨ましすぎるぞ。
俺らの方はと言えば、段々と飽き始めてきたのか、マルヴィナとヘレンがロビーに用意されたソファー席で雑談に花を咲かせていた。残っているのは、俺と乃愛の二人だけだ。
「……時間が惜しいな。乃愛、二人を呼び戻してくれ」
「うん」
かなり名残惜しくはあったが、早い内にレオナを追いたいし、アリスもそれを望むと判断したので、四人でアリスの元へと向かうことにする。
「アーヴィン⁉︎いや、これは、猫が勝手に!」
俺の存在に気づいたアリスが慌てて言い訳を始めるが、それに構わずに猫を抱き上げる。
「──アーヴィン?」
「時間が惜しいし、次の宿に向かおう。この猫も野良だろうから、少し連れ回すくらいなら大丈夫だろ」
「すまない、時間を浪費していたようだ」
俺の言葉を聞いて目的を思い出したと見えるアリスが、いつもの表情を作り直してからそう言った。
その後、荷台に座ったアリスの膝に猫を置き、硬直するアリスを横目に馬車で何件かの宿を巡り、レオナの泊まったとおぼしき宿を見つけることに成功した。
「ノア!」
「おっと」
ロビーにいたノアを見つけた乃愛が、彼にタックルをかますが、ノアに易々と受け流される。
狼人族である乃愛のタックルは通常の人間が避けられるような速度ではなかったが、体術を極めている彼からしたら朝飯前なのだろう。
「これで、乃愛の方は依頼完遂だな」
「あぁ」
アリスが少し名残惜しそうな視線を乃愛に送っている。
「もう夜も深いし、今日はここで泊まっていくか?」
「あぁ……!そうしよう。休息も大事だしな」
俺の言葉を聞いたアリスがそれに同意し、今日の宿はここに決定した。ホテルの受付に聞いた話だと、レオナの宿を出ていったのが今から一時間ほど前らしかったから、無理に追うのではないかと心配したが、杞憂だったようだ。
今からだと、時間的な問題で俺たちが泊まれる宿が見つかるかも怪しいからな。
「そうだ!ノアと食べようと思ってクッキー焼いてきたんだけど」
「おう、前に話していたやつか。それなりに良い紅茶もあるから、後で食おうか」
「うん!」
宿も決まったので、ヘレンに馬小屋までアルセルの付き添いを任せ、俺はチェックインを済ませる。
うちの馬車はそこらの馬とは比べ物にならない速度が出るから、早ければ、明日の昼過ぎ頃までには追いつくだろう。
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