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第十八話 船酔い

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 翌日、少し深めにフードを被ったレオナと表通りを訪れた俺は、個人の店の店頭にあった新聞を購入する。
 案の定、新聞の表紙は《西の国の悪魔ウェストランドのゴシップクイーン》が巨大な黒竜と共に中央の国に現れた事がデカデカと記載されていた。

 しかも、当たり前のように《沈黙の魔女》が彼女らに加わったことも書かれている。
 一つ救いがあるとすれば、俺とレオナの存在に対する明確な記載が無いことくらいか。恐らく、アリス辺りがマルヴィナの願いを聞き入れる体で俺たちの情報については隠蔽してくれたのだろう。

 黒竜の出現と同時期に異様な魔力反応があったことも記載されているが、それについてはいくらでも誤魔化しが効くので問題にはならない。

「少し不味そうだね……」
「あぁ、帰りにでもいくつか必要な物を買って帰ろうか」
「うん」
 少し時間が早いからか、まだ閉まっている店もそれなりにあるなか、早い時間から開いていた手近な料理店の一つへと入る。

 シャマ特性の海鮮シチューとミートパイに舌鼓を打った後は、武器屋や被服店で変装に使えそうな道具を集める。
 少しご機嫌なレオナと共に順調に買い出しを進め、俺たち以外の全員の朝食の買い出しも済ませて宿へと戻った。

 宿に戻ると、全員でジャックさんの部屋を訪ねて今後の方針を決める。そのときにアメリアとオリビアに関しては少し変装してもらうことも話した。

 これから西の国に向かうに当たり、当初は移動手段に船を使う予定だったが、今日の新聞を見る限り、それは避けた方が良さそうだ。

「……」
 取り敢えず、ここからシャマを出て少し先にある森へと向かい、そこでジャックさんに西の国まで運んでもらう感じで話を進めていると、アメリアの尻尾と共に、彼女のテンションがわかりやすく下がったように見えた。

「どうかしたのか?」
「船……」
 アメリアは冒険者になるまで竜人の里で過ごしていたから、乗ったことのないであろう船に興味があったのだろう。

「……分かった、船に乗ろう。取り敢えず、今日のところは馬車を捕まえて港付近の宿に向かい、それから船で西の国に向かおうか」
 少し考えた後、船での移動を採択することにする。船も乗り込んで部屋に籠ってしまえば安全だしな。

「俺は馬車を確保してくるから、その間に二人は簡単に変装だけ済ませておいてくれ」
 俺がそれだけ伝えて部屋を後にしようとすると、レオナがついてくると言ったので、二人で出かけることにした。

「レオナ、最近何かあったのか?」
 宿を出たところでそう尋ねる。最近彼女の元気がないように見えていたから、それが少し心配だった。

「何かって?」
「少し元気がないように見えたから。アリスたちと何かあったのか?」
「大丈夫だよ。ありがとう──でも、これは私の問題だから」
 珍しく力強い瞳で微笑むレオナに、俺はそれ以上事情を聞くことはできなかった。

◇ ◇ ◇

「ルシェフさん、どうですか!」
 馬車を手配してジャックさんの部屋に戻るなり、細部を赤と金で彩られた、白を基調としたローブに身を包んだオリビアが、変装した姿を見せに俺の元に駆け寄ってきた。
 彼女が魔法で色を変えた薄桃色の髪が、彼女の動きに合わせて揺れる。

「良いんじゃないか?」
「私は?」
 俺がそう言うと、部屋の奥からアメリアの声が聞こえた。
 入り口だとアメリアの姿が見えないので、部屋の奥に進むと、そこにはいつもの快活な笑みを浮かべていたアメリアの姿はなく、白いワンピースに身を包んでおしとやかに微笑むアメリアの姿があった。

「綺麗だよ、アメリア」
「ありがと」
 俺の言葉を聞いたアメリアが柔和に微笑む。
 確かにアメリアは綺麗だったが、《西の国の悪魔》がこのおしとやかなキャラを演じきれるのかが少し心配だった。

「ところで、そのワンピースはどうしたんだ?」
「お父さんがマジックバッグに入れてたみたい」
「そうか」
 ワンピースの出所が分からなかったが、どうやらジャックさんがマジックバックの中に色々と持ってきているようだった。

「ブラウンさん、ブラウンさん!こんなのもあるんですけど、皆で着けませんか?」
 オリビアが自身のマジックバッグの中から黒塗りの眼鏡を取り出す。

「それは?」
「サングラスっていう南の国で流行してる眼鏡です。変装するなら、必須のアイテムかと思いまして」

「そ、そうなのか……?ところで、これ黒塗りだけど、前は見えるのか?」
「掛けてみれば分かりますよ」
 オリビアからサングラスを受け取り、試しにかけてみると、レンズが黒塗りされているわりにはしっかりと前が見えることが確認できた。

「前が見えるのは分かった。ただ、集団でこんなの着けてたら、絶対に目立つだろ……」
「……そうですね」
 それとなくアイコンタクトでジャックさんの存在をオリビアに伝えると、俺の意図を察したオリビアがサングラスをそっとバッグの中に戻した。
 普段スーツのジャックさんがサングラスなんてしてたら、何もしてなくても憲兵に捕まりそうだしな。

 それから全員の用意ができたところでチェックアウトを澄まし、そのまま馬車に乗り込んだ。

 一日が経ち、問題なく移動を終えた俺たちは、朝一番で西の国行きの大型船に乗り込んでいた。
 西の国までは船で二日の距離だ。それまではゆっくりと船旅を楽しむことにしよう。

「アメリア、大丈夫か?」
「……ぅん」
 俺は今、見事に船酔いしたアメリアの看病をすべく、彼女の部屋を訪ねていた。
 この部屋には、俺たち以外にもオリビアとレオナが訪ねてきていたが、ジャックさんは恐らく自室にいるのだろう。

 船酔いしているアメリアを他所に、オリビアとレオナは、オリビアが事前に購入していたチェスに勤しんでいた。
 チェスというのは東の国発祥のボードゲームで、専用の盤と駒を使って二人で遊ぶ対人ゲームだ。
 それぞれの決まった動きのある駒を順番に動かし、先に王将、または玉将を獲ったほうが勝ちになる。

「フハハハ!レオナさん、私に挑んだのが運の尽きでしたね。どれだけ堅牢な囲いを作ろうと、私の(昨日一夜漬けで覚えた)威嚇左美濃急戦の前には滅びるのが道理です!」
 オリビアのテンションが少しおかしなことになっているが、恐らくそれは、アメリアたちと合流してから時折辛そうな表情を見せるレオナを気遣っての事だろう。
 昨日レオナと二人で買い出しに行ったときには、レオナも何も言わなかったので事情が分からず終いだったが、何処かで時間を見つけて話をした方が良いのかもしれない。

 色々あって有耶無耶になってしまっているが、そろそろオリビアとも今後の話をした方がいいだろう。

「……王手飛車取り」
「なっ!」
 駒組を終えたオリビアが快調に攻めるなか、静かに時を待っていたレオナがそっと角交換を行い、待望の一手を放つ。自陣を攻められながらも、レオナが落ち着いていたのは、このカウンターを狙っていた為だろう。
 それからはなす術もなく、オリビアの王将は取り囲まれた。所謂、詰みだ。

「待ってください!レオナさん、後一戦、後一戦で良いので!」
「また後でね」
「そろそろ昼食いに行くぞ」
 オリビアが駄々をこねていたが、なるべく人に遭遇したくはなかったので、切りの良いところで早めに売店へと向かうことにする。
 昼を食いに行くと言ったのは、アメリアに無駄な気を使わせないようにする為だ。

 二人を連れ立ってジャックさんの部屋を訪ね、船内にある売店に向かう。それぞれが自身の昼食を購入し、アメリアの分も買ってから彼女の部屋に戻った。

「あれ?皆お昼食べに行ってたんじゃ……」
「病人置いてランチなんて行くわけないだろ」
 アメリアの疑問に、ため息混じりにそう答える。

「食べれそうか?」
「うん、ルシェフのくれた酔い止めも効いてきたから」
「そうか」
 アメリアに彼女の分の弁当を渡してから空いている席に座り、自身の弁当を広げた。
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