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第七十二話 黒髪の天使

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 シャルが自前の弁当を出したこともあり、食料だけの時とは打って代わり、食卓だけでなく会話にも花が咲く。

「……どうですか?」
 周囲がざわめくなか、シャルだけは少し不安げにアドルフの様子を窺っている。

「……?どうも何も、いつも通りだが?」
「そっか」
 アドルフの言葉に、シャルが小さく安堵のため息を吐く。
 もっと他に言い方があるだろうと言ってやりたかったが、本人が満足してるようなので無駄な横槍は入れないことにした。

「あ、良かったら皆さんも食べてください!」
 機嫌の良さそうなシャルが、じっと弁当箱に注がれていたオリビアの視線に気づき、少しハッとしたようにそう告げる。

「ありがとうございます!」
 言うが早いか、早速弁当に手を出そうとするオリビアに苦笑しながら、常飲水の注がれたグラスを煽った。

 昼食後は、再び探索を進めることにする。アドルフに聞いた話だと、シャルは剛が次に物資を持ってきたときまでは一緒にいられるということだった。

 次の階層次第だが、個人的には安全面を考慮してそろそろアルマたちと別れることも考えていたので、どこか適当なタイミングでそれも切り出す予定だ。
 実際に王都で買い物が出来たわけではなかったが、適当な酒を持たせてアルマに親父の方へと顔を出させないと、後が面倒くさそうだし、その辺りを口実に説明すればいいだろう。

「ところで、そろそろシャルの能力を教えてもらってもいいか?」
 道すがら、俺の前を歩くアドルフに気になっていたことを尋ねてみる。リディアと似たような能力を持っていることはわかったが、彼女が非戦闘員に見えた理由が未だにわからないままだし、何より、アドルフの意味深な笑みが頭から離れなかった。

「解りやすく言うなら、アイツは“天使”だ」
「天使?」

「あぁ」
 俺の問いに、アドルフが頷く。彼が言うには、彼女は所謂降霊術のようなものが使え、個としての人格を失う代わりに、降ろした天使の能力が使えるらしい。
 そこら辺の事情に関しては、アドルフも詳しくないため細部まではわからないそうだ。
 ただ、降霊術の使い手というのが本当なら、戦闘員に見えなかったのは無理ないのか。

 今回の階層は、アトラスと呼ばれた索敵にかからない敵しかおらず、奇襲の心配はあったものの、個の能力は高くないために、比較的に安全に探索が進む。

 アトラスの襲撃がいつ来るのかもわからないため、今回の見張りは三人ずつで行うことになった。

 翌日、俺たち以外のメンバーも起き出してきたところで、簡単に朝食を済ませて探索を続ける。
 少し抵抗はあったものの、朝食中に、アルマたちには次に剛が来たらそこでダンジョン探索からは切り上げるように伝えた。

 やはりと言うべきか、アルマは何か言いたそうな視線を送ってきたが、この先の危険がわかっているからか、何も言うことはせず、それを受け入れてくれた。

 それそれの分け前に関しては、道中で見つけた宝箱の換金なども彼女たちに任せたので、また向こうで会ったときに報酬を分けることで話が落ち着いていた。

「وانوانوان!」
「む」
 そろそろ次の階層への門が見えると言うところで、突如天井が崩れ、先頭を歩くアドルフの頭上から、何らかの鉱石でできた真っ黒なゴーレムが落ちてきた。
 通路に着地したゴーレムは、赤く光る瞳をアドルフへと向ける。

「狭いな、全員下がれ。──シャル」
「わかりました!」
 場所が通路と言うこともあり、アドルフの言う通りに俺たちは一度離れることにした。

 下がる際、アドルフには【リズスワデ・スマアベル】をかけておく。シャルに関しては、事前の打ち合わせ通り【ロニギスメイシュ】をかけた。

「دمية!」
 アドルフが斬り込み、ゴーレムが自身の腕でそれを迎え撃つ。
 全長二メートルは下らない大きな腕から繰り出された一撃は、違えることなくアドルフを捉えていたが、アドルフは避けることもせずに正面から突っ込む。
 彼が駆けながら放った一太刀は、それなりに固そうに見える鉱石でできたゴーレムの腕を、バターでも斬るかのように滑らかに両断した。

 再生能力でも備わっているのか、器用にも腰を屈めたゴーレムが回し蹴りを放ったところで、奴の腕の再構築が始まったが、勿論そんなこと許されるわけもなく、奴の腕はバラバラに崩れ落ちた。

「リズ」
 ゴーレムの腕を両断したアドルフの後ろにいたシャルが右手を前に出し、短く呟く。
 その声は紛れもなくシャルのものであったが、先までの彼女からは想像できないほど淡白な声色をしていた。

 そして何より、彼女は詠唱すらせずに単一の言葉のみで魔法のようなものを放ち、今も彼女から溢れ出ている威圧感のようなものさえ感じ取れる。
 今の彼女がシャルとしてではなく天使としてこの場にいることが理解できた。

「للإذابة!」
 ゴーレムから悲鳴が上がる。同時に奴の残っていた方の腕は刹那の間真っ白な光を放ち、溶解しているかのようにほんのりと煙をあげながら液状へと形を変え、地面を溶かしていた。

 勿論、その隙を逃すアドルフではない。ゴーレムの回し蹴りをしっかりと跳んで避けていた彼は、その大振りな一撃を放ったゴーレムの隙を突いて頭部へと渾身の一撃を叩き込む。

「ترتعش‼︎」
 頭から胸元辺りまでを袈裟斬りにされたゴーレムは、悲鳴にも似た断末魔をあげ、その場に停止した。
 ゴーレムの意識がなくなった証拠に、奴の赤く光っていた目も今は光を放っていなかった。

「終わったな」
「あぁ」
 俺の言葉にアドルフが頷く。それを確認してから彼の元に合流し、再び探索を進めた。

 その後は夕方頃まで探索を続ける。その間に、一度門を見つけ次の階層へと潜り、疎らに襲撃してくるオーガやアトラスの群れを随時撃退していた。

 時間が時間ということもあり、適当な大部屋で休むことにする。
 アルマはいつもの調子であったが、朝にアルマたちに剛と共に戻るように伝えたからか、リディアが少し憂鬱になっているように見えた。
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