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1章
21 明日へ(アレク視点)
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世界が足元からひっくり返ったような衝撃だった。
貸本屋のカウンターに座り、帳簿を読もうとするものの、文字の上を目が滑っていく。
アレクは軽くため息を吐き片手で目を揉む。
今朝、研究所の火事を知り、ジョンの行方不明を知り、ハナを帰せないと知りーー絞首台へ上るような思いで、ハナにそれを説明した。
ハナは知性も人柄も素晴らしい。更に恩人だ。
アレクにとって、長年彼女は雲の上の人のようにな存在だった。憧れているとも言えるだろう。
大人になり、彼女にもう一度会える、彼女をこちらへ招けると知り飛び付いてしまった。
ーー自分の勝手な自己満足で、恩を仇で返し彼女の全てを奪ってしまった。
その事実に打ちのめされた。世界が真っ暗になった気がした。
彼女は元の世界に沢山の価値あるものを持っている。大切な人々や生まれ育った環境は勿論、彼女がこれまで築いたスキルや資産や……人生全てがそこにあった。
それを奪いこちらの世界に閉じ込めてしまったのは俺達だ。ーーいや、俺だ。
アレクはそう思う。
彼女はジョンの実験装置を使ってこちらへ来ることに警戒していた。ジョンが、研究所として帰還を保証すると言っても、それでも。
彼女は旅行好きだが慎重で思慮深くもあり、単に旅行したくて異世界に飛び込む真似はしない。
恐らく俺をーー自分が助けた子供をとても気にかけていたのだ。その『子供』に招かれれば、異界の窓へ飛び込むことを辞さない程に。
彼女自身の背景など他に理由はあったろうが、俺が呼ばなければそのハードルは超えなかったろう。彼女の行動原理を見ていてそう思う。
謂わばーー俺は彼女の信頼を裏切ったのだ。
招いた俺が、もっとジョンや研究所に対し慎重に対応していればよかった。カーライル研究所は有名な研究者や実績を持つ権威ある研究所だからと鵜呑みにしてしまった。
彼女を確実に帰す方法を十分確認していれば。ハナに再会することを諦めていれば。
ーー彼女の人生を奪うことはなかった。
アレクは両手の拳を握り締め俯いた。
しかし彼女は全くアレクを責めず、一緒に研究所に帰還や補償を請求しよう、責める相手を間違えるなと言った。
これほどの逆境で、一時的にも混乱や絶望をしなかった。すぐ理性的に状況を分析し、問題は何か、誰にどんな責任を要求すべきか、並行して自分の生活や人生をどうするか、回答を出した。
その聡明さと自制心の強さに舌を巻く。
そしてーー光が射したかのようだった。
真っ暗な絶望的な闇の中で、先へ進む道を明るく照らした。
子供の頃、暗く閉塞したアレクの『家』の外の世界を照らしてくれたように。
気休めや美しい抽象論ではなく、この現実の足元から目指す未来へ伸びる、地続きの道を見極め示すことによって。
ーーまたも彼女に救われた。
実は、昨日ーー翌日にはハナを帰すという日、アレクは『帰って欲しくない』と思った。叶うことがないから安心して願うことができた願いだった。
ーー願った通りハナが帰れなくなったと知り、自分が願ったせいであるような気がして、罪悪感でハナの顔がろくに見られなかった。
そんなことはないとアレクにも分かっていたが。
何度も謝ったが足りた気がまるでしなかった。
そしてハナは何度もアレクのせいじゃないと言ってくれてーーこれでは許しの言葉をせびりとるために謝っているかのようだと気付いた。ーーもうやめよう。
ハナはアレクがこうして罪悪感に閉じ籠っていることを望んでいない。社交辞令でなくそれはハナの本心だとアレクは思う。
ハナが望むように、ハナが自立する力になろう。それは罪悪感ゆえでなくハナが大切だからだ。一番苦しい筈のハナが明るく過ごそうとしているのに自分が足を引っ張っては本末転倒だ。
アレクは軽く頭を振り顔を上げ、暫く店を空けていた間に溜まった仕事を再び始める。
今日からハナがこの家に住む。
未だに信じられない。
半年から一年。身近に過ごせる時間はそれだけだ。そう思うと胸に痛みが走ったが、大事に思う人が離れていくのは寂しく感じて当たり前だろう。
限られた時間を、ハナにとって、そして自分にとって楽しい時間になるよう努力しよう。ハナはアレクの幸せをも願ってくれているのだから。
どうか、ハナが幸せになれるように。そう願ってやまない。
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世界が足元からひっくり返ったような衝撃だった。
貸本屋のカウンターに座り、帳簿を読もうとするものの、文字の上を目が滑っていく。
アレクは軽くため息を吐き片手で目を揉む。
今朝、研究所の火事を知り、ジョンの行方不明を知り、ハナを帰せないと知りーー絞首台へ上るような思いで、ハナにそれを説明した。
ハナは知性も人柄も素晴らしい。更に恩人だ。
アレクにとって、長年彼女は雲の上の人のようにな存在だった。憧れているとも言えるだろう。
大人になり、彼女にもう一度会える、彼女をこちらへ招けると知り飛び付いてしまった。
ーー自分の勝手な自己満足で、恩を仇で返し彼女の全てを奪ってしまった。
その事実に打ちのめされた。世界が真っ暗になった気がした。
彼女は元の世界に沢山の価値あるものを持っている。大切な人々や生まれ育った環境は勿論、彼女がこれまで築いたスキルや資産や……人生全てがそこにあった。
それを奪いこちらの世界に閉じ込めてしまったのは俺達だ。ーーいや、俺だ。
アレクはそう思う。
彼女はジョンの実験装置を使ってこちらへ来ることに警戒していた。ジョンが、研究所として帰還を保証すると言っても、それでも。
彼女は旅行好きだが慎重で思慮深くもあり、単に旅行したくて異世界に飛び込む真似はしない。
恐らく俺をーー自分が助けた子供をとても気にかけていたのだ。その『子供』に招かれれば、異界の窓へ飛び込むことを辞さない程に。
彼女自身の背景など他に理由はあったろうが、俺が呼ばなければそのハードルは超えなかったろう。彼女の行動原理を見ていてそう思う。
謂わばーー俺は彼女の信頼を裏切ったのだ。
招いた俺が、もっとジョンや研究所に対し慎重に対応していればよかった。カーライル研究所は有名な研究者や実績を持つ権威ある研究所だからと鵜呑みにしてしまった。
彼女を確実に帰す方法を十分確認していれば。ハナに再会することを諦めていれば。
ーー彼女の人生を奪うことはなかった。
アレクは両手の拳を握り締め俯いた。
しかし彼女は全くアレクを責めず、一緒に研究所に帰還や補償を請求しよう、責める相手を間違えるなと言った。
これほどの逆境で、一時的にも混乱や絶望をしなかった。すぐ理性的に状況を分析し、問題は何か、誰にどんな責任を要求すべきか、並行して自分の生活や人生をどうするか、回答を出した。
その聡明さと自制心の強さに舌を巻く。
そしてーー光が射したかのようだった。
真っ暗な絶望的な闇の中で、先へ進む道を明るく照らした。
子供の頃、暗く閉塞したアレクの『家』の外の世界を照らしてくれたように。
気休めや美しい抽象論ではなく、この現実の足元から目指す未来へ伸びる、地続きの道を見極め示すことによって。
ーーまたも彼女に救われた。
実は、昨日ーー翌日にはハナを帰すという日、アレクは『帰って欲しくない』と思った。叶うことがないから安心して願うことができた願いだった。
ーー願った通りハナが帰れなくなったと知り、自分が願ったせいであるような気がして、罪悪感でハナの顔がろくに見られなかった。
そんなことはないとアレクにも分かっていたが。
何度も謝ったが足りた気がまるでしなかった。
そしてハナは何度もアレクのせいじゃないと言ってくれてーーこれでは許しの言葉をせびりとるために謝っているかのようだと気付いた。ーーもうやめよう。
ハナはアレクがこうして罪悪感に閉じ籠っていることを望んでいない。社交辞令でなくそれはハナの本心だとアレクは思う。
ハナが望むように、ハナが自立する力になろう。それは罪悪感ゆえでなくハナが大切だからだ。一番苦しい筈のハナが明るく過ごそうとしているのに自分が足を引っ張っては本末転倒だ。
アレクは軽く頭を振り顔を上げ、暫く店を空けていた間に溜まった仕事を再び始める。
今日からハナがこの家に住む。
未だに信じられない。
半年から一年。身近に過ごせる時間はそれだけだ。そう思うと胸に痛みが走ったが、大事に思う人が離れていくのは寂しく感じて当たり前だろう。
限られた時間を、ハナにとって、そして自分にとって楽しい時間になるよう努力しよう。ハナはアレクの幸せをも願ってくれているのだから。
どうか、ハナが幸せになれるように。そう願ってやまない。
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