異世界でワーホリ~旅行ガイドブックを作りたい~

小西あまね

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2章

05 鉄道1

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「うわ!何この紙!白くて綺麗!」
 そこか!
 このノートは白色度低くて再生紙100%だけど、確かにこちらでよく見る紙と質感が違う。
 紙の原料として木材が定着したのは19世紀末頃。ここではまだ亜麻や木綿のぼろを原料にしているのかもしれない。中世のような羊皮紙ではないと思う。
 こちらの世界の紙もあるけど意外と高いし、罫線がある方が表やグラフを書くのに便利なのであちらの世界から持参したノートを使っている。

 アレクがグラフを指差す。
「この図で見ると分かりやすい。
定番はやはり古くなるにつれ下がりぎみになるが、新作は当たり外れが大きくて平均はこちら、当たったものでもこの通りで、積算でも定番に及ばない。次々仕入れても正直採算がとれない。
それぞれの収益率から逆算して、新作はこの比率までが上限だと考えている」
「うわー……こんなに差があったの。これは……強く言えないなぁ」
 オリバーは癖のある金髪の頭をかき回す。取引相手の説得に資料は有効だ。役に立ってよかった。
 でも、私の資料を元に、どう経営計画しどんな本を選ぶかはアレクの手腕だ。これは本当に長年学んだ力量がものを言う。彼は私より若いがこの仕事は大先輩だ。
 業界紙や出版社からの情報収集は勿論、本屋や他の貸本屋なども回って仕入れる本を検討しているらしい。

「あと、最近旅行記や旅行題材の小説が人気だから、その傾向を多目にしている」
「あー、旅行物の小説も人気だよね。冒険とかロマンスとか交えて。うちの駅の客も、仕事の客だけでなくて旅行客が増えてるから時代の流れかな?貴族もだけど庶民が特に増えてる。
3つ隣の駅が温泉のある保養地だろ?うちの街は観光地って程じゃないけど鍾乳洞と湖があるから、保養地からちょっと足を伸ばして来ることも多いんだよ」
「なるほど。駅の客層の方が、この本店や他の貸本屋仲間の店より旅行物を好むんだが、そのせいか」

 ふと気になって、悩んだ末口を挟むことにする。
 本当は最初の顔合わせだから控えめにしていようかと日本人的に考えてしまったが、国際社会では対話の場で置物になることは正解でないことが多い。
 二人とも私を席に呼びたがったんだし、気さくなブレインストーミングな感じだし、少しは意見出す方針にしてみよう。従業員だし社会人だし。

「不勉強で恐縮ですが教えて頂きたいのですが」
 二人の視線が私に集まる。
「駅の貸本って、列車の中の時間潰しに借りる人が多いですよね?つまりこの街の駅で本を借りる人は、この街を観光しに来る人ではなくて、ここを拠点にしていて別の駅へ仕事や観光に行く人が中心でしょうか?」
 片道だけ列車に乗る場合、本を買うならともかく借りた場合は返せなくなってしまう。本と自分が一緒に往復する起点で借りるのが自然だろう。
 うちの場合、会員でない一時利用者はデボジット方式で返却時に預り金を返金してるので、利用者としては返金を受けたいだろう。
 オリバーが首を傾け考えつつ言う。
「……そうなりますね。するとさっきの話は微修正が必要だね。旅が流行なのは間違いないと思うけど、この駅の貸本利用客とこの街の観光は、少なくとも現時点リンクしてしない」
「そうですね。余所から来る人は、通勤で反復してこの駅に来るならともかく、観光客は返しに来れないから読み捨て価格の本を買い取りで持っていくけど、比率としては少ない」
 アレクも同意する。じゃここで少し踏み込んでみる。
「とすると、この街に観光しに来る人は増加傾向なのにあまり利用して貰えてないので、その辺りの客層を開拓できないでしょうか」
 二人が虚を突かれたような顔をした。

「……そうだな。僕達はここに住んで長いから、ここに観光に来る側のニーズの視点が欠けていたかも」
 アレクが面白がるような顔を私に向けた。 え?そういうキャラでした?
「ハナは最近この街へ来て、正に観光客の側を体験してるんです。そして興味深い視点を沢山示してくれました。貴重な意見が聞けるのでぜひハナの視点で話を聞かせてください」
 アレク~!本当にどうしちゃったんだアレク!

 オリバーはアレクと私を交互に見て、身を乗り出して笑顔で私に先を促した。おのれアレク!ハードル上げてくれちゃって!

「私はこの街を観光するのに街の旅行ガイドブックが欲しいと思いました。しかしこの街のはないとアレクに聞きました」
「旅行ガイドブック?あぁ……大手出版社が大きな観光地とかガイドブックを出してるよね。この街のは聞かないなぁ」
「私はアレクに街をガイドして貰いました。そんな風に友人知人に案内を頼んだり、ガイドを雇ったり……人にガイドしてもらう手法がこの街では多いそうですね。私の国では、観光はガイドブックなどを元にガイド人なしで旅する人が多かったです」

 微妙な顔をしたオリバーにアレクが言う。
「ハナの国はここよりずっと本が安いんだ。でもここでも貸し出し料金を検討すればいけると思う」
 そうだ、本が現代よりずっと高価な世界だった。それは私が意識するよりずっと根深い違いなのかもしれない。思わず揺らいだが、とにかく最後まで話そう。

「こうしたガイドブックがあれば、他所から来た観光客が駅で本を借りて観光に使って、列車で帰る前に駅で返す流れができるかもしれません。
読み捨て本や買ってもいいと思える価格なら、持ち帰って土産話に使われるでしょう。そうしたら観光に来たくなる人を増やす宣伝にもなり、うちの貸本屋というよりむしろ鉄道会社側にメリットが大きくなります。
私の国では、鉄道会社が旅行事業の関連会社を持っていて、駅に無料の旅行パンフレットを置くことも多かったのです。この国では無料よりは読み捨て価格で置く方が現実的かと思いますが。
もし、鉄道会社でそんな本を発行するなら、うちで貸本として扱うと双方に益があるかも、と思います」

 大きく出てみたけどやり過ぎだったろうか。
 内心冷や汗をダラダラかきつつも、『仕事の場』なので静かな自信に満ちたような笑みを作って反応を待つ。
 ここで脊髄反射で『ごめんごめん今のナシー!』と叫んでは、自分でもそんな低いレベルと認識してることで相手を煩わせたことになり、却って失礼になってしまうし、アレクや店の立場を潰してしまう。
 でも別に過大なハッタリを言ったつもりでもない。本当に不思議だったんだよ。ガイドブックがないの。
 現代では、観光地の駅前に無料の観光パンフレットが置かれてることは多い。自治体や観光協会や商工会なんかがよく作ってる。鉄道が旅行事業もやってるとそのパンフレットも。
 まぁ、現代ならネットでの情報発信の方が大きいけど、ここではネットなんてないから紙媒体の話に絞る。

 オリバーはカウンターに潰れこんで悔しそうに言った。
「ハナの国の鉄道会社は、旅行事業と連携が上手いねぇ。うちも旅行事業部門はあるけどそこまで強くないし連携できていない」
 成程、鉄道会社の立場として、ライバルが上手くいっている手法が気になるか。
 潰れたまま上目遣いでアレクを見上げる。子供っぽい仕草だが妙に似合う。
「折角のいい案だけど、うちの会社じゃ難しい」

「なら、うちで作ればいい」

 思わず振り向くと、今まで見たこともないような太い笑みを浮かべたアレクの目が金色に輝いていた。
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