29 / 59
2章
07 企画書
しおりを挟む
「これが企画書案です」
3日後に店に来たオリバーに、概要や編集方針等の載った企画書案と原寸大の大雑把な見本を見せる。
前と同じく、アレク、オリバー、私の3人で、店のカウンター脇に椅子を寄せあう。リビングの方が広いけど、今は貸本屋が開いている時間帯で店番をしながらにせざるを得ない。
この企画書案は店長たるアレクの了解は出ているけど、担当者として私が説明する。
「今回はパンフレット程度にします。これが上手くいけば今後冊子状も検討します。
ターゲットは比較的近隣の国内旅行者を想定しています。海外や遠方の旅行客を含めると、通貨や習慣の違いまで書かなければならなくなるので。
情報量は削りページを減らして価格を抑えます。庶民が読み捨てしていいと思える価格だけれど、上流階級が手にしても眉を潜めるような低俗さにはしません。
街の見所として鍾乳洞、湖、音楽堂、教会、市庁舎、公園、丘を取り上げました。概要や歴史や特色などを簡潔に紹介します。
鍾乳洞や湖のボートの料金や開場時間や休業日やおおよその所要時間も書きます。鍾乳洞管理者等には、情報の聞き取りの際に掲載の内諾を受けています。
それから簡略化して図案化した地図。見所が駅からどの位の距離や時間かも示します。
飲食店、土産向きの商店、乗り合い馬車乗り場も記載します。個人的には、名物になりそうな食べ物も紹介したいです」
オリバーは見本をひっくり返す。文面はこれから作成するので、この面がこんな表紙、ここに見開きで地図、等を示した設計図のようなものだ。
「説明ありがとう。あとは砕けて話してくれていいよ。僕もそうするから。
えーとまず、見所に鍾乳洞は分かるとして、市庁舎とか、公園や丘って見たいものかな?」
「観光客は、鍾乳洞と湖と音楽堂のどれかが目当てで来る人が多いと私も思う」
お言葉に甘えて言葉の調子を切り替える。
いや、私はこちらの言葉に慣れてないからいっそ全部敬語で統一した方が楽ではあるのだけど、砕けた話し方の使い分けを練習できるのはいい機会だ。
「でも折角時間もお金ををかけて旅先に来たなら、目的のものだけ見てすぐ帰るよりは、他のものも見たり、少し歩いてみたいという旅人心理もある筈。
特にデートの場合は公園や街を一望にする丘は散策向きかと。がっかりさせないように、目玉の観光場所より少し小さめの文字で紹介する方針にしようと思う。
市庁舎は300年前の建物を転用していて、一部観光客が入れるでしょ。私も行ってみたけど、街の他の建築物と様式が違ってて華やかだよね。他所からわざわざ運んできた色違いの大理石も使ってる。立派な観光資源かと思う。
そして食事や買い物をしつつこれらを回ると……かいつまめば日帰り、ゆっくり全部回って音楽会も楽しむなら一泊二日位のコースに丁度よくなる」
「……やばい。いい感じに見えてきた」
オリバーが片手で頭をかき回しながら言う。やや癖のある金髪が、くしゃくしゃになっても丁度いい感じに緩やかにまとまっている。
金髪って細くて柔らかくて量が多くて絡まりやすいって聞くのに、違うのか。私が固くてコシがある筈のアジア系黒髪なのにコシがなくて日々まとめるのに苦労しているように、個人差があるのだろうか。おのれ、羨ましい髪質だ。
「ぜひ、うちの鉄道の駅前ホテルもこのガイドブックで紹介して欲しいんだけど」
「実は俺達もそれは考えたんだが、どのホテルを掲載するか公平な選定方法は検討中だ」
アレクが答える。
「あー……他のホテル経営者が怒るか」
「まぁ今回は、紙面が限られているからとか、駅前ホテルはうちの街最大だからとか理由がつけられる。小規模なパンフレットで影響がそう大きくないしな。
でもこの先規模を大きくしたら問題になるだろう。多分それより先に、もっと多い飲食店の選定でもめそうだが」
そう、アレクと相談していて一番悩んだのはそこだった。私も口を挟む。
「ガイドブックの立ち位置をどこに置くかーー観光客の立場か、観光施設や店の立場か。
それは編集方針や収益を大きく左右する重要なポイントになる。
検討の結果ーーこのガイドブックは、客の立場で作れたらと思う」
「あえて、客側を選んだのか」
オリバーは私とアレクを交互に見た。彼もその難しさに気づいていて、無知故でなくあえて選んだ私達の意思を確認したのだろう。
「予算や力関係を考えると、店側の立場の方が無難ではあるよね。店のCMを担うから、店がスポンサーになってくれることがあるし、協力も得やすい。
実際、鉄道の時刻表にはホテルの宣伝ページが沢山あって、宣伝収入が発行を支える資金になっている」
オリバーは言う。私達もそのアンチテーゼの提出は予想していた。アレクが口を開く。
「そう、そしてスポンサーを持つということは、『スポンサーの意向』で情報に歪みが出る可能性を抱えることとの諸刃の剣でもある。
時刻表とホテルは比較的関係の距離が遠いがーーガイドブックで紹介する店をスポンサーにしていると、過大に誉めたり、ライバルの掲載を消極的にしたりと、恣意的か否かを問わず情報の歪みの温床になるリスクを抱える。
少なくとも、掲載内容の中立についてスポンサーとの契約条文を工夫する必要がある」
これは現代のガイドブックでも、賛否両論大きな議論になっているところだ。
ミシュランやロンリー・プラネットなど大手老舗ガイドブックは、記事の公平性を期すため広告非掲載を貫き信頼性を確立している。賄賂や便宜を受けた調査員は解雇等厳正な姿勢を持っている。
一方、広告掲載することで本を安価に抑えるメリットを取るガイドブックもある。
「店とは一線を画すスタンスで作ると?」
眉間に皺をよせたオリバーに私が補足する。
「でも店側を敵視するような意味じゃないよ?店にとっても客にとっても、それからその土地にとっても、ウィンウィンないい本を作りたい。
そのためには公平性が必要で、客の目線を軸にするのがいいと考えたんだよ」
オリバーは腕を組んで考え込んだ。こうした少々オーバーアクション気味の仕草が妙に似合って可愛いく愛嬌があるのは、華やかな外見ゆえだろうか。彼は私と同い年位で細身ながら筋肉がしっかりついた体格だが、私が同じことをしてもこの可愛さは出ないだろう。
「資金が課題だよね。スポンサーがいないと、出版経費と収益は、本の販売と貸本だけで出さなきゃいけない。一冊当たりを低価格に抑えると言ってたけど、それだとかなりの部数売らないといけないよね」
「……その点は、2つ考えている」
「2つ?」
「一つは、今回のパンフレットでは収益を得ようとしない。あくまで今後の方針を探る実験的なパイロット版だ。印刷代なんかの経費は回収するつもりだけど、俺達の人件費や利益は考えない。
もう一つ。オリバーはこの間、駅前ホテルのエントランスで販売してもいいと言っていただろう。ある程度の部数を鉄道会社で買い取りしてくれる前提なら、沢山刷れるし印刷単価も抑えられる」
「うわぁ、跳ね返ってきた」
オリバーは両手で頭を抱える。柔らかに波打つ髪はコシがあり、いくら掻き回してもぐしゃぐしゃにならないで緩やかに収まる。あの髪は形状記憶繊維だろうか。羨ましい。
うーんうーん、と暫く唸った後、垂れ気味の目を更に下げて言う。
「僕も一社員に過ぎないからね。この企画書と見本、預かって行っていい?上を説得してみる」
「あぁ。それ一つしかないから返してくれよ?」
「うん、分かった」
気軽にコピーできない世界なので資料は一セットしかない。万一失くされたとしても没にした下書きがあるから、面倒でも作り直しはできる。
私の下書きは書き慣れない英字なので子供の字のような拙さがある。今回の資料はアレクが英文のネイティブ校正をしながら清書してくれたものだ。
「前にも言ったけどさ、うちの駅関連施設の部門、新しく来た上司にテコ入れの案を考えろって言われてるんだよね。だから、これがその案ですって言えば聞いてもらえるかもしれない」
「テコ入れ……こういうのでもいいの?」
「今回は規模が小さいから成功してもテコ入れといえる金額にはならないと思う。でも今回は試行だから。
鉄道側のメリットが結構あるんだよ。観光ガイドブックが成功すれば、鉄道利用客や駅前ホテルの売上に貢献する。しかもうちの会社で出版の費用も手間も負担しないで貸本屋で作ってくれる。
もし貸本屋だけの資本では発行が難しいなら……うちの会社も一口乗って大口買い取り位負担して、発行してもらった方がメリットが大きい。
ーーそう、話を持っていってみようと思う。もし売上が悪くても、うち単独で企画して発行するよりずっと損失も少ない訳だし、その位のリスクは飲めると思う」
「大きい会社は飲めるリスクの幅が大きくていいなぁ。いっそ試行じゃなくて規模の大きなガイドブックから始めても鉄道会社が費用だしてくれる?」
「いや!流石に現時点全く実績どころか実物すらないものを、そこまで売り込めないよ」
うーん。そうだよね。私も自分の会社に突然そういう営業が来ても警戒しそうだ。
ふと気づくと、私とオリバーがタメ口でポンポン話しているのを、アレクが微妙な顔で見ていた。
あ、アレクとオリバーは私よりずっと長い付き合いがあるんだよね。私が横から入って馴れ馴れしすぎるのもあまり気持ちいいものじゃないかな?
私の不安気な顔に気付いて、アレクは慌てて目を逸らしオリバーに向き直って言った。
「鉄道会社との提携は、飲食店と提携するよりはスポンサー云々の問題は起こりにくいから、考えてもいいと思う。
駅前ホテルを紹介して欲しいとさっき言ってたが、スタンスをそう整理して、駅前ホテルにもガイドブックを置くような方針なら入れてもいいと思う。ハナはどう思いますか?」
「私もそう思う」
ミシュランの旅行ガイドは元々、旅行産業を発展させることで本業のミシュランタイヤの販売促進を狙ったというし、運輸と旅はいい組み合わせかも。
色々懸念はあるし全面的に正解かはさておき、現状の落とし所としては一番いいかもしれない。何より、この出版は駅売り前提なのだ。鉄道との縁は切っても切れない。
オリバーが顔をくしゃりとして笑った。
「よし!じゃ、上を説得しに行ってきます!」
企画書を手に店を出ていくオリバーを見送る。
店の外に出ると、初夏の爽やかな風が髪を踊らせた。
慌てて髪を押さえた私の前で、オリバーの金髪はふわりと綺麗に風に舞ったあと元の緩やかな髪の流れに収まり、若干乱れた分も計算済みの範疇で落ち着く。おのれ。もしゃもしゃになる髪質の私としては妬ましい。
オリバーの後ろ頭をついガン見してしまったら、またアレクが微妙な、物言いたげな顔で私を見ていた。あ、人をジロジロ見ては失礼ですね、はい。
観光客と店と鉄道と、そしてうちの貸本屋にとって、ウィンウィンの本が作れますように。
3日後に店に来たオリバーに、概要や編集方針等の載った企画書案と原寸大の大雑把な見本を見せる。
前と同じく、アレク、オリバー、私の3人で、店のカウンター脇に椅子を寄せあう。リビングの方が広いけど、今は貸本屋が開いている時間帯で店番をしながらにせざるを得ない。
この企画書案は店長たるアレクの了解は出ているけど、担当者として私が説明する。
「今回はパンフレット程度にします。これが上手くいけば今後冊子状も検討します。
ターゲットは比較的近隣の国内旅行者を想定しています。海外や遠方の旅行客を含めると、通貨や習慣の違いまで書かなければならなくなるので。
情報量は削りページを減らして価格を抑えます。庶民が読み捨てしていいと思える価格だけれど、上流階級が手にしても眉を潜めるような低俗さにはしません。
街の見所として鍾乳洞、湖、音楽堂、教会、市庁舎、公園、丘を取り上げました。概要や歴史や特色などを簡潔に紹介します。
鍾乳洞や湖のボートの料金や開場時間や休業日やおおよその所要時間も書きます。鍾乳洞管理者等には、情報の聞き取りの際に掲載の内諾を受けています。
それから簡略化して図案化した地図。見所が駅からどの位の距離や時間かも示します。
飲食店、土産向きの商店、乗り合い馬車乗り場も記載します。個人的には、名物になりそうな食べ物も紹介したいです」
オリバーは見本をひっくり返す。文面はこれから作成するので、この面がこんな表紙、ここに見開きで地図、等を示した設計図のようなものだ。
「説明ありがとう。あとは砕けて話してくれていいよ。僕もそうするから。
えーとまず、見所に鍾乳洞は分かるとして、市庁舎とか、公園や丘って見たいものかな?」
「観光客は、鍾乳洞と湖と音楽堂のどれかが目当てで来る人が多いと私も思う」
お言葉に甘えて言葉の調子を切り替える。
いや、私はこちらの言葉に慣れてないからいっそ全部敬語で統一した方が楽ではあるのだけど、砕けた話し方の使い分けを練習できるのはいい機会だ。
「でも折角時間もお金ををかけて旅先に来たなら、目的のものだけ見てすぐ帰るよりは、他のものも見たり、少し歩いてみたいという旅人心理もある筈。
特にデートの場合は公園や街を一望にする丘は散策向きかと。がっかりさせないように、目玉の観光場所より少し小さめの文字で紹介する方針にしようと思う。
市庁舎は300年前の建物を転用していて、一部観光客が入れるでしょ。私も行ってみたけど、街の他の建築物と様式が違ってて華やかだよね。他所からわざわざ運んできた色違いの大理石も使ってる。立派な観光資源かと思う。
そして食事や買い物をしつつこれらを回ると……かいつまめば日帰り、ゆっくり全部回って音楽会も楽しむなら一泊二日位のコースに丁度よくなる」
「……やばい。いい感じに見えてきた」
オリバーが片手で頭をかき回しながら言う。やや癖のある金髪が、くしゃくしゃになっても丁度いい感じに緩やかにまとまっている。
金髪って細くて柔らかくて量が多くて絡まりやすいって聞くのに、違うのか。私が固くてコシがある筈のアジア系黒髪なのにコシがなくて日々まとめるのに苦労しているように、個人差があるのだろうか。おのれ、羨ましい髪質だ。
「ぜひ、うちの鉄道の駅前ホテルもこのガイドブックで紹介して欲しいんだけど」
「実は俺達もそれは考えたんだが、どのホテルを掲載するか公平な選定方法は検討中だ」
アレクが答える。
「あー……他のホテル経営者が怒るか」
「まぁ今回は、紙面が限られているからとか、駅前ホテルはうちの街最大だからとか理由がつけられる。小規模なパンフレットで影響がそう大きくないしな。
でもこの先規模を大きくしたら問題になるだろう。多分それより先に、もっと多い飲食店の選定でもめそうだが」
そう、アレクと相談していて一番悩んだのはそこだった。私も口を挟む。
「ガイドブックの立ち位置をどこに置くかーー観光客の立場か、観光施設や店の立場か。
それは編集方針や収益を大きく左右する重要なポイントになる。
検討の結果ーーこのガイドブックは、客の立場で作れたらと思う」
「あえて、客側を選んだのか」
オリバーは私とアレクを交互に見た。彼もその難しさに気づいていて、無知故でなくあえて選んだ私達の意思を確認したのだろう。
「予算や力関係を考えると、店側の立場の方が無難ではあるよね。店のCMを担うから、店がスポンサーになってくれることがあるし、協力も得やすい。
実際、鉄道の時刻表にはホテルの宣伝ページが沢山あって、宣伝収入が発行を支える資金になっている」
オリバーは言う。私達もそのアンチテーゼの提出は予想していた。アレクが口を開く。
「そう、そしてスポンサーを持つということは、『スポンサーの意向』で情報に歪みが出る可能性を抱えることとの諸刃の剣でもある。
時刻表とホテルは比較的関係の距離が遠いがーーガイドブックで紹介する店をスポンサーにしていると、過大に誉めたり、ライバルの掲載を消極的にしたりと、恣意的か否かを問わず情報の歪みの温床になるリスクを抱える。
少なくとも、掲載内容の中立についてスポンサーとの契約条文を工夫する必要がある」
これは現代のガイドブックでも、賛否両論大きな議論になっているところだ。
ミシュランやロンリー・プラネットなど大手老舗ガイドブックは、記事の公平性を期すため広告非掲載を貫き信頼性を確立している。賄賂や便宜を受けた調査員は解雇等厳正な姿勢を持っている。
一方、広告掲載することで本を安価に抑えるメリットを取るガイドブックもある。
「店とは一線を画すスタンスで作ると?」
眉間に皺をよせたオリバーに私が補足する。
「でも店側を敵視するような意味じゃないよ?店にとっても客にとっても、それからその土地にとっても、ウィンウィンないい本を作りたい。
そのためには公平性が必要で、客の目線を軸にするのがいいと考えたんだよ」
オリバーは腕を組んで考え込んだ。こうした少々オーバーアクション気味の仕草が妙に似合って可愛いく愛嬌があるのは、華やかな外見ゆえだろうか。彼は私と同い年位で細身ながら筋肉がしっかりついた体格だが、私が同じことをしてもこの可愛さは出ないだろう。
「資金が課題だよね。スポンサーがいないと、出版経費と収益は、本の販売と貸本だけで出さなきゃいけない。一冊当たりを低価格に抑えると言ってたけど、それだとかなりの部数売らないといけないよね」
「……その点は、2つ考えている」
「2つ?」
「一つは、今回のパンフレットでは収益を得ようとしない。あくまで今後の方針を探る実験的なパイロット版だ。印刷代なんかの経費は回収するつもりだけど、俺達の人件費や利益は考えない。
もう一つ。オリバーはこの間、駅前ホテルのエントランスで販売してもいいと言っていただろう。ある程度の部数を鉄道会社で買い取りしてくれる前提なら、沢山刷れるし印刷単価も抑えられる」
「うわぁ、跳ね返ってきた」
オリバーは両手で頭を抱える。柔らかに波打つ髪はコシがあり、いくら掻き回してもぐしゃぐしゃにならないで緩やかに収まる。あの髪は形状記憶繊維だろうか。羨ましい。
うーんうーん、と暫く唸った後、垂れ気味の目を更に下げて言う。
「僕も一社員に過ぎないからね。この企画書と見本、預かって行っていい?上を説得してみる」
「あぁ。それ一つしかないから返してくれよ?」
「うん、分かった」
気軽にコピーできない世界なので資料は一セットしかない。万一失くされたとしても没にした下書きがあるから、面倒でも作り直しはできる。
私の下書きは書き慣れない英字なので子供の字のような拙さがある。今回の資料はアレクが英文のネイティブ校正をしながら清書してくれたものだ。
「前にも言ったけどさ、うちの駅関連施設の部門、新しく来た上司にテコ入れの案を考えろって言われてるんだよね。だから、これがその案ですって言えば聞いてもらえるかもしれない」
「テコ入れ……こういうのでもいいの?」
「今回は規模が小さいから成功してもテコ入れといえる金額にはならないと思う。でも今回は試行だから。
鉄道側のメリットが結構あるんだよ。観光ガイドブックが成功すれば、鉄道利用客や駅前ホテルの売上に貢献する。しかもうちの会社で出版の費用も手間も負担しないで貸本屋で作ってくれる。
もし貸本屋だけの資本では発行が難しいなら……うちの会社も一口乗って大口買い取り位負担して、発行してもらった方がメリットが大きい。
ーーそう、話を持っていってみようと思う。もし売上が悪くても、うち単独で企画して発行するよりずっと損失も少ない訳だし、その位のリスクは飲めると思う」
「大きい会社は飲めるリスクの幅が大きくていいなぁ。いっそ試行じゃなくて規模の大きなガイドブックから始めても鉄道会社が費用だしてくれる?」
「いや!流石に現時点全く実績どころか実物すらないものを、そこまで売り込めないよ」
うーん。そうだよね。私も自分の会社に突然そういう営業が来ても警戒しそうだ。
ふと気づくと、私とオリバーがタメ口でポンポン話しているのを、アレクが微妙な顔で見ていた。
あ、アレクとオリバーは私よりずっと長い付き合いがあるんだよね。私が横から入って馴れ馴れしすぎるのもあまり気持ちいいものじゃないかな?
私の不安気な顔に気付いて、アレクは慌てて目を逸らしオリバーに向き直って言った。
「鉄道会社との提携は、飲食店と提携するよりはスポンサー云々の問題は起こりにくいから、考えてもいいと思う。
駅前ホテルを紹介して欲しいとさっき言ってたが、スタンスをそう整理して、駅前ホテルにもガイドブックを置くような方針なら入れてもいいと思う。ハナはどう思いますか?」
「私もそう思う」
ミシュランの旅行ガイドは元々、旅行産業を発展させることで本業のミシュランタイヤの販売促進を狙ったというし、運輸と旅はいい組み合わせかも。
色々懸念はあるし全面的に正解かはさておき、現状の落とし所としては一番いいかもしれない。何より、この出版は駅売り前提なのだ。鉄道との縁は切っても切れない。
オリバーが顔をくしゃりとして笑った。
「よし!じゃ、上を説得しに行ってきます!」
企画書を手に店を出ていくオリバーを見送る。
店の外に出ると、初夏の爽やかな風が髪を踊らせた。
慌てて髪を押さえた私の前で、オリバーの金髪はふわりと綺麗に風に舞ったあと元の緩やかな髪の流れに収まり、若干乱れた分も計算済みの範疇で落ち着く。おのれ。もしゃもしゃになる髪質の私としては妬ましい。
オリバーの後ろ頭をついガン見してしまったら、またアレクが微妙な、物言いたげな顔で私を見ていた。あ、人をジロジロ見ては失礼ですね、はい。
観光客と店と鉄道と、そしてうちの貸本屋にとって、ウィンウィンの本が作れますように。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
兄みたいな騎士団長の愛が実は重すぎでした
鳥花風星
恋愛
代々騎士団寮の寮母を務める家に生まれたレティシアは、若くして騎士団の一つである「群青の騎士団」の寮母になり、
幼少の頃から仲の良い騎士団長のアスールは、そんなレティシアを陰からずっと見守っていた。レティシアにとってアスールは兄のような存在だが、次第に兄としてだけではない思いを持ちはじめてしまう。
アスールにとってもレティシアは妹のような存在というだけではないようで……。兄としてしか思われていないと思っているアスールはレティシアへの思いを拗らせながらどんどん膨らませていく。
すれ違う恋心、アスールとライバルの心理戦。拗らせ溺愛が激しい、じれじれだけどハッピーエンドです。
☆他投稿サイトにも掲載しています。
☆番外編はアスールの同僚ノアールがメインの話になっています。
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる