異世界でワーホリ~旅行ガイドブックを作りたい~

小西あまね

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2章

14 ブラ試作

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 リサと共に部屋に入ってきたのは17、8歳位の女性だった。

 ややつり目ぎみのはっきりした顔立ちに、髪は細かなウェーブの黒髪で、すっきり結い上げた後ろに対し、耳を隠す程度に垂らしたサイドの黒髪と真っ白な項の対比が清潔な色気を出している。
 服も雰囲気も何というかーーセンスがいい。こちらのセンスはよく知らないし、元の世界でもリユースショップを愛用していてファッションに疎かった身なので自信はないが、何というかお洒落な人オーラがある。
 流石ファッション界に携わる人。ひょっとしたら、センスのいい仕事をしますよという広告看板として、本人もセンスいい格好をする必要があるのかもしれない。
 ただ、綺麗で隙がない分作り物じみた壁のようなものを感じてしまう。まぁそれは、自分がお洒落でないタイプなので、異国の人との交流と同様、自分と価値観の違う相手に少し怯んでしまう感覚と近いのかもしれない。

「レベッカ、こちらはハナ。例の小さな胸のコルセットの売り主で、異国の出身で今は貸本屋で働いてる。ハナ、レベッカはお針子で、裕福なお屋敷からの仕事も受けてる腕のいい職人」
「初めまして。お会いできて光栄です」
「初めまして、私もです」
 ちょっとお互い固めの挨拶。大人だもん、まずは礼儀正しく。

「これが現時点の試作品です」
 取り出したものはまさにブラ。しかし現代のより胸回りも紐も柔らかにゆったりした感じだ。
 私の世界でヨーロッパでブラが普及したのは20世紀初め頃だったような。
 有名動画サイトの海外の服飾研究団体の動画で当時のブラを見たことある。臍が出る位裾の短いタンクトップの裾と胸の上に緩くギャザーを入れたような形だった。
 当時もそれに限らず色々な形状があったのかもしれないが、それに比べるともっとフィット感がある。私のブラを参考にしたからか。

 レベッカは、新たに包みから私のブラを取り出す。見本で渡した奴だ。
「ハナがお持ちだったこの下着のことで聞きたいことがあるんです」
「なんでしょう」
「これはオーダーメイドですよね」
 は?!  私そんな素晴らしいものを試したことありません。
「いえ既製品です」
「既製品」
 レベッカは長く豊かな睫毛にくっきり縁取られた目を見開き瞬かせた。
「人の体は胴回りも胸の大きさや形も様々です。従来のコルセットと違いここまで胸の形にぴったりしたものを作るには正確な採寸と縫製が必要ではありませんか?」
 成程、そういうことか。

「サイズに細かくバリエーションがあります。私の国で一般的な方法は、アンダーバスト…胸の真下の位置と、トップ…一番高い位置の、2箇所の周囲の長さで決めます。既製品のサイズ展開は、アンダーの長さが5cm刻み、アンダーとトップの差が5cm刻み。これで大体網羅できるので、あとはこの後ろのホックや肩紐で調整します」
 リサが呆然として言った。
「そんなにあるの?!  流石にそこまでの種類はうちでは作れないわ……」
 そうか、そういう意味では、紐で自分のサイズに調整するコルセットの方が自由度がある。
「あ、でも、ゆったりした形状でしたら大中小の3サイズということもありました」
SMLと、できればLLもあった方がいいだろうか。
「3サイズ。それならなんとか。あとは調整できる紐を工夫しましょうか」

 しまった、初めに私の知ってることをできるだけ説明しておけばよかった。遠回りさせてしまったかもしれない。他にも私が話せることあるかな。あったら今の内話しておこう。
「これを買うお客さんはどんな人を想定していますか」
 リサが答える。
「一番は働く女性。コルセットは体を動かすのに不便だから。特に体を捻る動きができないよね。あまり裕福でない層だから、少しフィット感は落ちても既製で量産した安い価格帯にニーズがあると思ってる。あとは富裕層の女性で内臓の問題や皮膚炎や不快感でコルセットを避けたい人。こちらはオーダーメイドでもいけると思う」
「私がリサのこの試みに参加しているのも、私が仕事を受けているお屋敷の奥様が呼吸器が弱くて息がし辛いそうで、コルセットを使わない服を求められたためなんです」
 成程。それなら私が知っていることで役に立てることがあるかもしれない。

「私のいた国でも以前はコルセットを使っていて、問題と対処法がいくつか知られています」
 正しくは『私のいた世界の別の国々でも』だが、そう話す訳にはいかないので小さな嘘を吐く。
「コルセットをしていると胸の上の方を使って呼吸するので呼吸が浅くなってしまいます。意識して胸の下の方からお腹辺りを使って呼吸するよう奥様に勧めてみてください。こんな風に」
 『横隔膜を使って腹式呼吸』を英語で何て言うか知らなかったので実演してみせる。
「大きな声で歌うと自然とこの呼吸になるので、歌うのもいいです。奥様のご病気がこれで良くなるかは分かりませんが、少なくとも害はなく体に良い呼吸法です。ほら、私のお腹触ってください。こんな風に息を吸ったときお腹が膨らみます」
「ハナ。コルセットをゆるゆるに着けているわね。そんな着方みっともないからダメ!」
 ちっ。リサからダメ出しが。藪蛇だった。

「それから、子供の頃からコルセットをしていた方だと、外して過ごすと初めのうち疲れるかもしれません。これは、姿勢を保つための背中などの筋肉が足りないためです。
今までコルセットが真っ直ぐ支えてくれた上体を、自分の筋肉で支える必要ができます。
もし、『コルセットをやめてこの下着に替えたら疲れるようになった』と言う人がいたら、背中の筋肉を鍛える運動を教えてあげてください。面倒かもしれませんが、これも体にいいですよ」
 具体例として、背筋を鍛える初心者向けの体操を教えた。あと、体幹を鍛えるプランク。
 大事だよねインナーマッスル。覚えておいてよかった。

「ありがとうございます。奥様に直接話すのが難しければ、使用人の誰かに伝えてみます」
 そうか、階級差でそういうこともあるか。
「それからハナ、何というか、その……親身に教えてくれてありがとう」
 ?何だろうその含みは。レベッカの口がふるふるしている。
「言ったでしょ、ハナは異国人だけど気さくだから怖くないって」
「だあって!異国の人と話したり、まして一緒に仕事するの初めてですし!」
「いた、いたた」
 眉尻を下げて、甘えるようにぽかすかリサの背中を叩くレベッカ。笑いながらそれを受けているリサ。
 怖がられていたのか!
 確かにこの時代、見慣れない異国の人と接するのは緊張するかも。というか、私の勤めていた会社も、大半の社員は他国籍の人と仕事することになったら大騒ぎしそうだ。ダイバーシティでない会社だった……。
 しかし結局は人と人なのだ、と使い古された言葉を異国で過ごしていて実感する。

 考えてみると、アレクやリサや食堂のジェイダなど、今まで壁なく接してくれてたのは接客慣れしている仕事の人ばかりだ。オリバーやジョンは神経が鋼なので例外。
 リサにからかわれぷんすかしたレベッカは可愛かった。更にバシバシとリサの背中を叩いて隠れるようにする。あれ?華やかな外見に似合わず意外とはにかみ屋さん?



 一通りブラの話が落ち着いたところで私が切り出す。
「実は私が働いている貸本屋でこんなパンフレット作ったの。一般の人の意見をききたくて。特に、お勧めの飲食店とか十分載せられなくて心残りだったから、そういうのも教えてほしい」
 次を出すとはまだ公言できないけど、市場調査や情報集め。それを求めて今日ここへ来た。できるだけ沢山の人から情報を集めたい。

「へぇー。この街のガイドブック。表紙の花のスタンプが面白いわねぇ。こういうの見たことないわ」
「旅行客の立場としてはやっぱり、食事できる場所やホテルや料金がどの位か具体的に知りたいんじゃないかと思います」
「鍾乳洞の歴史、今読んで初めて知ったことあるよ。この街に住んでるのに」
 二人がワイワイと話すのをメモを取る。

「『南の楽園』カフェを載せてほしいです。私達の給金じゃなかなか行ないけど、内装もデザートも洗練されてて都会的で、お針子仲間で憧れなの。
郵便局の隣の『青獅子亭』は店主が感じ悪いからいつもガラガラ。
お屋敷の旦那様はよく『洞窟の声』パブへ飲みに行くって使用人が愚痴ってました。異国のお酒が街で一番充実してるんだそうで。それから」
「待って待って、もう少しゆっくり!」
 レベッカが立て板に水と話のを慌てて書き留める。
「どうしてそんなに詳しいの?」
「え?普通じゃないですか?お針子仲間と話したり仕事先で聞いたり」
 古今東西女性の『井戸端会議』ネットワークはすごい……

「あ、でも『私達の話』になっちゃいますけど、いいんですか?多分、旅行者とかお金持ちとか男の人は、また少し感覚が違うと思います」
 レベッカが不安げに聞く。
「うん、そういう人にはまた別に聞くから大丈夫。色んな人の話を集めたいの」
 情報にムラがあるのは折り込み済みだ。とにかくデータを集めて整理する。ガイドブックに掲載するなら私かアレクの手で確認し直すし。
「もしよければ何日かくれます?何であの店も挙げなかったー!ってお針子仲間達から怒られそうだから、皆に聞いてきます」
「え?願ってもないけどいいの?忙しいでしょ?」
「私達の仕事は手を動かしながら口も動かしますから!あ、聞くのはできる範囲でになっちゃいますけど」
「勿論十分。ありがとう」
 頼もしい。

「で、その……ハナ、貸本屋で働いているって、ひょっとして駅の方の……?」
 あ、レベッカは私の仕事知らなかったのか。
「うん、駅の方からメイン通りを少し北に入ったところ。駅のキオスクの貸本もうち」
「背が高い若くてハンサムな黒髪の男性が働いている……?」
「あぁ、それ店主のアレクだと思う」
「えー!!」
 レベッカが両手を頬に当てて叫ぶ。可愛いような、ムンクの有名な絵のような。
「で、その……ハナはあの人と、ご結婚を?」
リサと同じ誤解が。本当に、畏れ多いのでやめてほしい。
「ただの住み込み従業員」
「えー!!  勿体ない!」
 何がだ。レベッカの期待の方向性がよく分からない。
「お針子仲間や私の周囲で、恋愛小説とかあの店に借りに行っている人が結構いるんですけど、密かに人気なんですよ!格好いいし知的で優しいし!」
「あ、やっぱりモテるんだね」
 容姿とか誉められ慣れてない感じだったから、こっちは美的感覚やモテ基準が違うのかと不思議だったのだ。
「まぁ、迷惑になるような押し方する人は普通いないから、本人自覚ないかも。ハナは好みじゃないんですか?」
「いや、私も凄くいい人だなと思ってるけど」
「なら、折角アドバンテージあるなら捕まえなきゃ!あー、皆悔しがるだろうなぁ」

 よく分からないが、レベッカは私にその気があるなら応援しようとしてくれているらしい。
 ……何というか、お気持ちはありがたい。親身という意味で。方向が少々明後日でも。

 ……うーん……
 アレクとは家と職場が同じ上この世界のことを教えてもらってる最中なので、一緒に行動していることが多いけど、アレクや彼に憧れる人々のチャンスを邪魔しないように、私は距離置いたりとかすべきなのだろうか。
 自分の立ち位置をどうすべきか悩むのだった。
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