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キャンディが別室へ追いやられた事で、ギデオンの調子はすっかり元に戻った。
だが同時に、胸の奥でじわりと苛立ちが膨らんでいた。
あの恐ろしい犬を連れてきた上に、リネアはギデオンを前にして頬を染めるどころか、涼しい顔で落ち着いている。
ギデオンとしては、彼女が自分を一目見た瞬間に息を呑み、視線の置き場に困るくらい動揺するものと信じていたのだ。
その期待が外れた今、腹立たしさが募らないはずがない。
とはいえ、ここで感情を露わにするのは、自分の品位にそぐわない。内心を必死に押し込め、何食わぬ顔で館の案内を続けることにした。
ギデオンは歩きながら、壁にかかった絵や磨き上げられた床をひとつひとつ指先で示し、「これらは全部、僕の財力と家柄の成果だよ」と言わんばかりに誇らしげに語ってみせた。
リネアはというと、淡々と頷くだけで、羨望も感嘆も浮かべない。それがまたギデオンの神経を、じわりと逆撫でした。彼女の歩調に合わせる気もなく、ずんずん歩きながら、肩越しに振り返る。
「ところでリネア。君のルヴェル家って、どんな家なの? 紹介状には古い家としか書いてなかったけど……」
「ええ、歴史だけはあるわ。家財はだいぶ手放したから、ほとんど残っていないけど」
「ほとんど残っていない?」
ギデオンは片眉を上げ、わざとらしく笑った。
「へぇ……。つまり君、没落貴族ってやつか」
「そうね」
リネアは涼しい顔で頷いた。あまりの平然ぶりに、ギデオンは内心で頭を抱えたくなる。
家が傾いた話など、本来なら恥じらって然るべきだろう。普通なら、頬を赤くするなり、俯くなりするものだ。
わざとらしく一つ、息を吐いてみせる。
廊下に響くほど大げさな溜息だったが、リネアはそれにも反応しない。
美男の嘆息にも微動だにしないとは、この娘、貧乏どころか情緒まで削ぎ落として生きてきたんじゃないかと、ギデオンの苛立ちは更に積み上がった。
「じゃあさ、今日のその服も質素だよね。うちのメイドの予備服より地味だよ。それもお金がなかったから?」
「ええ、そうなの」
「そんなにあっさり認める?」
「隠しても仕方ないもの」
「だったら、僕の所に来たのも、所詮は財布目当てってわけだろう」
「そうよ。……でも、それだけじゃないわ」
リネアは歩みを止め、ひとつ息を整えてから、ふわりと微笑んだ。
「あなたに会いたかったから」
「……へ?」
ギデオンの背筋がわずかに伸びた。
「それ、どういう意味?」
「文字どおりよ」
リネアの微笑みに、ギデオンはなるほど、と口元を緩めた。
(……ああ、やっぱり。僕の噂、耳に入ってたんだね)
美貌。社交界の華。天から授かりし、女泣かせの華やかな魔性。目が合うだけで孕むとまで囁かれる、艶をもつ男。
そういった評判が、リネアのような没落貴族の家にまで届いていたという事か。
「そうか、よく分かったよ。僕の噂を聞いて、嫁ぎたくなったって訳か。やっぱり僕の美しさやら才能やら、そのあたりは相当聞いているんだろうね」
「いえ、評判は知らないわ」
想定と違う言葉に、ギデオンは目を瞬いたが、長くは気に留めなかった。
「まあいいや。君が僕に焦がれる気持ちはよく分かったから」
調子を完全に取り戻したギデオンは、すっとリネアの隣へ寄った。そのまま胸元へ視線を落とし、真剣極まりない顔で、じっと観察する。
(結婚した相手の大きさは、最初に確認しておくべきだろう)
そんな義務感にかられて、ギデオンの手は流れるようにリネアの胸元へ伸ばされる。
そして驚くほど堂々と、まるで風でも払うような気軽さで、彼女の胸を掴んだ。
「……うーん、思ってたより控えめだね。残念ながら僕の理想には及ばない」
触れている指先は、図々しく、言葉の方はさらに遠慮がない。
対するリネアは瞬きすらしなかった。
恥じらうでも、怒るでもなく、ただ相手の無神経さを確認するように一度だけ視線を落とした。
そして何の前触れもなく、リネアの手が、まっすぐに伸びてギデオンの股間を掴んだ。
「……ッ!?」
ギデオンは喉の奥で変な声を呑み込んだ。
リネアの手に容赦はなく、むしろ「品定めは正確に行います」という強い意志を感じる握り方だった。
そもそもギデオンにとって、女性が自分に手を伸ばす場面とは、抗えない欲情に背中を押され、鼓動をこらえながら震える指先で、そっと触れてくるものだった。
だがリネアには愛想も飾りもなく、表情は限りなく平坦で恋情の影すらない。
きゅ、と力が加わるたび、ギデオンの自尊心が削れ、同時に心臓は意味もなく早鐘を打ち始める。
「ちょっ……ちょ、ちょっと……!」
息を乱して戸惑うギデオンから手を離すと、リネアは唇の端を持ち上げた。
「なるほど。そちらも、想像より控えめなのね」
「っ、な……っ……!」
ギデオンは目を白黒させ、口は釣られた魚のように、ぱくぱくとする。
ようやく呼吸を取り戻したかと思えば、前髪へ手を伸ばし、いつもの美男の決め角度を作ろうとするが、思うようにいかない。
胸の奥に流れ込むのは、ギデオンがもっとも遠ざけて生きてきた恥という感情だった。
ついさっきまで没落貴族、貧乏、犬連れの娘と格下扱いしていた相手に、よりにもよって男の大事な部分を迷いなく握られ、その上「控えめ」と診断までくだされたのだ。
リネアはそんな彼の内心など一切振り返らず、鼻歌でも出そうな軽やかさで歩き出す。
「……案内の続き、いいかしら?」
ギデオンは半歩遅れてついていきながら、股間のあたりに手を当てた。
まだ、じんわりと握られた感覚が残っている。
その余韻が、彼の中の何かを、妙にざわつかせていた。
だが同時に、胸の奥でじわりと苛立ちが膨らんでいた。
あの恐ろしい犬を連れてきた上に、リネアはギデオンを前にして頬を染めるどころか、涼しい顔で落ち着いている。
ギデオンとしては、彼女が自分を一目見た瞬間に息を呑み、視線の置き場に困るくらい動揺するものと信じていたのだ。
その期待が外れた今、腹立たしさが募らないはずがない。
とはいえ、ここで感情を露わにするのは、自分の品位にそぐわない。内心を必死に押し込め、何食わぬ顔で館の案内を続けることにした。
ギデオンは歩きながら、壁にかかった絵や磨き上げられた床をひとつひとつ指先で示し、「これらは全部、僕の財力と家柄の成果だよ」と言わんばかりに誇らしげに語ってみせた。
リネアはというと、淡々と頷くだけで、羨望も感嘆も浮かべない。それがまたギデオンの神経を、じわりと逆撫でした。彼女の歩調に合わせる気もなく、ずんずん歩きながら、肩越しに振り返る。
「ところでリネア。君のルヴェル家って、どんな家なの? 紹介状には古い家としか書いてなかったけど……」
「ええ、歴史だけはあるわ。家財はだいぶ手放したから、ほとんど残っていないけど」
「ほとんど残っていない?」
ギデオンは片眉を上げ、わざとらしく笑った。
「へぇ……。つまり君、没落貴族ってやつか」
「そうね」
リネアは涼しい顔で頷いた。あまりの平然ぶりに、ギデオンは内心で頭を抱えたくなる。
家が傾いた話など、本来なら恥じらって然るべきだろう。普通なら、頬を赤くするなり、俯くなりするものだ。
わざとらしく一つ、息を吐いてみせる。
廊下に響くほど大げさな溜息だったが、リネアはそれにも反応しない。
美男の嘆息にも微動だにしないとは、この娘、貧乏どころか情緒まで削ぎ落として生きてきたんじゃないかと、ギデオンの苛立ちは更に積み上がった。
「じゃあさ、今日のその服も質素だよね。うちのメイドの予備服より地味だよ。それもお金がなかったから?」
「ええ、そうなの」
「そんなにあっさり認める?」
「隠しても仕方ないもの」
「だったら、僕の所に来たのも、所詮は財布目当てってわけだろう」
「そうよ。……でも、それだけじゃないわ」
リネアは歩みを止め、ひとつ息を整えてから、ふわりと微笑んだ。
「あなたに会いたかったから」
「……へ?」
ギデオンの背筋がわずかに伸びた。
「それ、どういう意味?」
「文字どおりよ」
リネアの微笑みに、ギデオンはなるほど、と口元を緩めた。
(……ああ、やっぱり。僕の噂、耳に入ってたんだね)
美貌。社交界の華。天から授かりし、女泣かせの華やかな魔性。目が合うだけで孕むとまで囁かれる、艶をもつ男。
そういった評判が、リネアのような没落貴族の家にまで届いていたという事か。
「そうか、よく分かったよ。僕の噂を聞いて、嫁ぎたくなったって訳か。やっぱり僕の美しさやら才能やら、そのあたりは相当聞いているんだろうね」
「いえ、評判は知らないわ」
想定と違う言葉に、ギデオンは目を瞬いたが、長くは気に留めなかった。
「まあいいや。君が僕に焦がれる気持ちはよく分かったから」
調子を完全に取り戻したギデオンは、すっとリネアの隣へ寄った。そのまま胸元へ視線を落とし、真剣極まりない顔で、じっと観察する。
(結婚した相手の大きさは、最初に確認しておくべきだろう)
そんな義務感にかられて、ギデオンの手は流れるようにリネアの胸元へ伸ばされる。
そして驚くほど堂々と、まるで風でも払うような気軽さで、彼女の胸を掴んだ。
「……うーん、思ってたより控えめだね。残念ながら僕の理想には及ばない」
触れている指先は、図々しく、言葉の方はさらに遠慮がない。
対するリネアは瞬きすらしなかった。
恥じらうでも、怒るでもなく、ただ相手の無神経さを確認するように一度だけ視線を落とした。
そして何の前触れもなく、リネアの手が、まっすぐに伸びてギデオンの股間を掴んだ。
「……ッ!?」
ギデオンは喉の奥で変な声を呑み込んだ。
リネアの手に容赦はなく、むしろ「品定めは正確に行います」という強い意志を感じる握り方だった。
そもそもギデオンにとって、女性が自分に手を伸ばす場面とは、抗えない欲情に背中を押され、鼓動をこらえながら震える指先で、そっと触れてくるものだった。
だがリネアには愛想も飾りもなく、表情は限りなく平坦で恋情の影すらない。
きゅ、と力が加わるたび、ギデオンの自尊心が削れ、同時に心臓は意味もなく早鐘を打ち始める。
「ちょっ……ちょ、ちょっと……!」
息を乱して戸惑うギデオンから手を離すと、リネアは唇の端を持ち上げた。
「なるほど。そちらも、想像より控えめなのね」
「っ、な……っ……!」
ギデオンは目を白黒させ、口は釣られた魚のように、ぱくぱくとする。
ようやく呼吸を取り戻したかと思えば、前髪へ手を伸ばし、いつもの美男の決め角度を作ろうとするが、思うようにいかない。
胸の奥に流れ込むのは、ギデオンがもっとも遠ざけて生きてきた恥という感情だった。
ついさっきまで没落貴族、貧乏、犬連れの娘と格下扱いしていた相手に、よりにもよって男の大事な部分を迷いなく握られ、その上「控えめ」と診断までくだされたのだ。
リネアはそんな彼の内心など一切振り返らず、鼻歌でも出そうな軽やかさで歩き出す。
「……案内の続き、いいかしら?」
ギデオンは半歩遅れてついていきながら、股間のあたりに手を当てた。
まだ、じんわりと握られた感覚が残っている。
その余韻が、彼の中の何かを、妙にざわつかせていた。
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