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第3章
血塗れの祈り
しおりを挟む王宮の医師の元に辿り着いた時には、ヴォルフの腕の中でエリアスの身体は既に冷たくなりかけていた。
傷口からは止めどなく大量の血が流れ続け、その顔からは生気というものが完全に失われている。
「先生! 急患だ、急げ!!」
アルシードの怒号と共に運び込まれた惨状を見て、王宮の医師は一瞬で顔面蒼白になった。
「こ、これは……すぐに処置室へ!輸血の準備を!」
医師はすぐさま他の医師や看護師に指示を飛ばし、ストレッチャーを用意させた。
「ヴォルフ、離せ。医師に渡すんだ」
「……ッ」
愛する妻を、番を、自分の腕の中から手放すことは心底嫌だった。
本能が獣のように唸りを上げ、「渡すな」「離れるな」と警鐘を鳴らす。
だが、このまま自分が抱えていても、エリアスを助けることはできない。
ヴォルフはギリリと奥歯を噛み締め、断腸の思いでエリアスの身体をストレッチャーへと移した。
背中から胸へと矢が貫通しているため、エリアスは仰向けに寝かせることができず、横向きの体勢で寝かされた。
「すぐにお連れして!」
慌ただしい足音と共に、エリアスは処置室の奥へと連れ去られていく。
パタン、と扉が閉ざされた瞬間、ヴォルフの世界から色が消えた。
ヴォルフはその場に立ち尽くしていた。
噛み締めすぎた口の中が切れ、口端から一筋の血が流れていることにも気づかない。
やがて、ゆらりとアルシードの方へ向き直った。
その瞳の色は、先ほどまでの悲嘆とは違う、凍てつくような殺意に染まっていた。
「……私が、必ず殺す」
地を這うような低い声だった。
「エリアスを……あのような姿にした奴を、この手で八つ裂きにしてやる」
その鬼気迫る様子に、アルシードは静かに頷いた。
「ああ、分かっている」
アルシードは腕を組み、悔しげに眉を寄せた。
「あの女はただの囮だ。動きも素人そのもので、ん何の計画性もなかった。……だが、その後の矢は違う」
アルシードの瞳が鋭く光る。
「あのタイミング、あの精度。……確実にプロの犯行だ。あの女のような末端の貴族が、王宮の警備を掻い潜れるほどの手練れを雇えるとは思えない」
「……」
「俺は、バンガルド卿が王宮の地下に捕らえられている以上、外部への指示など不可能だと高を括っていた。噂の流布も、残党たちが勝手にやっていることだと。だが……部下の暴走だけで、王の目の前で矢を射るような大それた真似ができるとは考えにくい」
そこまで言えば、ヴォルフにもアルシードの言いたいことが理解できた。
黒幕は、やはりあの男だ。
「……バンガルド卿に、会いに行く」
ヴォルフは淡々と、しかし燃え盛る怒りを腹の底に秘めて告げた。
「奴が獄中から糸を引いているのか、吐かせてやる」
「ああ。俺も同行しよう」
「だが……」
ヴォルフは閉ざされた処置室の扉を見つめた。
「エリアスの処置が終わってからだ。……それまでは、私はここから一歩も動かない」
片時も離れないと約束したのだ。生死の境を彷徨っている今、側を離れることなどできるはずがない。
「分かった。では俺は、まずあの女の取り調べに向かう。そこで分かったことがあればすぐに知らせる」
アルシードはヴォルフの肩を強く叩き、励ますように一度力を込めると、足早に退室していった。
一人残された待合室で、ヴォルフはふと自分の手を見た。
べっとりと赤く染まっている。
自分の身体中が、エリアスが流した血で濡れていることに気づく。
「ぁ……」
今朝、二人で袖を通したばかりの、お揃いの白い礼服。
『美しい』と愛でたその布地は、今や見る影もなく鮮血に染まりきり、重く冷たく肌に張り付いている。
エリアスの身体も、同じように真っ赤に染まっていた光景がフラッシュバックし、ヴォルフはガタガタと震え出した。
怒りを通り越して、また熱いものが目頭から溢れてくる。
「……守り抜くと、誓ったのに」
あの湖で。そして、ここへ来る馬車の中で。
『君のことは私が守る』と、そう約束したばかりだった。
それなのに、守られたのは自分の方だった。
エリアスはヴォルフを守るために、自ら盾となり、その身を差し出したのだ。
その結果、あんなにも華奢で愛しい身体が貫かれ、今は生死の境を彷徨っている。
「エリアス……すまない、すまない……っ」
自分の無力さが許せない。代われるものなら代わりたい。
どうすることもできず、ヴォルフは蒼白な顔のまま、床に膝をついた。
これまで神など信じたこともなかった男が、組んだ両手を額に押し当て、なりふり構わず祈っていた。
(どうか、彼を連れて行かないでくれ)
(私の命と引き換えでもいい、どうか、エリアスを助けてください……)
人生で初めて、心の底から、見たこともない神にすがるように祈り続けていた。
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