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第1章
氷の女王様
しおりを挟む十五歳の春を迎え、高等部へと進級したユリウス・フォン・ローゼンタールは、かつてないほどの憂鬱な気分に苛まれていた。
王国の貴族の子息令嬢が通うこの学院は、六歳の初等部入学から始まる。だが、ここは単なるエスカレーター式の温室ではない。三年ごとに厳しい進級試験が課され、基準に満たない者は容赦なく振り落とされていくシステムだ。
もっとも、それは純粋な学力だけの話ではない。学力が多少劣っていようとも、揺るぎない実家の財力や権力があれば進級の椅子は買える。
つまり、高等部まで生き残った生徒たちは、実力で勝ち上がってきた真のエリートか、あるいは国を動かすほどの強大なバックボーンを持つ名家の子息か――そのどちらかであるということだ。
ある意味で、ここは何度も篩にかけられた結果残った、将来の国家の中枢を担う人間たちの見本市のような場所だった。
ユリウスは、その「どちら」でもあった。
ローゼンタール家は建国以来、代々宰相を輩出してきた歴史ある公爵家だ。アルファの名門中の名門であり、その長男として生まれたユリウス自身も、入学以来、学業・剣技ともに常にトップ5以内をキープし続けている。
家柄も、個人の能力も、文句のつけようがない完璧な存在。それがユリウス・フォン・ローゼンタールだった。
そんな彼は、初等部の頃から常にこの国の第一王子、カイエンの傍らにいた。
これはローゼンタール家としての至上命令でもある。「将来、国を支える宰相となる者として、幼き日より王の影となれ」――そう教育されてきたからだ。
とはいえ、主君となるカイエン本人は、王族とは思えぬほど気さくで快活な性格の持ち主だった。「仕える」というよりは、対等な「良き友人」として、二人は長い時間を共有してきた。
すべては順風満帆に見える。
だが、ユリウスの現在の憂鬱の種は、成績や家柄のことではない。学内で囁かれている、ある不名誉な「あだ名」についてだった。
――氷の女王様。
それが、生徒たちが陰でユリウスを呼ぶ名だ。
月光を紡いだようなサラサラの銀髪に、宝石のように冷ややかな碧眼。黙って立っていれば陶器の人形のようだが、その瞳は鋭く、他者を寄せ付けない威圧感がある。
その結果が、「氷の女王様」だ。
本人はこれ以上ないほど不快だった。特に、面と向かってではなく、廊下ですれ違いざまにコソコソと囁かれるのが我慢ならない。
「……何故『女王様』なんだ?私は男だ」
「ん、なに?どうしたの?ユリウス」
学内の広々とした食堂。上質なランチを前に怒りの独り言を漏らすと、向かいに座っていたカイエンが反応した。
「……いや、カイエンも知っているだろう?私が『氷の女王様』などと呼ばれていることを」
スプーンを止め、ユリウスは不満げに眉を寄せる。
カイエンは王子でありながら、学友として認めているユリウスに敬語を使うことを固く禁じていた。
秩序と礼節を重んじるユリウスにとってそれは苦痛だったが、カイエンが折れないため、学内だけであればと限定的に、呼び捨てとタメ口を使っている。これ以上ないほどフランクな王子だ。
「ああ、女王様ね。ははっ、まあ……言いたいことも分かるよ。ユリウスは綺麗だからな」
「綺麗って……私は女性ではないし、オメガでもない。男性名詞のキングならまだしも、クイーンというチョイスはどうなんだ」
「まあ女王様っていうのは、こう、ニュアンスというかさ。生物学的な性別の話じゃないと思う」
「ニュアンス?」
ユリウスは不思議そうに小首を傾げる。
カイエンは「まあ、君には分からないよ」と愉快そうに笑って、それ以上は説明してくれなかった。
ユリウスには理解できない。自分はアルファとして、男として、誰よりも規律正しく生きているつもりだ。そこに「女性的」な要素など微塵もないはずなのに。
この時のユリウスは、ただの不本意なあだ名として、その言葉を聞き流していた。
それから二年後。
十七歳になる年。
カイエンが生徒会長に、そしてユリウスが副会長に就任したタイミングで、ユリウスにさらなる、そして決定的な憂鬱が訪れることになる。
それは、この平和な昼食時のユリウスには、想像すらできない運命の悪戯だった。
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