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第1章
卑劣な刃
しおりを挟むその後、レオナルド以外の生徒たちによる模擬戦が再開された。
先程までの、一撃で勝負を決める「実戦」の空気は霧散し、生徒たちが型通りに剣を打ち合わせる、いつもの「剣技」の授業風景が戻ってくる。
そんな中、ユリウスを指名してきたのは、今この場で最も顔を合わせたくない男だった。
「次は、お前だ。ユリウス・フォン・ローゼンタール。相手をしろ」
その男の名は、ルシエル。
カイエンの腹違いの弟であり、この国の第二王子である。
王は未だ健在だが、だからこそ次期国王を第一王子のカイエンとするか、武闘派の第二王子ルシエルとするか、国論は二つに割れていた。その政治的な亀裂は、二人が在学中の今、そのまま学院内にも暗い影を落としている。
カイエンの側近であり、幼少期から片時も離れず過ごしてきたユリウスは、誰の目から見ても第一王子派の筆頭だ。
そんなユリウスを、ルシエルは以前から目の敵にしていた。
(……よりによって、今日か)
ユリウスは表情を崩さぬよう努めながら、内心で深く溜息をついた。
ルシエルが自分を指名した意図は明白だ。剣技よりも学問に重きを置いてきたユリウスを、自分が得意とするこの土俵で叩きのめし、恥をかかせるためだ。
この模擬戦は、ユリウスにとってただの訓練ではない。苦痛に満ちた政治的駆け引きの場だ。
第二王子であるルシエルを負かして恥をかかせるわけにはいかない。だが、無残に負けて第一王子派が「弱い」と侮られてもいけない。
これまでも何度か嫌がらせのように指名され、そのたびにユリウスはこの絶妙な手加減と演技を強いられてきた。
「……お相手仕ります、ルシエル殿下」
ユリウスは恭しく礼をし、剣を構えた。
いつものように、適当にいなして時間切れを待てばいい。そう高を括っていたユリウスの目算は、最初の一合で崩れ去った。
ガキンッ!
重い衝撃が手首に走る。
ルシエルはいつもの様子ではなかった。本気だ。手加減なしの力で、剣を叩きつけてきている。
「くっ……」
「どうした、防戦一方か?」
鍔迫り合いの距離まで詰め寄られ、ルシエルが歪んだ笑みを浮かべる。
「今日こそ、その美しい顔を歪ませてやりたいと思っていたんだ」
ユリウスにしか聞こえない声量で、ルシエルが毒づく。
先程のレオナルドの圧倒的な剣技を見て、武闘派としてのプライドを刺激されたのか、あるいは焦っているのか。
どちらにせよ、今日の彼は常軌を逸している。
ユリウスは冷静さを保ちながら、必死に剣をさばき続けた。
反撃してしまわぬよう、かといって防壁を破られぬよう、神経をすり減らしながらいなし続ける。
何度目かの打ち合いの果てに、ルシエルが吐き捨てるように囁いた。
「俺が王になる時、お前を足元に跪かせる日が楽しみで仕方がない」
ピクリ、とユリウスの眉が動いた。
(……貴方が王になる?そんな日は来ない。王になるのはカイエンだ)
喉まで出かかった言葉を、理性の力で飲み込む。
ここで言い返せば、それは王族への不敬となり、カイエンへの迷惑となる。
「そこまで!止め!」
王宮の騎士が声を張り上げた。時間制限だ。
ユリウスは安堵の息を吐いた。やっと終わった。
全身の力を抜き、構えていた剣を下ろす。
だが、その瞬間だった。
「――っ!」
殺気を感じて顔を上げると、ルシエルの剣が再び振り上げられていた。
「止め」の合図など聞こえなかったかのように。いや、明らかに確信犯として、無防備になったユリウスを狙っている。
その剣先は、威嚇などではない。確実に怪我をさせる軌道で、まっすぐにユリウスへと向かっていた。
(……避けられない)
今から体を捻っても間に合わない。
剣を上げて応戦すれば防げるかもしれない。
だが、この体勢からでは制御が効かない。
もし防いだ勢いで剣が弾かれ、第二王子であるルシエルの体に傷一つでもつければ、それは「第一王子派による傷害事件」となる。
自分が怪我をするか。
ルシエルを傷つけるリスクを負うか。
ユリウスの判断は一瞬だった。
第一王子派の筆頭として、相手に付け入る隙を与えるわけにはいかない。
(私が受ければ、それで済む)
ユリウスは剣を動かさず、ただ静かに目を閉じた。
肉が裂ける痛みと衝撃を覚悟して。
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