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第1章
覚醒の熱
しおりを挟む医務室までの道のりは、ユリウスにとっておかしいくらいに長く、遠く感じられた。
無限に続く回廊を歩いているような、平衡感覚が狂った錯覚。
いや、おかしいのは廊下ではない。ユリウスの身体だ。
レオナルドの血を口に含んでしまってから、急激に身体の芯が熱くなり、脳が痺れてしまっている。
まるで血管にマグマを流し込まれたかのような灼熱感。その影響は、ついに歩行にまで支障をきたし始めていた。
「く、う……っ」
ガクガクと膝が笑い、足が前に出ない。
恐怖で震えているのではない。身体の内側から突き上げる、未知の衝動に細胞が悲鳴を上げているのだ。
ついにその場に崩れ落ちそうになったユリウスを、負傷しているはずのレオナルドが強靭な腕で支え直した。
「ユーリ、どうし……」
気遣わしげに覗き込んできたレオナルドが、息を呑んだ気配がした。
ハッとした顔で、ユリウスの顔を凝視している。
ユリウスは、自分が今、どんな顔をしているのか分からなかった。視界が揺らぎ、焦点が合わない。
ただ、身体が熱くて、息が苦しくて、もう一歩も歩けなかった。自分の代わりに怪我をしたレオナルドを助けなければならないのに、指一本動かせない。
「……駄目だ、これは」
レオナルドが低い声で呟いた。
次の瞬間、視界がぐるりと回った。
レオナルドは、右肩を負傷しているにもかかわらず、残った左腕一本でユリウスの身体を軽々と抱き上げ、自身の負傷していない左肩へと担ぎ上げたのだ。
「医務室ではなく、俺たちの部屋へ行こう」
「……え?」
ユリウスは混濁する意識の中で、必死に抵抗しようとした。
どうしてだ?怪我をしているのはレオだ。早く医務室で手当てをしないと、傷が開いてしまう。
そう言いたかったのに、喉が張り付いたように声が出ない。漏れたのは熱っぽい吐息だけだった。
そのまま、ユリウスはほとんど意識がないまま運ばれた。
肩に担がれているというのに、レオナルドの足取りは驚くほど確かで、揺れを感じなかった。
耳元で聞こえるレオナルドの荒い呼吸と、彼の身体から発せられる鉄と甘い香りが、ユリウスの理性を溶かしていく。
気づけば、二人の部屋に辿り着いていた。
ガチャリと鍵がかけられる音が響く。
レオナルドは担いでいたユリウスを、ユリウスのベッドへと優しく、壊れ物を扱うように寝かせた。
「……っ、は、ぁ……」
背中がシーツに触れた瞬間、堰を切ったように熱が全身を駆け巡る。
ユリウスが荒い呼吸を繰り返している横で、レオナルドは自分の旅行鞄を開け、慣れた手付きで消毒液や包帯、止血用の布を取り出した。
そして、制服の上着を脱ぎ捨て、血に染まったシャツを裂くと、片手だけで器用に自分の傷の手当てを始めた。
「実戦ではこうして、片手で自分で手当することが多いからな。できるように訓練したんだ」
消毒液を傷口にかけ、眉ひとつ動かさずに包帯を巻いていく。
レオナルドがユリウスを心配させないよう、努めて明るく説明してくれているのが分かった。
だが、その声はひどく遠く、水底から聞いているように響く。なんとなく言葉の意味が理解できる程度だ。
(あつい……)
身体の熱は、どんどんおかしいほどに上がっていく。
それは風邪の発熱などではない。もっと根源的で、抗いようのない本能の炎だ。
ユリウスはその熱に浮かされたまま、重力に引かれるようにベッドの深淵へと、ぐったりと沈んでいった。
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