11 / 112
第1章
鉄と蜜の味
しおりを挟む「ユーリ」
ユリウスが、レオナルドに名前を呼ばれて再び意識を浮上させた時、状況はさらに悪化していた。
先程までの燃えるような熱さは、もはや単なる発熱ではない。ユリウスがはっきりと自覚できるほどの、強烈な性的興奮へと変質していたのだ。
重たい瞼を開けると、包帯を巻き終え、上着を羽織らないままのレオナルドが、ベッドの縁に腰掛けてこちらを覗き込んでいた。
「……っ、ぁ、ぅ……」
レオナルドの大きく無骨な手が、ユリウスの熱い頬に触れる。
ただそれだけのことだった。なのに、その瞬間に自分の喉から、聞いたこともないような甘く濡れた声が漏れた。
「――っ!?」
自分自身への驚愕で目を見開くユリウスに、レオナルドは切羽詰まった表情で告げた。
「ユーリ。落ち着いて聞いてくれ。……これは、オメガのヒートだ。つまり今、ユーリはオメガとして発情しているんだ」
……オメガ?ヒート?発情?
単語の一つ一つは理解できる。
だが、それらが繋がって構成する意味が、全く理解できない。
「……な、何を……言っている……」
「嘘じゃない。俺には分かる。ユーリから今、信じられないくらい濃厚なオメガのフェロモンが出ている」
「ちが、う……私は……アルファだ……っ」
ユリウスは掠れた声で否定した。
当然だ。ローゼンタール家は、この国で知らぬ者はいないアルファの名門公爵家だ。
その長男として生まれ、そう教育され、そう生きてきた。自分がオメガであるはずがない。
だが、暴走する身体の熱が、脈打つ下半身が、「それは違う」と叫んでいる。
アルファなら、どうして。
どうしてこんなに身体が疼くのか。どうして、目の前のレオナルドの匂いが、怖いくらいに甘く感じるのか。
普段からふと感じていたあの良い匂いが、今は何十倍にも濃縮されたような芳香となって、脳を溶かしにかかっている。
本能が理解してしまった。これが、「アルファフェロモン」なのだと。
「は、……ぅ……」
世界が反転する恐怖と混乱に、ユリウスの瞳からポロポロと涙が溢れ出した。
怖い。自分が自分でなくなってしまう。
「……っ、いや、嫌だ……っ、たすけて、こわい……っ、レオ、……レオ……っ」
私はオメガなんかじゃない。
怖い。誰か助けてくれ。
そう思って口をついて出た言葉は、皮肉にも、目の前にいる捕食者たるアルファ、レオナルドを求めるような響きになってしまった。
「……ッ」
レオナルドが奥歯を噛みしめる音がした。
彼は静かに、涙に濡れるユリウスの銀髪を撫でる。
その手つきは優しいが、彼の黒曜石のような瞳は、ユリウスから放たれる濃厚なオメガフェロモンにあてられ、理性を保つのに必死な獣のように揺らいでいた。
「……ユーリ、このまま俺のアルファフェロモンを与える。そうしたら、その突発的なヒートは一時的に治まるはずだ。それに……」
レオナルドは一度言葉を切り、熱っぽい視線でユリウスの唇を見つめた。
「このままだと、部屋から漏れたフェロモンで、他の誰かにお前がオメガだと気づかれる。俺の匂いで上書きして隠すしかない」
ユリウスはその言葉の意味など半分も理解できていなかった。
ただ、「楽になれる」「レオがどうにかしてくれる」という響きに、縋るように頷いた。
欲しい。ただ本能的に、この男の全てが欲しい。
「ん……っ」
レオナルドの顔が近づき、影が落ちる。
そして、唇が塞がれた。
初めて重なった唇は、柔らかく、そして衝撃的だった。
ユリウスの口の中に残っていた自分の血の味。そして、流れ込んでくるレオナルドの舌からは、甘い甘い唾液の味がした。
鉄の錆びた味と、蜜の味。
それは、二人の運命を決定づける、逃れられない契約の味がした。
12
あなたにおすすめの小説
【完結】選ばれない僕の生きる道
谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。
選ばれない僕が幸せを選ぶ話。
※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです
※設定は独自のものです
※Rシーンを追加した加筆修正版をムーンライトノベルズに掲載しています。
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
六年目の恋、もう一度手をつなぐ
高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。
順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。
「もう、おればっかりが好きなんやろか?」
馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。
そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。
嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き……
「そっちがその気なら、もういい!」
堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……?
倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜
ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。
そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。
幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。
もう二度と同じ轍は踏まない。
そう決心したアリスの戦いが始まる。
たとえ運命じゃなくても、僕は
mimi
BL
「僕は自分の気持ちを信じたい。
たとえ運命から背を背けようとも」
音楽大学に通うΩの青年・相田ひなた。
努力家の先輩αと、
運命の番だと告げられた天才α。
運命か、愛情か――
選ぶのは、僕自身だ。
※直接的な描写はありません。
【運命】に捨てられ捨てたΩ
あまやどり
BL
「拓海さん、ごめんなさい」
秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。
「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」
秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。
【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。
なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。
右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。
前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。
※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。
縦読みを推奨します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる