【完結】獅子は鳥籠を砕く

真大(mahiro)

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第1章

鉄と蜜の味

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 「ユーリ」

 ユリウスが、レオナルドに名前を呼ばれて再び意識を浮上させた時、状況はさらに悪化していた。

 先程までの燃えるような熱さは、もはや単なる発熱ではない。ユリウスがはっきりと自覚できるほどの、強烈な性的興奮へと変質していたのだ。

 重たい瞼を開けると、包帯を巻き終え、上着を羽織らないままのレオナルドが、ベッドの縁に腰掛けてこちらを覗き込んでいた。

「……っ、ぁ、ぅ……」

 レオナルドの大きく無骨な手が、ユリウスの熱い頬に触れる。
 ただそれだけのことだった。なのに、その瞬間に自分の喉から、聞いたこともないような甘く濡れた声が漏れた。

「――っ!?」

 自分自身への驚愕で目を見開くユリウスに、レオナルドは切羽詰まった表情で告げた。

「ユーリ。落ち着いて聞いてくれ。……これは、オメガのヒートだ。つまり今、ユーリはオメガとして発情しているんだ」

 ……オメガ?ヒート?発情?

 単語の一つ一つは理解できる。
 だが、それらが繋がって構成する意味が、全く理解できない。

「……な、何を……言っている……」
「嘘じゃない。俺には分かる。ユーリから今、信じられないくらい濃厚なオメガのフェロモンが出ている」
「ちが、う……私は……アルファだ……っ」

 ユリウスは掠れた声で否定した。

 当然だ。ローゼンタール家は、この国で知らぬ者はいないアルファの名門公爵家だ。
 その長男として生まれ、そう教育され、そう生きてきた。自分がオメガであるはずがない。

 だが、暴走する身体の熱が、脈打つ下半身が、「それは違う」と叫んでいる。

 アルファなら、どうして。
 どうしてこんなに身体が疼くのか。どうして、目の前のレオナルドの匂いが、怖いくらいに甘く感じるのか。

 普段からふと感じていたあの良い匂いが、今は何十倍にも濃縮されたような芳香となって、脳を溶かしにかかっている。
 本能が理解してしまった。これが、「アルファフェロモン」なのだと。

「は、……ぅ……」

 世界が反転する恐怖と混乱に、ユリウスの瞳からポロポロと涙が溢れ出した。
 怖い。自分が自分でなくなってしまう。

「……っ、いや、嫌だ……っ、たすけて、こわい……っ、レオ、……レオ……っ」

 私はオメガなんかじゃない。
 怖い。誰か助けてくれ。

 そう思って口をついて出た言葉は、皮肉にも、目の前にいる捕食者たるアルファ、レオナルドを求めるような響きになってしまった。

「……ッ」

 レオナルドが奥歯を噛みしめる音がした。

 彼は静かに、涙に濡れるユリウスの銀髪を撫でる。
 その手つきは優しいが、彼の黒曜石のような瞳は、ユリウスから放たれる濃厚なオメガフェロモンにあてられ、理性を保つのに必死な獣のように揺らいでいた。

「……ユーリ、このまま俺のアルファフェロモンを与える。そうしたら、その突発的なヒートは一時的に治まるはずだ。それに……」

 レオナルドは一度言葉を切り、熱っぽい視線でユリウスの唇を見つめた。

「このままだと、部屋から漏れたフェロモンで、他の誰かにお前がオメガだと気づかれる。俺の匂いで上書きして隠すしかない」

 ユリウスはその言葉の意味など半分も理解できていなかった。

 ただ、「楽になれる」「レオがどうにかしてくれる」という響きに、縋るように頷いた。
 欲しい。ただ本能的に、この男の全てが欲しい。

「ん……っ」

 レオナルドの顔が近づき、影が落ちる。
 そして、唇が塞がれた。
 初めて重なった唇は、柔らかく、そして衝撃的だった。

 ユリウスの口の中に残っていた自分の血の味。そして、流れ込んでくるレオナルドの舌からは、甘い甘い唾液の味がした。

 鉄の錆びた味と、蜜の味。

 それは、二人の運命を決定づける、逃れられない契約の味がした。
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