【完結】獅子は鳥籠を砕く

真大(mahiro)

文字の大きさ
13 / 112
第1章

事務的な提案

しおりを挟む

 ユリウスが目を覚ました時、部屋の中は奇妙なほど静まり返っていた。
 あんなにぐちゃぐちゃになっていたはずの服も、汚れたシーツも、全てが新しく整えられている。汗と体液で汚れていた自分の身体さえも、綺麗に清められていた。

 まるで昨夜の出来事が夢だったかのように、痕跡が消されている。
 ユリウスが重い身体を起こすと、対面にあるベッドにレオナルドが腰掛けていた。

 彼は静かに、ただこちらを見ていた。
 何と言ったらいいか、全く分からなかった。
 意識は朦朧としていたが、記憶は鮮明だ。何が起きて、どうなったか。
 自分がどれほど無様に乱れ、この男に縋り付いたか、その全てを脳が記憶している。

 ユリウスはレオナルドに向き合った。
 自分の身体に起きた異変について問うべきことは山ほどある。
 だが、口をついて出たのは別の言葉だった。

「……ッ、レオ。怪我は大丈夫なのか?痛むか?」

 自分を庇って負傷した右肩。包帯が巻かれたそこを見て問うと、レオナルドは意外そうな顔をして目を瞬かせた。
 そしてすぐに、いつもの頼りがいのある、安心させるような口調で答えた。

「ああ、この程度問題ない。自分で手当も出来たし、血も止まったよ。俺はアルファだからな、回復も早い」

 アルファだから。
 その言葉に、ユリウスはガクリと頭を垂れ、俯いた。

 そうだ。レオナルドは、アルファだ。
 今まで寮生活を共にしてきて、第二性の話をすることはあえて避けてきた。それは極めてプライベートな話題だし、そもそも確認するまでもないことだったからだ。
 ここに通う生徒のほとんどがアルファだ。それほど優秀な血筋と、才能が振るい落とされてきた結果、残るのは必然的にアルファとなる。

 だからこそ、ユリウスはレオナルドのことを、自分と同じ「側」の人間だと思っていた。

 そう信じて疑わなかったのに、自分は違った。
 アルファの名門貴族であるローゼンタール家の長男であり、次期宰相である自分が、まさかオメガだなんて。

 そんな残酷な事実と、どう向き合えばいいのか。
 そして、あろうことかこの男に、自分でも知らなかった醜態を晒し、秘密を知られてしまった。

 彼の唾液と、精液を飲んだ時の、あの甘くて蜜のような味。濃厚なアルファフェロモンに支配された感覚が、まざまざと蘇る。

 ユリウスが何も整理できないまま、ただ呆然と震えていると、レオナルドが立ち上がった。
 そして、ベッドに座るユリウスの目の前まで歩み寄り、見下ろすように立った。

「……ユーリ。君がこのままアルファとして生きたいなら、そうできる選択肢が一つだけある」

 そう告げる声は、今までよりも少し低く、どこか「事務的」な響きを帯びていた。

「それは、定期的に俺のアルファフェロモンを摂取することだ。そうすることで、体内のホルモンバランスを強制的に安定させ、突発的なヒートが起きても対処出来る。それに……」

 レオナルドは淡々と続ける。

「ユーリのオメガフェロモンが漏れ出てしまっても、俺のアルファフェロモンでマーキングしておけば、周りのアルファたちは俺の匂いの方を強く感じ取る。そうすれば、君がオメガだとは誰にも気づかれない」

 それは「選択肢」というよりも、決定事項のように聞こえた。

 ユリウスはシーツを握りしめた。
 つまり、先程のような行為――キスや、それ以上の接触による体液摂取――を定期的に行わなければ、お前はもうアルファとしてこの学院で生きていくことは出来ない。そう宣告されたに等しい。

 顔を上げると、レオナルドの黒曜石のような瞳と目が合った。
 何を考えているのか、全く読めない。昨夜のような情熱や欲望は消え失せ、鉄仮面のように感情の読めない顔をしている。

 ただ、ユリウスが理解したのは、これは「求愛」ではないということだ。
 アルファが、番にしたいオメガを求めて提案しているのではない。
 あくまで事務的な、ルームメイトとしての情けか、あるいは仕方がないから協力してやるといった、冷めた義務感からの提案なのだろう。
 
 ズキリ、と。
 ユリウスの胸の奥が痛んだ。
 その痛みの正体が何なのか、今のユリウスには分からなかった。だが、その冷たい提案が、ナイフのように心を抉ったことだけは確かだった。

 だが、拒否する権利などない。
 家のため、国のため、アルファとして生きていくしかないのだから。

「……分かった。レオ、協力して欲しい」

 ユリウスが力なく、掠れた声で答える。
 レオナルドは表情を変えることなく、「ああ」と、やはり事務的に短く頷いただけだった。

 その淡泊な態度が、二人の間に引かれた見えない境界線を、残酷なほどに浮き彫りにしていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです ※Rシーンを追加した加筆修正版をムーンライトノベルズに掲載しています。

流れる星、どうかお願い

ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる) オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年 高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼 そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ ”要が幸せになりますように” オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ 王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに! 一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが お付き合いください!

六年目の恋、もう一度手をつなぐ

高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。 順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。 「もう、おればっかりが好きなんやろか?」 馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。 そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。 嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き…… 「そっちがその気なら、もういい!」 堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……? 倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

運命の番は僕に振り向かない

ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。 それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。 オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。 ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。 ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。 ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。 ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

たとえ運命じゃなくても、僕は

mimi
BL
「僕は自分の気持ちを信じたい。 たとえ運命から背を背けようとも」 音楽大学に通うΩの青年・相田ひなた。 努力家の先輩αと、 運命の番だと告げられた天才α。 運命か、愛情か―― 選ぶのは、僕自身だ。 ※直接的な描写はありません。

【運命】に捨てられ捨てたΩ

あまやどり
BL
「拓海さん、ごめんなさい」 秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。 「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」 秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。 【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。 なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。 右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。 前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。 ※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。 縦読みを推奨します。

処理中です...