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第2章
爛れた10年
しおりを挟むそうして、ルシエルに「愛玩具」として扱われる日々を重ねていくうちに、その歪な関係はさらに別の側面を持ち始めた。
ルシエルは、夜の寝室だけでなく、公務や政務といった表の仕事の上でも、ユリウスを重用するようになったのだ。
次期宰相として父の元で実務をこなしていたユリウスを、ルシエルは自身の側近として正式に呼び寄せた。名目は補佐官だが、実質的には王代行の右腕として、その最も近くに置くようになった。
それは形だけのものではなかった。国政に関わる重要な判断や、複雑な利害調整の場面で、ルシエルは必ずと言っていいほどユリウスの意見を求めた。
そもそも、ルシエルは決して賢い男ではない。
武力や恫喝には長けていても、国を動かすための知略や教養は持ち合わせていなかった。
だからこそ、ユリウスの持つ膨大な知識、回転の速い頭脳、そして洗練された貴族としての振る舞いに対して、ある種の依存に近い信頼を寄せるようになったのだ。
そうして、そんな日々を重ねるうちに、ユリウスを取り巻く環境は最悪の形で固まっていった。
生き残っていた第一王子派の者たちからは、ユリウスは「完全なる裏切り者」としてはっきりと唾棄されるようになった。
かつてカイエンの影のように寄り添っていた男が、今や敵であるルシエルの懐刀となり、その権力を支えているのだから無理もない。
カイエンの命を盾にされていることなど、決して口外はできない。
ユリウスは甘んじてその汚名を受け入れ、沈黙を貫くしかなかった。
その一方で、味方であるはずの第二王子派の者たちからも、ユリウスは軽蔑と劣情の対象として見られていた。
彼らの目には、ユリウスは「ルシエルの愛玩具」として映っていた。
高潔なアルファとして、国のために清廉に尽くそうとしていたかつての姿は見る影もない。
その能力は誰もが認めている。
だが、それ以上に、「夜な夜なルシエルの寝室に呼ばれ、朝帰りをする男」としての噂が、宮廷内でまことしやかに囁かれていた。
「アルファでありながら、権力のために股を開く淫乱」
「あの細い腰を見ろ。ルシエル様のご寵愛を受けるために、男としてのプライドを捨てた売女だ」
寝室の中で何が行われているかなど、当人たち以外には誰にも分からない。
だが、アルファとしてはあまりにも整いすぎた美しい容貌や、筋肉質でありながら柳のようにしなやかで細い腰つきも相まって、その卑猥な噂は妙な真実味を帯びて広がっていった。
ユリウスは生物学的にはオメガなのだから、その指摘は皮肉にも的を射ているのだが、その真実を知る者はローゼンタール家の一部の人間しかいない。
周囲は、あくまで「アルファのくせに身体で取り入った恥知らず」として、ユリウスを嘲笑った。
ユリウス自身も変わった。
学生時代は、人を寄せ付けない威圧感すらある氷のような造形美だった。
だが、ルシエルの支配下で心をすり減らし、絶望的な境遇を生き抜く中で、その美貌は変質していった。
触れれば壊れてしまいそうな、危うい儚さ。そして、どこか退廃的な色香を纏うようになった。
ルシエルはその変化を敏感に感じ取り、さらにユリウスを気に入って離そうとしなくなった。
ユリウスは、四面楚歌の状況でも、ただひたすらに耐え抜いた。
カイエンを殺されないこと。
そして、この身を最後まで穢されないこと。
その二つの目的のためだけに、壊れた心をヤスリで削り続けるような毎日を送りながら、ルシエルの望む「優秀な右腕」と「従順な愛人」を演じ続けた。
そして、そのまま――。
時は残酷なほど緩やかに、しかし確実に流れていった。
ユリウスが必死にその綱渡りのような状況を維持し続け、カイエンの裁判も異例の長さで引き伸ばされ続けたまま。
現国王はまだ亡くなることなく、植物状態で意識不明のまま。
ルシエルも正式に「国王」として即位することはなく、「王代理」という中途半端な地位に留まったまま。
国の時間は澱み、腐敗し、停滞していた。
恐ろしいことに、あの卒業の日から、十年という長い月日が経過していた。
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