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第2章
帰還した獅子
しおりを挟むその夜、ユリウスはルシエルの用意した美しい衣装に身を包んでいた。
愛玩具といっても、肌を露出するような卑猥なものではない。
大勢の他者の目に触れる公の場で、ルシエルが自慢の所有物であるユリウスの品位を落とすような格好をさせるはずがなかった。
ユリウスの銀髪が映える、ミッドナイトブルーの上質な生地で仕立てられたスーツだ。
夜の海のように深く、青みがかった黒の光沢は、磨き上げられたユリウスの陶磁器のような白い肌を、より妖艶に、美しく際立たせていた。
ルシエルにエスコートされ、ユリウスは王代理の席のすぐ隣に立たされた。
会場にいるどの臣下よりも近い、寵愛を示す位置。
ここ最近、部屋から一歩も出してもらえていなかったため、久しぶりに浴びる周囲の視線が痛い。
侮蔑、嫉妬、そして隠しきれない劣情。それらの粘つく視線を全身にぶつけられ、ユリウスは感情を殺して俯いた。
そして、パーティの開始を告げる鐘が鳴ると同時に、大広間の扉が開かれた。
割れんばかりの歓声と共に、あの騎士団が迎え入れられる。
不揃いの鎧を脱ぎ、各々正装に身を包んだ彼らは、二十人ほどだった。
その先頭を歩く男を見て、ユリウスの呼吸が止まった。
十年という歳月を経て、さらに精悍で凛々しく、王者の風格に磨きをかけ、ひと回りもふた回りも逞しく成長した男。
獅子のような威圧感。
美しい黒髪と、黒曜石の瞳を持つ男。
――レオナルド・フォン・ブラント。
あの日、何も言わずに消えた、その人だった。
ルシエルが怯えていた「あの男」とは、レオナルドのことだったのだ。
その事実を目の当たりにしても、ユリウスの凍りついた心はすぐに反応できなかった。
あまりの衝撃に、思考回路がショートしてしまったかのようだ。
ただ、自分の身体がおかしいくらいに熱く反応していることだけ。それだけを、他人事のように自覚していた。
指先が震え、奥歯が鳴り、下腹部が甘く疼く。
死んだはずの本能が、彼を見た瞬間に悲鳴を上げて蘇ろうとしていた。
レオナルドたちは、玉座の前のルシエルまで歩み寄ると、流れるような所作で片膝をつき、恭しく礼をした。
「ルシエル殿下。我々はブラント家の私兵として、この十年間、他国の地で戦い抜き……先日、ついに難攻不落だったマシルバ国を打ち倒しました」
朗々とした声が、広間に響き渡る。
十年ぶりに聞くレオナルドの声は、記憶の中よりも深く、よく通り、ユリウスの鼓膜を震わせ、心を激しく揺さぶった。
そして、彼が告げた「マシルバ国」という名前に、会場中がどよめいた。
この国と隣接し、長きに渡り戦争を繰り返しては、互いに膨大な戦死者を出してきた因縁の敵対国だ。
その国との泥沼の戦争を終わらせ、勝利したと、レオナルドは報告したのだ。
国民たちが熱狂するはずだ。
長引く戦争による死者への恐怖、軍事費による増税の苦しみ。それら全てから、彼らによって解放されたのだから。
彼らは紛れもなく、国を救った英雄だった。
だが、ユリウスの頭の中は混乱で埋め尽くされていた。
なぜ、その戦いにレオナルドが、誰も知らない間に駆り出されていたのか。
本来、彼は卒業後すぐに正規の騎士団に入り、父である騎士団長の下で華々しい功績を上げるべき人間だった。
その血筋と実力の確かさは、誰もが知っていたはずだ。
それなのに、あの卒業式の朝、彼は忽然と姿を消し、行方不明になった。ブラント伯爵も口を閉ざし、誰もその行方を知らなかった。
どこかで野垂れ死んだとか、女と駆け落ちして失踪したとか、無責任な噂だけが流れていた。
ユリウスには彼を追いかける術がなく、その行方を考えることすら許されなかった。
それが、今。目の前にいる。
さらに雄々しくなり、貴族然とした美しい振る舞いを捨てていない、圧倒的な「オス」となって帰ってきた。
ユリウスはその事実が、すごく恐ろしくて。
……同時に、恐怖で硬直した心とは裏腹に、自分の身体が歓喜に震えていることを、認めざるを得なかった。
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