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第2章
醜悪な生き物
しおりを挟む翌朝、ルシエルは朝一番にユリウスの部屋へと迎えに来た。
ガチャガチャ、と外鍵を開ける金属音が響く。
昨夜、レオナルドが去り際に一時的に閉めた鍵だ。もし、一度自分ではない誰かが開閉した痕跡にルシエルが気づいたら――そんな不安がユリウスの脳裏をよぎったが、入ってきたルシエルに怪しむ素振りはなかった。
「……おはよう、ユリウス」
寝台に座るユリウスを見つけると、ルシエルは駆け寄り、気味が悪いくらいに優しく抱きしめた。
昨夜、会合で会えなかった穴を埋めるかのような、粘着質な抱擁。
そしてそのまま、ユリウスの手を引いて王の間へと連れ出した。
その日は一日中、ルシエルの束縛が緩むことはなかった。
重要な会議中も、その後の食事の時も。ルシエルは片時もユリウスの腰や手に触れ、離そうとしない。
ユリウスは心を閉ざし、何をされても無抵抗な人形のようにされるがままでいた。
だが、虚ろな瞳の奥で思考していたのは、やはり昨夜の再会のことだった。
(……なぜ、レオは来たのだろうか)
レオナルドはなぜ昨夜、王宮の警備という危険を冒してまで、わざわざ自ら足を運んだのか。その目的が理解できなかった。
「今夜は時間がないから」と彼は言ったが、それだけの理由で敵陣の真っ只中に、総大将である彼が一人で来るだろうか。
手紙での伝達は、検閲や紛失でバレる可能性があるから除外したのだろう。それは分かる。
だが、それなら信頼できる部下の騎士を寄越すという選択肢が、一番レオナルドにとって安全で合理的だったはずだ。
そこまで考え、ユリウスの中で一つの「納得」に行き着いた。
あまりにも残酷で、けれど今のユリウスにとっては最も腑に落ちる結論に。
(……そうか。部下を寄越せなかったのか)
レオナルドの中で、ユリウスは「オメガ」だ。
もし騎士を行かせて、在学中のように発情したユリウスがその騎士に迫ったら――彼はそう危惧したのではないか。
浅ましいオメガであるユリウスが、フェロモンを撒き散らし、大事な彼の部下を誘惑して手籠めにするかもしれない。
その危険があるなら、在学中もユリウスのフェロモンに動じず、理性を失うことのなかった「自分」が行ったほうが安全だ。
そう判断したのではないか。
とりあえず今回、ユリウスが発情しておらず、襲いかかってこないことを確認できたから、「次は部下を寄越す」と言ったのだろう。
すとん、と。
その考えが胸の奥に落ち、冷たい鉛のように居座った。
ユリウスの中にある「オメガ」という概念は、誰彼構わずにアルファを誘い、理性を狂わせる淫らな存在だ。
レオナルドがユリウスをそういう「危険物」として認識し、警戒したとしても何ら不思議はない。
自分が、オメガとしてレオナルドのフェロモンにしか反応しないという事実は、ユリウスしか知らないのだから。
(……私は、彼の中で相当に醜悪な生き物だと思われているんだな)
ルシエルの腕の中で、ユリウスは虚ろな目で床を見つめた。
ユリウスを、部下に手を出しかねない淫乱として警戒し、自ら検分にしきた。
そして、そんな誤解をされるに相応しいほど、今の自分はルシエルの手垢に塗れている。
その自己嫌悪に満ちた考えが、一日中、毒のようにユリウスの心を蝕み続けた。
「部下を寄越す」と言ったその日が、いつなのか。
それを考えながらも、ユリウスの心は冷え切っていた。
そんな計画が本当に実行されるのかさえ、今のユリウスには信じられなかった。
どうせ、汚れた玩具への気まぐれな嘘かもしれないのだから。
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