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第2章
獅子騎士団の団長
しおりを挟む部下の男がユリウスを連れていった先は、王都の郊外に佇む立派な建物だった。
許可なく外に出ることを許されていなかったユリウスにとって、王宮の外で見るもの全てが十年ぶりだ。
だが、ここは明らかに貴族の豪奢な屋敷とは違う。
飾り気がなく、堅牢で、どこか要塞を思わせる基地のような巨大な建造物だった。
男に担がれたまま、ユリウスは建物の奥へと運ばれていく。
すれ違う人々は皆、鍛え上げられた戦士の体つきをしており、緊張感のある空気が漂っていた。
(ここは……獅子騎士団の本拠地なのか?)
ユリウスは揺れる視界の中で推測した。
この奥に、獅子騎士団の団長であるレオナルドがいる。
そう思うだけで、死んでいたはずの心臓が早鐘を打ち、胸が苦しくなるほど高鳴った。
男の肩の上で、ユリウスは震える息を吐いた。
やがて最奥の部屋の前で足が止まり、ユリウスは恭しく床に下ろされた。
「到着しました。ユリウス様。……どうぞ中へ」
「ああ」
案内された扉が開かれる。
ユリウスが足を踏み入れると、部下の男は一礼して扉を閉めてしまった。
バタン、と閉まる音に背中を押され、ユリウスは恐る恐る顔を上げた。
広々とした執務室。
その正面、「騎士団長」と書かれたプレートが置かれた重厚なマホガニーのデスクに、その男は座って待っていた。
レオナルド・フォン・ブラント。
明るい照明の下、これほどの至近距離で彼と再会するのは、あの卒業式以来、初めてのことだった。
獅子のような野生的な迫力と、凛々しく精悍な顔立ちはそのままに、二十七歳になった彼は、大人の男だけが持つ色気と威厳を纏い、息を呑むほど美しくなっていた。
ユリウスは、咄嗟に目を逸らした。
眩しすぎた。
そして何より、薄汚れた愛玩具である自分が、英雄となった彼をまじまじと見てはいけないと、本能的にそう思ったからだ。
「……ユリウス。無事着いて良かった。さあ、座ってくれ」
レオナルドが立ち上がり、執務机の前にある応接用のソファを勧めた。
その声には、安堵の色が滲んでいた。
だが、ユリウスはその勧めには従わず、立ったまま口を開いた。
連れてこられる前、あの窓辺で部下の男に言いかけた言葉を、本人に伝えるために。
「…………第二王子派の情報が欲しいのでしたら、何でもお話しします。洗いざらい、全て」
ユリウスは淡々と言葉を紡いだ。
「こんな危険を冒して連れ出さずとも、私は拒否などしません。ですから、あの部屋で部下の方に話す……それだけで良かったのですよ」
ユリウスなりの、精一杯の献身であり、合理的な提案だった。
自分のような汚れた存在をここまで連れてくるリスクを冒さなくとも、情報は提供する。
貴方の役に立つつもりはあるのだと。
ユリウスは、こう言えばレオナルドが喜ぶと思って言った。
手間が省けるし、穢れた裏切り者である元友人を視界に入れずに済むのだから。
それなのに。
レオナルドが纏う空気は、明らかに怒りの色を帯びて重くなった。
「……ユリウス。お前は、私が情報のためだけに、お前をここに連れてきたと言うのか?」
低く、地を這うような問いかけ。
ユリウスはその剣呑な様子に少し緊張しながらも、揺るがない事実を口にした。
「……はい。それ以外、何もないでしょう」
その言葉に、微塵も嘘はない。本心だった。
今の「第二王子ルシエルの愛妾」であるユリウスと、「第一王子派の英雄」であるレオナルドの間には、利害関係以外の何もないはずだ。
レオナルドの顔が歪むのが視界の端で見えた。
なぜそんなことを、わざわざ口にさせるのか。
分かりきっている事実を突きつけ、傷つけて楽しもうとしているのだろうか。
彼は、ユリウスが学生時代から彼に好意を寄せていることを知っているはずだ。
それなのに、こんなふうに問い詰めるなんて、さすがに酷い。
(……ああ、そうか)
ユリウスは悟った。
彼は、裏切り者であるユリウスのことなら、どれだけ傷つけても、踏みにじってもいいと思っているのだ。
かつての友情など、とうに軽蔑に変わっているのだから。
そう理解し、ユリウスは抵抗する気力もなく、力なく俯いた。
その姿が、レオナルドの目にはどう映っているのかなど、知る由もなく。
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