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第2章
主君との再会
しおりを挟む作戦決行の合図が音もなく出され、一行は静かに夜の闇の中を動き始めた。
地下牢までの道のりは、拍子抜けするほどスムーズだった。
それは、先導する獅子騎士団の少数精鋭たちが、ユリウスの想像よりも遥かに強かったからだ。
彼らは影のように動き、王宮の回廊に配置された警備兵たちの背後を瞬時に取り、声も上げさせずにサクサクと気絶させていく。
騒ぎは一切起きず、静寂を保ったまま、一行は地下へと潜っていった。
レオナルドは、一度も剣を抜く必要がなかった。
だからなのか、彼は空いた手で、ユリウスの手をしっかりと握ったまま走った。
(……捕まえておかなくても、ついていくのに)
ユリウスは走りながら、繋がれた手を見つめた。
逃げ出さないように監視しているのか、それとも十年間のブランクがあるユリウスの足が遅いから、置いていかれないように引いているのか。
どちらにせよ、その手の熱さが、今のユリウスには唯一の命綱のように感じられた。
そして、一行は王宮の最深部、重要犯罪者や王族が幽閉されるエリアへと足を踏み入れた。
その突き当たり、一番奥にある空間。
そこに待っていたのは、大きく、そして無駄に上質な鉄格子で囲まれた牢獄だった。
そこに、カイエンはいた。
「…………っ」
ユリウスは息を呑んだ。
想像していたよりも、その姿は衰えていなかった。
やつれ果て、廃人のようになっている最悪の事態も覚悟していたが、そこにはあの頃の面影をそのままに、二十七歳になったカイエンが佇んでいた。
長きにわたる孤独と心労で、精神的にも肉体的にも限界だったはずだ。
それなのに、こちらを見据えるカイエンの紫紺の瞳は、その理知的な光を失っていなかった。
「ユリウス……レオナルド……?」
カイエンが、鉄格子の向こうで十年ぶりに目にする学友たちの姿に、声を震わせた。
ユリウスは駆け寄り、レオナルドと約束した通り、わざと学友としての砕けた口調で話しかけた。
「カイエン、……助けに来たんだ。
レオが、王宮の騎士団とは独立した『獅子騎士団』の団長としてここにいる。
だから、国の息がかかった者はいない。安心して欲しい」
一息に告げる。
その瞬間、ユリウスの脳裏に不安がよぎった。
もしかしたら、カイエンは拒絶するかもしれない。
『いや、ユリウス……君は?君のことが一番信用出来ないよ』
レオナルドは、ユリウスがカイエンのそばで幼い頃から仕えてきたことを知っているから、拒絶された時の説得役をと指名してきた。
だが、カイエンがこの十年間、ユリウスがルシエルの愛妾として寵愛を受け、敵陣営にいたことを彼は知っているとしたら、そう言われても仕方のない存在だ。
ユリウスが身構えた、その時だった。
「……ユリウス。ありがとう、君たちを信じるよ」
カイエンは、穏やかな微笑みを浮かべてそう言った。
疑う素振りなど、微塵もなかった。
その瞳を見れば、分かった。
六歳の時からずっと一緒にいて、誰よりも近くで支えてきた主君であり、親友だ。
彼は、全てを知っているのだ。
ユリウスの身にこの十年間で何があったのかを。
その事実だけではなく、ユリウスが裏切ったのではなく、何のためにその身を捧げ、泥を啜ってきたのかを。
「……っ、う……」
全てを理解した上で、信じて待っていてくれた。
ユリウスは堪えきれず、涙を流した。
自分一人では救えなかった。
けれど、ユリウスがカイエンのために心を殺して耐えてきたことは、無駄じゃなかったのだと言われた気がした。
騎士団員たちが、特殊な工具を使って素早く丈夫な格子を切断していく。
やがて、なんとかカイエン一人が通り抜けられる大きさの穴が開いた。
騎士たちが手を貸し、カイエンを外へと連れ出す。だが、カイエンはその場に崩れ落ちそうになった。
十年間、狭い牢の中で過ごしていたため、足の筋肉が衰え、まともに歩くことができなくなっていたのだ。
ユリウスは涙を拭い、即座にレオナルドへ告げた。
「レオ……カイエン様を、貴方が運んで差し上げてくれ」
一番戦闘力が高く、信頼できるレオナルドの背中こそが、最も安全な場所だ。
絶対に、カイエンだけは守り抜いて欲しかった。
レオナルドは「ユリウスを守る」と言ってくれた。
カイエンは「信じる」と言ってくれた。
それだけでもう、ユリウスの人生には十分すぎる報酬だった。
そう思い、自ら退路の守りに就こうとするユリウスを見て、レオナルドは短く頷いた。
そしてカイエンを軽々と背負い上げると、一行は地下牢からの脱出を開始した。
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