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第2章
最高の供物
しおりを挟む地下牢を抜け、あとは獅子騎士団の本拠地まで駆け抜けるだけだった。
最短ルートを確保し、脱出は目前に思われた。
だが、その途中で。
王宮の中庭へと差し掛かった瞬間、鼓膜を破るような轟音が響き渡り、目の前で巨大な爆発が起きた。
「――ッ!?」
ユリウスは思わず身をすくめ、カイエンを背負うレオナルドを庇うように前に出ようとした。
もうもうと立ち込める爆煙。
何が起きた、と思ったその先に立っていたのは――明日帰還するはずの、ルシエルだった。
「……な、ぜ」
ユリウスの口から、乾いた声が漏れる。
帰ってくるのは明日ではなかったのか。
だが、絶望はそれだけではなかった。
爆発音の正体は、ルシエルの後ろに横一列に並んで構えられている大砲だった。
そしてその横には、最新式の銃を構えた騎士たちや、抜身の剣を持った重装歩兵の壁があった。
その紋章を見て、ユリウスは戦慄した。
どれも、王宮の正規騎士団――「近衛騎士団」だったのだ。
王宮の騎士は皆、政治的な派閥とは独立した中立の存在として、騎士団長であるブラント卿――つまりレオナルドの父の指揮下でのみ動くという認識だった。
たとえ王代理の命令であっても、それが不当な武力行使であれば従わない矜持を持っているはずだ。
だというのに、今、王宮騎士団は完全にルシエル個人の私兵となり、カイエンや、かつての英雄であるレオナルドを筆頭にした獅子騎士団に銃口を向けている。
(つまり……王宮騎士団は、ルシエル様を支持しているということか)
ローゼンタール家と同じように。
ブラント家もまた、今の王に仕えるという名目で、正義を捨てたのだ。
ユリウスは、自分の知らない深い闇の繋がりがあることを察した。
そして、直感した。もしかしたらこれが、「カイエンを奪還した後」にしか話せないと言っていた、レオナルドがずっと黙ってきた秘密そのものなのかもしれない、と。
そう冷静に状況を分析しながらも、ユリウスの本能は、もっと恐ろしい事実を理解していた。
ルシエルが今、この場で一番望んでいるものが何か。
もちろん、カイエンとレオナルドの命を狙っているのは間違いない。
だが、狂気で血走りながらも、不気味なほど冷静を装っているルシエルの視線が、真っ直ぐに射抜いているのは――ユリウス、ただ一人だった。
(……ああ。私が戻れば、彼らは助かるかもしれない)
ユリウスはゆっくりと、レオナルドから護身用に渡された剣を地面に置いた。
そして、身を守るための革鎧の留め具を外し、それも脱ぎ捨てた。
戦うための装備を全て捨て、ただの無防備な姿に戻る。
そして、ゆっくりとルシエルに向かって口を開いた。
「……ルシエル様。ローゼンタール家の『秘密』として、これまで言えなかったことを、この場で告白いたします」
その前置きに、ルシエルの眉がぴくりと動く。
そして、その続きを察したのは、この場でレオナルドだけだった。
「――ッ、」
一瞬、彼と目が合う。
レオナルドの目は、必死に「やめろ」「言うな」と叫んでいた。
ユリウスは、これ以上ないほどの慈愛と感謝を込めた瞳で、レオナルドを見据えた。
これで、最後になるだろう。
彼の美しい黒曜石の瞳を、こうして真っ直ぐに見られるのは。
全て、覚えておこう。
そう思った。
本当は、捨て駒として命を捧げ、戦いの中で名誉の死を遂げたかった。
だが、この包囲網の中で、今ユリウスができる一番効果的な使い方は――この身を、「オメガ」という最高の供物としてルシエルに捧げることだけだった。
「ルシエル様。……私は『オメガ』です。アルファではありません」
夜の静寂に、はっきりとその声を響かせた。
「ローゼンタール家の秘密」と前置きしたことで、ルシエルは「騙していたな」とは言わなかった。
代わりにその顔に浮かんだのは、これ以上ない「歓喜」と「恍惚」の色だった。
ずっと欲していた最後のピースが、予想もしない最高の形で手に入ったかのような。
「……なるほど、そうか……ユリウス。お前が言いたいことはよく分かった」
ルシエルは、震える声でそう言った。銃を下ろすように手で合図をする。
「俺の元から逃げたことは許してやろう。
いい子だから、……おいで」
手を広げ、甘い声で誘う。
ユリウスは、その言葉に従い、一歩を踏み出した。
ユリウスは一度も振り返らなかった。
背後で、獅子騎士団の人たちも、カイエンも、そしてレオナルドも、何かを必死に叫んでいたけれど。
この先に待っている地獄のために、心を自ら壊してスイッチを切ったユリウスには、それらはもう意味のある言葉として、ひとつも理解できなかった。
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