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第3章
地獄の中の安寧
しおりを挟むユリウスが目覚めた時、そこはいつもの部屋――ルシエルが与えた豪奢な鳥籠の中だった。
広いベッドに、たった一人で寝かされている。
窓から差し込む光の加減からして、もう昼を回っているようだ。
朝になってもユリウスが目覚めないため、ルシエルはそのまま着替えや世話をメイドに任せ、王としての公務へ出かけたのだろう。
ユリウスは、連夜のヒートと情事によって鉛のように重く、疲弊しきった身体を無理やり起こした。
そして。
恐る恐る手を伸ばし、自身の首の後ろを撫でた。
「…………」
指先に触れる、腫れ上がった皮膚の感触。
まだ熱を持っている、深く刻まれた噛み跡。
ルシエルに、「番」にされた。
その取り返しのつかない事実だけが、今、ユリウスの目の前にあった。
ユリウスはベッドの上で、膝を抱えて小さく丸まった。
虚ろな硝子玉のような瞳で、空間の一点を見つめる。
涙は出なかった。叫びだしたいほどの絶望も、不思議と湧いてこなかった。
今、ユリウスの心にある一番大きな感情は――愛する人たちを、この身を賭けて救えたという「歓喜」だった。
昨夜は地獄だった。
そして、その地獄はこれから永遠に続く。
だが、あの土壇場で、自分がオメガであることを晒し、ルシエルに身を捧げるという選択をしたおかげで、カイエンとレオナルド、そして獅子騎士団の人たちを、ルシエルの殺意から守ることができた。
ルシエルの興味を一身に引きつけ、彼らを逃がすことができた。
それだけが、ただ嬉しかった。
彼らは生き延びた。
カイエンとレオナルドなら、これから何とかしてルシエルを討ち、この国を良くしてくれるはずだ。
その輝かしい未来に、裏切り者であり汚れたユリウスの居場所など、いずれにせよ無かったのだ。
だとしたら、自分が犠牲になることで、その未来と彼らを繋ぐ架け橋になれた。
捨て駒として、最高の仕事ができたのだ。
「…………ふふ、……」
カサついた唇から、乾いた笑みがこぼれ落ちた。
あの場で、オメガとしてルシエルに身を捧げる選択を取った瞬間に、ユリウスの心は完全に壊れてしまったのだろう。
痛みも、悲しみも、もう遠い世界の出来事のようだ。
もう、自分に明るい未来はない。
この先に待っているのは、ルシエルの番として、性の処理道具として、飼い殺されるだけの地獄の日々だ。
(……それでも)
膝に顔を埋め、ユリウスは瞼を閉じた。
番には、してもらえなかったけれど。
誰にも触れられていなかった「初めて」を、レオナルドにもらってもらえた。
彼と結ばれた、あの最初で最後の一夜。あの熱、あの優しさ、あの愛おしい痛み。
その記憶だけがあれば、いい。
そのたった一つの美しい記憶を、暗い箱の中で永遠に反芻しながら、ただ呼吸をするだけの人形となろう。
ユリウスはそう心に決め、静かに地獄の底で時が過ぎるのを待った。
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