60 / 112
第3章
濁った碧眼の祝辞
しおりを挟む生き人形として、ただ呼吸をするだけの存在になる。
そう覚悟を決めて、どれくらいの時間が経っただろうか。
ガチャガチャ、と。
重々しい音を立てて、部屋の外鍵が外された。
ルシエルが公務から戻ってきたのか。
ユリウスは身構えることもなく、虚ろな視線を扉へと向けた。
だが、そこに立っていたのはルシエルではなかった。
年配の男性。冷徹な空気を纏い、ユリウスと同じ色の瞳をした男。
ローゼンタール公爵――つまり、ユリウスの実の父親だった。
「……父上?何故、ここに……?」
ユリウスの口から、掠れた声が漏れた。
かつては次期宰相として、父の元で働いていた期間も長かった。
だが、その後この王宮の奥深くに召し上げられ、立場上は同じ公爵位でありながら、事実上のルシエルの愛玩具として隔離されてからは、外界との関わりを絶たれていた。
そのため、父と顔を合わせるのは数年ぶりのことだった。
久しぶりの再会だったが、父の姿はあまり変わっていなかった。
相変わらず冷淡で、厳格。
余分なことは一切口にしない、氷のような雰囲気を漂わせている。
だが、今日は何かが違った。
その表情の端々に、微かな高揚が見て取れたのだ。
なんだか少し、父が嬉しそうに見える。
それがユリウスには異様に映った。
「ルシエル殿下より、ユリウスを正式に『妻』として迎えるという通達を受けて参った。
当主として、また親として、その婚姻を容認する手続きのためにな」
父は、淡々と、しかし確かな満足を含んだ声でそう告げた。
ユリウスは、無言になった。
ルシエルは確かに、事あるごとに「お前がオメガなら番にして妻にしたい」と口にしていた。
昨夜、オメガであることが露見し、番にされた今、それを早々に実行に移したことに驚きはなかった。あの男ならやるだろう。
だが、そのことに対して、父が嬉しそうにしているのは不可解だった。
アルファの男の妻になるということは、公的にユリウスが「オメガ」であることを認めたことになるからだ。
ローゼンタール家は、代々優秀なアルファしか生まれない名門中の名門だ。
オメガが生まれたなどという事実は、家名に泥を塗る最大の恥部のはず。
だからこそ、ユリウスは「家の秘密」として性別を偽り、アルファとして厳しく育てられたのではなかったのか。
ユリウスが怪訝な顔をして黙り込んでいると、父はゆっくりと歩み寄り、ユリウスと向き合った。
そして、感情の読めない顔でこう言った。
「……お前はルシエル殿下の番となり、もう逃げられない。
その立場になり、完全にこちらの掌中の珠となったお前だからこそ……今まで話していなかった真実を教えてやろう」
父が覗き込んでくる。
ユリウスと同じ、美しいはずの碧眼。
だが、その瞳は、どこまでも深く濁っているように見えた。
そこには息子への愛情など欠片もなく、あるのはただ、どす黒い欲望と計算だけだった。
2
あなたにおすすめの小説
【完結】選ばれない僕の生きる道
谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。
選ばれない僕が幸せを選ぶ話。
※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです
※設定は独自のものです
※Rシーンを追加した加筆修正版をムーンライトノベルズに掲載しています。
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
六年目の恋、もう一度手をつなぐ
高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。
順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。
「もう、おればっかりが好きなんやろか?」
馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。
そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。
嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き……
「そっちがその気なら、もういい!」
堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……?
倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜
ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。
そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。
幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。
もう二度と同じ轍は踏まない。
そう決心したアリスの戦いが始まる。
たとえ運命じゃなくても、僕は
mimi
BL
「僕は自分の気持ちを信じたい。
たとえ運命から背を背けようとも」
音楽大学に通うΩの青年・相田ひなた。
努力家の先輩αと、
運命の番だと告げられた天才α。
運命か、愛情か――
選ぶのは、僕自身だ。
※直接的な描写はありません。
【運命】に捨てられ捨てたΩ
あまやどり
BL
「拓海さん、ごめんなさい」
秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。
「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」
秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。
【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。
なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。
右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。
前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。
※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。
縦読みを推奨します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる