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第3章
選択の瞬間
しおりを挟むユリウスはここで、自分の人生の終わりを悟った。
そして同時に、愛する人たちの明るい未来の始まりを確信した。
だが、まだ終わりではなかった。
カイエンの隣に立つレオナルドが、ルシエルを指差した……かに見えた。だが違った。レオナルドが指し示していたのは、その背後に隠されたユリウスだった。
真っ直ぐな黒曜石の瞳と目が合う。
番にされた自分など見られたくないと逸らさなければならないのに、目が離せなかった。
「レオナルド・フォン・ブラントは、先程も宣言した通り、生家であるブラント家、そしてローゼンタール家が現国王暗殺を企てたことを、改めてここに告発する」
レオナルドの声が、聖堂に朗々と響き渡る。
ローゼンタール卿、つまりユリウスの父が反論しようと動くが、レオナルドの圧で消される。
「……そして!ルシエル殿下が、不当に投獄されているカイエン殿下の命を盾に取り、十年もの間……ユリウス・フォン・ローゼンタール卿を脅し、我が物としていたこと。
その事実についても、皆の前で宣言する!
よって、この結婚は無効だ。ここに、彼の自由意志はない!」
国民や貴族たちに向けられたその訴えに、会場はどよめきに包まれた。
ローゼンタール卿――ユリウスの父が、これに対して慌てて取り繕うように声を上げた。
「な、何を言うんだ!我々はそのような企てなどしていない!ルシエル殿下、落ち着いて……」
父は毅然とした態度を装いながら、ルシエルを宥めようとした。
ここでルシエルが狂乱すればするほど、民衆たちの目が冷ややかになり、ボロが出ることを分かっているからだ。
だが、今のルシエルにそんな理屈は通じなかった。
ルシエルは父の手を乱暴に押しのけ、これまで黙って震えていた身体を起こし、ユリウスの腕を痛いほど強く掴んだまま絶叫した。
「違う!ユリウスは望んで俺のものになったんだ! 番の契約も結んだ!誰にも邪魔できることではない!!」
その狂気的な叫びは、逆効果だった。
ルシエルが必死になればなるほど、その異常な執着が露呈し、周りの目は「やはりそうだったのか」という確信へと変わっていく。
ユリウスがどれだけ長い間、カイエンの命を守るために身を削り、心を殺して耐えてきたのか。
そして、誰もが息を呑むユリウスの悲痛なまでの美しさが、ルシエルがカイエンの命を盾にしてまで彼を手元に置き、歪んだ愛情で縛り付けていた事実の何よりの裏付けとなっていた。
レオナルドは、ルシエルの狂気的な絶叫を無視した。
その目は、ただ真っ直ぐにユリウスだけを見ていた。
「……ユリウス・フォン・ローゼンタール」
名前を呼ばれる。
「君に、この場で選んで欲しい。
……俺と……これからを共に生きるかどうかを」
バージンロードの距離があるのに、その言葉ははっきりと、ユリウスの魂に届いた。
(……レオと共に生きる?それを、私が選ぶ?)
そんな権利……あるはずがないのに。
汚され、別の男の番となり、共犯者として死ぬべき自分に。
そう思いながらも、ユリウスは気づいてしまった。
今まで自分は、自分が幸せになるための選択肢を一度も……考えることすらしていなかったということに。
常に誰かのため、何かのため。自分の心は置き去りだった。
(……それを選んでも、いいのか?貴方の隣にいることを?……本当に?)
ユリウスの足が、意思とは裏腹に、自然と前へ出た。
それに気づいたルシエルが、血相を変えてユリウスの腕を強く引き、止める。
「ユリウス!お前は俺の番なんだぞ!
番と離れたオメガに、どれほどの苦痛が待っているか分かるか!?お前はもう、俺から離れられない身体なんだ!」
ルシエルが唾を飛ばして叫ぶ。
オメガは本能的に、たとえ不本意であったとしても、番になった相手に魂から寄り添うようにできている。
番から無理やり引き離されたオメガは、精神崩壊や、肉体的に死ぬほどの苦痛を味わうということは、ユリウスも知識として知っていた。
だが。
ユリウスはルシエルの脅しに、ふわりと、この世のものとは思えないほど綺麗に微笑んだ。
そのあまりの潔さと美しさに、ルシエルが呆気にとられ、腕を掴む力を緩めてしまうほどに。
「……死ぬほどの苦痛なんて、今まで何度も味わいました」
静かな声だった。
「それでも、愛する人の隣で生きる選択を……死ぬ前に選べるなら」
ユリウスはルシエルの目を真っ直ぐに見つめ、告げた。
「…………貴方と離れて肉体的な地獄を味わっても、私は愛する人と生きたい」
言い放ち、ユリウスはルシエルの手を振りほどいた。
そして、レオナルドの元へと向かおうと一歩を踏み出した。
だが。
ユリウスは、レオナルドの元には辿り着けなかった。
ドスッ。
鈍く、重たい衝撃と共に、腹が焼けるように熱くなった。
「――――え?」
足が止まる。
ゆっくりと視線を落とすと、純白のタキシードの腹部から、銀色の刃が生えていた。
それは、皮肉にもユリウスがルシエルを斬り伏せようとして落とした、あの王族の儀礼剣だった。
狂気で錯乱したルシエルが、床に落ちていたそれを拾い上げ、前から深く、思い切りユリウスを貫いたのだ。
「……あ、ぐ、……」
「……俺から離れていくなんて、許せない……ッ!」
ルシエルの瞳孔が開いている。
「あの男のものになる前に……死んでくれッ!!」
絶叫と共に、ルシエルはさらに深く、抉るように剣を押し込んだ。
鮮血が純白の衣装を赤く染め上げ、ユリウスの視界が急速に暗転していった。
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