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end.旅立ち
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小さくひび割れる音が聞こえて後ろを振り返る。この場所には水が流れ木々が揺れている音しか聞こえないはずなのに、その音は随分と場違いだった。
不透明のクリスタルが、一欠片ずつ小さく落ちていく。地面に落ちた欠片は陽の光に反射してキラキラと綺麗で、いつもならそっちに目が向くけれど私はただただクリスタルだけを見つめた。
小さく入ったひびが徐々に大きくなる。最初はゆっくりだけどある一定のところまで来ると一気に亀裂が走った。落ちていく欠片も大きくなっていく。目の前の光景に目を丸くするだけで動くこともできない。
ふわりと、少しだけ跳ねている髪が風で揺れる。地面に膝をついて、ゆっくりと身体を動かしているのが見えた。
「っ……身体が重てぇ……」
低く零れた声に聞き覚えがある。忘れるわけがない。
「ってことは……ここは人間界のほうか」
青髪が揺れていて、周りを確認しようと見渡していた目がふと一点で止まった。『赤』の瞳と目が合う。私を見つめて、口を開いて言葉を零す前に私の身体は駆け出していた。構うことなく飛び込んで抱きついて、いきなりのことで対応できなかったのか一緒に地面の上に倒れ込む。
「う……うぅっ……」
「お前、アミィか?」
成長姿を見てほしくて、もし再会できた時には大人の余裕を持っていたかった。でも実際その状況になるととてもじゃないけれどそんなことできやしない。鼻の奥も痛くて溢れる涙を止めることもできない。今顔を上げると酷い表情を見せることになるから、ついその胸に顔を押し付けた。
突然私に押し倒されて、胸の上で泣かれているっていうのに。その人は乱暴に私を身体の上から下ろすことはしなかった。ただ少しだけ上半身を上げて、私の頭をくしゃりと撫でる。
「お前図体だけデカくなったな」
「っ、図体だけじゃ、ないもん」
「全然説得力ねぇ」
鼻を啜ってグリグリと額を胸に押し付ける。声も言葉も反応も、何も変わってない。八年前一緒に旅をしていた時と同じだ。しばらくそのままでいたけれど私の涙が引っ込んだのがわかったのか、ゆっくりと肩を押されて渋々身体を離す。
風で青い髪が揺れて、『赤』の瞳は私を見ている。八年前と比べて変わったような、そうでもないような。よくわからないとまた涙腺が緩みそうになる。八年前の姿を思い出そうとしたけれど自分が思っている以上に記憶は色褪せていたみたい。待ってるって言ったのにこの薄情者、そう心の中で自分を強く非難した。
「あれからどれくらい経った?」
「八年だよ。私、初めて会った時のカイムと同じ歳になったの」
「はぁ? お前二十二かよ。十七ぐらいかと思った」
「なっ! わ、私成人したんだよ⁈ お酒も飲めるようになったんだから!」
「へぇ」
「信じてないでしょ!」
ポコポコと目の前にある胸を叩くけど、そんな力任せにはできない。だってずっと待ってたんだから。ずっと会いたいと思っていたんだから。それに本気で叩くとカイムは普通に怒る。折角再会できたのに早々怒られたくもない。
私に叩かれながらもカイムがサッと周りに視線を走らせる。近くに流れる川、雨宿りできそうな物陰。それだけでカイムは自分が今どこにいるのかわかったみたい。ああ、と納得したような声を出して次に叩いていた私の手を掴んで止めた。
さっき頭を撫でてもらった時も思ったけど、カイムの大きな手は変わってはいなかった。
「ねぇ、カイム。カイムの役目は終わったの?」
「いいや――」
『まだ終わってはおらんぞ』
突然聞こえてきた声に驚いて「わっ」とつい声を出してしまった。私とカイムしかいなかったこの場に強く光が瞬いたかと思うと、カイムの頭上に綺麗な人がふわりと現れた。その姿にも見覚えがある。
「女神様!」
『久しいな、人間。そして先程の問いかけだが、カイムの『楔』としての役目はまだ終わっていない』
「え、えっ、でもカイム、今目の前に……」
『向こうでのやるべきことが一段落ついた、と言えばいいか』
女神様はそう言葉にすると、なぜか後ろからカイムの首に抱きついてきた。なんでそこまで密着する必要があるのとムッと眉間に皺を寄せると、女神様からクツクツと喉を鳴らす音が聞こえる。からかわれている、っていうのはわかったけれど。それにしてもカイムとの距離が近い。
『精霊と人間との繋がりがかなり薄くなり、精霊の力が弱まっていたのでな。まずは精霊たちの力の修復に取り掛かった』
とはいえ精霊たちの力の源は人間の信仰心。そう簡単に戻るものでもなく、だからといってそのままにしておくわけにもいかずカイムと精霊が住む世界を修復して回ったのだと女神様は告げた。
カイムも元は人間で、それに女神様の力の影響を受けやすいハルシオンの民の末裔。しかも八年前のあの戦いでカイムは女神様の力を強く受け入れたため、その身体に純粋な精霊の力が溜まっていたらしい。その力を弱まっている精霊たちに少しずつ分けていたとのこと。
「っていうか、八年経っていたんだな」
『精霊界と人間界では時の進みが違うからな。感覚のズレは仕方がない。だが私としても随分と早くこちらに来たと思うぞ。人間の信仰心が少しずつだが戻ってきているようだな』
「そうなんだな。ところで女神さんよ、身体が重ぇんだけど」
『お前の身体は人間界の『楔』として置いておいたからな。こちらと同じ時の流れになっている』
「……えっ、っていうことは、カイムの身体は歳を取っていたってこと?」
『そういうことだ』
ほんの少しだけ、なんだ、と残念に思ってしまった。クリスタルの中にいるカイムは歳を取っていないんじゃないかと思って。もし今回再会できたなら私はカイムと同じ年齢になることができたし、再会がまだ先だったとしても私カイムよりもお姉さんになることができるんだと楽しみにしていたのに。
「でも女神様。カイムはこっちに戻ってきたんだけど、まだ役目は終わってない……んだよね? さっきそう言ってたけど」
『ああ、ある程度力が潤ってきたのは精霊の力だけ。切り離されそうになっていたのと僅かに繋ぎ止めた程度だ。カイムをこちらに戻したのは、こちらからまた楔を打つため』
「……っていうことは?」
「まだまだ女神にこき使われる、ってことだ」
胡座を掻いたカイムは強く短く息を吐き出した。向こうでどんなことをしていたのかわからないけれど、でも眉間の皺を濃くしたカイムに対して女神様はどこか楽しそうだ。
『まぁそう機嫌を損なうな、カイム。しばらくまた私と共にいるというだけだ』
「……チッ」
「……女神様、カイムとそんな傍にいる必要があるの?」
またカイムを後ろから抱き締めた女神様につい反論する。だって女神様はある意味この世界そのもので、万能の存在だ。どこにいても世界を見つめることができて、その存在を感じることができるのが精霊王だ。
ムッとしている私に対し女神様は少しだけ目を丸めたかと思うと、クスクスと笑みを浮かべた。私の嫉妬心に気付いたようだ。それがまた私の機嫌を斜めにさせる。
『必要があるのか、そう聞かれたらあると答えるしかない。まだ世界は不安定だ。私もカイムの元にいるからこうしてお前の目に触れられる』
「こっちの世界じゃ俺が精霊の媒体になってんだよ」
『ハルシオンの民だからこそできる役目だ』
「……むぅ」
『不満だろうがこればかりは仕方がない。我慢しろ、人の子よ』
話をまとめると、精霊界にいたカイムは精霊たちに自分の中にあった力を与えつつ、向こうはある程度落ち着いたからこっちに戻ってきた。そして今度はこっちから精霊界へ繋ぐ楔を打つためにまだまだやることがある、ということだ。
「こっちでやることって、主にどんなことなの?」
『まずはこちらの世界で精霊たちが己の住処にしていた場所に向かう予定だ。どうやら、今は人間が数人暮らしているようだな』
「そうだよ。精霊たちを支えるために何人かの人がそれぞれの神殿で生活してる」
前に遺跡の浄化に行った時にウンディーネは人が住んでいないことに落ち込んでいた。そもそも数年前は精霊たちの遺跡があったことがあまり認知されておらず、そのせいで放置されていたと言ってもいい。そして私たちが浄化して回ったことによってその存在はまた認知されていった。
少し前まで「遺跡」と呼ばれていた場所は、今では「神殿」と呼ばれるようになっている。精霊の力が少しでも戻るように、自分たちが少しでも精霊たちの助けになるようにと有志たちが集って神殿の管理をしている。
私のその説明で女神様は納得したようで、「そしたら予定より早く済みそうだ」と何やら納得した様子だった。
「そしたらまずそこからか」
『そうだな』
そう言って立ち上がったカイムについていくように、私も急いで立ち上がる。カイムがよく知っているこの場所でその足が迷うわけがない。真っ直ぐに女神像が立てられている広場へと進み始める。
「ねぇ、カイム! 私も、カイムの手伝いしたらダメかな⁈」
私の前にある背中に思いっきり言葉をぶつけた。私の声で足が止まって、こっちに振り向いてくれる。いつもそうして前を歩いているのに、私が呼び止めるとすぐに立ち止まってくれるところは変わらない。
「お前、成人したんだろ? 自分のやりたいことあるんじゃねぇの」
「私ね、今ミストラル国で精霊について研究してるの。私も少しでも早く精霊たちの力が戻ったらって、その手助けをできたらなって思ってて」
「……随分とまぁ、しっかりしてきたもんだな」
カイムの中にいる私は八年前のままだと思う。何も知らずにただ傍にいる人のことだけを信じて、泣きじゃくってて被検体ということを除いたらただの子どもだった私。
でもカイムにも言ったように、あれから八年経った。私は八歳、歳を取って初めて会った時のカイムと同じ年齢になった。そして八年間、何もしなかったわけじゃない。毎日両腕に資料や本を抱えてあちこち駆け回っていた。
「私のやりたいことはきっと、カイムがやろうとしていることと一緒だよ」
『赤』の瞳が真っ直ぐに私を見つめてる。私も、逸らすことなく『紫』の瞳をカイムに向けた。女神様はいつの間にか姿を消していて、この場にいるのは私とカイムだけ。
ふと視線が逸らされて身体の向きも変えて前に歩き出す。名前を呼ぼうとしたけれど、先に声が私の耳に届くのが早かった。
「何やってんだ。さっさと行くぞ、アミィ」
「……! うん!」
ぶっきらぼうで、相変わらず素直じゃないなって。困った人だなって思いながらも自然と顔は笑顔になる。
急いで駆け寄ってその背中に抱きついた。それなりの衝撃があったのか少しだけ目の前の背中が揺らいだけどそれもすぐに持ち直す。
「ったく、マジで図体だけデカくなりやがって」
「あっはは! でも素敵なレディーになったでしょ?」
「お前の言う『素敵なレディー』ってやつは背中に突進してこねぇよ」
「え~?」
抱きついたら歩きづらかったのか、グイグイと私の腕を押しのけるように動かれて渋々背中から離れる。でも押しのけようとしていた力もそこまで強くない。わかりづらい優しさににこにこ笑顔を浮かべつつも、背中から離れた代わりに今度は腕にしがみついた。
「歩きづれぇ」
「えっへへ」
顔を顰めるカイムに笑顔を向けて、更にぎゅっと距離を縮めた。
不透明のクリスタルが、一欠片ずつ小さく落ちていく。地面に落ちた欠片は陽の光に反射してキラキラと綺麗で、いつもならそっちに目が向くけれど私はただただクリスタルだけを見つめた。
小さく入ったひびが徐々に大きくなる。最初はゆっくりだけどある一定のところまで来ると一気に亀裂が走った。落ちていく欠片も大きくなっていく。目の前の光景に目を丸くするだけで動くこともできない。
ふわりと、少しだけ跳ねている髪が風で揺れる。地面に膝をついて、ゆっくりと身体を動かしているのが見えた。
「っ……身体が重てぇ……」
低く零れた声に聞き覚えがある。忘れるわけがない。
「ってことは……ここは人間界のほうか」
青髪が揺れていて、周りを確認しようと見渡していた目がふと一点で止まった。『赤』の瞳と目が合う。私を見つめて、口を開いて言葉を零す前に私の身体は駆け出していた。構うことなく飛び込んで抱きついて、いきなりのことで対応できなかったのか一緒に地面の上に倒れ込む。
「う……うぅっ……」
「お前、アミィか?」
成長姿を見てほしくて、もし再会できた時には大人の余裕を持っていたかった。でも実際その状況になるととてもじゃないけれどそんなことできやしない。鼻の奥も痛くて溢れる涙を止めることもできない。今顔を上げると酷い表情を見せることになるから、ついその胸に顔を押し付けた。
突然私に押し倒されて、胸の上で泣かれているっていうのに。その人は乱暴に私を身体の上から下ろすことはしなかった。ただ少しだけ上半身を上げて、私の頭をくしゃりと撫でる。
「お前図体だけデカくなったな」
「っ、図体だけじゃ、ないもん」
「全然説得力ねぇ」
鼻を啜ってグリグリと額を胸に押し付ける。声も言葉も反応も、何も変わってない。八年前一緒に旅をしていた時と同じだ。しばらくそのままでいたけれど私の涙が引っ込んだのがわかったのか、ゆっくりと肩を押されて渋々身体を離す。
風で青い髪が揺れて、『赤』の瞳は私を見ている。八年前と比べて変わったような、そうでもないような。よくわからないとまた涙腺が緩みそうになる。八年前の姿を思い出そうとしたけれど自分が思っている以上に記憶は色褪せていたみたい。待ってるって言ったのにこの薄情者、そう心の中で自分を強く非難した。
「あれからどれくらい経った?」
「八年だよ。私、初めて会った時のカイムと同じ歳になったの」
「はぁ? お前二十二かよ。十七ぐらいかと思った」
「なっ! わ、私成人したんだよ⁈ お酒も飲めるようになったんだから!」
「へぇ」
「信じてないでしょ!」
ポコポコと目の前にある胸を叩くけど、そんな力任せにはできない。だってずっと待ってたんだから。ずっと会いたいと思っていたんだから。それに本気で叩くとカイムは普通に怒る。折角再会できたのに早々怒られたくもない。
私に叩かれながらもカイムがサッと周りに視線を走らせる。近くに流れる川、雨宿りできそうな物陰。それだけでカイムは自分が今どこにいるのかわかったみたい。ああ、と納得したような声を出して次に叩いていた私の手を掴んで止めた。
さっき頭を撫でてもらった時も思ったけど、カイムの大きな手は変わってはいなかった。
「ねぇ、カイム。カイムの役目は終わったの?」
「いいや――」
『まだ終わってはおらんぞ』
突然聞こえてきた声に驚いて「わっ」とつい声を出してしまった。私とカイムしかいなかったこの場に強く光が瞬いたかと思うと、カイムの頭上に綺麗な人がふわりと現れた。その姿にも見覚えがある。
「女神様!」
『久しいな、人間。そして先程の問いかけだが、カイムの『楔』としての役目はまだ終わっていない』
「え、えっ、でもカイム、今目の前に……」
『向こうでのやるべきことが一段落ついた、と言えばいいか』
女神様はそう言葉にすると、なぜか後ろからカイムの首に抱きついてきた。なんでそこまで密着する必要があるのとムッと眉間に皺を寄せると、女神様からクツクツと喉を鳴らす音が聞こえる。からかわれている、っていうのはわかったけれど。それにしてもカイムとの距離が近い。
『精霊と人間との繋がりがかなり薄くなり、精霊の力が弱まっていたのでな。まずは精霊たちの力の修復に取り掛かった』
とはいえ精霊たちの力の源は人間の信仰心。そう簡単に戻るものでもなく、だからといってそのままにしておくわけにもいかずカイムと精霊が住む世界を修復して回ったのだと女神様は告げた。
カイムも元は人間で、それに女神様の力の影響を受けやすいハルシオンの民の末裔。しかも八年前のあの戦いでカイムは女神様の力を強く受け入れたため、その身体に純粋な精霊の力が溜まっていたらしい。その力を弱まっている精霊たちに少しずつ分けていたとのこと。
「っていうか、八年経っていたんだな」
『精霊界と人間界では時の進みが違うからな。感覚のズレは仕方がない。だが私としても随分と早くこちらに来たと思うぞ。人間の信仰心が少しずつだが戻ってきているようだな』
「そうなんだな。ところで女神さんよ、身体が重ぇんだけど」
『お前の身体は人間界の『楔』として置いておいたからな。こちらと同じ時の流れになっている』
「……えっ、っていうことは、カイムの身体は歳を取っていたってこと?」
『そういうことだ』
ほんの少しだけ、なんだ、と残念に思ってしまった。クリスタルの中にいるカイムは歳を取っていないんじゃないかと思って。もし今回再会できたなら私はカイムと同じ年齢になることができたし、再会がまだ先だったとしても私カイムよりもお姉さんになることができるんだと楽しみにしていたのに。
「でも女神様。カイムはこっちに戻ってきたんだけど、まだ役目は終わってない……んだよね? さっきそう言ってたけど」
『ああ、ある程度力が潤ってきたのは精霊の力だけ。切り離されそうになっていたのと僅かに繋ぎ止めた程度だ。カイムをこちらに戻したのは、こちらからまた楔を打つため』
「……っていうことは?」
「まだまだ女神にこき使われる、ってことだ」
胡座を掻いたカイムは強く短く息を吐き出した。向こうでどんなことをしていたのかわからないけれど、でも眉間の皺を濃くしたカイムに対して女神様はどこか楽しそうだ。
『まぁそう機嫌を損なうな、カイム。しばらくまた私と共にいるというだけだ』
「……チッ」
「……女神様、カイムとそんな傍にいる必要があるの?」
またカイムを後ろから抱き締めた女神様につい反論する。だって女神様はある意味この世界そのもので、万能の存在だ。どこにいても世界を見つめることができて、その存在を感じることができるのが精霊王だ。
ムッとしている私に対し女神様は少しだけ目を丸めたかと思うと、クスクスと笑みを浮かべた。私の嫉妬心に気付いたようだ。それがまた私の機嫌を斜めにさせる。
『必要があるのか、そう聞かれたらあると答えるしかない。まだ世界は不安定だ。私もカイムの元にいるからこうしてお前の目に触れられる』
「こっちの世界じゃ俺が精霊の媒体になってんだよ」
『ハルシオンの民だからこそできる役目だ』
「……むぅ」
『不満だろうがこればかりは仕方がない。我慢しろ、人の子よ』
話をまとめると、精霊界にいたカイムは精霊たちに自分の中にあった力を与えつつ、向こうはある程度落ち着いたからこっちに戻ってきた。そして今度はこっちから精霊界へ繋ぐ楔を打つためにまだまだやることがある、ということだ。
「こっちでやることって、主にどんなことなの?」
『まずはこちらの世界で精霊たちが己の住処にしていた場所に向かう予定だ。どうやら、今は人間が数人暮らしているようだな』
「そうだよ。精霊たちを支えるために何人かの人がそれぞれの神殿で生活してる」
前に遺跡の浄化に行った時にウンディーネは人が住んでいないことに落ち込んでいた。そもそも数年前は精霊たちの遺跡があったことがあまり認知されておらず、そのせいで放置されていたと言ってもいい。そして私たちが浄化して回ったことによってその存在はまた認知されていった。
少し前まで「遺跡」と呼ばれていた場所は、今では「神殿」と呼ばれるようになっている。精霊の力が少しでも戻るように、自分たちが少しでも精霊たちの助けになるようにと有志たちが集って神殿の管理をしている。
私のその説明で女神様は納得したようで、「そしたら予定より早く済みそうだ」と何やら納得した様子だった。
「そしたらまずそこからか」
『そうだな』
そう言って立ち上がったカイムについていくように、私も急いで立ち上がる。カイムがよく知っているこの場所でその足が迷うわけがない。真っ直ぐに女神像が立てられている広場へと進み始める。
「ねぇ、カイム! 私も、カイムの手伝いしたらダメかな⁈」
私の前にある背中に思いっきり言葉をぶつけた。私の声で足が止まって、こっちに振り向いてくれる。いつもそうして前を歩いているのに、私が呼び止めるとすぐに立ち止まってくれるところは変わらない。
「お前、成人したんだろ? 自分のやりたいことあるんじゃねぇの」
「私ね、今ミストラル国で精霊について研究してるの。私も少しでも早く精霊たちの力が戻ったらって、その手助けをできたらなって思ってて」
「……随分とまぁ、しっかりしてきたもんだな」
カイムの中にいる私は八年前のままだと思う。何も知らずにただ傍にいる人のことだけを信じて、泣きじゃくってて被検体ということを除いたらただの子どもだった私。
でもカイムにも言ったように、あれから八年経った。私は八歳、歳を取って初めて会った時のカイムと同じ年齢になった。そして八年間、何もしなかったわけじゃない。毎日両腕に資料や本を抱えてあちこち駆け回っていた。
「私のやりたいことはきっと、カイムがやろうとしていることと一緒だよ」
『赤』の瞳が真っ直ぐに私を見つめてる。私も、逸らすことなく『紫』の瞳をカイムに向けた。女神様はいつの間にか姿を消していて、この場にいるのは私とカイムだけ。
ふと視線が逸らされて身体の向きも変えて前に歩き出す。名前を呼ぼうとしたけれど、先に声が私の耳に届くのが早かった。
「何やってんだ。さっさと行くぞ、アミィ」
「……! うん!」
ぶっきらぼうで、相変わらず素直じゃないなって。困った人だなって思いながらも自然と顔は笑顔になる。
急いで駆け寄ってその背中に抱きついた。それなりの衝撃があったのか少しだけ目の前の背中が揺らいだけどそれもすぐに持ち直す。
「ったく、マジで図体だけデカくなりやがって」
「あっはは! でも素敵なレディーになったでしょ?」
「お前の言う『素敵なレディー』ってやつは背中に突進してこねぇよ」
「え~?」
抱きついたら歩きづらかったのか、グイグイと私の腕を押しのけるように動かれて渋々背中から離れる。でも押しのけようとしていた力もそこまで強くない。わかりづらい優しさににこにこ笑顔を浮かべつつも、背中から離れた代わりに今度は腕にしがみついた。
「歩きづれぇ」
「えっへへ」
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