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前まで『道具』として置かれていた場所で目を覚ます。大きな窓からはあたたかな日差しが差し込んでいて、そのおかげで視界がクリアになる。軽く伸びをしたあとに上質なベッドから下りようとしたの同時にドアがノックされた。返事と共に入ってきたメイドに軽く瞬く。彼女は以前も食事を運んできたりしてくれていたメイドだった。
「おはようございます、ロザリア様。メイドのラナと申します。今後ともよろしくお願い致します」
「私に『様』なんて付けなくていいですし、敬語も結構です」
「そのようなことは……」
「今の私は貴族の娘などではなく、ただここに住まわせてもらう庶民です。仕事をしている貴女のほうが立派なのだから、わざわざそんな畏まらなくてもいいですし自分のことは自分でします」
「そういうわけにはいきません」
以前ならすんなり引き下がった彼女だけれど、私の言葉にしっかりと笑顔を浮かべると彼女は遠慮なく部屋の中に入ってきた。
「ダリル様の大切なご友人です。おもてなしをするのは当たり前でございます」
「……そういうものなんですか?」
「そういうものです。なのでロザリア様も私などに敬語などはおやめください。私がダリル様に咎められてしまいます」
彼女が彼に怒られるというのであれば、彼女のためにもそうしたほうがいいのだろう。この屋敷で私の立場はなくてもメイドの仕事を潰すとなると、メイドは雇い主である当主に咎められる。そうなるとあまりにもメイドが理不尽だ。ならばと渋々彼女の言葉に頷き鏡台の前に移動するように言われたため大人しくそれに従う。
「ロザリア様の御髪は美しいですね」
「そうですか?」
「うっうん」
「……そうなのかしら」
「然様です。まるで夜空のように漆黒で、そして散らばる星々のようにキラキラしております。このような御髪を持った方に会うのは私も初めてです」
「……私は別に自分の髪に思い入れなんてないわ」
ミニエラ国でも金髪碧眼が普通だったし、この国もそんな人が多い気がする。ヘリオドールの主もまさにそれだ。黒髪を持っている人間を他に今まで見たことがないしきっとこれはおかしいのだろうとずっと思っていた。私の髪を梳かしてくれているメイド……ラナも、少し赤みが混じったピンク色をしているけれど恐らく彼女も一般的な髪の色だ。
髪を長く伸ばしているのだって『道具』として使われるときのため。もういい加減切ってもいいのだ。動くにしても薬を作るにも邪魔になるのだから一思いに切ってやろうかと思ったのだけれど、それを止めたのは精霊たちだったため渋々このままにしてある。切ろうかしら、とボソリと言葉をこぼしてみればラナがものすごい勢いで首を横に振ったため、やっぱり切るのは諦めたほうがよさそうだ。
「髪は上でくくってもらってもいいかしら」
「もちろんでございます。ところでロザリア様、朝食はダリル様がご一緒にとのことでしたが如何します?」
すでに準備はされているとのことで、私は思わず顔を顰める。果たしてヘリオドールの主とただの庶民が食事を共にしていいのだろうか。
「私が一緒でもいいのかしら」
「ご友人なのですからもちろんです! そのほうがダリル様も喜びます」
「……友人ってそういうものなの?」
「そういうものです」
にこにこ笑顔のラナに首を傾げつつ、結局着替えの手伝いもしてもらって支度を済ませる。そんなドレスに着替えるわけでもない、一人で着れる簡単なものなのに。ラナがやったことと言えばボタンを留めることだけだ。シャツにパンツという、見事なまでの庶民スタイルなのに手伝ったラナはどこか満足気だ。
ドレスを着てみてはどうかという言葉に首を横に振りつつラナの後ろをついていく。未だにこの屋敷の構造がわからないため一人でうろうろするわけにはいかない。大人しくついていけば立派なドアが見えて、ドアを開けたラナに中に入るように促された。
「おはよう。体調はどうだ?」
すでに席に着いている彼に笑顔でそう言われ、今度は執事に促されるまま引かれた椅子に腰掛ける。
「おはようございます、公爵様」
「ん?」
「ん?」
「君は俺の友人だろう。友人にそんな言葉で話すのか」
「お言葉ですが。私に今まで人の友人を持ったことがありませんでした」
一瞬場の空気が固まり余計なことを口にしたのだと察した。だが本当のことだし前言撤回するつもりもないためそのまま黙っていたら、彼は一度軽く咳払いをして再び私と視線を合わせた。
「だが今は俺の友人だ。君と最初に会った頃のように話そう」
「そういうものなんですか?」
「そういうものだ。さ、朝食にしよう。苦手なものはあるか?」
「ないと思いま……思、う」
「そうか」
彼が執事に視線を送ると次々に目の前に朝食が並び始めた。如何にも貴族が食べそうな豪華な食事、というよりはどちらかと言えば栄養に偏りのない食事に見える。パンに野菜がメインのおかず、肉もあるけれどそこまで大きくはない。まさか私が腹を下さないようにわざわざ配慮してくれたのだろうかと思い顔を上げれば、彼は短く「気にするな」と口にした。
「朝から脂っこいものを俺も食べたくはない。それよりもバランスが取れた食事のほうがいいだろう」
「貴族っぽくないのね」
「はは、それはよく言われる。だが身体が資本だ、美味しくて尚且つ栄養があるならばそっちのほうがいい」
「確かに」
その考えには全力で賛同する。あんなギトギトした脂っこいものを食べるから、ミニエラ国でたまに目にした他の貴族はあんなブヨブヨと太っていたのだ。金があれば贅沢するのはわかるが、それで自分が醜い姿になっているのを彼らは気付いてはいないのだろうか。
食事を取りつつ彼のほうに視線を向けてみれば、再会したときも思ったけれど彼の身体にはつくづく無駄な脂肪がついていない。腕は剣術も嗜んでいるとわかるほど筋肉質だし、これは他の貴族の女性たちも黙ってはいないだろう。まぁ、それも幼馴染という存在があったため気軽に声を掛けることは難しかったのかもしれないが。
初めて食べるしっとりと香ばしいパンに満足しつつ、いつの間にか目の前にある朝食をすべて平らげてしまった。美味しかったというのもあるけれど、言っていた通りどれもヘルシーだったため食べやすかったのだ。ミニエラ国にいたときは大体草と固いパンと木の実を主食としていたため、このヘルシーさだったら胃もたれもしない。
「ところでロザリア、君に報告しなければならないことがあるんだ」
なんだろうと首を傾げつつ水で喉を潤す。聖なる湖から水を引いたからだろうか、水だけでも十分に甘く美味しくそして不思議と活力が湧いてきそうだった。
「そこにいる執事長とメイド長、そして騎士団長には君の『友』のことを言ってある。万が一のときのために」
事後報告になって悪かったと頭を下げる彼に軽く首を横に振る。確かに誰にでも言えるようなことではないけれど、彼は「最も信頼できる人間だから安心してほしい」と真っ直ぐに言うのだからそこは信用しようと思う。そもそも中庭にあれほどマナを充実させた場所を作ったのだ、作る段階でルーニたちのことを伏して説明するのは難しいだろう。
私の反応に安堵したのか彼は顔を綻ばせると同じように喉を潤して立ち上がった。一緒に朝食は取ったけれど彼は公爵、そんなに暇ではないのだろう。すぐに仕事に戻るのだと理解して私も同じように立ち上がる。
「もっと色々と話したいんだがな……」
「忙しいんでしょう? 仕事を優先するのは当たり前だわ」
「……そうだな」
どこか淋しげに苦笑する彼に首を傾げつつ、今日はどうするのかと聞かれたため早速中庭で薬を作ると伝える。そして良ければの話だけれど、傷薬が完成したときは傷付いた騎士がいたときに使ってほしいと口にすると彼はすぐに頷いた。どうやら私が作る薬の評判の良さを探しているときに耳にしていたらしい。
「何か困ったことがあればすぐにメイドに知らせてくれ」
「わかった、ありがとう」
「自由に過ごしてくれよ」
微笑む彼の背中を見送って、私も早速自室に戻る。朝食を取るときはいなかったのだけれどそこにはすでにラナが控えていた。ちゃんと朝食を食べたのか心配だったけれど彼女は「早食いは得意です!」と元気に言うのだから、そうなのだろう。
「ロザリア様、今日は如何しますか?」
「中庭で薬を作ろうと思うの。悪いけれど色々と運ぶのを手伝ってくれないかしら」
「もちろんでございます! 力仕事も得意ですのでお任せください!」
「そ、そう」
こんなにも元気な女性もいるのねと思いつつ、持ってきていたプランターや薬製作時に使うビーカーやフラスコ、その他もろもろラナに持ってもらう。力仕事は得意だとは言っていたけれどパッと見た目腕は細い。そんな女性に重い物を持たせるのもなんだか気が引けると彼女には小物を頼んだ。私も別に怪力というわけではないのだけれど、ミニエラ国にいたときも村で過ごしていたときもすべて自分一人でやっていたため多少の物は持てる。
そうしてラナに手伝ってもらいながら中庭へ道具を運び、そして一旦中庭から出て行ってもらうように頼む。今から精霊たちの力を借りるためそれを見られないようにするためだった。少しでも訝しげるかと思いきや、彼女は笑顔で「すぐにでもお呼びください」とだけ言うとすぐさま中庭から出て行ってくれた。本当にここにいる執事やメイドたちは主の性格が反映されているようだ。
「さて……初めまして、あなたのお名前を聞いていいかしら?」
中庭に生えていた巨大な樹にそう声をかける。驚いたことにこの樹は精霊が宿っていた。彼が知っていてわざとこの樹をここに植えた、というわけでもなさそう。彼は確かにほのかに精霊のオーラが見えるようだけれどまだはっきりと捉えられている様子ではなかった。
「ポム、というのね。悪いけれどポム、少しだけ力を貸してくれないかしら」
そう告げると枝がさわさわと動き樹の幹が数本蠢く。それは本体から切り離されると私の力も借りてあっという間に机へと変わった。
「ありがとうポム。素敵な樹の幹ね」
しなりもよく強度性も高い。立派な樹にお礼を告げ運んできた小道具を乗せる。ポムと作ったのは作業机だ。流石にこの立派な中庭でもそこまでは準備はされておらず、また私も向こうから運んでくるわけにはいかなかったからこの場で作るしかなかった。
余程のことがなければ中庭には誰も立ち入らせないようにしている、という彼の言葉を信じ早速精霊たちを呼び寄せる。まずは薬草を生やすところからだ。日当たりもよく土もいい、これならばルーニとマチュリーの力を借りればあっという間かもしれない。流石にプランターに土を入れるところは自分で手でやり、種を一つずつ植えて早速マチュリーに水をお願いする。ちゃぷんと池から音を立てて現れた彼女はすぐに綺麗な水をプランターの土に染み渡らされてくれた。
そうして黙々と作業をしている私の隣でランは元気に走り回り、ルーニは相変わらず羽根を休めている。もしかしたらポムと仲良くなったのかもしれない。マチュリーには時々手伝いを頼み、ファルには湯を沸かしてもらった。置いてあったコップにマチュリーが水を入れてくれてファルがあたためてくれたのだ。彼女たちにお礼を言いつつ喉を潤し、そしてまた作業に戻る。
どれほどそうしていたのかわからない。村にいたときも同じことをしていたということもあるけれど、元より時間を気にするような性格ではなかった。だから中庭に響いたベルで初めて、時間が経過していたことに気付いた。このベルは確か屋敷内から中庭へ何かを知らせるためのベルだったような気がする、と手を急いで洗って扉へ向かう。
ガチャ、と音を立てて開けてみれば、目の前には涙目になっているラナの姿。
「ロ、ロザリア様……! お腹は空かせてはいないのですか?!」
「え? そういえば……今は何時なのかしら」
「今はもう昼食も過ぎておやつの時間です!! ロザリア様がまったくお呼びにならないので、中で倒れているかと思って……!!」
「あ、ああ、ごめんなさい、ラナ」
「いいんです倒れていなかったようなので! 遅くなりましたが昼食に致しましょう!」
ずっと前に準備をして控えてくれていたのだろう、ラナの隣にはカバーが被されている皿を乗せているワゴンがあった。ハッと気付いて冷えてしまったから新しいのを作ってもらいます、とそのワゴンを押して去ろうとするラナを引き止める。多少冷えたところでお腹に触ることもないだろう。中身が何かを聞いてみればサンドイッチとのことだったので、尚更そのままでいいと告げた。
「そこの中庭以外で外で食べられる場所ってあるかしら」
「こちらはロザリア様専用の中庭ですので、それ以外の中庭もございます。案内致しましょうか?」
「ええ、お願い。ところでラナは昼食を食べたの?」
「へっ? は、はいもちろんです!」
一気に焦り始めた彼女にそれが嘘なのだとすぐにわかった。それもそうだ、常に控えていたのだから彼女も昼食を食べれてはいないはず。カバーを外し皿の上を見てみればサンドイッチがいくつか並んであったため、別の中庭に着きベンチに座ったときラナに視線を向けた。
「ラナ、こっちに座ってもらってもいいかしら」
「え? あ、はいわかりました!」
素直に私の隣に座ったラナに、膝の上に乗せた皿からサンドイッチを手に取り一つ彼女に手渡す。
「一緒に食べてくれる?」
「……えっ?! そ、そんな滅相もない……!」
「誰かと一緒に食べるご飯は美味しいと聞いたんだけど。違ったかしら」
「あ……」
今まで人と一緒に食事を取るなんてこと、それこそさっき彼と食べたのが初めてだった。精霊たちはそう言ってくれたのだけれど今の私はいまいちわからない。それがラナにも伝わったのか彼女は一瞬戸惑いそして何か葛藤したのち、おずおずと手に持っていたサンドイッチを受け取った。
「ありがとうございます、ロザリア様」
「こちらこそありがとう、ずっと待っていてくれて。でも次からは時間になったら呼んでもらってもいいかしら。私、時間には無頓着で経過がいまいちわからないの」
ラナが声をかけてくれなかったらきっと日が暮れるまで気付かなかった、と続けると彼女は短い悲鳴を上げて「すぐにでもお呼びします!」と言ってくれた。これでラナが私のせいで食事を抜くということにはならないだろう。
「おはようございます、ロザリア様。メイドのラナと申します。今後ともよろしくお願い致します」
「私に『様』なんて付けなくていいですし、敬語も結構です」
「そのようなことは……」
「今の私は貴族の娘などではなく、ただここに住まわせてもらう庶民です。仕事をしている貴女のほうが立派なのだから、わざわざそんな畏まらなくてもいいですし自分のことは自分でします」
「そういうわけにはいきません」
以前ならすんなり引き下がった彼女だけれど、私の言葉にしっかりと笑顔を浮かべると彼女は遠慮なく部屋の中に入ってきた。
「ダリル様の大切なご友人です。おもてなしをするのは当たり前でございます」
「……そういうものなんですか?」
「そういうものです。なのでロザリア様も私などに敬語などはおやめください。私がダリル様に咎められてしまいます」
彼女が彼に怒られるというのであれば、彼女のためにもそうしたほうがいいのだろう。この屋敷で私の立場はなくてもメイドの仕事を潰すとなると、メイドは雇い主である当主に咎められる。そうなるとあまりにもメイドが理不尽だ。ならばと渋々彼女の言葉に頷き鏡台の前に移動するように言われたため大人しくそれに従う。
「ロザリア様の御髪は美しいですね」
「そうですか?」
「うっうん」
「……そうなのかしら」
「然様です。まるで夜空のように漆黒で、そして散らばる星々のようにキラキラしております。このような御髪を持った方に会うのは私も初めてです」
「……私は別に自分の髪に思い入れなんてないわ」
ミニエラ国でも金髪碧眼が普通だったし、この国もそんな人が多い気がする。ヘリオドールの主もまさにそれだ。黒髪を持っている人間を他に今まで見たことがないしきっとこれはおかしいのだろうとずっと思っていた。私の髪を梳かしてくれているメイド……ラナも、少し赤みが混じったピンク色をしているけれど恐らく彼女も一般的な髪の色だ。
髪を長く伸ばしているのだって『道具』として使われるときのため。もういい加減切ってもいいのだ。動くにしても薬を作るにも邪魔になるのだから一思いに切ってやろうかと思ったのだけれど、それを止めたのは精霊たちだったため渋々このままにしてある。切ろうかしら、とボソリと言葉をこぼしてみればラナがものすごい勢いで首を横に振ったため、やっぱり切るのは諦めたほうがよさそうだ。
「髪は上でくくってもらってもいいかしら」
「もちろんでございます。ところでロザリア様、朝食はダリル様がご一緒にとのことでしたが如何します?」
すでに準備はされているとのことで、私は思わず顔を顰める。果たしてヘリオドールの主とただの庶民が食事を共にしていいのだろうか。
「私が一緒でもいいのかしら」
「ご友人なのですからもちろんです! そのほうがダリル様も喜びます」
「……友人ってそういうものなの?」
「そういうものです」
にこにこ笑顔のラナに首を傾げつつ、結局着替えの手伝いもしてもらって支度を済ませる。そんなドレスに着替えるわけでもない、一人で着れる簡単なものなのに。ラナがやったことと言えばボタンを留めることだけだ。シャツにパンツという、見事なまでの庶民スタイルなのに手伝ったラナはどこか満足気だ。
ドレスを着てみてはどうかという言葉に首を横に振りつつラナの後ろをついていく。未だにこの屋敷の構造がわからないため一人でうろうろするわけにはいかない。大人しくついていけば立派なドアが見えて、ドアを開けたラナに中に入るように促された。
「おはよう。体調はどうだ?」
すでに席に着いている彼に笑顔でそう言われ、今度は執事に促されるまま引かれた椅子に腰掛ける。
「おはようございます、公爵様」
「ん?」
「ん?」
「君は俺の友人だろう。友人にそんな言葉で話すのか」
「お言葉ですが。私に今まで人の友人を持ったことがありませんでした」
一瞬場の空気が固まり余計なことを口にしたのだと察した。だが本当のことだし前言撤回するつもりもないためそのまま黙っていたら、彼は一度軽く咳払いをして再び私と視線を合わせた。
「だが今は俺の友人だ。君と最初に会った頃のように話そう」
「そういうものなんですか?」
「そういうものだ。さ、朝食にしよう。苦手なものはあるか?」
「ないと思いま……思、う」
「そうか」
彼が執事に視線を送ると次々に目の前に朝食が並び始めた。如何にも貴族が食べそうな豪華な食事、というよりはどちらかと言えば栄養に偏りのない食事に見える。パンに野菜がメインのおかず、肉もあるけれどそこまで大きくはない。まさか私が腹を下さないようにわざわざ配慮してくれたのだろうかと思い顔を上げれば、彼は短く「気にするな」と口にした。
「朝から脂っこいものを俺も食べたくはない。それよりもバランスが取れた食事のほうがいいだろう」
「貴族っぽくないのね」
「はは、それはよく言われる。だが身体が資本だ、美味しくて尚且つ栄養があるならばそっちのほうがいい」
「確かに」
その考えには全力で賛同する。あんなギトギトした脂っこいものを食べるから、ミニエラ国でたまに目にした他の貴族はあんなブヨブヨと太っていたのだ。金があれば贅沢するのはわかるが、それで自分が醜い姿になっているのを彼らは気付いてはいないのだろうか。
食事を取りつつ彼のほうに視線を向けてみれば、再会したときも思ったけれど彼の身体にはつくづく無駄な脂肪がついていない。腕は剣術も嗜んでいるとわかるほど筋肉質だし、これは他の貴族の女性たちも黙ってはいないだろう。まぁ、それも幼馴染という存在があったため気軽に声を掛けることは難しかったのかもしれないが。
初めて食べるしっとりと香ばしいパンに満足しつつ、いつの間にか目の前にある朝食をすべて平らげてしまった。美味しかったというのもあるけれど、言っていた通りどれもヘルシーだったため食べやすかったのだ。ミニエラ国にいたときは大体草と固いパンと木の実を主食としていたため、このヘルシーさだったら胃もたれもしない。
「ところでロザリア、君に報告しなければならないことがあるんだ」
なんだろうと首を傾げつつ水で喉を潤す。聖なる湖から水を引いたからだろうか、水だけでも十分に甘く美味しくそして不思議と活力が湧いてきそうだった。
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私の反応に安堵したのか彼は顔を綻ばせると同じように喉を潤して立ち上がった。一緒に朝食は取ったけれど彼は公爵、そんなに暇ではないのだろう。すぐに仕事に戻るのだと理解して私も同じように立ち上がる。
「もっと色々と話したいんだがな……」
「忙しいんでしょう? 仕事を優先するのは当たり前だわ」
「……そうだな」
どこか淋しげに苦笑する彼に首を傾げつつ、今日はどうするのかと聞かれたため早速中庭で薬を作ると伝える。そして良ければの話だけれど、傷薬が完成したときは傷付いた騎士がいたときに使ってほしいと口にすると彼はすぐに頷いた。どうやら私が作る薬の評判の良さを探しているときに耳にしていたらしい。
「何か困ったことがあればすぐにメイドに知らせてくれ」
「わかった、ありがとう」
「自由に過ごしてくれよ」
微笑む彼の背中を見送って、私も早速自室に戻る。朝食を取るときはいなかったのだけれどそこにはすでにラナが控えていた。ちゃんと朝食を食べたのか心配だったけれど彼女は「早食いは得意です!」と元気に言うのだから、そうなのだろう。
「ロザリア様、今日は如何しますか?」
「中庭で薬を作ろうと思うの。悪いけれど色々と運ぶのを手伝ってくれないかしら」
「もちろんでございます! 力仕事も得意ですのでお任せください!」
「そ、そう」
こんなにも元気な女性もいるのねと思いつつ、持ってきていたプランターや薬製作時に使うビーカーやフラスコ、その他もろもろラナに持ってもらう。力仕事は得意だとは言っていたけれどパッと見た目腕は細い。そんな女性に重い物を持たせるのもなんだか気が引けると彼女には小物を頼んだ。私も別に怪力というわけではないのだけれど、ミニエラ国にいたときも村で過ごしていたときもすべて自分一人でやっていたため多少の物は持てる。
そうしてラナに手伝ってもらいながら中庭へ道具を運び、そして一旦中庭から出て行ってもらうように頼む。今から精霊たちの力を借りるためそれを見られないようにするためだった。少しでも訝しげるかと思いきや、彼女は笑顔で「すぐにでもお呼びください」とだけ言うとすぐさま中庭から出て行ってくれた。本当にここにいる執事やメイドたちは主の性格が反映されているようだ。
「さて……初めまして、あなたのお名前を聞いていいかしら?」
中庭に生えていた巨大な樹にそう声をかける。驚いたことにこの樹は精霊が宿っていた。彼が知っていてわざとこの樹をここに植えた、というわけでもなさそう。彼は確かにほのかに精霊のオーラが見えるようだけれどまだはっきりと捉えられている様子ではなかった。
「ポム、というのね。悪いけれどポム、少しだけ力を貸してくれないかしら」
そう告げると枝がさわさわと動き樹の幹が数本蠢く。それは本体から切り離されると私の力も借りてあっという間に机へと変わった。
「ありがとうポム。素敵な樹の幹ね」
しなりもよく強度性も高い。立派な樹にお礼を告げ運んできた小道具を乗せる。ポムと作ったのは作業机だ。流石にこの立派な中庭でもそこまでは準備はされておらず、また私も向こうから運んでくるわけにはいかなかったからこの場で作るしかなかった。
余程のことがなければ中庭には誰も立ち入らせないようにしている、という彼の言葉を信じ早速精霊たちを呼び寄せる。まずは薬草を生やすところからだ。日当たりもよく土もいい、これならばルーニとマチュリーの力を借りればあっという間かもしれない。流石にプランターに土を入れるところは自分で手でやり、種を一つずつ植えて早速マチュリーに水をお願いする。ちゃぷんと池から音を立てて現れた彼女はすぐに綺麗な水をプランターの土に染み渡らされてくれた。
そうして黙々と作業をしている私の隣でランは元気に走り回り、ルーニは相変わらず羽根を休めている。もしかしたらポムと仲良くなったのかもしれない。マチュリーには時々手伝いを頼み、ファルには湯を沸かしてもらった。置いてあったコップにマチュリーが水を入れてくれてファルがあたためてくれたのだ。彼女たちにお礼を言いつつ喉を潤し、そしてまた作業に戻る。
どれほどそうしていたのかわからない。村にいたときも同じことをしていたということもあるけれど、元より時間を気にするような性格ではなかった。だから中庭に響いたベルで初めて、時間が経過していたことに気付いた。このベルは確か屋敷内から中庭へ何かを知らせるためのベルだったような気がする、と手を急いで洗って扉へ向かう。
ガチャ、と音を立てて開けてみれば、目の前には涙目になっているラナの姿。
「ロ、ロザリア様……! お腹は空かせてはいないのですか?!」
「え? そういえば……今は何時なのかしら」
「今はもう昼食も過ぎておやつの時間です!! ロザリア様がまったくお呼びにならないので、中で倒れているかと思って……!!」
「あ、ああ、ごめんなさい、ラナ」
「いいんです倒れていなかったようなので! 遅くなりましたが昼食に致しましょう!」
ずっと前に準備をして控えてくれていたのだろう、ラナの隣にはカバーが被されている皿を乗せているワゴンがあった。ハッと気付いて冷えてしまったから新しいのを作ってもらいます、とそのワゴンを押して去ろうとするラナを引き止める。多少冷えたところでお腹に触ることもないだろう。中身が何かを聞いてみればサンドイッチとのことだったので、尚更そのままでいいと告げた。
「そこの中庭以外で外で食べられる場所ってあるかしら」
「こちらはロザリア様専用の中庭ですので、それ以外の中庭もございます。案内致しましょうか?」
「ええ、お願い。ところでラナは昼食を食べたの?」
「へっ? は、はいもちろんです!」
一気に焦り始めた彼女にそれが嘘なのだとすぐにわかった。それもそうだ、常に控えていたのだから彼女も昼食を食べれてはいないはず。カバーを外し皿の上を見てみればサンドイッチがいくつか並んであったため、別の中庭に着きベンチに座ったときラナに視線を向けた。
「ラナ、こっちに座ってもらってもいいかしら」
「え? あ、はいわかりました!」
素直に私の隣に座ったラナに、膝の上に乗せた皿からサンドイッチを手に取り一つ彼女に手渡す。
「一緒に食べてくれる?」
「……えっ?! そ、そんな滅相もない……!」
「誰かと一緒に食べるご飯は美味しいと聞いたんだけど。違ったかしら」
「あ……」
今まで人と一緒に食事を取るなんてこと、それこそさっき彼と食べたのが初めてだった。精霊たちはそう言ってくれたのだけれど今の私はいまいちわからない。それがラナにも伝わったのか彼女は一瞬戸惑いそして何か葛藤したのち、おずおずと手に持っていたサンドイッチを受け取った。
「ありがとうございます、ロザリア様」
「こちらこそありがとう、ずっと待っていてくれて。でも次からは時間になったら呼んでもらってもいいかしら。私、時間には無頓着で経過がいまいちわからないの」
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言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
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