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この屋敷には『楽園』と呼ばれる中庭がある。自然豊かなフィス共和国だけれど、その場所だけは一等に木々が茂り花々が咲き誇っている。余程のことがない限り、特定の人物以外は入ることの許されない場所。だからこその『楽園』。そしてその『楽園』の持ち主もその場同様に美しく綺麗な方だった。
あるとき、隣国から同盟を破られ攻め込まれたときがあった。何を思ったのか攻め込んできた相手は「元は自分の持ち物だ」と狂言を吐いていたという。メイドや執事、他の使用人たちは戦闘技術を持っているわけでもなかったためいち早く安全な場所へと逃された。そのとき私は仕えている方も急いで避難をさせねばと腕を引っ張ったのだけれど、なぜか少しも動いてくれない。寧ろ逆に騎士たちのいる前線へと駆け出し私は悲鳴を上げながらも止めようとした。けれどそんな私を他のメイドたちが危険が及ばないようにと抑えこんだためその方がどうなったのかわからなかった。
ただ、その日不思議な光景を見たのだ。
『楽園』から溢れ出した美しいものが、まるで敵の行く手を阻むかのように前線へものすごい勢いで向かう。やがて嵐が起き、川は氾濫し、敵の隊列から火の手が上がり、大地は大きくうねりを上げた。今まで一度も見たことがなかったけれど、あれが魔法なのだと思った。あんなすごいもの、そうでないと起こりようがないと。
敵は撤退し怪我を負った騎士たちが屋敷へ運び込まれた。けれど常備されていた薬のおかげで危機的状況になることはなく、誰もが安堵の息を吐き出したときに大きな音を立ててドアが開かれた。
屋敷の主が顔を真っ青にしている『楽園』の主を抱えて、必死の形相で医者を呼んでいたのだ。そう、その顔を真っ青にしている人物こそ私が止めようとしていたお方。何が起こったのかわからず、けれどそのままというわけにもいかずメイドが一斉に動き始めた。とにかくあの方がゆっくりと休める場所を、そして治療できる場所を確保しなければと。その間屋敷の主はその方を抱きしめたまま決して離すことはなかった。
皆の治療が済みようやく落ち着いた頃、主からの説明があった。そして私はその存在を初めて知ることになる。私たちには見えないけれど、この世には確かに『精霊』が存在しているということ。敵を退けるために目の前で起こっていた出来事は魔法というよりも、精霊の力を借りてのことだったのだと。
そしてなぜあのお方が顔を真っ青にしていたのか。それは精霊の力を借りすぎて負担がかかってしまったのだと主は痛みに耐えるような表情で説明してくれた。
精霊が見え、そして愛されている者のことを『精霊の愛娘』と言うらしい。男性ならばどういう呼び名になるのだろうかとふと小さな疑問が浮かんだけれど、大体女性であることが多いことから『愛娘』なのだと。
あの美しい『楽園』は、その実精霊たちの住まいだったそうだ。今までどうしてあそこだけあれほど美しいのかと思っていたけれど、その疑問が解決された。自然で豊かでマナが満ち溢れている場所を好むため、『楽園』が出来上がったのだろう。そして喜ぶべきか悲しむべきかわからないけれど、攻め込まれたことによって『楽園』の存在が私たち使用人の中で明らかになり、誰でも気軽に出入りできるようになった。
「ラナ、ここで一緒にお菓子を食べましょ」
「はい、奥様!」
初めて『楽園』に足を踏み入れたときは感嘆の声を上げたものだ。遠目で見るのと間近で見るのではまったく違う、予想以上に美しい場所だったのだから。私たちがたまに目にしていた動物や生き物こそ精霊なのだと、そう奥様に説明されたときは目を瞬いた。あの可愛らしい鷹や狼も精霊だったのだ。どおりで、いつも守るように奥様の傍にいたわけだ。
「ごめんなさい、ずっと隠していて」
「いいえ、万が一奥様のことが隣国に知られてしまえば前日の比ではないかもしれません。旦那様の判断は正しかったものだと思います」
ずっと公爵の妻としての務めを果たしきれていないと悩んでいた奥様、確かに社交界に顔を出すこともなくセレネ様以外の令嬢と積極的に関わりを持とうともしなかった。けれどだからと言って奥様はここを愛していないというわけではない。愛しているからこそ自分が重荷になっているのではないかと思われていたはず。
でもそんなこと決してない。だって奥様はずっと隠していたものを、危機的状況だからと言って迷うことなく飛び出した。顔を真っ青にさせ旦那様に運んでもらわなければならないほど体力を消耗してまで、私たちを守ろうとしてくれた。そんな奥様を一体誰が重荷だなんて言うだろうか。
「悪い、話し中だったか」
聞こえてきた声にサッと立ち上がり頭を下げる。立ち去ろうとしていた私に奥様は持って行ってとお菓子を包んで持たせてくれた。奥様は私がお菓子が好きで笑顔になっていると思っているようだけれど、もちろんお菓子も好きだけれど奥様と一緒にいる時間が好きなのだ。でも奥様のご厚意だから素直に包みを受け取って、お礼を告げて『楽園』から退室しようと歩き出す。
「体調はどうだ?」
「大丈夫、皆が労ってくれたおかげですっかりよくなったわ。精霊たちもほら、元気にしている」
「そうみたいだな、よかった」
少しだけ振り返って見てみると、鷹のルーニが旦那様の腕に止まる。それを微笑んで見守っている奥様、その光景は絵になっていてまるで絵本の世界のように見えた。
この中庭は本当に『楽園』のように美しい。誰もが踏み荒らすことが許されないその場所はお二人のためだけにあると言ってもいい。だからなのか、実は私たちが勝手に『楽園』と呼んでいる場所はお二人だけの呼び名があるそうだ。
それは『約束の箱庭』――奥様……ロザリア様が、こっそり教えてくれた。
あるとき、隣国から同盟を破られ攻め込まれたときがあった。何を思ったのか攻め込んできた相手は「元は自分の持ち物だ」と狂言を吐いていたという。メイドや執事、他の使用人たちは戦闘技術を持っているわけでもなかったためいち早く安全な場所へと逃された。そのとき私は仕えている方も急いで避難をさせねばと腕を引っ張ったのだけれど、なぜか少しも動いてくれない。寧ろ逆に騎士たちのいる前線へと駆け出し私は悲鳴を上げながらも止めようとした。けれどそんな私を他のメイドたちが危険が及ばないようにと抑えこんだためその方がどうなったのかわからなかった。
ただ、その日不思議な光景を見たのだ。
『楽園』から溢れ出した美しいものが、まるで敵の行く手を阻むかのように前線へものすごい勢いで向かう。やがて嵐が起き、川は氾濫し、敵の隊列から火の手が上がり、大地は大きくうねりを上げた。今まで一度も見たことがなかったけれど、あれが魔法なのだと思った。あんなすごいもの、そうでないと起こりようがないと。
敵は撤退し怪我を負った騎士たちが屋敷へ運び込まれた。けれど常備されていた薬のおかげで危機的状況になることはなく、誰もが安堵の息を吐き出したときに大きな音を立ててドアが開かれた。
屋敷の主が顔を真っ青にしている『楽園』の主を抱えて、必死の形相で医者を呼んでいたのだ。そう、その顔を真っ青にしている人物こそ私が止めようとしていたお方。何が起こったのかわからず、けれどそのままというわけにもいかずメイドが一斉に動き始めた。とにかくあの方がゆっくりと休める場所を、そして治療できる場所を確保しなければと。その間屋敷の主はその方を抱きしめたまま決して離すことはなかった。
皆の治療が済みようやく落ち着いた頃、主からの説明があった。そして私はその存在を初めて知ることになる。私たちには見えないけれど、この世には確かに『精霊』が存在しているということ。敵を退けるために目の前で起こっていた出来事は魔法というよりも、精霊の力を借りてのことだったのだと。
そしてなぜあのお方が顔を真っ青にしていたのか。それは精霊の力を借りすぎて負担がかかってしまったのだと主は痛みに耐えるような表情で説明してくれた。
精霊が見え、そして愛されている者のことを『精霊の愛娘』と言うらしい。男性ならばどういう呼び名になるのだろうかとふと小さな疑問が浮かんだけれど、大体女性であることが多いことから『愛娘』なのだと。
あの美しい『楽園』は、その実精霊たちの住まいだったそうだ。今までどうしてあそこだけあれほど美しいのかと思っていたけれど、その疑問が解決された。自然で豊かでマナが満ち溢れている場所を好むため、『楽園』が出来上がったのだろう。そして喜ぶべきか悲しむべきかわからないけれど、攻め込まれたことによって『楽園』の存在が私たち使用人の中で明らかになり、誰でも気軽に出入りできるようになった。
「ラナ、ここで一緒にお菓子を食べましょ」
「はい、奥様!」
初めて『楽園』に足を踏み入れたときは感嘆の声を上げたものだ。遠目で見るのと間近で見るのではまったく違う、予想以上に美しい場所だったのだから。私たちがたまに目にしていた動物や生き物こそ精霊なのだと、そう奥様に説明されたときは目を瞬いた。あの可愛らしい鷹や狼も精霊だったのだ。どおりで、いつも守るように奥様の傍にいたわけだ。
「ごめんなさい、ずっと隠していて」
「いいえ、万が一奥様のことが隣国に知られてしまえば前日の比ではないかもしれません。旦那様の判断は正しかったものだと思います」
ずっと公爵の妻としての務めを果たしきれていないと悩んでいた奥様、確かに社交界に顔を出すこともなくセレネ様以外の令嬢と積極的に関わりを持とうともしなかった。けれどだからと言って奥様はここを愛していないというわけではない。愛しているからこそ自分が重荷になっているのではないかと思われていたはず。
でもそんなこと決してない。だって奥様はずっと隠していたものを、危機的状況だからと言って迷うことなく飛び出した。顔を真っ青にさせ旦那様に運んでもらわなければならないほど体力を消耗してまで、私たちを守ろうとしてくれた。そんな奥様を一体誰が重荷だなんて言うだろうか。
「悪い、話し中だったか」
聞こえてきた声にサッと立ち上がり頭を下げる。立ち去ろうとしていた私に奥様は持って行ってとお菓子を包んで持たせてくれた。奥様は私がお菓子が好きで笑顔になっていると思っているようだけれど、もちろんお菓子も好きだけれど奥様と一緒にいる時間が好きなのだ。でも奥様のご厚意だから素直に包みを受け取って、お礼を告げて『楽園』から退室しようと歩き出す。
「体調はどうだ?」
「大丈夫、皆が労ってくれたおかげですっかりよくなったわ。精霊たちもほら、元気にしている」
「そうみたいだな、よかった」
少しだけ振り返って見てみると、鷹のルーニが旦那様の腕に止まる。それを微笑んで見守っている奥様、その光景は絵になっていてまるで絵本の世界のように見えた。
この中庭は本当に『楽園』のように美しい。誰もが踏み荒らすことが許されないその場所はお二人のためだけにあると言ってもいい。だからなのか、実は私たちが勝手に『楽園』と呼んでいる場所はお二人だけの呼び名があるそうだ。
それは『約束の箱庭』――奥様……ロザリア様が、こっそり教えてくれた。
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