ワールド・トラベラーズ 

右島 芒

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黒き風の息子と娘その1

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 昨晩の野営地点から北東に3時間、予定の観測所設営場所まであと少し私達は小休止をとっていた。
丘陵地帯を抜け海岸線が広がる丘の上で私は心地よい潮風を受けながらも昨夜ルディーが言っていたダンジョンの事を考えていた。『深層界遺跡群』私たちのいるこの世界に突如現れる別世界の建築物。建物と言っても多種多様で40エイル以上の高さのガラス張りの四角い塔や巨大な岩を刳り貫いた寺院と思われるものや朽ち果てそうな民家まで本当に様々だ。中でも最も大きな遺跡と言われているのが私達の家がある王都サンロンドの地下深くに広がる超広大多層遺跡。あまりに広く深すぎる為未踏破の部分は8割以上あるのではないかと言われている。この遺跡が現れる予兆として『深海断層』と呼ばれる現象が起きる。地面が揺れる地震とは違い空間に目に見えない亀裂や衝撃が走る事で起きるのが深海断層は周囲の地形を根こそぎ変質させてしまう。森が山に変わり草原に突如として湖が現れたりと世界を書き換える、そして本当の意味でこの世界の観測隊が『ダンジョン』と呼ぶものが出現しているかもしれない、それが私にはとても気がかりなのだ。この先にダンジョンがあるとなれば兄は嬉々として挑んでしまう。
「私の気も知らないでお兄ちゃんのバカ!」
いつものごとく音も立てずに私の後ろに立って私の声色を真似ながら勝手に私が言ったみたくいうのはやめてほしい・・・口には出せないけど内心思っているけど、それとこれとは別なので後ろでニヤニヤ笑っている彼女をキッと睨みつける。
「本当にいつもレンちゃんを見つめちゃって!いじらしいったらありゃしない。」
「そんな事あーりーまーせーん。」
「あら?そう言う事にしといてあげるわ。ホント素直になれない子ね。」
肩をすくませてあきれたような顔をしているルディーにムッとしながらも私は浜辺に流れ着いている流木で何か組み上げようとしている兄と隊長の二人を見ながらこの先にあるダンジョンの有無を聞かずにはいられなかった。
「ルディー、ダンジョンの出現の可能性って・・・」
「マールには悪いけどかなりの確率で高いわ。それもかなりの規模のモノが現れている可能性が高いの。アタシとしては今回の攻略は見送ってもいいと思っているけどあの二人はやる気でしょうね。」
解ってはいたけれど気持ちは落ち込んでしまう。本当はダンジョンなんて無ければいいと思っている。観測隊員としてはきっとこの考えは間違っている。ダンジョンの発見、探索、制圧、確保は観測小隊の仕事の中でかなり重要な部類に入る。私たちが観測の為に必要な大量の資材を運ぶために使っているフロートカート、重量を無視して地面から少し浮いているのでこれに乗せていれば軽く引っ張るだけで苦も無く長距離の運搬が出来る。これもダンジョンから発見されて王都の研究者たちが構造や原理が解析されて今は生活の一部になるほど普及している。ダンジョンや遺跡群から発見される物の中には私たちの生活を豊かにしてくれるものが少なからず存在する。『深層界遺跡群』の中でも群を抜いてダンジョンと呼ばれるものは私達の文明より遥かに進んだ文明があった世界から現れている。だからこそダンジョンの確保は私たちの社会にとって多大な影響を及ぼしダンジョンそのものが莫大な資源てあり資産になりうる。
そしてその発見者と攻略した小隊にはダンジョンから発見された品やダンジョンそのものを取得する権利が与えられる。
「ねぇ、ルディーはやっぱりお金とか大事だよね?」
私が振り向くと彼女はフロートカートの底に付いている動力部分の調整をしながら私の質問に作業を続けながら答える。
「モチロン!お金はあるだけ欲しいわよ。アタシの研究は嫌になるほど金食い虫さんだからね。あの二人はアタシと違って生粋の冒険者なのよね、アナタは・・・フフッ言わぬが花かしらね。」
一言余計だよ、と思いつつ彼女の言葉の通りだと思う。隊長も兄もお金や名誉に興味はない、ただ純粋に冒険がしたいそれだけ。私と言えば・・・
「一緒に居たいだけなのに。」
小さい溜息が零れる、私の気持ちを他所に無邪気な顔で何だかよく分からないものを流木で組み上げた兄は私を見上げて手と尻尾を振っている。

一時間程の小休止を終え目的地まであと少しと迫った時一番先頭を歩いている兄が立ち止まり動くなと手で合図を送ってきた。兄の耳はせわしなく動き尻尾も逆立っている何かの気配に感づいた兄は警戒している、音を立てず少しまた少しと私達のいる場所まで後退しながらも気配の主の居場所を探している。私とルディーは荷物の陰に隠れて身を屈ませる、隊長もいつでも動ける様に身構えている。
「レン、相手の位置と数は分かるか?」
「多分、3人くらい冗談みたいに音を消すのが上手い。場所はあの左手の林の奥、こっちをじっと見ている。うなじがチリチリする下手に動くとまずいよ。」
「お前がそこまで言うなら相当って!」
リヒター隊長の言葉を遮るかのように彼の横を何かが掠めていく。矢だ、林の中からこちらを狙ってきている。
「マール!ルーさん!そこから絶対動くな!隊長、いったん荷物の陰に隠れて装備を出して出来れば僕の武器も出してくれ!」
「任せろ!レンお前はどうするつもりだ?」
「囮になりながら相手の居場所を見つける。」
「分かった!ならば俺は荷物と二人を守る。よし!レン、お前の牙だ!」
隊長が荷物の中から兄の装備を見つけ布に包まれたままの武器を兄に投げる。無防備な兄を狙って何本もの矢が兄を掠めて行く最中投げられた武器を受け取る。淀みの無い動きで一瞬のうちに腰のベルトに佩かれたのは二刀の小太刀、兄が冒険者になった時に父から贈られた二刀一対の双子太刀。鞘から抜き構える、その姿があまりにも違和感がなくそう在るべきと最初から世界に認識されているような気さえする。剣を抜いた兄に何本もの矢が射られたがまるで兄の振るった剣の軌跡に吸い込まれるように矢が落ちていく。
「隊長、このまま行くからあと任せるね。」
「任された!」
隊長が積まれている荷物の一番上から大人一人がすっぽり隠れてしまいそうな大きな盾を取り出すと軽々と持ち上げて荷物と私達を守るため矢が飛んできている林との間に立ち塞がった。
片手で軽々と盾を操りながら矢を防いでいる隊長もすごい、しかし隊長は眉を顰めている。
「どうしたのよリヒター?難しい顔して。」
「何、どうにも試されているような感じがして座りが悪い。」
「アタシ達が?」
「まあ、俺たちを含めて主にレン・・・そんな気がする。」
二人のその会話を聞いた瞬間身体から熱が引くのが分かった、居ても立っても居られなくなった。私は思わずお兄ちゃんのもとに走り出そうと立ち上がるがすぐにルディーが私の手をつかんで離さない。
「おバカ!あんたが行ってどうにかなるもんじゃないでしょ!」
「放してルディー!お兄ちゃんが狙われてるのにじっとして居られないの!」
「マール、落ち着け。レンが簡単にやられるわけないだろ。お前が行っても足手まといになるのが関の山だ。それに先ほども言っただろう、試されている気がすると。多分この矢を放ってきている者はあいつの強さを計っているのだ。」
「それは隊長の感でしょ!お兄ちゃん・・・」
「大丈夫。ああなったレンちゃんに勝てる存在なんてそうは居ないわ。大丈夫よマール。」
その背中が見えない事がこんなにも不安になる、近くに居れない事がこんなにももどかしいなんて・・・
震える私の体をルディーが優しく抱きしめてくれた。お兄ちゃんお願い無事でいて。
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