ワールド・トラベラーズ 

右島 芒

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黒き風の息子と娘その2

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 相手の位置はおおよそ把握出来ていた、だけど近づくのがかなり難しい。みんなからはかなり離せた、違うなこうなるように仕向けさせられている。どうやら僕はまんまと釣られてしまった。放たれた矢の全てが正確に僕の急所を狙ってくる。恐ろしいほど正確な腕に冷や汗を流しながらなんとか切り払いながらも少しづつ距離を縮めているとふと僕の鼻に嗅いだ事が有る匂いを感じた。父ちゃん程では無いにしろ僕の鼻も人より何倍も鼻が利く。木々の匂いに混じって微かだけど覚えのある匂いがこの先から匂って来る。僕の鼻がそう感じたなら多分一度どこかで会っている人のはずだ。いったん木の陰に隠れて息を整えながら記憶と匂いを重ねるように思い出す。
「とんでもない弓の腕の人物、どこで会った?いつ会った?思い出せ。」
その時、棒が隠れている木の直ぐ脇を矢が飛んでいくのを見て思い出した。矢が射られてくる高さが普通より高い事に気が付いた時に僕の中で一つの結論にたどり着く。そして僕は大きく溜息を吐いてしまう。どうやら僕は初めから遊ばれてい事に気が付いてしまった。分かったのならこんな茶番はそろそろ終わりにしたい、僕は大きな声でとある部族たちがお互いに名乗りを上げるときに使う言い回しを叫んだ。
「西の風が舞う草原の戦士よ!我は潮風巻く街から旅してきた者!」
「風と共に旅する者よ、汝の名は!」
「僕の名前はレン!もういい加減にしてよ、パジャックなんでしょ?」
僕がそう言って木陰から身を晒すと緩く放物線を描いた矢が僕めがけて落ちてくる。僕は空中手掴む見れば矢じりが付いていない訓練用の矢を撃ってきた。矢が射られた方角に歩いていくと腕組している精悍な男が僕を見て笑いかけてくる。ケンタウロス族のパジャック弓の名手で僕の父ちゃんの戦友でもあり王都の東側にある大草原カートゥ大草原に住むケンタウロス族を束ねる族長で子供のころは年に何回か両親に連れられて遊びに行った。僕たち兄妹からしたら親戚のオジサンのような人だ。次いで言えば声が大きいのが玉に瑕なんだよね。
「黒き風の息子!大きくなった!そしてとても強くなった!嬉しく思うぞ。」
「こんなところで会うと思わなかった、僕と分かってあんな悪戯したの?」
「ああ!すぐに分かった、お前は友によく似ている。あいつと同じ風を纏っている。」
「まあ、パジャックのお眼鏡に適ったなら素直に嬉しいかな、それよりも立ち話も何だから僕の仲間の所に行かない?あっ、それとマールに怒られるのは覚悟しなよ。」
「む!それはとても怖いな。あの子は幼い頃から物怖じしない娘だ、先程も遠目ながら見ていたが美しくなったな!」
「そうかな?僕から見ればいつまでたっても手の掛かる妹だよ。」
「そうかそうか!兄妹仲が良いのはよい事だ!」

兄の姿が見えなくなって数分後私達を狙ってきていた矢が急に飛んで来なくなり、その代わりに林の奥からは見知った人物が手を振りながら近寄ってきた。
「マール、ごめんね。親父がやれっていうからやったけどケガしてないよね?」
「あれ?もしかしてターニャ?嘘、何年ぶりかな!凄く奇麗になってたから分からなかった。」
林から出てきたのは私の幼い頃の友達でケンタウロス族のタチアナだった。
「って事はパジャックおじさんも居るのね。・・・そう、そういうことね。」
「ほんとごめん!アタイは普通に挨拶すればいいって言ったんだよ。だけどあの親父が『黒き風の息子の成長はいかほどか試す!』なんて言い出したら聞かないくってさ!」
「うん、うん。分かってる、悪いのは全部、ぜーんぶオジサンだよ。」
ターニャは昔からちょっと男の子ぽくって悪戯好きな処はあったけどこういうタチの悪い事は絶対しない子だもん、昔から変わっていなければあの脳筋おじさんがすべての元凶だろう。親しい仲にも礼儀ありってお母さんが良くお父さんに言ってたよ。
私の手は無意識に荷物の中からいつもなら進んで手にする事が無い自分の増備を取り出していた。
「あらー、これはデンジャーねとばっちり受ける前に避難しましょ。そこのお嬢さんも離れましょ。」
「マーちゃん昔からキレるとおっかないからな・・・もしかして今も?」
いつの間にかにルディーと隊長、そしてターニャがフロートカートと一緒に離れて行ってしまった、あんまり察しが良すぎるのも逆にムッとこない訳じゃないけどそれはそれで荷物が汚れる心配がないなら調度良い。私の装備が整ったところで遠くから3人の人影が見えたこちらに手を振る兄と大きな二人は多分パジャックおじさんと同じ部族の誰かだろう。
「マール!マール!ホラ、パジャックだよ・・・マール?戦闘用の装備してるの?あれ?なんか詠唱始まってない?待って待って!僕もいるんだよ!」
「がっはは!頭に血が上っておる!魔力のうねりがここまで伝わる!母親に似た良い精霊使いになっておるわ!」
「この状況で何感心してるんだよ!あっ、これ駄目だ。」
マールが得意とする座標指定型の広域破壊呪文の詠唱の終わりと共に僕の意識が途切れていくのが分かった。まったく酷いとばっちりだよ。僕悪くないよね?
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