龍帝皇女の護衛役

右島 芒

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第8話ー17

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 -3年前のあの日、私は確かにユウ君をこの手で殺してしまう所だった。あの時の十子師匠が間に合わなければ私は…

 「千草!!」
 育児疲れからうたた寝をしていた十子が庭先の異常に気が付きそこで見たのは涙を零しながらも勇吾の首を締め続ける千草の異様な姿、そして動かない勇吾の姿に青ざめる。
十子は咄嗟に千草の頬を引っ叩き勇吾から引き離した。
頬を叩かれ力任せに引き剥がされた千草は地面を転がり痛みで我に帰る。我に帰り目にしたものはピクリとも動かない勇吾を必死に蘇生させている十子の姿だった。
「あ、あ、ゆう、くん」
千草は自分が何をしたのか思い出していく。その手にはまだ熱が残っていた、感触が残っていた。爪が赤く染まっている勇吾の首筋には血が滲んでいた。彼女を支配していた激情が嘘のように消え去っていた。
「いや…いや!私、なんで!そんなつもりじゃ!!ユウ君!ユウ君!ユウ君!」
よろめきながら勇吾のもとに行こうとしたが十子が放った気の圧に阻まれその場で再びへたり込む。
「十子師匠、私。」
「今は無理矢理私の気で勇吾の心臓を動かしてる。この子が意識が戻るまで気が抜けない。なにが有ったかは明日聞くから今日は帰りなさい。」
勇吾の体は少しづつだが血色が良くなって来ている。
「嫌です!私もユウ君の傍に!」
師である十子の言葉に反論する千草だが十子の目が鋭く千草を見据える。
「なら、無期限の自宅謹慎を命じます。師である私からの命 令は絶対よ。この意味千草なら分かるわよね。」
十子の発した言葉を聞き千草は顔をしかめるがそれ以上何も言えなくなった。それは十子からこれ以上の問答はしないという意思表示だった。未だ目を覚まさない勇吾の顔そして自分の手の跡がくっきりと残る首を見る。何も出来ない無力感と勇吾を殺し掛けてしまったと言う罪悪感が千草の胸に重く圧し掛かり苛んでいく。人目を憚らず声を上げた泣いた。
自宅に戻った彼女はそれから自室に篭り家の者とも口を交わす事も無くただただ勇吾の回復を祈っていた。

 数日後勇吾の意識が回復した事を聞かされた時は本当に嬉しかったがそれ以上に自分がしてしまった事への悔恨と罪悪感そしてもっとも彼女を震えさせたのが勇吾が彼女へ向ける視線が二度とあの日から戻らないという事実。殺しかけた相手を誰が赦すだろうか?その事実に突き当たった時に彼女の絶望はどれほどのもなだろう?あの日、弟の様に可愛がっていた少年が自分のもとから離れれてしまう事を知ったとたん
に自分の想いに気が付いてしまった。愛しい勇吾が離れて行ってしまう、離したくない、独占したい。その感情だけが彼女の心を支配しあの凶行に及んだ。勇吾は目を覚ましたがそれは二度と彼女にあの笑顔を向ける事は無いという事実を彼女に突きつけた。そして彼女は自分が犯してしまった罰の報いを受け入れるかのように自ら部屋に閉じこもった。

 2日後、絶望している彼女が膝を抱えていると自室の窓に何かが当たる音が聞える。最初は無視をしていたが一時間たっても止む事が無かった。さすがに合を煮やした彼女は窓の外を覗くとそこには松葉杖を突きながらコチラを見ている勇吾だった。
「なんだよ、ちぃ姉いるじゃんか!いるなら直ぐに顔出せよな石ころなくなちゃっうとこだった。」
「…なんで?」
千草の瞳から涙が溢れてくる。彼女を見て屈託なく笑う勇吾の姿を見て涙が止まらない。
「なんでって、あれからちぃ姉がうちに来ないから迎えに来 たんだ。ほら、早く行こうぜ!」
彼女に向かって手を差し出す勇吾の姿を見て胸が締め付けられる思いの千草はその手を取る事が出来なかった。身勝手な想いで傷つけたのにそれでも手を差し伸べてくれる勇吾の笑顔を直視できなかった。その手を握り返す資格が無いと思ってしまった。
「ごめんねユウ君。私、行けないわ。それと・・・もう来ないで。お願い。」
千草は窓を閉めると勇吾に背を向ける。それは大好きな勇吾に二度と関わらないと自分に課した罰だった。窓の外から遠ざかる足音、今すぐ振り返りたいと願う体を両手で押さえ震えながら耐える。足音が聞えなくなった時彼女は膝から崩れ落ち呆然とした。これで良かった、これで良いと自分に言い聞かせたが自然と涙が溢れてしまう。
「また明日くるからなー!」
その声を聞いた途端、彼女の心の堰は崩れ声を上げて泣いていた。

 それから1週間、勇吾は毎日千草の部屋の外に通っては彼女が出てくるのは外で待っていた。勇吾が来るたびに彼女はその声を無視し姿を現そうとしなかったがそれでも彼は毎日来た。香澄家は神代の家がある場所から2キロほど離れた山の山頂にある神代神宮の裏手に在り、けっして高い山ではないが大人でも昇ろうと思えば息が切れてしまう。
「今日も行くのか?なら止めておけ、これから雨になる。」
2日前から万全ではないにしろ回復して来たので学校に登校していた勇吾が自室に鞄を置きに来た。机の上で読書を嗜む姜臨魁が勇吾を引き止める。
「大丈夫だよ師匠、傘持ってけばいいし雨降ってきた帰って くるから。」
「馬鹿者、自分の今の状況を忘れているな?体は回復してもその内に流れている経絡は未だに不全だというのを、術の行使が出来ないと言う事を失念しているな。万が一が有るやも知れん今日は大人しくしておけ・・・師の話を聞かん馬鹿者めが!!」
自分の話を途中までしか聞かずに外に飛び出して行く勇吾に呆れながら彼は窓から見える空に雨雲が迫って来ているのを見て顔を顰めていた。そして姜臨魁の予測は的中し秋晴れの空は一転黒雲に覆われ始めた。

 地面打ち付ける雨は水飛沫を上げ千草の部屋の窓から見える景色もぼやけて数メートル先も見通せないほどだった。
激しい雨の様子に千草は少し安堵していた。この雨ならば勇吾は流石に来ないだろうと思いカーテンを閉じる。あの日から学校を休んでいるが真面目な彼女は教科書を開き自習していた。勇吾が諦めるまで家から出ないと誓い復学する際に授業に遅れないようにとの事だった。
ノートを取っていると部屋のふすまを叩く音が聞える。二つ上の姉の千鶴が声を掛けてきた。
「千草いい?」
「どうしたの姉さん?」
「勇吾君、今日は来てないわよね?」
姉の顔が深刻なのを見て千草の顔が青ざめる。嫌な胸騒ぎがする。
「来てない、来てないけどどうしてそんな事聞くの姉さん? ユウ君に何かあったの?」
「勇吾君が家を出てからまだ帰って来てないの。今十子さん から電話が来て探してるけど見つからないって。待って! 千草、今お父さん達も探しに出てるから貴女は家に残って 待ちなさい、千草!!」
その言葉を聞いた千草は居ても立っても居られなくなり寝巻き姿のまま部屋を出る。千鶴の止める声も聞かずライトを持って家を飛び出す。雨は夜半になり更に強くなっていく。
ライトの明かりでも先が見通せない土砂降りの雨のなか千草はか細い明かりを頼りにいつも勇吾が歩いてる道を彼の姿を探した。舗装されていない山道はぬかるみ少し道を外れれば雑木林が生える急な斜面になっている。
「ユウ君!何処にいるの!返事して!」
千草には勇吾がこの山の何処かにいると確信していた。彼の性格を考えれば例え雨でも彼女に会いに来る、そう言う少年だという事を忘れていた。冷たい雨が千草の体温を奪っていくぬかるんだ道が体力を奪っていく。
夜闇と雨が良く知っているはずのこの場所をまったく別の世界に変えていた。この暗闇の中で人を探すのは困難を極め自分が何処こに居るかさえ分からない。それでも彼女は勇吾を探す事を諦めない。膝を突いて精神を集中する、自らを中心に感覚を広げ気配を探し出す。すると道を外れた斜面から微かだが人の気配を感じた。そこは闇が広がり大人でも降りていくのを躊躇する程の傾斜地だった。それでも果敢に降りていく千草、そこに居るのは勇吾だと分かってしまったから。
「待っててユウ君。今行くから。」
千草はゆっくりと気配がした方向へ下りていく。見落とさないように慎重に降りていくと人の気配が強くなっていく。ようやく闇に目が慣れた頃、杉の木に引っ掛かるように倒れている泥だらけの勇吾を見つけた。
「ユウ君!大丈夫、しっかりして!」
息は有ったが長時間雨に晒されて体温が酷く下がっている。
今すぐ暖めなければ凍え死んでしまう、しかしこの急斜面を勇吾を担いで登るのは至難だった。救助が来る当てはなく待つという選択肢は勇吾の状態を考えたら選択肢は残されていなかった。
「絶対私が助けるから。もう少しがんばろう。」
何とか勇吾を背負い上げるとその重みに足が縺れそうになるのを歯を食いしばり耐える。不得意な身体強化で体全体を強化する、視力を上げ、筋力を向上させ、心拍数を上げて体温を上げる。術の適正は確かにあったがなぜか行使しようとすれば急な頭痛に襲われるので極力避けていた千草だったが今はそんな事を言っていられない。全身に術の効果が広がるとこめかみの辺りに激しい痛みを感じ挫けそうになる。
「ちぃ姉ちゃん・・・」
不意に聞えた勇吾の小さな声に千草の心が決まった。
足場にしていた杉の木を蹴り次々と他の木々を足場にしながら登って行く。登る最中突き出している枝に腕や足に切り傷を負っていくが彼女は止まらず駆け上がる。強化をし続ける時間が長ければ長いほど頭痛は痛みを増していく。それも後もう少しの場所まで来た時に足を掛けた木が雨を多く含んで緩くなっており千草の蹴り足に耐えられず根元から折れる。
バランスを崩した千草の体が勇吾諸共落ちかける。
「ユウ君だけでも!」
勇吾を胸に抱き彼を庇うように抱きしめる落下を覚悟するが一向に落ちる気配が無かった、千草が目を開くとそこには二人分の体重を片手で支える一人の男。
「遅くなった。よく俺の馬鹿弟を見つけてくれたな。
 ありがとな。」
ずぶ濡れの神代礼司が笑ってそこに居た。

「あの後私も両親と姉に凄く怒られました。」
あの雨の日の事を思い出し思わず笑い出す千草。
「本当に心配ばっかり掛けさせる弟だ。目を覚ましたらケ  ロっととしてやがって腹減っただの言うから拳骨くれて  やったら俺の手の方が痛かったぜ、あの石頭。」
そう言いながらも礼司も笑っている。あの雨の日の後日から千草の神代家の出入りは解除され再び勇吾と二人で十子の指導を受けれるようになった。そして十子から千草の話を聞いた礼司が『神性』が及ぼす感情の暴走を制御する方法を伝授し勇吾はそれを手伝った。
「多少出来る様になったみたいだが・・・お前途中から吞まれてたな。原因はって聞くのは野暮か。」
「お恥ずかしい限りです。律していたはずなのに私もまだまだ修行不足です。ユウ君や彼女の事になると吞まれ易くなってしまいます。」
そう言うと千草は顔を伏せる。
「まったく、あれのどこがいいんだ?お前も月子も。」
「良い所だらけですよ。世界一素敵な男の子です。」
礼司の言葉に満面の笑みで返す千草を見てれ苦虫を潰したような顔をする礼司。
「臆面無く良く言えるな、まあ俺も世界一可愛いのは同率で奥さんと娘と言える男だがな。」
「たまにはユウ君も褒めてあげれば良いじゃないですか。礼司師匠に褒められるのが一番嬉しいと思いますよ。あの 頃からユウ君の憧れなんですから。」
「だから師匠は止めろ。それにあいつは褒めて伸びるタイプじゃねぇよ、あいつは負けて挫折して叩かれても膝折らないから強くなるんだ。兄としての教育方針は叩いて叩いて叩きまくるのがあの馬鹿を強くする。」
俺があいつをほめるなんて10年先だ。と笑っていった。
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