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七章 遺跡と迷宮、第七層

156 気配を感じても毛は生えない

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 目の前には大きな竜の彫像が二つある。その間に挟まれるかのように扉が見えた。

「あれが第七層のボス部屋よ。」
「ようやく到着っすか!」

 この先のボス部屋は、私にとって通り抜けるに等しい。扉を開け中に入ろうとしたとき、後ろからの気配に気づく。そして彼女の名前が口から漏れた。
「剣聖ブレア・・・。」

 剣聖ブレアとその他三人、ソルトシールのトップパーティー達だ。

「すごい!先に進んでいるのを初めて見ましたの。」
「ギデア、人を指さしてはいけませんよ。・・・棍でも駄目です!」
「あれはリコッテ、浴場で話したことがある人です。」
「もしかしてあの人がアフタさんの婚約者ですの?」
「浮き足立つな、様子がおかしい。」

 情報通りなら武王ギデア、天魔ギルダイン、聖女マリエルの三人のはずだ。

「ブレアさん、この前はどうも。」
 私は剣聖ブレアに挨拶した。これが最後の会話になるかも知れない。

「リコッテ、一つ聞きたいのですが。」
 ブレアはそう言って私に不審だという表情を見せる。そして続けて言った。

「何故、そんなに殺気をむき出しにしているんですか?」
「それはあなたがプレイヤーだから。腹の探り合いは無意味だから言うけど、剣聖ブレア、あなたの目的はこの世界を壊して元の世界に帰還することでしょ?!」
 私はブレアに向かって叫ぶように言い放った。

「・・・この世界を壊すつもりはありません。私は方法を見つけに来ただけです。」
「ブレア、どういうことですの?」
「ギデア、話は後で聞けばいい。それより集中しろ、まずい空気だ。」
 ブレアのパーティーメンバーは真実を知らないようだ。

 相手の魔術師が私達に警戒を向ける。あれが天魔ギルダインだろう。既に空気を読んだカンゾウは臨戦態勢に入っている。サルミアキも防御魔法の構築が始まっている。
 
 プレイヤーに先に進まれるのは厄介だ。ここで相手の戦力を多少なりとも削るか、足止めをしておく必要がある。警戒すべきはプレイヤーのユニークスキルだが、初見であればアレが有効なはず。私はここで戦う決断した。

「アフタさんを巡っての三角関係? 駄目ですの、話し合いで解決するですの!」
「ギデアの言うとおり、話し合えばわかり合えますよ。」
「マリエルは話が分かりますの。」

 脳天気な二人、あれが武王ギデアと聖女マリエルだろう。残りの天魔ギルダインだけは、冷静に状況を見ていた。その間に私の攻撃魔法の準備が進んでいく。

「前衛の男は引き受けます。」
 剣聖ブレアがカンゾウの方を向く。彼女は戦闘が不可避だと判断したようだ。

 私が今回準備したのは攪乱反射型光魔法。狙った範囲に対して、大量の光の矢を反射させながら大量に飛ばしていく。時間が経てば経つほど濃度が増し、どんなに強固な防御力を持っていてもいずれ貫くだろう。準備は完了した。

「光に貫かれよ!」

 私は先制攻撃の魔法を放った・・・ハズ・・・。しかしその瞬間、溜めていた魔力が消失する。

「危ない、危ない。花火は安全なところで、だよ?」

 天魔ギルダインがニヤリと笑う。いったい何をした? その間に、ブレアとカンゾウの打ち合いが始まっていた。互角、いや、もしかしたらカンゾウが押しているかも知れない。そこへ話し合いを諦めたギデアが加勢に入ろうとする。

「え? ブレア、危ないですの!!」

 加勢に入るかに見えたギデアが少し逸れた場所に飛び出していく。次の瞬間、ギデアは真っ赤な血を口から吐き出した。どうやら初見殺しのアレは成功した。作戦とはターゲットが変わってしまったけれど仕方が無い。

「な? マリエル、ギデアを! ギルダイン!」

 剣聖ブレアはマリエルとギルダインに短く指示を出す。その瞬間、何か凄まじい圧力が体にかかり、私は二、三メートル吹き飛ばされた。カンゾウもだいぶ後退させられていた。おそらくギルダインの魔法なのだろうけれど、さっきから何を発動しているのか全く分からない。

 ギデアは血を流して倒れている。心臓を一突きされれば、さすがに助からないだろう。そう、サドンの時と同じようにカッチェに奇襲させたのだ。私の魔法は注目を引きつけるための囮ではあったけれど、まさか発動そのものを妨害されるとは思わなかった。
 
 その時、さらなる人の気配を感じた。
 
「リコッテ!!!」

 私の名前を呼ぶ、よく知る声。そう・・・来たのねアフタ。
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