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犯人探求編
16.闇魔法
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「なーんであんたなんかがアウレリウスと文通を出来てるのかしら?」
ピラピラと、私から奪った手紙の封筒を見せびらかすように振っている。
「・・・文通は僕がしているわけじゃないんだ。僕は仲介役。だから君が僕に嫉妬することはない」
「嫉妬?私があんたに嫉妬?」
癪に障ったのだろう。心愛は手紙に込める力を入れ、クシャっという音がした。そして私に近づいて前髪を雑草のように掴む。
「私はあんたとは違うの。知ってる?私がこの学園に来る前にどこにいたか。王城よ王城。そこでアウレリウスと一緒に暮らしていたの」
それは知っている。聖女は王族が丁重に保護しているからだ。
学園の長期休みが終わりアウレリウスが学園に戻る際に、原作で心愛は猛反発した。なぜなら王城にアウレリウス以上に親しい者がいなかったからだ。けれどそれはアウレリウスも同様で、寂しさの余り王子の権利を使って心愛を強引に学園に入学させる。そして二人は身分差があるというのに、仲睦まじく学生生活を送る。それが小説の流れだった。
「原作では私服だった気がするのだけど、ここの学園の制服はドラマのようで格好いいでしょう?だからアウレリウスの制服を借りて、私ってば王城を歩いたり街を散策したりしたのよ。あの人は私を笑って見守ってくれてるし、悩みも打ち明けてくれた。分かる?私の方が何倍も特別なのよ?」
それが本当だとしたら、アウレリウス。本当に女を見る目が無いな・・・。彼は心が清い子だから、あまり人を疑ったり嫌ったりということはしないのだろう。
それにしても立木心愛。やはりとは思ったが、こいつは私と同じで違う世界から憑依している可能性が高い。原作の立木心愛はもっとまっすぐとした性格だった。一方こいつは、突然聖女という肩書を得たということになるのだろう。そんな年齢に聖女という肩書を得てしまったら誰だって暴走する。
所詮相手は子供だ。ムキになることはない。
「アウレリウスは私の夫になるの。だから文通はやめて。あんたにそんな資格はないから」
「悪いけれど、僕はあくまで仲介しているだけだから。僕に決定権はないよ」
「ならこれから文通はやめるように仲介先の奴にあんたから言いなさいよ」
「分かった。君がやめろと言っていたと、会長に伝えるね」
「はあ!?そんなことしたら私が不当に嫌われるじゃない!」
本当に埒が明かない。自分のやりたいことだけを押し付け、相手の事情など一切聞かない。彼女の言に従って私に何のメリットがあるというのか。だからこういう感情論の人間は苦手なんだ。
「だったら私があんたの代わりに手紙の仲介するわよ。これからは私に渡しなさい。じゃあ、これは貰ってくわね」
「ちょっと!」
私は手を伸ばして手紙を掴む。この手紙の中身は私がローゼルアリオンであることをほのめかす。記名がなくとも、分かる者が見ればどうしても分かってしまう。そんな重要機密を、こんな信頼できない女に預ける馬鹿がいるか!
現に封の部分を爪ではがそうとしており、届ける前に目を通そうとしていた。
やがて手紙を持って行こうとする心愛と、返してもらおうとする私の力が反対方向に働いて、手紙は無惨にも真っ二つに破れてしまう。
・・・ああ。私の努力の結晶が・・・。
昨晩睡眠時間を削って一生懸命書いたんだがな・・・。
魔法で修復すればなんとかなるんだけどな。とはいえ、私は修復系統は魔力を余計に使うから嫌なんだよなあ。
そう思っていると、廊下から誰かがコツコツとやってきた。
アウレリウスだ。
その青い双眸は見開き、私と心愛が持つ手紙の残骸を目の当たりにする。そして、彫刻のように微動だにしない。絶句している。
「あ~アウレリウス~!!ねえ、私がこの手紙をアウレリウスに届けようとしたんだけどね、あいつが奪って破っちゃったの!慰めて~!!」
心愛はアウレリウスに近づき、抱き着く。けれどアウレリウスはそんなことを意に介さず、私が持っている半分の手紙だけを凝視していた。
やがて、自身にすり寄る心愛の頬にそっと手を当て、小声で何かを言う。感情のこもらぬ声。
「禍心の棘、静寂の霧」
・・・・・・・・
・・・今、なんといった?
禍心の棘とは、拷問に特化した闇魔法である。肉体ではなく精神に甚大な影響を与える。心愛は最初はアウレリウスに頬を触れられて嬉しそうにしていたのに、魔法の発動とともに雷に打たれたように全身を痙攣させる。そして白目をむき、絶叫を上げた。
・・・絶叫を上げているのだろう。その次に発動した静寂の霧によって、音はかき消され、今まさに目の前で拷問が行われているというのに、私には何も聞こえない。
アウレリウスは、防御に特化した魔法使いだ。だというのに、今行使したのは明らかに闇魔法。原作と目の前の光景が一致せずに私は混乱する。一方、アウレリウスは静かに心愛を見下ろす。
「・・・よかったね心愛。アリオンはこの学園で傷つく人間を一人でも減らそうとしている。彼の高潔な理想のおかげで君は僕に殺されずに済んだ」
そしてゆっくりと顔をこっちに向けた。私に向けるその顔は穏やかだ。
「ああ、君は完全に被害者だから安心して。手紙を直すから渡してくれるかな?」
私は静かにうなずき、半分に千切られた手紙を渡す。アウレリウスは心愛が持っていた半分を強引に奪い取り、やがて手にした手紙に「泡沫の還り」と修復魔法の呪文を口に出す。すると、手紙は元通りに戻った。
丁寧に、愛おしそうに手紙をなでる。
「魔法使いは壊れた物も簡単に直すことが出来る。だからこそ、物を大切に扱わずに雑に使うんだよね。すぐに直せる物を、大切に使おうとすることは誰だって難しい。だから僕も気を抜けば簡単に壊してしまいそうになる。本当に、魔法使いの性だよね」
手紙に口づけを落とした。
・・・さて、闇魔法の行使はその大半が法で禁止されており、先ほどの拷問魔法も完全に罪に問われる。アウレリウスは心愛にかけた拷問魔法を一度解き、気絶する心愛を気にせず周辺の部屋を確認する。これは誰かが見てるかもしれないということではなく、その表情から、落ち着いて手紙を読める場所を探している感じだろう。
仕方がない。驚きの光景ではあったが、私はアウレリウスを守ると決めた。
私は心愛に近づく。
「忘却の檻」
これも禁止されている闇魔法。相手の記憶を改竄する魔法だ。これでこいつが私のもとに会いに来たあたりからすべての記憶を抹消出来た。脳に負担がかかるため本来であれば避けるのだが、まあ、自業自得だな。
先ほどまで周辺を伺っていたアウレリウスは、私の闇魔法に驚きの表情をする。
「闇魔法、使えるのかい?」
「・・・ええ、はい」
「ああ、だから魔塔主と接点を持てているんだね。じゃあ、僕はこの道で合っているんだ・・・」
何かをぼそぼそと呟いた後、アウレリウスは私にこっちに来てほしいと意思表示をする。おそらく、手紙を読み終えるまで私に待っていてほしいのだろう。気恥ずかしいが、手紙を読んだ感想を直接受け取る機会というものはそうないから私も同席しよう。
アウレリウスはてっきり虫一匹殺せないと思っていたのだが、彼にもまた激怒することがあるとは。そして、異様に私に対してこだわっている。彼は小説では清廉な人物だったのに、私のせいで段々と悪い方向へと染まっていってはないだろうか。
文通を続けて、アウレリウスから私への興味を削がなくては。このまま訃報でも流したものなら、本当に心を病んでしまうかもしれない。忘却の檻は脳への負荷が強いため、出来れば緊急時以外には使いたくはないのだ。
心愛の体はそのままに、私たちはアウレリウスの転移によって彼の自室に入る。
「ごめんね、寮の中は来客を想定していないから座るところが無くて。よければ僕のベッドの上で寛いでくれると嬉しい」
アウレリウスのベッド。この寮は身分を考慮して部屋が割り当てられる。アウレリウスは個室で、最も広い部屋を許されており、3LDKはあるように思う。なお学生時代の時は私は腫物扱いだったため、個室ではあったが狭かった。
それにしてもこれだけの空間があれば来客用の場所を作ってもいいようなものなのに、何故そんなスペースがないのだろうか。アウレリウスは早く手紙を読もうと意識を傾けているため、私は大人しくベッドに座った。
王族候の調度品以外は本当にシンプルな部屋だ。この部屋には学習用の机とベッドが置いてある。本棚には授業用の教科書が敷き詰められていて、表紙の使い込みからも相当勉強していることが伝わってくる。元来であれば来客のために茶を用意するのが普通ではあるものの、アウレリウスは集中して便箋を読んでいた。
・・・5枚で大丈夫だろうか。自分が50枚だというのに返されたのはたった5枚で。
そしてすべての便箋を触り終え、やがて「はぁー・・・」とため息をつく。
「あの、手紙に何か問題でもありましたでしょうか」
「あ、いや違うんだよ。彼からこんなにも気遣って貰えたことが初めてで、感動しているんだ。そういうこと、口で言ってくれるような人じゃないから」
感嘆のため息だったのか。それはよかった。でも同時に不完全燃焼そうな顔もしている。まあ、便箋はたったの5枚だからな。ただ一応言っておくが貴族のやり取りで5枚は多い方だからな。
「どうしてあの時別れの挨拶をしてきたのか、それが全く分からなかった。彼にとって僕は取るに足らない存在だろうから、仕方がないのだけれどね・・・」
「そんなことはありません!」
アウレリウスの自虐に、私は思わず声を上げてしまった。彼も、私の方を見てキョトンとしている。
「・・・ひょっとして魔塔主は、僕について何か喋ったことあるのかな?」
「ええ、まっすぐに育ってくれてとても誇らしいって言ってました!一方自分は蔑まれているから、あまり関わらないでくれると助かるとも!」
それはもう、私こそが魔塔主ご本人であるためすらすらと言葉が出てくる。
アウレリウスは私の言葉を聞いて、嬉しそうな、そして同時に少し寂しそうな顔をしつつベッドに座っている私に近づいてきて、そのままベッドにダイブした。枕に顔をうずめている。
「そっか。アリオンは僕のことを大切に思ってくれているんだね。そっか・・・」
なんだろうか。単身赴任の父を恋しがる子供を見ているみたいで、私の中の父性が湧き上がる。そのままその綺麗な深紅の頭を撫でてあげたいけれど、ぐっとこらえた。
「他には、他には何か言っていたかな!?」
「いや・・・。あの人は基本無口なので・・・」
「そっか。そんな人が僕のことをちょっとでも喋ってくれただけでも幸運だよね。・・・この一通だけではあの人が何を抱えているのか分からないから、もっと知りたいな。ねえ、もっと魔塔主のこと教えてくれないかな?」
「ああ、そういうのは手紙でやり取りしたほうがいいかと思います。僕にも機密がございますので」
本音を言うと彼ともっと話をしていたいが、残念ながら思いがけずぽろっと口から情報が出てしまうかもしれないのだ。手紙だったらまずい情報を吐いてないか確認が出来る。
アウレリウスは僕の立場を慮って「確かに」と頷き、ベッドから身を起こした。
「もっと、彼とお話がしたいな」
アウレリウスは私の手紙を、愛おしそうに撫でた。
ピラピラと、私から奪った手紙の封筒を見せびらかすように振っている。
「・・・文通は僕がしているわけじゃないんだ。僕は仲介役。だから君が僕に嫉妬することはない」
「嫉妬?私があんたに嫉妬?」
癪に障ったのだろう。心愛は手紙に込める力を入れ、クシャっという音がした。そして私に近づいて前髪を雑草のように掴む。
「私はあんたとは違うの。知ってる?私がこの学園に来る前にどこにいたか。王城よ王城。そこでアウレリウスと一緒に暮らしていたの」
それは知っている。聖女は王族が丁重に保護しているからだ。
学園の長期休みが終わりアウレリウスが学園に戻る際に、原作で心愛は猛反発した。なぜなら王城にアウレリウス以上に親しい者がいなかったからだ。けれどそれはアウレリウスも同様で、寂しさの余り王子の権利を使って心愛を強引に学園に入学させる。そして二人は身分差があるというのに、仲睦まじく学生生活を送る。それが小説の流れだった。
「原作では私服だった気がするのだけど、ここの学園の制服はドラマのようで格好いいでしょう?だからアウレリウスの制服を借りて、私ってば王城を歩いたり街を散策したりしたのよ。あの人は私を笑って見守ってくれてるし、悩みも打ち明けてくれた。分かる?私の方が何倍も特別なのよ?」
それが本当だとしたら、アウレリウス。本当に女を見る目が無いな・・・。彼は心が清い子だから、あまり人を疑ったり嫌ったりということはしないのだろう。
それにしても立木心愛。やはりとは思ったが、こいつは私と同じで違う世界から憑依している可能性が高い。原作の立木心愛はもっとまっすぐとした性格だった。一方こいつは、突然聖女という肩書を得たということになるのだろう。そんな年齢に聖女という肩書を得てしまったら誰だって暴走する。
所詮相手は子供だ。ムキになることはない。
「アウレリウスは私の夫になるの。だから文通はやめて。あんたにそんな資格はないから」
「悪いけれど、僕はあくまで仲介しているだけだから。僕に決定権はないよ」
「ならこれから文通はやめるように仲介先の奴にあんたから言いなさいよ」
「分かった。君がやめろと言っていたと、会長に伝えるね」
「はあ!?そんなことしたら私が不当に嫌われるじゃない!」
本当に埒が明かない。自分のやりたいことだけを押し付け、相手の事情など一切聞かない。彼女の言に従って私に何のメリットがあるというのか。だからこういう感情論の人間は苦手なんだ。
「だったら私があんたの代わりに手紙の仲介するわよ。これからは私に渡しなさい。じゃあ、これは貰ってくわね」
「ちょっと!」
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アウレリウスだ。
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「あ~アウレリウス~!!ねえ、私がこの手紙をアウレリウスに届けようとしたんだけどね、あいつが奪って破っちゃったの!慰めて~!!」
心愛はアウレリウスに近づき、抱き着く。けれどアウレリウスはそんなことを意に介さず、私が持っている半分の手紙だけを凝視していた。
やがて、自身にすり寄る心愛の頬にそっと手を当て、小声で何かを言う。感情のこもらぬ声。
「禍心の棘、静寂の霧」
・・・・・・・・
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・・・絶叫を上げているのだろう。その次に発動した静寂の霧によって、音はかき消され、今まさに目の前で拷問が行われているというのに、私には何も聞こえない。
アウレリウスは、防御に特化した魔法使いだ。だというのに、今行使したのは明らかに闇魔法。原作と目の前の光景が一致せずに私は混乱する。一方、アウレリウスは静かに心愛を見下ろす。
「・・・よかったね心愛。アリオンはこの学園で傷つく人間を一人でも減らそうとしている。彼の高潔な理想のおかげで君は僕に殺されずに済んだ」
そしてゆっくりと顔をこっちに向けた。私に向けるその顔は穏やかだ。
「ああ、君は完全に被害者だから安心して。手紙を直すから渡してくれるかな?」
私は静かにうなずき、半分に千切られた手紙を渡す。アウレリウスは心愛が持っていた半分を強引に奪い取り、やがて手にした手紙に「泡沫の還り」と修復魔法の呪文を口に出す。すると、手紙は元通りに戻った。
丁寧に、愛おしそうに手紙をなでる。
「魔法使いは壊れた物も簡単に直すことが出来る。だからこそ、物を大切に扱わずに雑に使うんだよね。すぐに直せる物を、大切に使おうとすることは誰だって難しい。だから僕も気を抜けば簡単に壊してしまいそうになる。本当に、魔法使いの性だよね」
手紙に口づけを落とした。
・・・さて、闇魔法の行使はその大半が法で禁止されており、先ほどの拷問魔法も完全に罪に問われる。アウレリウスは心愛にかけた拷問魔法を一度解き、気絶する心愛を気にせず周辺の部屋を確認する。これは誰かが見てるかもしれないということではなく、その表情から、落ち着いて手紙を読める場所を探している感じだろう。
仕方がない。驚きの光景ではあったが、私はアウレリウスを守ると決めた。
私は心愛に近づく。
「忘却の檻」
これも禁止されている闇魔法。相手の記憶を改竄する魔法だ。これでこいつが私のもとに会いに来たあたりからすべての記憶を抹消出来た。脳に負担がかかるため本来であれば避けるのだが、まあ、自業自得だな。
先ほどまで周辺を伺っていたアウレリウスは、私の闇魔法に驚きの表情をする。
「闇魔法、使えるのかい?」
「・・・ええ、はい」
「ああ、だから魔塔主と接点を持てているんだね。じゃあ、僕はこの道で合っているんだ・・・」
何かをぼそぼそと呟いた後、アウレリウスは私にこっちに来てほしいと意思表示をする。おそらく、手紙を読み終えるまで私に待っていてほしいのだろう。気恥ずかしいが、手紙を読んだ感想を直接受け取る機会というものはそうないから私も同席しよう。
アウレリウスはてっきり虫一匹殺せないと思っていたのだが、彼にもまた激怒することがあるとは。そして、異様に私に対してこだわっている。彼は小説では清廉な人物だったのに、私のせいで段々と悪い方向へと染まっていってはないだろうか。
文通を続けて、アウレリウスから私への興味を削がなくては。このまま訃報でも流したものなら、本当に心を病んでしまうかもしれない。忘却の檻は脳への負荷が強いため、出来れば緊急時以外には使いたくはないのだ。
心愛の体はそのままに、私たちはアウレリウスの転移によって彼の自室に入る。
「ごめんね、寮の中は来客を想定していないから座るところが無くて。よければ僕のベッドの上で寛いでくれると嬉しい」
アウレリウスのベッド。この寮は身分を考慮して部屋が割り当てられる。アウレリウスは個室で、最も広い部屋を許されており、3LDKはあるように思う。なお学生時代の時は私は腫物扱いだったため、個室ではあったが狭かった。
それにしてもこれだけの空間があれば来客用の場所を作ってもいいようなものなのに、何故そんなスペースがないのだろうか。アウレリウスは早く手紙を読もうと意識を傾けているため、私は大人しくベッドに座った。
王族候の調度品以外は本当にシンプルな部屋だ。この部屋には学習用の机とベッドが置いてある。本棚には授業用の教科書が敷き詰められていて、表紙の使い込みからも相当勉強していることが伝わってくる。元来であれば来客のために茶を用意するのが普通ではあるものの、アウレリウスは集中して便箋を読んでいた。
・・・5枚で大丈夫だろうか。自分が50枚だというのに返されたのはたった5枚で。
そしてすべての便箋を触り終え、やがて「はぁー・・・」とため息をつく。
「あの、手紙に何か問題でもありましたでしょうか」
「あ、いや違うんだよ。彼からこんなにも気遣って貰えたことが初めてで、感動しているんだ。そういうこと、口で言ってくれるような人じゃないから」
感嘆のため息だったのか。それはよかった。でも同時に不完全燃焼そうな顔もしている。まあ、便箋はたったの5枚だからな。ただ一応言っておくが貴族のやり取りで5枚は多い方だからな。
「どうしてあの時別れの挨拶をしてきたのか、それが全く分からなかった。彼にとって僕は取るに足らない存在だろうから、仕方がないのだけれどね・・・」
「そんなことはありません!」
アウレリウスの自虐に、私は思わず声を上げてしまった。彼も、私の方を見てキョトンとしている。
「・・・ひょっとして魔塔主は、僕について何か喋ったことあるのかな?」
「ええ、まっすぐに育ってくれてとても誇らしいって言ってました!一方自分は蔑まれているから、あまり関わらないでくれると助かるとも!」
それはもう、私こそが魔塔主ご本人であるためすらすらと言葉が出てくる。
アウレリウスは私の言葉を聞いて、嬉しそうな、そして同時に少し寂しそうな顔をしつつベッドに座っている私に近づいてきて、そのままベッドにダイブした。枕に顔をうずめている。
「そっか。アリオンは僕のことを大切に思ってくれているんだね。そっか・・・」
なんだろうか。単身赴任の父を恋しがる子供を見ているみたいで、私の中の父性が湧き上がる。そのままその綺麗な深紅の頭を撫でてあげたいけれど、ぐっとこらえた。
「他には、他には何か言っていたかな!?」
「いや・・・。あの人は基本無口なので・・・」
「そっか。そんな人が僕のことをちょっとでも喋ってくれただけでも幸運だよね。・・・この一通だけではあの人が何を抱えているのか分からないから、もっと知りたいな。ねえ、もっと魔塔主のこと教えてくれないかな?」
「ああ、そういうのは手紙でやり取りしたほうがいいかと思います。僕にも機密がございますので」
本音を言うと彼ともっと話をしていたいが、残念ながら思いがけずぽろっと口から情報が出てしまうかもしれないのだ。手紙だったらまずい情報を吐いてないか確認が出来る。
アウレリウスは僕の立場を慮って「確かに」と頷き、ベッドから身を起こした。
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