誰が悪役(アリオン)を殺したか

ひまたろう

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終章 空色の君を思う

84.青き恋の物語①

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 あれは15歳の頃。魔法が使えるようになって、間もないころだ。
 ゴトンゴトンと、舗装されていない道に揺られて、俺と父は馬車に乗っていた。

「父上、これから我々はどこにいくんですか?」
「子爵家だ。お前も15歳になったから、そろそろ婚約者を決めねばならんからな、ジェルド」
「子爵家、ですか」

 我が男爵家は、70年前の戦争で財を成した商人あがりの一族だ。武器を生成し、戦争に付けこむことで平民における商会のトップに君臨する。やがて爵位を金で買うに至った。しかし、貴族社会に入れたとてすぐに認めてもらえるわけではない。逆に、平民の中で神のような扱いだったのに、貴族になった途端、地べたの蟻のような扱いとなった。

「我が家に箔をつけたい。お前には苦労をかけるが、相手方の長男を娶って欲しい」
「長男?そういうのは第二子以降が普通なのでは?」
「腫れ物の長男なのだよ。闇魔法を扱い、疎まれた、ね。けれど無事に婚姻を結べば、商いの窓口を増やしてくれるとのお達しだ。軍のお偉い方も、此度のことを期待してくれているんだよ」

 我が男爵家と子爵家は、金銭援助の関係だけではなく、双方とも代々軍部へ人員を出していた。軍部に向かう魔法使いというのは基本的に魔塔に行くほどの能力は無かったものが多い。子爵家は血筋は古くからルーツがあるものの、伝統にこだわるあまり時代遅れの魔法ばかりを使い、一方男爵家ではルーツが非魔法族であるがゆえに魔力はいまいちの者が多かった。
 故に、二つの家が結ばれることで、双方の家が前進を見せるだろう。そういう経緯から縁談が舞い込んだらしい。

 馬車は小さい石にぶつかり、そのたびに大きく揺れる。まるで、前途多難になるだろうこれから先の道を暗示するかのように。

 結婚相手か。どんな人物なのだろうか。闇魔法を扱うからにはまあ、ろくでもないのだろう。心も容姿も醜いに違いない。けれど、家のために俺は我慢しなくては。底辺でも貴族である以上は、そういう人生の選択肢は無いも同然なのだから。

 本当に貴族の館なのか疑わしいくらいに、古ぼけた邸宅に辿り着く。庭には雑草も生えていた。使用人を十分に雇えるまでの金銭的余裕すらないのだろう。
 話はすでに通っており、父は子爵家当主の元へ向かい、一方の俺は別室に通された。

 そこには先客がいた。

 空色を切り取ったように美しく長い髪を持ち、桃と紫が混ざったような特徴的な瞳。その人物は白くて長い指で本のページを静かに捲る。

 容姿、仕草。

 あの時の、あの瞬間は今でも忘れない。精霊が舞い降りたかのように、そこに座っていたのは、とても美しい男だった。

 この人物が俺の婚約者なのか。こんな、美しい人物が。

 見惚れた。

 けれど、美しいバラには棘があるように、どことなく殺気立った人物でもあった。俺の存在に気が付くと、視線を本からこちらに向ける。

 ・・・最初は、こちらから挨拶するつもりだった。自己紹介と、そして場を繋げるための質問と。けれど、想像していた相手はもっと小汚く醜い男だった。故に、イメージと一致せずに緊張して、結局何も言葉を発せられなかった。一目惚れした人間というのは、脳の情報処理が追い付かずに、相手へ視線は外せないのに何もしゃべられないことが多い。俺がまさにそのタイプだった。ただ無言で、そのまま正面のソファに腰掛ける。

 相手から見れば大層無礼な男だろう。何も言わずに無言で座ったのだから。視線に至っては、婚約への無言の抗議と受け取られたかもしれない。けれど立ち上がりで失敗すると、喋るタイミングを掴められない。俺はただ相手をじっと見た。ただ無言で見ていた。相手が視線を鬱陶しがっているとも気が付かず、やがて互いの視線が交差する。

 気まずい。無言で着席した俺の手落ちだが、しかし、ここまで交流する気のなさそうな婚約者とは一体どういうことだ。やがて俺たちの静寂を破るように、9歳ほどの少年が突然乱入してくる。

「あ・・・に、兄さん、失礼しました。あの、部屋を間違えまして・・・」

 弟なのだろう。元来であれば家の者は、格下相手だろうと客に先に挨拶をしなければならないが、怯えながら自分の兄に話しかける。一方のその兄はというと。

「気にするな」

 家族にかけるにはあまりにも簡素な、たった一言だけである。視線を弟にやりもせずに答えたため、案の定その弟は怯えて立ちすくんだ。よく見ると乱入してきた彼の手元には一冊の本があった。丁度いい、この弟に本読みで語り聞かせれば、その流れで彼にも話を振れないだろうか。俺は自分の隣をポンポンと叩き、弟を座らせる。そして、読み聞かせたはいいが、結局俺と婚約者は一言も交わすことなくその場はお開きとなった。

 婚約者の名前はローゼルアリオン。

「相手はどうだった?無事に婚約者として親交を深められたか?」
「・・・いいえ、全然でした」

 私のこの発言は親交を深められたかという質問に対する返答だが、父は「相手への感想」と受け取ったのだろう。それが婚約者の父に伝わり、やがてローゼルアリオンに叱責が及んでいたなどというのは後で知ったことだ。

 そう、出会いは最悪だった。違うな。出会い最悪だった。ボタンを最初に掛け違うと最後まで掛け違うように、それが始まりの齟齬だった。

 けれど、どうしても縁を結びたい双方の当主の思惑によって、何度も顔合わせをする。しかし俺からローゼルアリオンへの印象は最悪であると、誤った情報が本人に伝わっていた。回数を重ねるたびに関係は冷え込んでいくような感覚があった。故に、向こうも消化試合のように雑に過ごすようになってきた。
 今日も俺のことを無視してページを捲っていた。

「さっきから何を読んでいるんだ」
「本だ。婚約者殿と過ごすよりもよっぽど有益だと思うから読んでいる」

 発言してから気が付いた。俺の発言は、純粋に話の種を探してのことだったが、聞き方によっては咎めているように聞こえることに。故に、攻撃的な返答に何も言い返せない。言い返せば口論に発展しかねない。

 なんでも、闇魔法の使い手は他者から嫌われることが多く、元来であれば殺される運命にあるという。しかしローゼルアリオンは貴族の生まれであるがゆえに殺されずに済んだ。けれど生まれてからずっと牢屋に監禁されていたらしい。

 そんな生活を送っていたせいで他人を信用できないのだ、この男は。
 だから俺のことも警戒している。

 きっかけが、きっかけがほしい。

 やがて学園に入学する年齢となり、俺たちは余裕で入試をクリアする。

(あいつを男爵家が娶る、ということはあいつが俺の嫁になるということだ)

 守ってやりたい。闇魔法で疎まれるのであれば、雨避けになれるだけの男になりたい。だから俺はこの学園で首席を取りたい。けれど、ローゼルアリオンは想像以上に天才だった。実技重視のこの学園で得意の闇魔法を使わずに他を完封し首席合格。一方の俺は次席。

「残念だったね。相手が闇魔法の卑怯者じゃなければ、ジェルド殿が主席だったのに」
「あいつ、裏で教授を洗脳とかして主席になったらしいよ」

 対等以上の存在になりたかった。対等以上になれば、あいつを守れる。守ることが出来れば、俺のことを信頼してくれるかもしれない。根拠のない誹謗中傷からも、守ってやれるかもしれない。そして、俺のことを認めてくれるかも、と。

 次も、また次もあいつは首席で、俺は次席。
 けれど、俺の優秀さは周囲にも伝わっているようで、最悪なことに俺のせいでローゼルアリオンの評判が反比例で下り坂になっていく。そう、俺が主席になれないのはどこかの卑怯者のせいだというように。

 証拠はない。けれど、あいつの潔白を俺は信じていた。

「ローゼルアリオン。また、お前が首席だってな。一方の俺は次席だ。毎度毎度変わらんな」
「そうだな、それが嫌ならもっと努力して私を越えて見せろ、婚約者殿」
「本当に、忌々しい。一応確認はするが、教師を洗脳して答えを聞き出したという噂は本当か?」

 疑われている者が否定せねば、俺も他の面々に高らかに潔白は主張できない。しかしその質問に対し、ローゼルアリオンはじっと俺を見た。その目には、「弁明しても無駄だろうな」という諦めの色が含まれていた。故に、俺はたじろぐ。

 諦めないで俺を頼ってほしい。俺が絶対に潔白を証明して、お前を守ってやるから。

 本心ではこう思っていた。俺を頼ってくれれば、俺はお前を全面的に味方出来る。そしてそれをきっかけに親交を深めたいと。

 ローゼルアリオンは何も言わず立ち去る。俺はどこまでも不器用だった。

 のちに後を付けて調査をしたところ、あいつは確かに何も不正をしていなかった。不正していなかったのに、あいつは弁明など諦めたようで、誤解だけはただ広がり続けていく。

「いや、違うんだ。俺が調べたら本当にあいつは何もして・・・」
「はは、ジェルド君は婚約者だから、真っ先に洗脳されてるんだよ」
「違う、俺はあいつを疑って、疑った上で調査を・・・!!」

 誰一人聞く耳を持ってくれず。
 やがて、俺はあいつに同情的と知られると、洗脳されていると思われることに気が付く。故に、以降はこき下ろすような口調でローゼルアリオンについて語り始めるようになった。そう、この時から、ローゼルアリオンへの俺の言葉は、嘘で包むこととなった。今に思えば、これが最大の悪手だった。本当に、俺はいつもいつも選択を間違える。

 けれど俺が主席になれば、あいつは俺を認めてくれる。だから、絶対に越えてやる。

 そういった思い違いこそが、更に溝を広げていることに気が付けず。

 ますます和解できぬまま一年の冬になる。


 1年生の星辰の祝祭の時期に、俺は当然のごとく一人でいた。縁結びの公園に赴いて、関係が進展するように願掛けでもしようと思ったのだ。それは本当に、普段なら全く考えもしない、なんとなく思ったことだった。

 するとなんの偶然だろうか。赤い髪の少年がいた。彼の名は、アウレリウス。この国の第一王子だ。帽子を被って変装しているが、あんなに目立つ深紅の髪色は王族以外にはいない。

 彼は中央のよく目立つ、輝く木に紐を括りつけていた。王族は政略結婚が基本だろうに、結びたい縁でもあるのだろうか。いや、詮索は良くない。俺も赤い紐を購入し、近くの樹に結び付ける。
 婚約者は、ますます孤立する一方で、俺は同情されることもあってか令嬢や子息たちにとても人気があった。けれど、結びたい縁はただ一つ。婚約者と仲睦まじくなれるように。それだけだった。

 すると、背後から視線を感じた。
 俺のすぐ後ろに、俺の紐を幼い王子が殺気立った様子で眺めていた。しかし俺の視線に気が付くと、笑顔になる。

「貴公はジェルド殿ですよね。こんなところでお会いできるとは。如何なる御用がおありで?」

 幼い第一王子は噂では泣き虫で、攻撃魔法が不得手な臆病者と噂が流れていた。けれど、ある日を境に王族らしい振る舞いをするようになったという。目の前にいる少年の、その年齢と威圧感が噛み合っておらず、

 殿下に答えなくては。ローゼルアリオンの潔白の証明のために、俺は批判的な立ち位置を要求される。

「・・・いえ、婚約者があんなのですので、新しい縁でも結び直したいと思いまして」
「そうですか。それはぜひ頑張ってください」

 殿下は笑顔を見せつつも、最後につまらないものを見るように紐を一瞥した。

 王子から向けられた視線の恐ろしさが拭えず、振り払うように冬のスケジュールを立てる。星辰の祝祭を誘うために子爵家に寄るも、あいつは身を隠しているのか屋敷のどこにもおらず。こっそりと昼食に誘おうとしたこともあったが、その時間もずっと勉学に励んでおり、誘えるような空気でもなく。周囲が未来の伴侶を見つけ、仲を深めているというのに、一方俺たちの間には深刻な溝があった。

 けれど、まだ機会はある。

 やがて俺たちは3年になった。そう、3年には星辰魔導議会がある。

 ここで優勝すればやっとあいつを上回れる。上回って、話がしたい。

 今思えば、それは小さなプライドだったのだろう。実力が乏しい人間は相手に何も主張できないという、歪んだ考え。けれど俺は必死だった。機会を作ろうと、小さな希望を勝手に作ってはとにかく縋っていた。

 ハンカチを用意した。あいつは一枚も貰っていないに違いない。婚約者の俺が渡さずして、一体誰が渡すというのか。故にハンカチに刺繍を縫って頑張ろうとしたが、不器用が祟って糸くずの集合体になった。

 だから無地の物しか用意できなかった。

「・・・なんだそれは」
「ハンカチだ」
「それは分かる。婚約者殿は周囲から大層人気らしいが、自慢か?」

 俺が贈り物をするということは想定していないのだろう。一方で俺が大量のハンカチを受け取っている情報は掴んでいるようだった。
 違う、俺はそもそもこういったことに疎くて、婚約者持ちは断らなくてはならないことを知らなかったのだ。知っていたら、ちゃんと断っていたのだ。

「もういいか?」というようにローゼルアリオンは場を去ろうとする。だから俺は焦って、まるで決闘を挑むかのようにハンカチを投げてしまった。そしてそれが顔面にあたったのだ。

 そこにあったのは俺への憎悪の表情。そう、

 違う、本当にお前のことが嫌いであれば、そもそもハンカチすら用意はしなかったはずだ。俺はただ、お前と・・・。

 星辰魔導議会の結果は俺が二位。一位は当然あいつ。

 周囲は私を称賛し、正当に努力したはずのローゼルアリオンを叩く。誰かが言った。ローゼルアリオンが学園でこうまで嫌われていることの一端に、俺の存在があると。だからあいつは、俺のことを憎んでいるのだと。

 けれど、否定しきれないだけに、俺の心に深く刻まれた。

 何も状況を変えられないまま、やがて学園時代は過ぎた
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